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2024年3月のアーカイブ
たまには映画でも…
- 2024年3月31日 11:57 PM
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このシリーズはいつ以来でしょうか…? この十数年、気になる映画はなるべくシアターに足を運んで観るようにしていましたが、コロナ禍があり、その後4人の子育てに追われているという言い訳をして、なかなか機会を取れずにいます。ロードショーはもちろん、せっかくネトフリやアマゾンプライムを契約しているのに、そちらもなかなか… ちょっと反省しています。
「ドラえもん のび太の地球交響楽」(※ネタバレしているので、これから観る予定の方は読まないでください!)
この映画についてはすでにブログに書きましたが、絶対にはずせないものでした。この映画の公開に合わせて募集があった、「音のなるオリジナルひみつ道具イラストコンテスト」で、我が家の長男の作品が最優秀賞をいただき、映画のバンフレットにも掲載されることになっていたからです。ちなみに、副賞は「ドラえもんの長編コミック24巻セット」だったのですが、春休みの初日に届いたので、4人が奪い合うように読んでいます。春休みの暇つぶしにはいいのですが、上の2人は塾の勉強は大丈夫なのかな?(苦笑)
今までドラえもんの長編シリーズの映画はだいたい観ていますが、今回の「地球交響楽」はちょっと異質な感じがしました。今まで音楽をテーマにした作品がほとんどなかったことと、このシリーズの売りである「強大な敵」や「バトルシーン」がほとんど登場しなかったからです。(もしかすると、F先生が亡くなった後に作られた作品だからという影響があるのかも…とか勝手な憶測をしています) この作品にも、「ノイズ」というアメーバスライム(これでイメージが伝わりますかね?)のような地球外生命体の敵は登場します。彼らの「仕事」は音をなくすことです。地球上(最後は宇宙空間でも)から音が完全になくなる場面も描かれます。今までのような命の危険が迫って来る訳ではありませんが、地球上から音がなくなるという描写は、何かを暗示しているように感じます。このノイズを撃退する方法はただ1つ。(みんなで力を合わせて)質の良い音楽を奏でることなのです。それで、のび太一派がそれぞれの楽器を練習して腕を上げて、ノイズに立ち向かうというストーリーです。ちょっと推理小説の伏線回収的な話もいくつかあり、例えばのび太がリコーダーの音をどうしてもはずしてしまいみんなにからかわれるのですが、それにより最後の最後で大きな仕事をなし遂げるのです。お風呂でリコーダーの練習をしていたことも、後で大きな意味を持ちます。私は、偉大な音楽家たちがパロディーキャラ的に登場するのがちょっとツボでした。「たきれん」(子どもたちは誰のことだか分かりませんでした)とか、最高です。結局、みんなで力を合わせて、努力を続けて、世界の平和を守ろうという、このシリーズに共通するテーマに行き着くことになるのですが、今回に関しては(大事なところで病気で具合が悪かったこともあり)ドラえもんの活躍度があまり高くなかったことも特筆すべきことでした。
映画を観終わってから、(バンフレットに掲載されていた)息子の発明した「音がなるオリジナルひみつ道具」をまじまじと見て改めて感心しました。タイトルは「ハッピーすずおばけ」ですが、「この鈴を鳴らすと、町中の人が幸せになれる。みんなが仲良くなるともっと幸せになれる」というコンセプトが書いてあるのです。この映画を観る前から、映画のコンセプトを分かって書いたかのようですよね。イラスト(特にすずおばけの表情)もうまいのですが、そりゃ入選するだろう…と感じました。(親バカすみません…)
「恋わずらいのエリー」
娘の愛して止まないkpopアイドルグループの「niziu」が主題歌を歌い、生徒役としても出演するということで、しばらく前からどうしても観に行きたいと言われていました。私は今まで娘の我がまま(じゃなかった要望)にはだいたい応えて来てあげたつもりですが、さすがにこの映画を一緒に観に行くのはちょっと勘弁(@_@)と伝えていました。女子中高生を対象とした、キャピキャピの恋愛映画なのです… でも、まだ娘を1人で行かせるのはちょっと心配だし…と考えていた時に、いい手を思いつきました。現役女子大生の従姉(私の姪)に連れてってもらおう!と。彼女もkpopは嫌いでないようですし、2つ返事でOKでした。映画チケット代はもちろん、ランチも奢ることになりましたが…
ということで、本日立川まで行って来ました。春期講習中の唯一のお休みの日なので、今日を逃すといつ行けるか分からない感じでした。私は映画を観ていませんので、内容はよく分かりません(笑)。娘と姪が映画とその後のランチ女子会をしている間、ネカフェに籠って仕事をしていました。ランチも1人寂しく個室の中で食べました。帰る約束の時間になっても、2人が戻って来ません。プリクラを撮りに行っていて遅くなったと… 楽しく過ごせたようで何よりでした。
帰宅したら、男子3名が怒っているのです。「お姉ちゃんだけ遊びに行ってずるい。ぼくたちも遊びに行きたい!」と… はいはい、そうだよね。分かるよ。それから公園とゲーセンに連れて行きました。長男は友人と合流して、楽しい時間を過ごせたようです。本日の「パパは辛いよ日記」でした。
春期講習会スタート!
