- 2013年10月12日 11:06 AM
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「一発勝負や1点差で合否が決まってしまったら、それまで努力してきた子供たちが可哀想」
この言説は、いかにも子供たちのことを思いやっているように見えて、実は奈落の底に突き落とす考え方だと私は感じています。
一発勝負だと、体調を壊したりして力を出せない生徒がいるから、到達度テストを2年間に渡り何度か実施して、一番結果が良いものを入試に利用するのだそうです。皆さん、どちらが子供たち(高校生)にとって負担が大きいかを冷静に考えてみてください。現時点での計画では、高2の夏前から最初の到達度テストが始まるのです。何度かチャンスがあるとは言っても、実施される以上、大学入試を考えている生徒はある程度準備して受けることになるでしょう。部活や生徒会、学校行事等に一生懸命取り組んでいる生徒は圧倒的に不利になります。大学受験を真剣に考えている生徒は、高校生活を本当には楽しめなくなってしまうように感じます。それとも文科省は、高校に入学したらすぐに到達度テストの準備を始めさせて、勉強漬けの生活をさせたいということなのでしょうか?
体調の管理や、入試当日に力を発揮できるかという部分も含めて、それらのすべてが受験勉強です。社会に出れば、一発勝負によって決まってしまうシビアな場面はいくらでもあります。大学入試の場で一発勝負を否定することが、子供たちのためになるとはとても思えません。
また、文科省は、1点差で合否が決まることの弊害を上げていますが、これもまったくナンセンスな話です。定員以上に希望者がいる場合は、どうやったって、ふるいにかけて選ばなくてはならないのですから、ボーダー付近ではあまり差がないのに合格者と不合格者に分かれることを避けることはできません。1点刻みの点数ではなくて、A~Eとかのランクにすると、今度は同じランクの中で合否を分けなくてはならなくなるわけです。ましてや、今の素案のように、2次試験で学力試験ではなく、小論文や面接で選抜することになれば、それこそ基準が曖昧になり、客観性が確保できなくなって、合格者と不合格者が何によって決まったのかが見えにくくなります。
今の就活の採用試験を想像してもらうのが分かりやすいでしょう。自分が何で落とされたかがよく分からない場合が多いので、精神衛生上もよろしくないのです。
客観性を保つという視点では、短答式のテストで1点刻みの点数で合否を決めることが、実は一番公平なのです。これを否定するということは、純粋な競争を否定することにつながります。文科省は、一発勝負の点数だけではなく、もっと努力の過程も評価するべきだというようなことも言っています。入試という場で、「努力」をどうやって評価するのか、ぜひ教えて欲しいものです。
(次回に続く…)
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