GS進学教室
チームとしての結束力
- 2012年8月12日 7:44 PM
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女子バレーの「火の鳥ニッポン」がついに銅メダルを獲得しました。男子も含めて、28年ぶりの快挙です。28年前(ロサンゼルス)は、私は現役のバレーポーラーでした。当時の女子は、三屋・江上・中田… と日立の選手が中心で、体育館が我々の地元にあったこともあり、勝手に身内意識を持っていました。(江上さんとは、その後仕事上で「再会」することになるのですが…) 特に女子は、東京オリンピック以降、メダルは当たり前という戦いが続いていました。ロスの銅メダルも、(金銀を逃して)ちょっと残念だった記憶があります。しかし、あの後日本のバレー界は暗黒の日々に突入しました。世界の各国が、日本が編み出したコンビバレーを吸収したことと、何と言っても大型化により、小さな日本は「上から打たれて終わり」という戦いになってしまいました。男子は、ロンドンには出場することすらできませんでしたが、今後もなかなか厳しい状況が続くと思います。
そんな中で、今回の女子の銅メダルは、「とてもすごいこと」なのです。予選リーグの組み合わせに恵まれたので、ベスト8までは確実視されていましたが、そこからはどこと当たっても苦戦の予想がされていました。中国とは5セットすべて2点差、マッチポイントを2度しのぐという壮絶な試合をものにしました。ブラジルには完敗したものの、優勝候補のイタリアを破った韓国を3位決定戦で降し、悲願達成です。私の中では、今でもバレーだけは特別な存在なんですね。涙なしには見られませんでした。解説の大林さんの気持ち(絶句・絶叫…)にはとても共感できました。
最後の韓国との対戦は、戦前の予想では、まったく五分と五分と言われていました。実際、5月の予選では完敗しています。3セットとも接戦になりましたが、最後抜け出して勝てたのは、チーム力・結束力の差だと感じました。韓国は、大会得点王にもなったスーパーエースのワンマンチームですが、さすがに疲労の色が滲み出ていました。フォームを見ていると、肩も相当痛かったのではないかと思います。一方、日本はエースのポジションに普段は控えの迫田という選手を起用し、彼女が大活躍して、勝ちました。もう1人のエースの木村をはじめ、全員が頑張りましたが、迫田の活躍なくして、銅メダルはなかったはずです。実は彼女、ユニフォームを2枚重ねて着ていたんですね。普通に考えたら、暑いので機能的には???なのですが、彼女にとってはそれでも必要なことだったのです。彼女が中に着ていたのは、石田という選手のユニフォームでした。迫田選手と同級生で同じポジションをずっと争ってきた永遠のライバルです。オリンピック開幕直前に、お母さんが危篤となり、緊急帰国していました。結局ロンドンに戻って来ることができず、選手たちは「石田のために」を合言葉に戦っていたと言います。
確かに、迫田選手の鬼気迫る表情と、ここ一本という場面での思い切りのいいプレーには、石田選手への思いが強くこめられていたと思いますし、最後の苦しい場面で全員の気持ちが1つになったからこそ、今までこじ開けられなかった扉を開けられたのだと思います。
一方、韓国のエースは、とても孤独な感じでした。他の選手たちはかなり緊張していて、余裕がなかった気もします。大事なところで痛いミスも出ました。
今回の女子バレーの活躍で、改めてチームとしての力、結束する力の重要性を感じました。しかし、日本はぎりぎりの勝負になると、女子は強いけど男子が弱いように感じるのは気のせいでしょうか…
今の子どもたちは…
- 2012年8月11日 11:47 AM