- 2024年3月28日 10:55 PM
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春期講習会2日目が終わりました。早くも、それぞれのクラスの中で差がついて来ている感触があります。授業中の集中力・気合と、力をつけるための行動を起こしているかどうかの差です。
講習会がいつもと違うのは、複数教科の授業が毎日あることです。効率の良い学習が必要になりますし、今日学習したことを、明日までにできるようにしておかなくてはならないのです。「分かる」ではありません。「できる」です。確認テストで点数を取れるような勉強をしなくては意味がありません。
本気で成績を上げようとしている生徒は、自ら行動を起こすようになります。この2日間でも、小4や中1でも、授業前後に分からないところを質問したり、勉強の仕方の相談をしに来る生徒が出て来ました。今までそういうことをしたことがない生徒で、講師がびっくりしているケースもありました。意識と行動が変わった瞬間です。
受験学年でも、宿題をおざなりにやっていたり、分からないところをそのままにしていたりする生徒もいます。特に受験学年で行動が甘い生徒には、講師たちが結構厳しい話をしています。頭でも分かっていても、行動に結びついていないケースが多いので、具体的にやるべきことを確認し、翌日再度チェックして、ダメならまた再度指導して…という繰り返しになっています。
講習会でやるべきことはとても単純です。宿題・復習をきちんとやり切ることと、それを確認テスト等で結果に繋げることです。失敗したら、再度解き直し・復習をして、次に出て来た時にできるようにして行けばいいのです。授業でやったことをやりっ放しにしていたら、成績は上がりません。そういう意味では、家庭学習の質と量で差がついていると言えます。まだ講習会は前半戦です。まだまだこれからです。
新小4・新中1・新中3は締め切り間近です!
- 2024年3月26日 10:48 PM
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明日から春期講習会が始まりますが、この数週間も新規入塾の生徒が多く、毎日のように体験授業→授業後の面談が続いていました。
新小4・新中1・新中3が、それぞれ残席1名となりました。正に早い者勝ち状態です。満席となると、退学者が出るか、大きな教室に移動できるか、クラス分けが可能になるまで、募集停止・ウェイティングとなります。数年前は、新中1のこの時期に満席となってしまい、ウェイティングリストが最大5名となり、中3の5月まで入塾をお待ちいただいたケースもありました。小さな塾ですので、教室のキャパ的にそんな多くの生徒をお預かりできないのです。記述の添削や過去問の個別指導等の手間を考えても、この人数がリミットだと考えているので、これ以上多くの生徒を抱えるつもりはありません。
特に上記の学年の方で入塾をお考えの方は、このブログを見たら今すぐご連絡ください。(ジャ〇ネットタ〇タみたいになってしまった…) それ以外の学年も、そんなに余裕がある訳ではありませんので、お早めにお願い致します。このホームページのトップページに、LINE公式アカウントの入口があるので、そちらからお問い合わせをお願い致します。
終業式
- 2024年3月25日 10:05 PM
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今日はほとんどの小中学校で終業式でした。通信簿の評価について、生徒たちの悲喜こもごもの様子が見られました。我が子たちは2人とも、今までで一番良い評価をもらったということで、嬉しそうに報告してくれました。4教科については、塾(GS)で勉強している成果が出ているようですが、2人とも体育が…(´;ω;`)
終業式が終わったということは、明日から悪夢の2週間が始まってしまいます。幼稚園や小学校低学年のお子様がいるご家庭は、全力で同意していただけると思いますが、朝から夜まで子どもたちが全員家にいるのです。お昼ご飯を全員分用意しなくてはならないのです。親がお休みの日はあまり問題にならないのですが、うちのような共働きの家庭にとっては死活問題です。しかも、それに合わせて、私は講習会が始まってしまうわけで… 一番下が3歳10ヵ月になって、あまり手がかからくなって来ましたが、頼みの長女・長男が講習会の授業に通うようになり、なかなかしんどい状況は続きます。
