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GS進学教室

中学校でも英語の「4技能テスト」導入へ<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月11日 2:11 PM
  • 未分類

こんな形で中学生に対しても4技能を身につけさせようと躍起になっているのは、現状の中学生・高校生の(本質的な)英語力がかなり劣っているという認識を文科省が持っているからです。昨年高校3年生7万人程度を対象に調査したところによると、「読む」力の7割、「聞く」力の8割、「書く」「話す」力の9割が英検3級以下の中学生レベルだったそうです。(これは、私の現場での実感とほぼ一致します)

確かに、今の日本の英語教育を続けている限り、高校生のうちに英検2級程度の力をつけるのは難しいと思います。特に「書く」「話す」という力を身につける機会はほとんどないままに進んで行ってしまいます。英検を受けている生徒は多いですが、文章を書いたり、自分の言葉で話す力は問われません。英会話に通う子供たちも増えていますが、取り組んでいる様子を見ていると、ほとんどお遊び程度で、真剣に外国人とコミュニケートできるようにしようというようなレベルではありません。
私の周りや教え子たちで、英語をネイティブに近いレベルで使いこなしているのは、帰国子女か(ある程度長期的な)海外留学経験のある者たちのみです。大学受験で最難関レベルに合格したというような生徒であっても、普通に国内で勉強していただけではそんなレベルに到達することはできません。

というような状況なので、英語を使いこなせるようになる子供たちを増やすためには、中学校・高校における教育を根本から見直さなくてはならないということはその通りなのです。しかし、私はこの方向性に大いに疑問を感じています。
1番大きな疑問は、教師がそのレベルに対応できるのかということです。試しに、ご自身や我が子が通っている中学校・高校の英語の先生の顔を思い浮かべてください。英検2級レベルをきちんと指導できる先生がどのくらいいるでしょうか? ご自身が外国人と普通にコミュニケートできる先生がどのくらいいるでしょうか? 指導者がそのレベルを体感できていないのですから、体制だけ整えても子供たちができるようになるわけがありません。文科省は、英語の教師全員に英検準1級取得を義務づけるとか、大学卒業後数ヵ月の海外留学を必修にするとか、様々な案を提示しています。しかし、まだどれも現実的な段階まで落とし込まれているわけではありません。その状態で、子供たちが英語を使いこなせるようにするというお題目をいくら力説しても、絵に描いた餅に見えてしまうのです。

もう1つは、そのレベルの英語力を全員が身につける必要がないということです。英語を使いこなせるようにする生徒の割合を(今よりも)増やす必要があることはその通りだと思いますが、(いくらグローバル社会が進行しているとは言っても)社会に出てからそれが必要となるのは、専門職に就いた者と、ほんのひと握りのエリートたちだけです。多く見積もっても子供たちの2割程度で、その他大勢はネイテイブに近い英語とはまったく無縁の生活を送ることになります。
これは、政府が最近進めようとしている高等教育機関の制度変更の話とも齟齬が生じる方向性です。社会に出た時に直接的に役立つスキルを身につけるために、大学の文系学部を減らして、専門教育を進める職業訓練校に近い形の学校を増やそうとしています。この方向性が、何が何でも「グローバルだ!」「英語だ!」という方針とは矛盾するものであることには異論がないと思います。
例の「G型・L型大学」の区分の概念でも、その部分で明確に線引きがされています。英語のネイティブに近い教育が必要なのは、G型の類型の大学のみです。今後L型大学を増やそうとしている方向性とは、明らかに矛盾しているのです。
(次回に続く…)

中学校でも英語の「4技能テスト」導入へ<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月10日 1:21 PM
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ある程度想像はついていたことですが、ついに正式に発表されました。2019年度より、中3生を対象とした英語の4技能テストを実施するという計画です。今の小5生の学年からになります。
4技能テストとは、「読む」「聞く」「書く」「話す」という英語の4つの力を総合的に判断できるテストのことで、現在学校で学習している内容・レベルとはだいぶ趣が異なり、最終的にはTOEFLにつながるような形をイメージしているようです。読むことと聞くことは英検3級をクリアできる力を土台として、それに加えて、文章を書く「ライティング」と、自分の言葉で話す「スピーキング」の要素を取り入れていくことになります。スピーキングテストについては、原則として生徒と教師が1対1で向き合って行うとのことなので、かなり手間もかかる形のテストであることは間違いありません。