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最近の子どもたちは冷めているという論調を読むこともありますが、私はそうは思いません。25年塾の教師をやっていますが、日々の頑張り、受験に臨む時の思い等、昔と何ら変わりません。むしろ、周りの大人たちの対応が冷めてきていると感じます。保護者の方で、「そんなに無理させなくても…」とか、「これ以上頑張らせるのは可哀想だから…」とおっしゃる方の割合は間違いなく増えています。「そんなに上を目指させなくても、ほどとぼで…」とおっしゃる方も多いですね。本音ではないのかもしれませんが、子どもたちより前に、まず保護者の方とお話をしなくてはならないケースが増えているのは事実です。こちらとしては、まだまだ鍛えてあげれば伸びるのに…と感じる場面で、肩透かしを食らってしまうこともあります。
学校生活で特にそうだと思いますが、今の子どもたちは、昔に較べて競争する機会が減っているように思います。我々の頃は、中学校の中で業者テストが行われていましたし、内申も相対評価だったため、勉強でもクラスの中で明確なヒエラルキーが出来上がっていました。(私はその他大勢だったわけですが…) テストの度に、「誰が誰に勝った」みたいな話が、クラスの中で当たり前のように話されていました。スポーツや文化系でも、クラス内・クラス間の競争意識は結構強かった記憶があります。(だから私は、運動会と球技大会の時だけはヒーローになれたわけです)
実際に見聞きした話たけでも、最近の「競争をさせない」異常さは伝わってきます。運動会の徒競走で、手をつないでみんなで仲良くゴールしたり、合唱祭で順位はつけず、「○○賞」を全クラスに授与したり、通信簿でクラス全員に「よい」や「5」をつけたり…
文科省の役人が、「教育現場で、子どもたちに優越感と劣等感を抱かせないような配慮が必要だ」と語っているのを聞いたことがありますが、その帰結が「競争をさせないこと」だというのです。何か違うぞと感じるのは、私だけではないはずです。
受験では、倍率が1倍を超えている以上、そこには厳然とした競争が存在します。入試本番では、合格者と不合格者に明確に分けられてしまいます。最近は就職の状況が大変厳しく、新卒で「それなりの」大学を出たからと言って、「それなりの」就職はまったく保証されません。エントリーシートのところから選別が始まり、ペーパーテスト、小論文、プレゼンテーション、グループワーク、面接と、厳しい選考(競争)が続いていきます。社会に出てからの競争は、さらに熾烈を極めます。
小さい頃から競争する機会を取り上げられている子供たちが、突然受験や就職、そして会社に入ってから競争させられるから(特に失敗した時は)、必要以上に落ち込んでしまったり、社会に適応できない若者が増えているのではないかと、私は仮説を立てています。最近、草食系と呼ばれる恋愛や結婚に興味を示さない若者たちが増えているのも、このことが遠因となっているのではないかとすら感じています。
私は、子どもの時から、もっともっと競争させる(練習をする)べきだと思います。ただし、結果がすべてではないこと、1度失敗しても次に頑張ればリベンジのチャンスがあること、失敗から様々なことを学んで強くなっていくことが重要であること等を、周りの大人(親と教師)がきちんと教えていく必要があります。お受験(小学校受験)によく見られる、「あなたが結果を出してくれないと、お母さんが恥ずかしいのよ」「落ちたら今まで頑張ってきたこと(お金)が全部無駄になるのよ」的な対応は、子どもに悪影響を与えてしまうことは間違いないでしょう。
個別指導の功罪
- 2012年8月10日 2:51 PM
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つい、なでしこの決勝戦(と女子バレーの準決勝)を最後まで生で見てしまいました。しかし、朝からシャキッとして仕事しています。実は、昨晩夜中の12時~3時まで一眠りしていたのでした。何て計画的なんだろう。今日(明朝)の男子サッカーを見るかどうかは体力次第ですね。生徒たちも見ているのではないかと、ちょっと不安…