明後日から春期講習会が始まります。何度も書いて来ましたが、1年のうち、大きく成績を上げられる機会は3回しかありません。長期休みの講習会期間のみです。普段は成績(偏差値)を最低きちんと維持して、年に3回の講習会で大幅に学力をつけ、成績を上げにかかるのが受験生の「あるある」です。授業時間数が多いということもありますが、家庭学習に充てられる時間が、通常学校に行ってる期間と較べると、格段に多いのです。そこの取り組み方の質と量で、大きく成績に差がついて来ます。
私の今までの経験で言えば、春休みが一番成績を上げやすいです。まだ周りのみんなが本気になっていないことや、学習単元的に努力が成果に繋がりやすいものが多いことが理由です。中学校の内申点も、学年や担当の先生が替わった最初が一番変動しやすいようです。
1学期に大きな成果に繋げられるよう、我々も全力で臨みます。
ピアノの発表会
- 2024年3月24日 11:39 PM
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今日は、長女と長男が通っているピアノ教室の「発表会」でした。教室に通っている生徒たち限定のイベントですが、この日のために、曲を決めてから数ヵ月頑張って来たので、(本人たちも我々も)とても楽しみにしていました。残念ながら妻はダンスの出張をはずせず参加できなかったので、代わりにばあばに観に来てもらいました。1家族で2名まで観覧が可能だったのです。
2人とも、よく頑張ったと思います。長女は3歳の時からピアノを始めて、かれこれもう6年以上習っているので、同世代の中ではそれなりのレベルのようです。今年もレベルが高いコンクールに出させていただけることになったので、ますます頑張るでしょう。長男はまだ2年くらいなので、「なんちゃって」のレベルですが、それでも同じ学年の(特に男子の)中では一目置かれるレベルのようです。本番で堂々と弾いていたので、ばあばがとても感動していました。次男はピアノは絶対やらないと言っているのですが(今はとにかくサッカーをやりたいと)、三男(3歳児)が「ボクもピアノやりたい!」と言い出しました。家のピアノを見よう見まねで弾いているのですが、もう少し様子を見て、本気なら考えようと思います。
今日の出演者の中には、GSの生徒たちがたくさんいました。(正確に言うと逆ですね。ピアノ教室に通っている生徒を先生がGSに紹介してくださったり、塾を探しているところで運良く(?)私と出会ってしまったり…というケースが多いです) 幼稚園や小学校の同級生で昔から知っているという子も含めると、大半の子が顔見知りです。(特に生徒たちは私が観覧席にいると嫌でしょうね(苦笑)。まぁ、彼女たちからすれば、いつまでも「〇〇ちゃんのパパ」なのかもしれませんが…)
話は飛躍するのですが、小さい頃からピアノに真剣に取り組んでいる子どもは、学力も高いケースが多いような気がしています。東大生は小さい頃にピアノを習っていた割合が高いというデータも見たことがあります。相関関係なのか因果関係なのかは分かりませんが、このエビデンスをちょっと調べてみようと思います。現段階では、家庭環境に起因するところが大きいのではないかと予想していますが、何か医学的・生理学的な要因(例えば右脳の発達とか、集中力に及ぼす影響とか)があるのかも…と思っています。「ピアノの厳しい指導に耐えて努力できるようになるから、受験勉強も頑張れるようになる」という可能性が高いような気もして来ました(苦笑)。
他人を変えようとするな!<その3>
- 2024年3月23日 12:21 AM
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「他人が変わらないことは何となく分かった。じゃあこの状況を打破するためにはどうしたらいいんだ?」という声が聞こえて来るようです。結論は簡単です。自分が変わればいいんです。他人は変えられないけど、自分は変えられますから。
