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GS進学教室

保護者面談<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月18日 1:25 AM
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保護者面談期間でもう1つ大変なことは、面談の時間が終わってそれで終わりとはならないことです。内容によっては、再度保護者面談を設定する必要が出てくる場合もありますが、面談を受けて、生徒本人と様々なことを話をしなくてはならないケースも出てきます。面談で、我々が「宿題」をいただいてしまうことも少なくありません。

「志望校のことが決められない」、「家で全然集中して勉強していない」、「受験生としての意識が甘い」、「分からないところがあるのに質問に行けないようだ」、「生活面が乱れまくっている」、「学校の先生や親に対する態度が悪すぎる」等々、面談の中で様々な話が出てくるわけです。 それについて、「家庭ではどうすることもできないので、塾の方で何とかして欲しい」とおっしゃる保護者の方が多いのです。中には、「あいつちょっとぶったるんでるので、先生ちょっと気合いを入れてやってください」と直接的に頼まれるケースも…
それによって受験勉強にプラスになる(少なくマイナスがなくなる)のであれば、それも塾の仕事だと考えているので、全面的にご協力させていただくことになるわけです。それも、授業の前後の立ち話程度ではなく、「改まった場できちんと分からせて欲しい」ということを希望されるご家庭が多いですね。結果、面談期間の週末は、私の手帳は生徒面談(締め?)の予定で真っ黒になってしまいます。生徒本人は、「母ちゃん、何余計なこと言ってんだよ!」という感じになっていますが…(笑)

時間を取る以上、生徒を何らかの形で変えてあげないといけません。意識の変化はもちろんですが、行動変化につながらないと意味がないと考えています。こちらが「本気」だということが伝われば、ほとんどの場合、生徒も「本気」になります。

保護者面談<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月17日 10:19 AM
  • 未分類

現在、秋の保護者面談の期間中です。(私の担当分だけでも)1日平均2人ぐらいの方とお会いして、3週間以上に渡って続きます。もちろん、授業やそれ以外の仕事は通常通りあるので、この期間はなかなかハードワークです。
私は、面談や電話で保護者の方とお話をするのはとても好きな仕事なのですが、この時期の小6・中3の面談はなかなかシビアな内容になることが多いため、ちょっと覚悟を決めて臨まなくてはなりません。

特に、中3生の受験校・併願パターンの決定が一番重要な部分です。今までは、「やれ行けそれ行け」で少しでも上を目指してやってきましたが、さすがにこの時期となると、可能性がないものはないと伝えなくてはならないし、滑り止め校の選定も慎重にならざるを得ないのです。滑り止め校を併願推薦等で1つ決めて、あとはチャレンジというケースが多いのですが、その場合でも、本当に最悪の場合、その高校に3年間納得して通えるかどうかを確認しなくてはなりません。それが無理なようであれば、併願パターンを1から見直さなくてはならないわけです。これから数ヵ月で伸びる余地を見据えながら、なかなか難しい判断となるケースも多いです。

中学校の方では、10月中に最終進路調査の提出、11月末~12月頭に三者面談となるところがほとんどです。そう考えると、この数週間でほぼ受験校の最終確定をしなくてはならないため、悠長なことを言っていられません。正に、勝負どころを迎えています。

センター試験廃止・続報<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月16日 11:45 AM
  • 未分類

もう1つ、「到達度テスト」の中身についても多少言及されていました。ひと言で言うと、思考力・表現力を見られる形に変えていくということです。であるならは、今のセンター試験の形式(択一マークシート)は完全になくなるはずです。
各科目とも、暗記では対応できない(しにくい)問題や、記述式(部分点あり)の問題が多くなるのでしょう。今の都立中の問題をイメージするといいでしょうか? 確かに、入試期間中に実施するわけではないので、数日間で結果を戻す必要がないのです。(今のセンター試験は、規模と必要な処理スビードを考えると、マークシートで実施するしかないのです…) 何度も実施することも含めて、先生方の手間や負担は相当なものになりますが、お上の指示ですから、従わざるを得ないでしょう。
下村大臣は、早くも補助金についてちらつかせていました。大学側も(私立大学も含めて)、そこの急所を握られているため、「うちは到達度テストを利用しない」というような命知らずなことはできるわけがないのです。

下村大臣は、もう1つ怖いことも言っていました。「大学入試が変わるということは、中学・高校での学習も変えていかなくてはならない」と。いかにも、「次は高校入試ですよ」というようなニュアンスでした。当然、「次は高校入試・中学入試のところにメスを入れていかなくてはならない」と考えるのが普通の考え方です。今になってみると、都立高校の推薦入試の変更は、その流れの延長戦上にありますね。もしかして、来年度からの都立高校の大きな入試改革って… 考えただけで、寒気がします。