最近、個別指導の問合せが増えています。GSでは、個別指導のコースもあるのです。ここにきて特に高校生の需要が増えている気がします。GSは集団の方で高校生のコースはありませんが、個別指導は無学年制なので、高校生でもOKなのです。他塾に較べると授業料が廉価ですし、大変優秀な(自分で言うな!)講師が担当しますので、ぜひご検討ください。(内容・料金等はお問合せください)
ただし、個別指導は使い方によりマイナスにもなることもあるので、ご注意いただきたいと思います。基本的に、集団ではついていけないので… という使い方はアウトです。きっと、個別指導でも成果は上がらないでしょう。最初から腰が引けているからです。
個別指導をつけるなら、目的を明確にして、この部分でこういう力をつけるためにこう使うという意図を持って進める必要があります。極端に苦手な科目のフォローアップや、学校の定期テストで短期間でどうしても点数を取らなくてはならない時、入試問題が特殊な学校を受験する場合の過去問対策等で効果を上げやすいと考えています。
以前にも書きましたが、素人が教える個別指導ほど怖いものはありません。分からないところを端から端まで(本人がろくに考えてもいないのに)教えてしまい、生徒が自分の手で解く・点数を取ることがまったくできなくなってしまう場合があります。このケースの怖いところは、生徒も保護者も、講師も、短期間で力がついたという錯覚を持ってしまうため、ズルズル進めてしまい、気付いた時には手遅れ、というケースが多いことです。特に算数・数学が顕著だと思いますが、優秀な個別指導の講師は、最後まで教えることはまずしません。ヒントを与えながら、生徒に考えさせて、必ず自分の手で答えまで導かせます。もう一つは、家庭学習も含めて、授業時間以外の学習内容・取り組みをコントロールします。週に1回~2回の授業は、ある意味「点検」の場になっている場合が多いのも特徴です。簡単に言うと、生徒がとても依存的になり、日々の勉強や受験を自分の力で切り開いていく力を奪ってしまうことが怖いのです。現在個別指導や家庭教師をつけているご家庭は、早急にここの部分を点検されることをお勧めします。
私は、個別指導には限界があると確信しています。一時的、あるいと部分的には個別を利用したとしても、最終的には集団の中で揉まれて、切磋琢磨しながら入試に向かっていくべきだと考えています。どんどん競争して、良きライバルを見つけて、負けたくないという気持ちを持って、日々取り組んで欲しいと思います。
テストをやれば、どんな時でも当然位置付けが出来上がります。入試本番では、明確に「合格」と「不合格」にくっきり2つに分けられてしまうのです。子どもたちは、普段からもっともっと競争するべきなのです。確かに、学校ではなかなかそれがやりにくくなっているのでしょう。受験については、塾を通してその力を養って欲しいのです。せっかくのそういう機会なのですから、個別指導にしてしまうのはとてももったいないことだと、私は思います。
思うに、今の子どもたちは…
(次回に続く…)
目標を持つことの重要性2
- 2012年8月8日 3:45 PM
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ただし、目標を一度決めたら、徹底的にそれにこだわっていかなくてはなりません。成績が上がらないからと言って、だんだん志望校のレベルを下げていっては、目標を設定する意味がありません。「思い込んだら命懸け」ではないですが、やる以上、何としても絶対に目標を達成するという強い思いを持って取り組まなくてはなりません。そういう意味では、目標は具体的であればあるほど良いわけです。