自分を変えると言った時には、大きく2つの意味合いがあります。1つは、相手との距離感や関係を意識して大きく変えることです。なるべく会わないように距離を置くようにするか(普段あまり会わないような友人ならこれができますね)、逆に相手の懐に飛び込んでしまって、徹底的に自分からコミュニケーションを取るようにして、一気に距離を縮めてしまうかです。相手が自分が思うようなことをやってくれない時に、先回りして自分がやってしまうとか、自分から相談を持ちかけるとか… 苦手だと思っていた人とも、1度距離が縮まると、とても良い関係になるケースは多いと思います。
もう1つは、自分の受け取り方・感じ方を変えることです。相手や相手との関係性が変わらなくても、1つひとつの事象の捉え方を変えるだけで、イライラしたりストレスを感じたりせずに接することができるようになります。これができるようになるためには、相当に「修業」が必要です。でも、相手の本質を変えようとするよりは、かなり容易いミッションです。自分だけの問題になるからです。
私が敬愛する塾講師に、木下晴弘さんという方がいます。私と同世代なのですが、浜学園→希学園で灘中・灘高クラスのトップ講師(算数・数学担当)と役員を務め、今は「アビリティトレーニング」という研修会社を運営しながら、書籍を多数出版したりと精力的に活動されています。私は書籍をすべて拝読していますし、研修も何度か受講し、メールのやり取りをさせていただいたりしています。その木下先生がよくおっしゃるのは、「自分が源泉」という言葉です。これもまた木下先生の師匠である鈴木博さんという方から叩き込まれた考え方なのだそうですが… 簡単に言うと、自分の周りに起こることのすべてを、自分に源泉があるという捉え方をして行けば、対処もスピーディにできて解決できる場合が多くなるし、ストレスも軽減できるという考え方です。もっと分かりやすく翻訳してしまうと、「あらゆることを他人事にせず、自分事として向き合うようにすること」となるでしょうか。様々なことを自分事にしてしまうと、やるべきことも増えてしまい、大変になるように感じる方が多いと思います。それが違うんです。私も実践していますが、とても楽になるんです。待っていないで自分から能動的に関われるようになり、自分の力で問題を解決できることが増えるからです。この考え方が身につけば、「他人が変わってくれない」などと考えることはほとんどなくなります。
このテーマについて書き出したら、かなり長くなってしまいました。(本当は本が1冊書けるくらいの内容なのですが…) 特に、家族や学校・職場の人間関係で悩んでいる方は、ぜひ考え方を取り入れてみてください。毎日の生活がとても楽になると思います。
他人を変えようとするな!<その2>
- 2024年3月22日 12:14 AM
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「くれない族」の皆さんに共通するのは、他人を変えようとしていることです。「もっとこうしてほしい」とか、「こういうことをしないでほしい」とか、「不十分なところを改善してほしい」とか… 最終的には自分にとって心地いい人に変わってほしいという思いが根底にあり、ある時は直接・間接に相手伝え、ある時は伝えられず誰かに愚痴をこぼし…ということを繰り返しています。残念ながら、人の本質はそう簡単には変わりません。これが60年近く生きて来た私の結論です。いくら相手を変えようとしても変わらないのですから、ストレスは溜まる一方です。
もちろん、短期的には変わる場合が多いです。真剣に思いを伝えたり(逆に言えばちょっと伝えたくらいではほとんど変わらないということです)、人生観を変えるくらいの研修に参加したりすれば、短期的には劇的に変わったように見える場合もあります。しかし、早ければ数週間、普通は数ヵ月経つと、だいたい元に戻ってしまいます。人間が何十年も生きて来て、身に付いた価値観・意識・行動習慣・言動を変えることはそれほど難しいのです。
そういう意味で言えば、子どもは本質から変えられる場合が多いです。今までの人生経験も少ないですし、まだ自我やが確立していない段階なら、十分に可能です。(私の感覚だと、中1・中2くらいまでが1つのリミットです。中3の受験期や高校生以上になると、なかなか難しくなります) ただし、1つ条件があります。「親も意識と行動を改めること」です。何だかんだ言って、子どもの意識・行動は親の影響がとても大きいです。子どもが変わろうと思っても、親の関わり・家庭環境が変わらないと、難しい場合が多いのです。