進学塾としては、慌てる必要はまったくないと考えています。決まったことに対して、粛々と対応していくだけです。都立中の入試も対策が難しいと言われていましたが、蓋を開けてみれば実はそんなことはなく、的を射た対策をしっかりしている塾が勝ち残っています。
私は、今回は史上最悪の入試改革だと感じていますが、決まったらそれに向けて全力で取り組んでいく覚悟は決めています。
「どこよりも早く。どこよりも的確に。」 これがGSのモットーです。

センター試験廃止・続報<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月15日 9:57 AM
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先日、NNKの「NEWS WEB」に下村大臣が出演して、今回の大学入試改革に説明し、視聴者からの質問に答えたりしていました。私はメモを取りながら見ていましたが、「これはいかん、本気だぞ」と感じました。まだ素案の段階ではありますが、やはり5年後か6年後(今の中2か中1ですね…)からは、必ずこの改革を実行するということを断言していました。多少の修正はかかるかもしれませんが、大筋この方向性で確定してしまうのだろうと思います。

下村大臣の発言の大きな柱は2つでした。
1つは、大学入試において、学力は「必要条件」であって「十分条件」てはないということです。学力だけで合格を決めることはしないという方向性は明確です。到達度テストで最低限の学力を確認したら、2次試験では面接等で「人物」を評価するのだと。その人物評価について、具体的には、リーダーシップとクリエイティブを挙げていました。高校時代のボランティアの取り組み等は評価するということも再三言っていました。まったく賛同できない話です。ポランティアって何なのでしょう? 定義としては、「思いやりに基づいた無償の行動」ではないのでしょうか? 大学入試の評価のために取り組んだ時点で、それはもうボランティアでなくなるはずです。
そう言えば、一昔前都立高校の入試でもボランティアが評価の対象となっていた時期がありました。内申の特記事項という別枠が8点分あり、生徒会や部活の活動と共に、ボランティアもその評価の対象となっていたのです。
笑えない話があります。中学生が登校の途中に、お婆ちゃんが横断歩道を渡るのを手伝ってあげたのです。これだけ聞いたら美談ですよね。何て優しい子供なんだろう…と。しかし、その中学生は、横断歩道を渡った後に、そのお婆ちゃんに、手伝った証明を書いてくれと言って、ノートを差し出したのだそうです。施設とかでボランティアを行った時は、その施設から証明書をもらってきて中学校の先生に渡すようになっていたのです。その生徒は、そのことを思い出して、「これは内申点に使える」と思ったのでしょう…
内申点欲しさに生徒会長や部活の部長に立候補する生徒がものすごい多かったのもこの頃です。(今では考えられませんよね) しかし、これは子供たちが悪いのではなく、制度が悪いのです。内申が4点とか6点とか簡単にもらえてしまうのですから、子供たちが飛びつくのはよく理解できました。(というより、塾の指導の一環でも、都立高校志望者には積極的にやらせていました)
そんな状況が巷に知れ渡るようになって、特記事項の制度は廃止になりましたが、またあれと同じようなことがあちこちで(今度は高校で!)起こってしまうのでしょうか…

2つ目は、大学を「就職や社会に出た時の準備機関」という位置づけに変えるということです。「大学は何のために存在するのかと言うと、社会に優秀な人材を送り出すためだ」と下村大臣は断言していました。これは一定理解できる部分です。しかし、「学力があるからと言って、社会に通用するとは限らないでしょ?」というくだりになると、やはり疑問符をつけざるを得ません。文科省のトップが、自ら学力を否定するような発言をするべきではないでしょう。
学力が高い(ペーパーテストで点数を取れる)ことが悪いのではありません。要は、「他人とのコミュニケーションや、集団の中での貢献、自分の意志をしっかり持つこと等、中学生・高校生のうちに、身につけるべき力が学力以外にもありますよ。それを大学入試でも評価しますよ」ということなら理解できます。

今の就職試験に近い形になるであろうということも、否定はしていませんでした。どうやら、就活に関わっている塾の出番になりそうですね。お任せください。
(次回に続く…)

センター試験廃止・続報<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月13日 12:12 AM
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「大学入試では、ペーパーテストの学力だけではなく、人間性や潜在能力の部分も評価するべきだ」