志望校も早めに見に行った方がいいでしょう。勉強している時に、その学校の様子がリアルに浮かんだ方が頑張りが効きます。あの(かわいい)制服を着たいという欲求でもいいと思います。
多くの受験生を見てきて感じるのは、「リアルな目標がないと頑張れない」ということなのです。昨日書いた、「成績が上がったら志望校を決める」ということが、いかにダメなのかはご理解いただけると思います。
卓球で銀メダルを獲得した福原愛ちゃん(私の中ではいくつになっても愛「ちゃん」ですね…)が、20年越しの目標が叶ったと言っていました。3歳・4歳で本当に本人が目標としていたかはともかく(笑)、オリンピックのメダル獲得という目標を小さい時に定めて、2回のオリンピックではね返され、ようやくメダルを手にできたわけです。愛ちゃんは、「諦めなければ夢は叶うんですね」とも言っていました。強固な目標を持つことと、諦めないことの大切さを改めて感じた次第です。
目標を持つことの重要性
- 2012年8月7日 6:31 PM
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夏期講習会は、明日で前半戦が終了します。1日1日はとても長いのですが(校舎では10時間以上授業が続きます)、終わってみると本当に早いですね。特に、思うように成果が出ていない生徒にとっては、もう半分が終了してしまうという感覚かもしれません。特に小6・中3の受験生は、夏が終わると、9月以降時間が経つのがとても早く感じると思います。この夏で、できるだけ貯金をしておくつもりで、残りの半分を頑張らせていきます。
生徒たちは、本当によく頑張っていると思います。これだけ長い時間、毎日受験勉強に明け暮れるのは、ほとんどの生徒が初めてのことだと思います。明らかに、夏の前に較べて力がついてきた生徒も多いですね。
さて、突然ですが、皆さんは(皆さんのお子様・担当生徒は)志望校が決まっているでしょうか? 小6・中3の受験生はもちろんですが、小4や中1の生徒もこの時期に志望校を決めることは決して早くありません。
時々、こういう生徒(保護者の方)がいます。「まだ成績が良くないので、志望校は決められません。頑張って成績が上がったら考えたいと思っています」と。残念ながら、こう言っている生徒で成績が大きく上がったためしはありません。そんな風に考えているから、上がる成績も上がらないのだと思います。
受験勉強では、まず最初に目標を決めるのです。志望校を明確に口に出す(紙に書く)必要があります。何のために頑張っているのかが明確になっている生徒と、そうでない生徒では、頑張れる度合いに差があります。
スポーツでイメージしてみましょう。皆さんは、ゴールがないマラソンを走る気になりますか? バーがない高跳びで練習をしていて記録が伸びるでしょうか? 頂上がない山に上る気にはならないですよね? 最終的に、ゴールや頂上があるから頑張れるのです。バーを少しずつ高くしていくことで、ショートタームで達成感を味わうことができるから、次へのモチベーションが保てるのです。
GS進学教室では、節目節目で「GSシート」を元にして、生徒と話し合いをしています。もちろん、志望校を記入する欄は、必ずつけています。自分では高い目標だと感じていても、そこに書いてしまうことで、例外なく頑張り出せてしまうから不思議です。
ただし、…
(次回に続く…)
自叙伝「ちょっと熱く語る」(笑)
- 2012年8月6日 6:25 PM
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昨日のブログで、私が昔は体育会の人間だったと書いたら、早速、「先生は何をやっていたのですか?」という質問がありました。答えると、ほぼ例外なくみんな意外そうな顔をするのですが、皆さんは何だと思われますか?