社会に出てから、特に30代後半~40代になってしまうと、なかなか本質を変えようとしても難しいですね。良いも悪いも、意識や習慣が染み付いてしまっていて、頑固になり、変化を恐れ、基本人の話を聞かなくなります。カウンセリング的な言い方をすると、「相手の立場や人間関係によっては、しっかり話は聞くけど、心で聴かなくなる」という感じでしょうか。頭では理解しても、それがなかなか行動変化に繋がらないのです。
皆さんの中でも、「あの人は何度言っても変わらないんだよな…」というストレスを日々感じている方がいるかもしれません。友人や職場の同僚なら(いずれ離れるので)まだ救いがあるのですが、身近な家族にそういう思いを感じながら生活して行くのはとても辛いですよね… 「人の本質はそう簡単には変わらない」ということを理解しているだけでも、だいぶ生きるのが楽になるはずです。
(次回に続く…)
他人を変えようとするな!<その1>
- 2024年3月21日 12:14 PM
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私が仏教を学んでいることに起因していると思いますが、最近のブログの「人生観」に関する記事に対する保護者の方からの反応が多くなっています。今までのリアクションは、受験や子育てに関してのものが中心だったので、子どもに関することが多かったのですが、最近は保護者の方がご自身の人生を見つめ直す時間を取っていただくきっかけになっている場合があるようです。仏教を学んだ教えを多くの方に広めること、仏教の考え方を通して1人でも多くの方を幸せに導くことが、私が仏教を学んでいる動機の1つなので、こういう反応をいただくことはとても嬉しいです。
昨日の記事について、「先生は、誰々が~してくれないと感じることはないのですか?」という質問を、お2人の方からいただきました。「偉そうなことを書いているけど、お前はどうなんだ…?」と感じている方がいるということを改めて認識しました(苦笑)。それがですね… 私はまったくないんです。「誰かが何かをしてくれないから…」とか、「何で自分だけ…」というような被害者意識のような気持ちを持ったことはありません。保護者のお1人から、「いやぁ、それはすごい! 人間ができている」という最大限の褒め言葉をいただきましたが、自分で改めて何でだろう…と自問自答して分かりました。実は逆なんです。人間ができているどころではなく、皆さんに責められても仕方ないのです。
誤解を恐れずに言えば、私は「他人に期待していない」のだと思います。なので、してもらえればラッキー・ありがとうということにはなりますが、してくれないからと言って、そのことで自分の心が乱されることはありません。前職の会社で鍛えられたのだと思いますが、「最後のところは、人に任せず自分でやる」という習性が染み付いてしまっていて、それが当たり前の感覚になっているので、今でもどんなに大変な状況になっても、被害者意識を感じることはないのです。仕事上はもちろんですが、子育てや家事についても同様です。世間の方からは「パパがそんなに献身的なのはすごいね」とか、「4人の子育てを(一時的にでも)ワンオペで回していて、溜まっていないの?」と言われることが多いです。先日、私と妻の両方の昔からの知り合いであるGSの保護者の方から、「夫婦関係大丈夫?」とまで言われました(笑)。全然大丈夫なのですが、その根底にもこの感覚があるのだと思います。妻や子どもたちのことは愛していますし、本質的な部分では期待もしていますが、だからこそ(?)、「ギブ」に対して「テイク」を求める感覚がないのです。そういう意味で、「期待していない」ということです。だから、妻や子どもたちからたまにテイクがあると、とても嬉しいです(苦笑)。
もちろん、GSの講師たちのことは信頼していますし、期待もしています。塾講師としての経験と力量は、近隣他塾と較べてもらっちゃ困るレベルです。その講師たちが献身的に頑張ってくれているのですから、塾としてうまく行かない訳がありません。それは、この間の難関校の合格率や、生徒増が証明しているはずです。ただし、経営者である自分と同じ感覚で仕事に臨めと言っても、それは無理な話でしょう。いくら言葉を尽くしても、どうしても伝わらないレベルのことはあります。とても分かりやすく言えば、今はGSの「運営」は校長以下の皆さんにだいぶ任せていますが、今すぐ会社の「経営」を誰かに任せられるかと言えば、残念ながら(まだ)Noです。絶対に自分が目を切ってはいけないところ、直接関わらなければいけないところはまだまだあります。それを、「何で自分と同じレベルで働いてくれないんだ?」「何でそんなことで自分の手を煩わせるんだ?」とイライラしてしまうのは、経営者のエゴでしかありません。