また、文科省はこれと併せて、中学卒業時に英検3級、高校卒業時に英検準2級~2級を取らせることを目標として位置づけることを明確化し、この合格者の割合を、2017年に50%、2022年に60%、2024年に70%にするという数値目標も公表しています。

このテストを内申等の評価に連動させるかどうかという点や、高校が入試選抜の資料として使用するかどうかというような部分はまだ不透明です。(この部分では、建前と現実が違うことも理解しておく必要があります。現状でも、英検3級が内申の1ポイント分として機能しているケースは結構あります)
現段階では、国語と数学で実施している「全国学力テスト」と併せて実施する形が一番有力です。そのテストの結果については、単純に点数で〇点という形ではなく、英語力の国際標準規格(セファール)の指標を用いて示すとのことです。
(次回に続く…)

国立大学の授業料が私立大学と同じ水準に!?<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月9日 12:49 PM
  • 未分類

標記の件について、ようやく文科省から反論(?)のコメントが出されました。(文科省のホームページにて)
年収による制限をすでに容認しているような部分もあり、何だか腰砕けの印象を受けるのは私だけでしょうか? これだけ読むと、国立大学の授業料値上げはもう既定路線となっていて、立場的にとりあえず反対のコメントを出してみたというような匂いが漂ってきます。

(文部科学省の考え方)

1.意欲と能力のある学生等が経済的理由で進学等を断念することのないよう、安心して学ぶことのできる環境を整備することは極めて重要と考えます。

2.そのため、文部科学省としては、基本的には学生等に対してできるだけ教育費負担をかけないようにしていくことが重要であり、まず、国立大学の授業料値上げありきという考え方は適当でないと考えます。

3.しかし、厳しい財政状況の中において、いまだ経済的に困難な学生等への支援は十分とは言えず、そのさらなる拡充が求められますが、外部資金の導入促進など財源の多様化のための取組も含め、必要な財源確保に最大限努力していくことが必要です。

4.それでもなお、既存の財源では対応が困難な場合には、例えば一部の裕福な高所得世帯の学生に対する授業料値上げによる財源を活用し、経済的に困難な学生等の支援に充てることなども一つの考え方としてはありますが、そのような一部の家計の教育費負担増による支援策などが社会や国民の理解を得られるかも含め、慎重な検討が必要です。

大学の文系学部がなくなる!?<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月8日 1:20 PM
  • 未分類

この通達と時を同じくして、政府が「職業教育学校」の設置についての答申を発表しました。安倍総理が直々に会見をして話をしていましたので、肝入りで進めようとしているのは明らかです。
高校の卒業生が対象で、社会人としての専門知識習得を目的としますが、新たに学校を新設することはせず、現存の大学や短大に「職業教育学校」に転換してもらう計画です。大学が学部の1つとして設置することも見込んでいるため、結果として、前述した大学の文系学部廃止へとつながっていくものと考えられます。

安倍総理が(実際はそのブレーンかもしれませんが…)具体的な事例として挙げたのは、IT技術や金融に関する実践的な能力を持つ人材育成機関です。現在の大学が、産業界のニーズに即した教育を行っていないということが前提にあることは明言していました。アベノミクスにおける景気回復・経済の好循環をさらに進めるために、高等教育の見直しが必要なのだということです。

学校教育法の改正等手続きが必要になりますが、政府としては来年度中に準備を整え、2019年度からの設置を目指しているようです。
この制度が確立した場合、(優秀な生徒たちも含めた)高校卒業後の進路として選択肢の中に入ってくる可能性があるため、我々としても動向に目が離せません。

大学の文系学部がなくなる!?<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月6日 3:23 PM
  • 未分類