正解はバレーボールです。(やっぱり意外でしょ?) 中学・高校・大学と10年間、結構本格的にやっていました。特に高校時代が一番ハードでした。平日は朝練・昼練もあり、夜は毎日8時頃まで。夏休みもほとんどなく、合宿は実業団への遠征も。正月は元旦の朝から体育館にいましたので、だいたいどんな生活をしていたかご想像いただけると思います。目標は、とにかく全国大会に出ることでした。3年間、それだけのためにすべてを犠牲にして頑張ったわけですが、結局全国大会に出場することはできませんでした。春の高校バレーの都大会準決勝で、あと1点取れば全国決定というところからひっくり返されました。(このあたりのことは、また書く機会があると思います) 関東大会ベスト16が最高成績です。
高校自体が全国で活躍することが義務づけられていたような感じでした。(春の高校バレーの第1回大会の優勝高です) 顧問の先生は、日本バレーボール協会の中枢を担ってきた方で、あのミュンヘンオリンピックで金メダルを取った時のコーチでもあります。(松平監督の時ですね) その先生が、6月に他界されてしまいました。昨年高校の全国大会でお会いした時はとてもお元気だったので、とてもショックでした。
先生のおかげで、我々も実業団(今で言うVリーグ)の有名な選手(高校・大学の先輩が多かった)と一緒に練習をさせていただいたり、全日本の国際試合のボールキーパーを務めさせていただいたり、とてもいい経験をさせていただくことができました。
(あれから30年近く経った)今になってみると、自分にとってあの経験はとても大きいなぁと改めて思います。(今でも)体力や集中力に自信があるのは、あの時に鍛えられたからですし、恵まれた環境の中で、1つの目標に向かって全力を尽くしたことは、今の自分の血となり肉となっていると思います。今の仕事にもプラスになっていることがとても多いですね。
試合の苦しい場面では、「3年間自分たちほど頑張ってきた奴はいない」と、メンバー全員が確信を持って立ち向かえたような記憶もあります。練習の質と量では、日本中探してもどこにも負けないと(当時は)感じていましたから… まぁ、それでも全国には出られなかったわけですから、上には上がいるということですね。
自分の経験を元に、受験生とその保護者の皆様にお伝えしたいことが2つあります。1つは、とにかく何でも全力で打ち込めるものを見つけて欲しいということです。もちろん、それが受験勉強でも構わないわけですが、果たして本当に自分が100%打ち込めていると言えるでしょうか? 受験に行く時に、「自分ほど頑張った生徒はいない」と感じて行けるでしょうか? 一生のうちで、一度はそう言い切れるような経験をして欲しいと思うのです。小6・中3の生徒諸君は、この夏がもしかしたら「その時」なのかもしれません。99%の生徒は、今のままではダメなはずです。
2つ目は、体育会系で頑張っている生徒も多いと思いますが、部活やスポーツだけ全力でやって満足していては絶対にダメだということです。もちろん、私が塾の教師だからそういう言い方をせざるを得ないということもありますが、自分の経験で言っても、自分はこれだけ部活を頑張っているからこそ、絶対に勉強をできない言い訳にしたくないという思いが強くありました。チャラチャラ遊んでいるだけの奴に、勉強でも絶対に負けたくないという思いがありました。実際、テスト前とかは死ぬ思いをして夜中まで勉強していた記憶がありますが、成績上位を運動部(それもハードな部活組)が結構占めていたような記憶もあります。それがプライドです。最近の運動部の生徒を見ていると、とても情けない感じを受けてしまう場合が多いことも事実です。スポーツを勉強ができない言い訳に使っていたり、疲れていて宿題ができませんでしたと平然と言い放ったり、授業中居眠りしていたり…
自分も上記の通り体育会系の人間なので、部活・特にハードな運動部にはどんどんチャレンジして欲しいと考えています。ただし、やる以上相当の覚悟を決めてやるべきなのです。絶対に勉強と両立する。勉強ができない言い訳には絶対に使わないということです。高校、大学、就職、そして人生の幸せを勝ち取るために、ご両親や先生等、周りの大人は、誰も最終的な責任を取ることはできません。すべて自分の意識と行動にかかってくるのです。その責任が自分で取れそうにないのであれば、ハードな部活は今すぐやめて、勉強に専念してください。そういう生徒に限って、勉強も中途半端に終わってしまうケースが多いように思いますが…