もう1つ1つの言説について語るのがバカらしくなってきました。でも、もう少し頑張ろうと思います。

今回の大学入試の改革趣旨の中でも、これが最悪の言説だと思います。大学入試において、人間性や根本の能力を判定して合否を決定しろだって? いつから大学関係者や文科省はそんなに偉くなったのでしょうか? こういう考え方を「不遜」と言います。入試で小論文を実施しようが、面接で評価しようが、それはその生徒の本当に限られた一部分の力でしかありません。その短い時間の中で、「人間性」や「持って生まれた能力」をどうして判定できると考えるのでしょうか? そもそも、潜在能力って、隠れていて見えないから「潜在」なわけで…

もし、今GSに通っている生徒たちを、「人間性の良い順に並べろ」と言われたら、私にはとてもできません。長い生徒は1年半ほど接してきていますが、それではとても時間が足りませんし、塾にいる短い時間だけで判断できるものではありません。中には、小学生や中学生でも、どう見ても自分よりも人間性は優れているぞと感じる生徒だっています。そもそも、私なんぞが、そういう生徒たちの人間性を判断するなどというのは、とてもおこがましい話なのです。
しかし、入試で点数を取る(取らせる)ということについては、私は生徒たちに自信を持って指導することができます。そこについては、人間性の優劣は関係ありません。単純に、自分の方が知識と経験が圧倒的にあるということだけで十分なのです。もちろん、生徒たちに与える影響はあるでしょうから、少しでも人間性を磨く努力はしていかくなくてはならないとは思っていますが…
とにかく、その判定を大学入試という短い時間でできると考えている方は、きっとすばらしい人間性をお持ちの方なのだと思います。私はとても尊敬します。(もちろん嫌味です)

もし、その基準で大学入試を実施することが可能になったとして、合否が出た時のことを考えてみてください。不合格の生徒はどう感じるのでしょうか? 「ボクは、人間性が劣っているんだ…」 「私は能力的にみんなには敵わないんだ…」ということになってしまうのです。それが子供たちにどういう影響を与えるのでしょうか? 今の就活の状況ととてもよく似ています。企業からの不採用が続くと、学生たちは自分の人間性を否定されたような気持ちになってしまうのです。精神的に壊れてしまう学生も少なくありません。
今の入試で救いがあるのは、単純にペーパーテストで点数を取れなかっただけだ、本番でたまたま失敗した、苦手な問題が多く出て運が悪かったというような、ある意味逃げの部分を作れることです。実際にもそういう側面は強いと思います。同じような学力・得点力の生徒が受験をして、合否が分かれるのは、本当にたまたまという部分も多いのです。
(次回に続く…)

センター試験廃止・続報<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月12日 11:06 AM
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「一発勝負や1点差で合否が決まってしまったら、それまで努力してきた子供たちが可哀想」

この言説は、いかにも子供たちのことを思いやっているように見えて、実は奈落の底に突き落とす考え方だと私は感じています。
一発勝負だと、体調を壊したりして力を出せない生徒がいるから、到達度テストを2年間に渡り何度か実施して、一番結果が良いものを入試に利用するのだそうです。皆さん、どちらが子供たち(高校生)にとって負担が大きいかを冷静に考えてみてください。現時点での計画では、高2の夏前から最初の到達度テストが始まるのです。何度かチャンスがあるとは言っても、実施される以上、大学入試を考えている生徒はある程度準備して受けることになるでしょう。部活や生徒会、学校行事等に一生懸命取り組んでいる生徒は圧倒的に不利になります。大学受験を真剣に考えている生徒は、高校生活を本当には楽しめなくなってしまうように感じます。それとも文科省は、高校に入学したらすぐに到達度テストの準備を始めさせて、勉強漬けの生活をさせたいということなのでしょうか?
体調の管理や、入試当日に力を発揮できるかという部分も含めて、それらのすべてが受験勉強です。社会に出れば、一発勝負によって決まってしまうシビアな場面はいくらでもあります。大学入試の場で一発勝負を否定することが、子供たちのためになるとはとても思えません。

また、文科省は、1点差で合否が決まることの弊害を上げていますが、これもまったくナンセンスな話です。定員以上に希望者がいる場合は、どうやったって、ふるいにかけて選ばなくてはならないのですから、ボーダー付近ではあまり差がないのに合格者と不合格者に分かれることを避けることはできません。1点刻みの点数ではなくて、A~Eとかのランクにすると、今度は同じランクの中で合否を分けなくてはならなくなるわけです。ましてや、今の素案のように、2次試験で学力試験ではなく、小論文や面接で選抜することになれば、それこそ基準が曖昧になり、客観性が確保できなくなって、合格者と不合格者が何によって決まったのかが見えにくくなります。
今の就活の採用試験を想像してもらうのが分かりやすいでしょう。自分が何で落とされたかがよく分からない場合が多いので、精神衛生上もよろしくないのです。