生徒や保護者の方に対しては、ちょっと意味合いが違って来ますが、本質的な部分では同じです。私は生徒たちのことは、「信頼」はしても「信用」はしていません。成績を上げて成長させるために、様々言葉を尽くして働きかけますが、最初から10のうち10できた生徒は、今まで指導した数千人の生徒の中でも、ほとんどいませんでした。7~8できればOK!くらいのところから指導は始まります。(3~4くらいしかできない生徒も少なくありません) それを、100%期待して、その都度「何で全部できないんだ?」「何で言ったことをやってくれないんだ?」とやっていたら、生徒もこちらも不幸になってしまいます。ただし、昨年度の受験生でもいましたが、1年間で偏差値を15も20も上げて、奇跡の合格を掴むような生徒は、最後には10のうち10どころか、12も15もこなせるようになる(指示したり与えたりしていないレベルのことまで自発的にできるようになる)ケースが多いことも申し添えておきます。
(次回に続く…)
「くれない族」になるな!
- 2024年3月20日 10:06 AM
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先日のブログで、感謝の第1段階は「何かをしてもらった時に感じる気持ち」だということを書きましたが、実はここに大きな落とし穴があります。最初は本当にありがたいと感じて、心から感謝の気持ちを持つのですが、それが日常的に続いて行くと、「してもらって当たり前」になってしまい、次第に感謝の気持ちが薄れて行く場合があります。さらにそれが続くと「何でしてくれないんだろう…」となり、最後には相手に対して恨みの感情を持ってしまうこともあるのです。特に、家族・恋人や親しい友人・同じ職場の人等、距離が近い人間関係の間で起こりやすいと言われているので、注意してください。家事や育児等を一手に引き受けているママ(時にはパパ)、何でも相談に乗ってくれる先生や上司・友人等に対して、「してもらって(時間を取ってもらって)当たり前」という感覚があるとしたら黄色信号です。
私が今まで出会った多くの人たち(大人も子どもも)の中で、「ちょっと不幸な生き方をしているなぁ…」と感じてしまった人は少なくありません。いろんなケースがあるのですが、一番多いのは「くれない族」の皆さんです。(皆さんは「くれない族の反乱」のドラマを知っている世代でしょうか?) 私が「くれない族」と呼んでいるのは、何か困ったこと嫌なことが起こった時に、すぐに他責にしてしまう人たちです。「誰々が~してくれない」というのが口癖です。その背景には、「自分はしてもらって当然」「自分が望むことをしてくれないのは相手が悪い」「自分が幸せになれないのは世の中のせい、誰かのせい」というような心理があります。私が感じているのは、これらの人たちはみんな自分に自信がなく、自己肯定感が低いということです。幸せになれないのを誰かのせいにしていれば自分の心が守られるので、なかなか抜け出すことができません。
幼稚園や小学校の先生とお話していて愕然としたのは、「うちの子のしつけがなっていないのは先生のせいです。もっとしっかり指導してください」というようなことを平然と言う親が結構いるのだそうです。「それは親の役目だろ!」と思うようなことでも、自分の責任は棚上げして先生を責めるような言い方をするのだそうです。GSにはほとんどいませんが、「塾に通っていて成績が上がらないのは、先生のせい、塾のせい」というようなことをあからさまに言うような保護者もいるという話を聞いたことがあります。究極的には塾にも責任がある場合もあると思いますが、だいたいそういう家庭の生徒に限って、やるべきことはやらない、様々なことが他人事になっている場合が多いのだそうです。それで成績が上がる訳がありません。