5月末に、文科省から国立大学に通知する素案が公表されたのですが、この内容がなかなか衝撃的なのです。簡単にまとめると、「文系の学部・大学院の廃止や定員削減を早急に進めよ」ということです。削減するべきとして取り上げられているのは、文学部や社会学部等等、人文社会系の学部や教員養成学部・大学院等です。国立大学に通知が出るということは、当然私立大学も影響を受けるのです。私立大学も、国から補助金をもらわないと経営が成り立たない立場だからです。
このことの背景には、18歳人口の減少がさらに進んでいることがあります。私たちが大学に入学した頃(バブルの頃)と較べると実に半分以下にまで減ってきています。そのために大学の定員が埋まらない、いわゆるFランク大学・学部も増えてきています。大学の志望率は上がってきていますが、結果として中堅以下の大学の質の低下も顕在化してきています。大学は出たものの…という状況が大きな社会問題にもなってきています。今後のことを考えても、経営が成り立たない大学がさらに増えてくるのは、既定路線となっています。
実際この数年を見ても、文系学部の定員を減らして、理系や国際系の新しい学部を創設したり定員を増やしたりしている大学が多いことに気付きます。大学院も同様です。法科大学院ですら、つぶれるところが出てきています。卒業しても、法曹として(あるいはそれに準ずるような立場で)活躍できない者が増えているという現状もあるからです。

今回の通知には、もう1つ大きな意図があることを見逃してはいけません。一昔前に話題になった、「G型・L型大学」の発想の延長戦上にある考え方に基づいているのです。
(次回に続く…)

国立大学の授業料が私立大学と同じ水準に!?<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月4日 12:43 PM
  • 未分類

この問題の顛末が気になるので、文科省の出している声明や、下村大臣の会見の内容を毎日チェックしているのですが、今のところ踏み込んだ発言を目にすることができません。どちらかと言うと、学校の教員の定数削減反対の方に意識が行っているようです。確かに、10年間で4万人以上の教員を削減するという案ですので、これはこれで大変なことだと思います。しかし、国立大学の授業料を私立大学と同じレベルに値上げするという大きな問題が、このまま簡単に決定してしまったら、とても怖いことだと思います。

もし仮にそうなったとしたら、どんな状況が生まれるか考えてみました。ひと言で言うと、生徒たちは無理に国立大学進学を目指す必要がなくなってしまうということです。やはり、授業料が安いことが国立大学の最大の魅力であることは否定のしようがない現実だからです。東大等一部の最難関大学を除いて、ステ-タスが一気に落ちる大学が増えるでしょう。地方の国立大学も学部によっては凋落するでしょうし、都心部でも募集が成り立たない大学・学部も出てくると思います。今まで国立大学を目指していた優秀な層が、私立大学に流れるからです。私立大学では、早慶上理レベルはもちろん、MARCHレベルもその恩恵を享受することになると思います。国立大学は、(科目数等)入試の負担が大きいので、授業料が私立大学とほぼ同じくらいになってしまったら、無理して目指すメリットがなくなってしまうのです。
さらには、大学進学率も下がってくるかもしれません。現状では、家庭の経済的な理由のために、国立大学しか進学させられないという声は決して少なくないと思います。これだけ大学の学費が高いと、特に子供が多い家庭にとっては、かなり深刻な問題が生じているのです。国立大学の学費が値上げとなったら、泣く泣く大学進学を断念せざるを得ないケースも出てくるでしょう。
以上のようなこと考えると、国は結果として自分で自分の首を絞めることになると思うのですが、このあたりのことをどんな風に考えているのか聞いてみたいところです。

この問題について様々調べている中で、実は大学の再編については、もっと大きな波・課題が存在していることに気付きました。

国立大学の授業料が私立大学と同じ水準に!?<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月3日 3:48 PM
  • 未分類