客観性を保つという視点では、短答式のテストで1点刻みの点数で合否を決めることが、実は一番公平なのです。これを否定するということは、純粋な競争を否定することにつながります。文科省は、一発勝負の点数だけではなく、もっと努力の過程も評価するべきだというようなことも言っています。入試という場で、「努力」をどうやって評価するのか、ぜひ教えて欲しいものです。
(次回に続く…)

進路アドバイザー検定

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月11日 12:16 AM
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皆さん、「進路アドバイザー検定」という資格試験があることをご存知でしょうか? 学校の進路指導担当の先生や、塾・予備校の職員を中心に、毎回受験者を多く集めている検定です。私も長いことこの仕事をしていながら、最近までその存在を知りませんでした。大学新聞社が主催しているのですが、夏の前に私が講演講師の仕事でお世話になった縁でその存在を知り、どんなものか興味本位で受けてきた次第です。昨日その合否通知が届いたのですが、結果は… 以下の写真の通りです。これとは別に、カードサイズの立派な認定証も同封されていました。

出題内容は決まっていて、テキスト・過去問等もあるのですが、試験が夏期講習直後だったためあまり勉強できず、ほとんどぶっつけ本番で行くはめになってしまいました。この仕事をこれだけ長いことしていて落ちたらはずかしいぞ…というプレッシャーが結構ありました。当日終了後の自己採点でまず大丈夫だろうとは思っていましたが、結果を見る時はちょっとドキドキしましたね…

出題分野は、「学校」 「入試」 「学費」 「職業」 「就職」 「進路指導・キャリア教育」の6項目です。計600点満点で、7割(420点)以上の点数を取れば合格になります。ほとんどの問題が4択(マークシート)なのですが、数字も含めて結構細かい知識も問われるので、なかなか大変です。(毎回合格率は3割くらいのようです) 私は、「入試」項目と「就職」項目で9割方の点数を取れたため全体としては余裕がありましたが、これは私が実際に現場で入試と就活に携わっていて日頃からリアリティを持てているためで、机上の勉強だけではなかなか点数を取ることは難しいと思います。特に学費・奨学金や、様々な職業の特徴、キャリア教育に関する項目などは、私も様々勉強になることがあり、検定を受けてよかったなぁと感じました。

特に進路指導・面談等を担当する機会がある塾の講師たちは、積極的に受けてみたらいかがでしょうか? 校舎長レベルの者はもちろんですが、若手講師たちにとっても、(事前の勉強も含めて)とても有意義な機会になると思います。公立中学校の教師や大手塾の若手講師を中心に、きちんとした知識を持たずに、「口から出まかせ」みたいな面談をしている者が増えている現状を考えると、もっともっとこの検定の存在が広く知れ渡るといいなと思います。

ちなみに、次回の検定は12月8日(日)に実施されます。 皆さんにお勧めするからには、もちろん、GSの若手講師たちには受験させますよ。(若手が何人いるのかしら…)

進路アドバイザー検定詳細はこちら → http://daigakushinbun.com/adviser

センター試験廃止・続報<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月10日 11:26 AM
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偏差値至上主義や、入試が一発勝負や1点差で合否が決まることを解消するということが今回の改革の根底にあります。この考え方がいかにおかしいかということについて、1日1項目ずつ書いていきます。

「偏差値教育が子供たちの個性を奪っている」

教育の世界では、この言説はかなり前から広く蔓延っています。古くは、20年近く前に埼玉県に端を発した、業者テスト追放運動を思い出します。私が中学生の頃は、中学校で当たり前のように業者テストを実施していました。しかし、中学校の教育の場に偏差値を持ち込むのがけしからんということで、一切追放されて今に至るわけです。今でも、中学校の先生は「偏差値」という言葉を使うことが禁じられているかのような振る舞いをします。
しかし、ちょっと待ってください。決して偏差値が悪いわけではないのです。偏差値って、もともと統計学の用語で、ある集団の中での位置付けをわかりやすく表したものです。その集団の中での真ん中をいつでも50として、ほぼ50段階の相対評価で表したものです。これにより、科目の得意不得意や、違う回のテストの結果の良し悪しが比較できるようになるわけです。平均点との差でみられるじゃないかと思われるかもしれませんが、これがまったくそうではないのです。
1問問題を出してみますので、皆さん考えてみてください。頭の体操です。

今回、Gくんが受けた英語と数学のテストの結果は以下の通りでした。
英語 … 平均点50点 Gくんの点数70点
数学 … 平均点50点 Gくんの点数80点
さて、どちらの科目の方が成績が良いと言えるでしょうか?

