- 2013年10月13日 12:12 AM
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「大学入試では、ペーパーテストの学力だけではなく、人間性や潜在能力の部分も評価するべきだ」
もう1つ1つの言説について語るのがバカらしくなってきました。でも、もう少し頑張ろうと思います。
今回の大学入試の改革趣旨の中でも、これが最悪の言説だと思います。大学入試において、人間性や根本の能力を判定して合否を決定しろだって? いつから大学関係者や文科省はそんなに偉くなったのでしょうか? こういう考え方を「不遜」と言います。入試で小論文を実施しようが、面接で評価しようが、それはその生徒の本当に限られた一部分の力でしかありません。その短い時間の中で、「人間性」や「持って生まれた能力」をどうして判定できると考えるのでしょうか? そもそも、潜在能力って、隠れていて見えないから「潜在」なわけで…
もし、今GSに通っている生徒たちを、「人間性の良い順に並べろ」と言われたら、私にはとてもできません。長い生徒は1年半ほど接してきていますが、それではとても時間が足りませんし、塾にいる短い時間だけで判断できるものではありません。中には、小学生や中学生でも、どう見ても自分よりも人間性は優れているぞと感じる生徒だっています。そもそも、私なんぞが、そういう生徒たちの人間性を判断するなどというのは、とてもおこがましい話なのです。
しかし、入試で点数を取る(取らせる)ということについては、私は生徒たちに自信を持って指導することができます。そこについては、人間性の優劣は関係ありません。単純に、自分の方が知識と経験が圧倒的にあるということだけで十分なのです。もちろん、生徒たちに与える影響はあるでしょうから、少しでも人間性を磨く努力はしていかくなくてはならないとは思っていますが…
とにかく、その判定を大学入試という短い時間でできると考えている方は、きっとすばらしい人間性をお持ちの方なのだと思います。私はとても尊敬します。(もちろん嫌味です)
もし、その基準で大学入試を実施することが可能になったとして、合否が出た時のことを考えてみてください。不合格の生徒はどう感じるのでしょうか? 「ボクは、人間性が劣っているんだ…」 「私は能力的にみんなには敵わないんだ…」ということになってしまうのです。それが子供たちにどういう影響を与えるのでしょうか? 今の就活の状況ととてもよく似ています。企業からの不採用が続くと、学生たちは自分の人間性を否定されたような気持ちになってしまうのです。精神的に壊れてしまう学生も少なくありません。
今の入試で救いがあるのは、単純にペーパーテストで点数を取れなかっただけだ、本番でたまたま失敗した、苦手な問題が多く出て運が悪かったというような、ある意味逃げの部分を作れることです。実際にもそういう側面は強いと思います。同じような学力・得点力の生徒が受験をして、合否が分かれるのは、本当にたまたまという部分も多いのです。
(次回に続く…)
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