公立高校の授業料免除に所得制限をつけることに私がなぜ反対しているかと言うと、学校教育はサービスを受ける人(子供)とその対価を支払う人(保護者)が異なるからです。意図する・しないに関わらず、子供たちを巻き込んでしまうことになる場合もあります。
考えてみていただきたいのですが、同じクラスの生徒の中で、授業料が無料の生徒と有料の生徒が混在しているのです。当然子どもたちも、それは家庭の収入の多少によるものだということを知っています。文科省は、以前に担任の教師にもその情報は伝えないで、事務職員限りにするというようなことを言っていましたが、そのことにも無理がありますし、生徒たちの中でどうしても意識してしまうはずです。実際、GSの中3生同士で、「都立高校に進学したらうちは授業料タダになるのかな…?」というような会話をしているのを聞いたことがあります。口には出しませんでしたが、「おいおい、ここ(教室)でそんな際どい話をするなよ…」と、私が慌ててしまいました。

ひと言で言えば、その制度により教育の公平性が保てなくなるということです。子供たちが、自分たちではどうすることもできない部分で差別(区別?)されてしまうことが問題だと思うのです。
同じ理由で、私は塾や予備校の特待生・奨学生制度には反対です。自分の塾では絶対に導入することはありません。同じ授業を受けているのに、(成績によって)払っている授業料が違う(無料で受けている生徒もいる)ということにとても違和感を感じます。私立高校でも授業料無料の特待生・奨学生制度を取り入れているところが増えています。これについては、一定止むに止まれぬ事情があることも理解できますが、やはりこの制度によって優秀な生徒を確保して大学受験の合格実績に貢献してもらおうという考え方に手放しでは賛同できません。ただし、授業料の額が自分の成績で決まっているという部分で、親の年収で決まる公立高校のケースよりはまだマシなのかな?と考えたりします。

そんなことを言出したら、「そもそも、どの家庭に生まれたかで子供たちの格差は厳然と存在するじゃないか。家庭の経済的な状況や親の意識によって、子供が享受できるものに違いがあるのは当然でしょ」という意見が出てくるかもしれません。
(次回に続く…)

国立大学の授業料が私立大学と同じ水準に!?<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月2日 1:43 PM
  • 未分類

なぜそう感じたのかと言うと、同じようなケースで前例があるからです。

今現在、都立高校(県立高校)の授業料は無料だと思っている方が多いと思いますが、 実はこれが条件付きなのです。厳密には各種控除を除いた所得で判断するのですが、世帯収入ベースで約910万円以上の家庭の子供は有料となっているのです。やはり数年前に、無料を継続するか否かという議論が活性化し、財務省は全員を有料にしたかったようですが、世論の猛反対もあり、落としどころとして年収条件をつけたという経緯があります。もともと、この公立高校無料の政策は民主党政権の時に成立したもので、現自民党政権はできれば(無料を)廃止したいと考えていjます。(文科省は継続を謳っていることもありますが、予算を握っているのは財務省ですから…)
年間授業料は12万円程度ですが、(年収が910万円を超えていたとしても)子供が多いご家庭は苦しくなっているようです。そう言えば、GSの関係者で都立高校に子供が4人通っているご家庭があります。(無料かどうかは聞いていませんが…)
実は私立高校に通わせているご家庭の方が影響が大きい場合が多いかもしれません。皆さん意外とご存じないのですが、私立高校に通っていても、(公立高校の授業料と同じ)年間12万円の補助が国から出ているのです。もちろん、ここにも年収条件がついています。年収が910万円以上のご家庭は、私立高校の授業料が年間12万円値上げになるのと同じことになるわけです。

なぜこういう発想が出てくるのかというと、経済学で言うところの「所得の再分配」の考えが基になっているからです。税金の累進課税制度もそうですが、所得の多いところからたくさん取り、少ないところからは少なく取り、結果として富を公平に近づけようという考え方です。
私は、教育に関する政策においては、この所得の再分配(特に支払うべき金額に格差をつける形)は大反対です。
(次回に続く…)

国立大学の授業料が私立大学と同じ水準に!?<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月1日 3:18 PM
  • 未分類