瞬間的に数学の方が成績が良いと答えた方は「最悪くん」です。「これだけの情報だと分からない」が正解です。当然、標準偏差によって変わってくるわけです。
例えば、英語はあまり差がつかない問題で、みんなが平均点付近に固まり、70点から30点の間にほとんどの生徒が入っていました。(これを、標準偏差が小さいと言います) そうすると、英語は(集団の中で)トップレベルの成績だということになります。
一方、数学はとても差がつく問題で、100点から0点までなだらかに広く分布していました。(これを標準偏差が大きいと言います) この場合、数学は(集団の中では)大して良い成績ではないわけです。
どうでしょうか? 偏差値を利用する意味が理解してもらえたでしょうか?

お伝えしたかったことは、偏差値って、別に学力やテストの成績だけを表すものではないということです。例えば、身長や体重でも偏差値は算出することはできますし、数値化できて正規分布する指標であれば、何でも偏差値で表すことが可能なのです。それこそ、(問題はあるかもしれませんが)美人度やイケメン度でも偏差値を出すことはできます。(私はせいぜい65くらいかな…) 優しさなど人間としての魅力だって(理屈上は)偏差値をつけることは可能です。
以上のことを理解していただければ、「偏差値教育が間違っていた」という言説がいかにおかしなものかは納得してもらえると思います。

要は、偏差値も使い方によるわけです。業者テストの結果(偏差値)が1ポイント足りないだけで、受けたい学校を受けさせてもらえなかったり(これは高校入試ではまだよくある話です)、毎月の偏差値2~3ポイントの上下に一喜一憂したり(そんなの誤差の範囲です!)していることが問題なわけです。
(次回に続く…)

センター試験廃止・続報<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月9日 9:55 AM
  • 未分類

私が一番腹立たしく思うのは、入試の制度改革そのものというよりも、根底にある考え方なのです。今回の改革には、
「入試が一発勝負だと、体調が悪かったりして、たまたま力を出せない生徒がいるから、努力が反映されずかわいそうだ」
「1点刻みで合否が分かれるような無慈悲な入試制度は、教育上よろしくない」
「大学入試では、ペーパーテストの学力ではなく、もっと人間性を重視するべきだ」
という考え方が根底にあります。今までの受験戦争の過熱によって、子供たちが人間としての魅力を失い、グローバル社会にも乗り遅れ、特に国際社会で通用する人間が少なくなっているという(少なくとも文科省はそう考えている)ことが引き鉄になっています。

私は、この間完全に失敗だったと文科省自身が認めている「ゆとり教育」以上の愚策だと感じています。
実際、大学側からもかなり反発があるようです。国公立大学は当然これに追従せざるを得ないわけですが、どうも東大が賛意を示しているようなのです。ペーパーテストだけで入学してきた学生に限界を感じているという話も伝わってきます。
一方私立大学はこのテストを必ずしも使わなくてもいいわけですが、センター試験を利用している私立大学が90%を超えてしまっている現状の中では、やはり追従せざるを得ないのです。
(次回に続く…)

センター試験廃止・続報<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年10月8日 10:34 AM
  • 未分類

大学入試が最悪の方向に向かいそうです。
例の「教育再生会議」において、大学入試のセンター試験を廃止して、「到達度テスト」を導入することを検討してきましたが、この度その改革案が素案としてまとまりました。その内容を見ていて、正直腹立たしい思いすらします。その骨子を以下にまとめてみます。

〇今の高校生に影響を与えないように、5年後を目処に切り替える。(今の中2か中1からです)
〇センター試験を廃止して、入試では「到達度テスト」の成績を利用する。高2~高3のうちに何度か受験できるようにし、一番良い成績のものを入試で利用できるようにする。
〇到達度テストの結果は点数で表すことはせずに、科目ごとにA~Eなどのランクで表示する。
〇各大学は、上記のランキングにより学力を把握した後は、(原則学力試験ではなく)小論文や面接等で人物本位の選考を行う。
〇ハイレベルの大学を受験しない生徒向けに、到達度テストとは別に、高2の夏に「統一基礎学力テスト」を行い、推薦入試やAO入試で利用できるようにする。

だいたい以上のような感じです。皆さん、どう感じるでしょうか?
大きな柱は、文科省(下村大臣)の意向でもあるのですが、「一発勝負」と「1点刻み」で合否が決まる現在の入試制度を改めて、生徒の意欲や潜在能力を評価するようにするという考え方なのです。
(次回に続く…)

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