大人がそうだと、当然子どもにもそういう考えが染み付いてしまいます。自分が失敗した時に、「先生が〇〇してくれないから」とか、「友だちに〇〇されたから」と、誰かの責任にする癖がついてしまっている場合があります。「親に怒られたくない」という心理がはたらいていることも多いようです。この子どもたちの癖は、周りの大人が早い段階で修正してあげないと、将来社会に出た時にとても困ることになります。
とにかく、自分が失敗して落ち込んだり、何か不満を感じたりした時に、「自分が「くれない族」思考になっていないか?」という意識は、常に持っておいてほしいと思います。保護者の皆様には、「我が子がそうなっていないか?」という視点も。
感謝の三段階<その2>
- 2024年3月19日 10:54 AM
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感謝の最終段階は、自分にとって困難なことや災難が振りかかった時に、それに対しても感謝の思いを持てるかどうかです。自分に危害を加えて来るような他人に対しても、感謝の気持ちを持って接することができるようになるレベルです。
これも仏教の教えの中で学んだことなのですが、私は人間ができていないので(苦笑)、最初はどういう意味か分かりませんでしたし、「さすがにそれは無理っしょ」と感じていました。しかし、様々書物を読み、話を聞く中で、何となく理解ができて来たような気がします。人生の中で大きな困難に直面しているその時に、「これはありがたい…」と考えることはなかなか難しいと思います。後になって、「あの時の困難が自分を成長させてくれた」「あんなことがあったから、今の幸せがある」と考えて、(その当時は不幸のどん底だと思っていた)過去の出来事に対して感謝の思いを持てるようにすることがとても重要なのだと思います。
私の人生を振り返っても、とてもしんどいことと、それに起因する幸せなことが交互にやって来ているように思います。「あの不幸がなかったら、今の幸せはない」と感じることが結構あるのです。
例えば、13年ほど前に、私は前職の会社で取締役を拝命しました。責任も大きく大変ではありましたが、一生会社に骨を埋める覚悟を決めて、ある意味希望に燃えていました。しかし、その数ヵ月後に母親が倒れて、介護が必要な状態となりました。それまで10年以上、母1人子1人で暮らしていたので、私が面倒を見るしかありません。結局、25年間勤めた会社を退職することになりました。「今まで頑張って来たことを評価いただいて、さぁこれから!というタイミングで、どうしてこうなってしまうのだろう…」と自分の運命を嘆きましたし、しばらくハローワークに通いながら、母親を病院や施設に連れ歩く毎日で、正直「何で自分はこんなことをしているんだろう…」と考えてしまったこともありました。しかし、その後母親が運良く完全看護の施設に入ることができ(1年後くらいに亡くなりました)、自分でも寝耳に水の話で結婚することになり(真面目に交際0日婚です。2人とも無職の時に結婚しました)、それからGSを立ち上げ(12年間右肩上がりで来られています)、最初の2年間不妊で悩んだのが嘘のように子どもが4人立て続けに生まれて来て… 今の幸せがあります。もちろん、前職でお世話になった皆さん、GSのスタッフや関わってくれた方々、生徒たち、保護者の方、地域の皆さん、妻と子どもたち、それ以外の身内、いろんな方への感謝の思いがありますが、1つ言えることは、あの時母親が倒れていなければ、会社を辞めていなければ、GSはこの世に存在していませんし、私は結婚していないだろうということです。(もちろん子どもも生まれていません…) あの頃は不幸のどん底のような気がしていましたが、今になってみると、本当に様々なことに感謝しかありません。そういうことなのだと思います。
私は2年前に大きな病気をして、(ちょっと大袈裟に言うと)死にかけましたが、今はすっかり元気になって、日常生活に支障がないところまで戻りました。きっと、このことも10年くらい経ったら、「あの時に大きな病気をして、それを乗り越えたから今の幸せがある」と感謝できる時が来るのだと思います。少なくとも、そう考えて前向きに生きて行くことが、とても大切なことなのだと感じています。
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