財務省は、国立大学にも富裕家庭の子供も多いからということを理由に挙げています。また、家庭が低所得で優秀な学生は、奨学金制度を充実させることによって救済すればいいということもコメントしています。
確かに、東大をはじめとする最難関の国立大学は、年収が高い家庭の子供が多いということはよく知られています。しかし、あくまでもそれは平均的に見るとということであって、中には国立大学の授業料が私立に較べて安いから通うことができたという生徒はかなりの数いるはずです。今回の財務省の提案を受けて、「貧乏人は大学に行くなということか?」とか、「教育の所得格差を拡大させるつもりか?」というような、怒りに満ちた声を多数見聞きします。私のブログを読んでこのことを初めて知った保護者の方やブログの読者の方から、驚き・不安等の声もいくつか寄せられました。

こういうケースでは、奨学金について安易に取り上げられることが多いのですが、私は今の日本の奨学金制度には大きな問題点を感じていて、「奨学金は極力借りるな!」という立場です。(このあたりについては書くと長くなるので、またの機会に…)

今の国の財政状況(歳入と歳出のアンバランス)については、何とか改善しないといけないのは間違いありません。しかし、手をつけるのはここではないと思います。他に無駄を削減できるところがいくらでもあるように感じています。子育て・教育のところで言えば、「子育て世帯臨時特例給付金」についてがすぐに思い浮かびます。子供1人につき、年間3,000円が支給されるというものですが、受け取る側の満足度に比して、事務作業にかかる手間・費用等も含めた歳出が多く、全体の幸福につながっていないと感じるからです。八王子市でも先週郵送で申請書が届いているようですが、少なくとも私の周りの子育てママたちは、ほとんど喜んでいません。消費税増税に伴うアリバイ作りと感じてしまうのは、私がへそ曲がりだからでしょうか?

国立大学の授業料値上げは、まだ財務省の提案の段階です。最終的に国会で承認されないと話は進みません。その段階では、当然世論の状況も参考にするでしょう。そういう意味では、こういう部分についても、国民がもっと声を上げないといけないのだと思います。文科省は、当然このことについて反対の声明を出していますが、財務省のもの言いに較べて何か弱腰に感じるのは私だけでしょうか?(麻生さんと下村さんの顔が浮かぶせいかもしれませんが…)
最終的にその方向で進むかどうかは、とても微妙な情勢だと思います。私が今回可能性があるのではないかと感じているのは、所得による制限が加わる形になることです。
(次回に続く…)

国立大学の授業料が私立大学と同じ水準に!?<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年5月31日 1:04 PM
  • 未分類

先日、財務省から驚くべき提案がなされました。国立大学の授業料を私立大学に近い水準まで値上げするというものです。国の歳出見直し案の一環として出てきたものですが、他には今回も公立学校の教員数削減等、教育に関するものが多く含まれています。

現在、国立大学の授業料は年間535,800円と決まっています。それ以外の入学金等も含めると、初年度納入金は85万円程度になります。一方私立大学は、大学・学部により大きく異なりますが(一般的には理系学部の方がかなり高い)、平均すると授業料が約85万円、初年度納入金は131万円程度です。以前よりは差が縮まってきたとは言っても、平均で1.5倍以上違いますから、経済的にあまり余裕がないご家庭にとって、まず国立大学を目指す(子供に目指してもらう)というのはある意味「常識」になっていました。
以前はもっとその差が大きかったのです。私が大学に進学した頃は、だいたい私立は国立の2倍だよと言われていました。今文科省のデータを見てみて、その裏付が取れました。年間授業料だけで比較すると、国立大学が252,000円、私立大学の平均が約50万円でした。さらに遡って昭和50年頃は、国立大学の年間授業料は36,000円、私立大学が約18万円でした。もちろん、今とは物価が大きく違いますから単純に金額だけでは比較できませんが、国立と私立で5倍も違ったのですから、国立大学の学費のお得感が次第に低減してきていたことはお分かりいただけると思います。

しかし、今回は一気に50%以上の値上げを視野に入れているというのですから、ちょっとビックリしてしまいました。
(次回に続く…)

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