笑顔の効用2<為末選手のブログより>
- 2012年8月5日 3:20 PM
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たまたま、陸上の為末大選手が、本日付のコラムで同じようなことを書かれているのを先程見つけました。自分が伝えたいこととかなりかぶっているため、引用させていただきます。
(以下引用)今回、特に柔道の選手たちが試合後に、「勝てなくてすいませんでした」とインタビューに答えているのをよく目にした。 日本のお家芸としての期待や、必ず金をとらなければならないという思いから発される言葉なのかもしれないけれど、 そこに僕自身、元選手として複雑な思いを抱いている。 (中略)
人間のモチベーションや創造性というのは、やりたいことをやっている時に最も大きくなる。 気がついたら時間がたっているというような集中を誰もが経験したことがあるだろうけど、 そういうものは決まって自分の好きなことをやりたいようにやっている時に起きる。 反対に義務というのは、単純な作業を繰り返す時にはそれなりに効果があるけれど、 創造性を発揮したりモチベーションを保つ時にはマイナスになったり力みを生む。 今やろうと思っていることを、誰かに命令された途端にやる気がうせた経験はないだろうか。 人は強制されたり義務づけられた時に、やりたいという気持ちから、やるべきという方向に気持ちが変わる。
五輪選手はほっておいても、ただでさえ期待をされる。 それ自体は素晴らしいことなのだけれど、選手本人がその責任を負いすぎたとき、 勝利は義務になり、動きに力みが出る。 普通の種目でもすごい重圧がかかるのだから、ましてやお家芸の柔道選手にかかる期待は計り知れない。
すいませんという言葉の裏には、果たすべき役割を果たしきれなくてすいません、という意味が込められていると思う。 でも、きっと本当はその前に自分自身が悔しいですという思いがあるんだと思う。 何しろここまで頑張ってきたのは他ならぬ自分で、一番勝ちたかったのも他ならぬ自分だからだ。 そして、もう1度挑むにはまた4年間同じ苦しみの中で努力しないといけない。
月並みなことだけれど、選手たちにはどうか自分のために競技をしてほしいと思う。 それが何より国民が望むことだし、そうやってのびのびと競技をすることで十分に責任は果たしているのではないか。 そして皮肉なことに、自分のためにやっていると視点が切り替わった途端に動きが軽くなったりすることは確かにある。 背景はいろいろあるけれど、選手1人1人にとって五輪は誰のものでもなく、 自分のものだという視点で競技を楽しんでほしいと、僕は思う。
<8/5付 nikkan sports com. 「為末大学 オリンピックを考える」 より引用>
受験生にも、まったく同じことが言えると思います。受験勉強は自分のためなんです。両親や周りの協力してくれる人に感謝の気持ちを持った上で、「自分のために」「自分の意志で」取り組んで欲しいと考えています。それができれば、どんなにつらくても、苦しくても、笑顔で取り組めるのではないでしょうか? 。「Goog Smile」の理念も、最終的にはここに行きつくのだと思います。
もちろん、そのためには塾の教師がそれを実践しないといけません。講師たちが「いやいや働いている」「仕事をさせられている」塾に未来はありません
笑顔の効用
- 12:08 PM
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昨日は講習会のクール休みで授業がなく、校舎も閉校日でした。暑くて外に出掛ける気力もなく、当然テレビの前でオリンピック三昧となったわけで…
このオリンピックを通して、改めて感じること。それは、スポーツにおいての「笑顔の効用」です。この塾名「Good Smile」 をつける時に、相当考え抜いてつけたこともあり、最近はどうしてもそこに目が行ってしまうこともあると思います。
バドミントンの藤垣ペア(今朝SMAPの中井くんが、中継で「藤垣さ~ん」と呼びかけていましたが、名前ではありません。藤井さんと垣岩さんです)が銀メダルを取りました。試合中も苦しい場面では、声をかけ合って笑顔を意識していたそうです。決勝で負けて悔しくないはずはありませんが、試合後も笑顔がとても輝いていました。
サッカーは、なでしこはもちろん、男子もすばらしい快進撃です。正直、私のようなオジさん(昔の体育会系出身者)から見ると、茶髪が多いし、何かチャラチャラしてるし…と感じる部分もありましたが、やはり普段から笑顔で声をかけ合うことを意識しているようです。みんな同世代でプライベートでもとても仲がいいそうですが、必要な時は、キャプテン・ゴールキーバーを中心に、厳しいことも言い合うことも多く、メリハリが効いているのだと思います。昨日の勝利後、選手たちが笑顔で「金メダル欲しいっす」と答えているのを見て、とても頼もしく感じました。
一方、とても気になったのは、柔道です。もちろん、過去に例を見ないほど惨敗したということもありますが、何か試合前から悲壮感が漂わせていて、実際負けた(銀や銅の選手も含めて)後のインタビューで、ほとんどの選手が、涙を流しながら「周囲の方や、応援してくれている方に申し訳ない」というようなことを言っているのです。正直、何か違和感を感じてしまいました。感謝の気持ちはとても大切ですが、こういう思考回路になってしまうと、プレッシャーが必要以上にかかり、力を出せないことが多くなるのだと思います。日本のお家芸の種目で、常に金メダルを期待されること、最初の何日かで金メダルが取れず、後から出てくる選手にプレッシャーがかかったこと、格闘技は他の競技と違って表情で相手を威嚇することも必要であること等、様々な要素はあるのだと思いますが、もし彼らが笑顔で、プラス思考で試合に臨んでいたら、もう少し結果が違ったものになったのではないか…と感じるのです。
これは受験生にもそのまま当てはまります。入試直前期(1週間くらい)の様子や、試験当日の朝、校門前激励で握手をした時の表情等で、だいたい力を発揮できるかどうかが分かります。悲壮感を漂わせている生徒はダメですし、周囲の期待に応えなきゃという思考回路はマイナスにしかなりません。ヘラヘラしずきもダメですが、いわゆるキリッとした笑顔の「いい表情」で校門に入って行った生徒は、あまり心配しません。もちろん、その場だけでそういう表情・雰囲気を作ろうとしてもダメで、今まで自分が取り組んできたことへの自信・確信が、外に滲み出てくるのです。
(次回に続く…)
なぜ都立高校は大学の合格実績を伸ばしているのか?
- 2012年8月3日 3:37 PM
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2ヵ月程前に、衝撃的なニュースが飛び込んできました。都立青山高校が、「進学指導重点校」の枠からはずされることが決定したのです。理由は、大学受験の実績において、ふさわしい結果が残せていないからということです。
進学指導重点校は、全都で7校あり(日比谷・西・国立・戸山・八王子東・立川・青山)、カリキュラムの編成や、予算、教員の配置等で優遇措置の恩恵を得ていました。それが、はずされてしまうというのですから、学校の先生方、在校生はもちろん、これから受検を考えていた生徒たちもショックを受けたと思います。因みに、現在の在校生に影響を与えないよう、平成26年まではそのままだそうですが、逆に可哀想な気もします。マイナスのレッテルを貼られてしまったのですから…
進学指導重点校としての基準も、都は明確に定めています。「センター試験で、5教科7科目の受験を200名以上がして、そのうち10%以上の生徒が82%以上の得点を取り、難関国立大学に15人以上合格させる」というものです。いかがでしょうか? こういう目標を都立高校が定めて、目標達成に向けてお尻を叩かれているのです。
校長先生方にお話を伺うと、都の追及が結構厳しいことも伝わってきます。計画書の提出から始まり、定例の報告、対策の立案等結構大変で、特に大学入試で実績が芳しくなかった時は、針のむしろだという表現をされていた校長先生もいました。
この基準に照らし合わせて、青山ははずされるということになってしまったわけです。立川も危ないですね。ここ数年の結果を見る限り、ぎりぎりセーフという状況です。やはり、日比谷・西・国立の3校の実績が抜きん出ています。
都立高校が、ここ数年大学の合格実績を伸ばしているのには、それなりの理由があります。学区撤廃・内申比重低下・入試問題の自校作成等、入試改革が成功したために、以前に較べると優秀な生徒が入学するようになった(はっきり言えば、私立から流れた)ことが一番大きいわけですが、高校に入ってからの環境や、先生方の熱意等、高校としての取り組みの成果も当然あります。簡単に言えば、都立高校は、企業努力を徹底してやってきているということです。前述した目標管理のマネジメント・成果が出なかった時の「リストラ」は、一般企業も真っ青ですよね。これで授業料は無料なのですから、下手な私立高校が勝てるわけがありません。
その分、高校に入学するのが、以前よりずっと難しくなってきているのです。中学校でそこそこ優秀なら(内申がオール5に近ければ)トップ校に合格できた時代は、「今は昔」です。もちろん内申確保も必要ですが、それは必要条件で、十分条件を満たすためには、記述を中心としたハイレベルの問題に対応できるように、早い段階からかなりの訓練を積んでいかないとならないのです。
受験勉強とは何なのか?2
- 2012年8月2日 12:50 PM
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また余談の続きですが、昨日書いたオリンピックのバドミントンにおいて、わざと負けようとした4組のペアがすべて失格となりました。最初に仕掛けたペアはもちろん、それに追従してしまった相手のペアも含めて、全員が処分を受けることになったわけです。そのおかげで、日本のペアが一躍メダル候補になったようですが、何か複雑な気分ですね。本人たちが一番後悔しているでしょう。
一方なでしこの引き分け狙い試合は、懲罰委員会の対象にはならないということが明確に表明されました。あれは、立派な戦術だということです。正式な裁定が出たことで、気持ちを切り替えて決勝トーナメントに臨めることでしょう。好調の男子共々、頑張って欲しいと思います。(幸い、土曜日はクール休みだ!)
ブログだけ読んでいると、仕事を真面目にしていないように見えるかもしれませんが、そんなことはありません。夏で成果を出すべく、朝から気合を入れて生徒たちと接しています。(今は、午前中の授業が終わって、ちょっと一息タイムです)
午前中の小6都立中クラスの作文の授業の例を上げて、先日からお伝えしていることを、再度確認したいと思います。
本日の題材の中で、「コミュニケーション」についての問題がありました。1ページ分の文章(大人向けの文章です)を読んで、40字以内の要約と、重要点3つの抜き出し、そして最後に200字以内の作文で自分の主張と体験を書く問題でした。これだけ練習しているので、生徒たちは、最初の2問の要約・抜き出しは、そんなに苦労しないで書けるようになってきています。(一部答えの書き方のルールを無視して点数を引かれる生徒はいましたが…) 問題は、最後の作文で、ここの出来で差がつくことと、ほとんどの生徒は制限時間内に書き切れない状況がまだあります。なぜかと言うと、ほとんどの生徒が、「その場」で「自分がコミュニケーションを取る上で気をつけている点」について、特に体験例で何を書こうかなぁと考えてしまっているからです。結論を言うと、これをやっていたら勝てないのです。都立中の作文は、一番「暗記」や「パターン学習」になじまないと感じている方が多いと思いますが、もうその時点で負けています。都立中の作文ほど、パターン化がしやすい、そして成果につながりやすい科目はないのです。
具体的には、自分の書くべき体験は、表現の仕方まで含めて、項目別にストックしておく必要があります。入試の本番では、そこから取り出して、問題に合わせて多少アレンジして書けばいいわけです。その場で何にしようかな… と考えている生徒とは大きな差がつくであろうことは、ご理解いただけると思います。
今回のテーマである「コミュニケーションを取る上で留意していること」は、入試頻出テーマなので、何度も練習した上でストックされているべきテーマです。(過去の都立中の問題を分析すると、ストックしておかなくてはならないテーマはせいぜい30程度です)
今回の元の文章は、「メール等の発達でとても便利な世の中になった。しかし…」という流れの文章です。それを受けて書くわけですから、もう書き方の流れは明確ですね。模範解答の流れはいくつもありません。キーワードは、「対面」と「気持ち」です。
とにかくお伝えしたいことは、入試の本番で引き出せる知識・考え方をインプットしていくことと、それをいつでもアウトプットできるように練習していくことが受験勉強だということです。このことは、生徒たちはもちろん、保護者の方や駆け出しの塾の講師たちにも、繰り返し伝えていかないと伝わりません。
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