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GS進学教室

受験校最終決定<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月11日 1:44 PM
  • 未分類

〇まったく生徒の希望や実力を見ようとしないで、安全確実なことしか勧めない先生
→中学校の三者面談では、とにかくレベルを下へ下へ下げさせようとするケースが多いです。「そんなチャレンジ校をいくつも受けてもしょうがないでしょ」というのはある意味想定内ですが、一番困るのは滑り止めの高校をかなり下のランクから提示される場合が多いことです。本人の偏差値より10以上も下の、その高校なら併願を取らなくても10回受けても10回受かるよ、というような高校を勧められるケースも結構あります。時には、そのレベルの高校の単願を勧められる場合もあります。当然、その高校には受かってもまったく通うつもりはないわけで、そのレベルの高校の単願を勧められたということで落ち込んで帰って来る生徒もいます。一昔前にはよく聞いた話ですが、高校との関係において、成績の良い生徒を受けさせると、多少成績が足りない生徒も一緒に取ってくれるというような、ドロドロした部分があったりします。非常識に下のレベルを勧められる場合は、きっぱりとお断りすることも必要です。
その際に私が一番ダメだと感じるのは、生徒や保護者の将来の希望等にまったく関係なく、単に成績(内申点)だけで高校を先生が選んでいる様子が見て取れることです。先生としては、生徒たちをどこかに押し込んでしまえばそれでいいのでしょうが、それは進路指導とは呼びません。
一般的には、中学校の先生は生徒の力を過少評価しているケースが多いです。定期テストや内申点という狭いものさしでしか生徒たちを見る機会がないので仕方ないと思いますが、過去問やそれに類するテストでの得点力の確認くらいはして欲しいところです。最近は、三者面談に模試の成績表や過去問の得点表を持参するように言われるケースや、塾の面談では合格可能性を何て言われていますか?と聞いていただけるような先生も多くなっています。こういうケースは、塾としてはとても安心感があります。生徒たちの現時点での実力をきちんと見ようとしてくれているからです。(おそらく、ご自身も進学塾に通っていた経験がある先生が多いのだと思いますが…)

〇自分の(学校の?)価値観を押し付けて来る先生
口癖は、「~ということになっている」です。それは誰が決めたのでしょうか…?
例えば、「都立高校第一志望の生徒は、私立高校は滑り止めしか受けられない」とか、「私立高校は3校までしか受けられないことになっている」とか、「他県の高校はは原則受けないで欲しい」とか… その先生(学校)が勝手にマイ(アウア)ルールを作っているわけです。
話をよくよく聞いていると、「結局調査書をたくさん書くのが面倒臭いだけかよ…」と感じる場面も少なくありません。今年実際にあった例で言うと、2月10日~12日までの受験希望校を伝えたら、「3日も続けて受けたら疲れちゃうから、2つにしましょう」と言われたり、「そんなにたくさん受けたら受験料もバカにならないですよ」と言われたケースがありました。受験をするのは生徒の権利ですから、それこそ余計なお世話なわけです。
先生も、それがマイルールであって、強く出られたら最後には止められないことはよく分かっています。その証拠に、お父さんがちょっと強面(?)で担任に電話をしたら、コロッと態度が変わって、「どうしてもダメだとは言っていないんですよ~」と言われたことがありました。
悪名高きK中では、毎年その手のトラブルがあるのですが、数年前にどうしてもその高校の調査書を書かないと担任が言っていたので、保護者の方が学年主任と校長に話をしたら、すぐに指導が入ったようで、「全部受けていただいて構いません」という連絡が担任から入りました。
(次回に続く…)

やはり合格発表はドキドキします…

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月10日 4:13 PM
  • 未分類

昨日、9月に受験したFP1級試験の合格発表がありました。
朝10時にスマホで確認しましたが、やはりドキドキしてちょっと手が震えました。
自己採点の結果でおそらく大丈夫だろうとは思っていましたが、1年に1回しかチャンスがないので、落ちたらまた10ヵ月勉強しなくてはならないのか…とか余計なことを考えてしまいました( ;∀;)
生徒たちの気持ちが少しは理解できる瞬間です。
本日、写真の合格証書が送られて来ました。A3サイズでなかなか立派なものでした。
ちょうど、昨日・今日で、銀行や保険会社の方と面会する機会があったのですが、この話題になったら改めて驚かれました。銀行や保険会社でも、2級を持っている職員は結構いるけど、1級はなかなか取れないのだそうです。どこまで本気か分かりませんが、FP試験に向けた勉強会の講師を頼まれました。
今後の仕事に活かして行きたいと思います。

受験校最終決定<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月9日 12:07 PM
  • 未分類

通常、中学校の受験校決定の三者面談は2回あります。1回目はこの時期に希望の聞き取りと先生からの提案、2回目は内申が確定した後に最終確定の面談となります。
毎年感じることですが、この三者面談が結構酷い場合があるのです。もちろん、中学校や担任の先生にもよりますが、「おいおいいい加減にしろよ!」と突っ込みたくなるケースも少なくありません。毎年GSでは、9月以降の保護者会や保護者面談では、マニュアルまで配付して中学校の三者面談の対策にかなり時間をかけているのですが、それでも想定外のことが起こり、この時期は緊急の相談が後を絶ちません。
過去にあった事例をいくつかの類型にまとめてみます。

〇とにかく受験情報について無知で、何も分かっていない先生
→新卒2~3年目で中3の担任を任されてしまう場合もありますし、ある程度の年齢の先生でも「受験に携わるのは久しぶりです!」などど言っている方もいたりします。そうでなくても、通常は3年に1回しか中3生を担当しないので、やはり毎年受験に接している我々とは情報格差があるわけです。
私も(30年も前ですが)教育実習を受けていますし、講演や研修で中学校にお邪魔することも多いのですが、学校現場というところは本当に閉鎖的な社会で、情報の共有や、困っている職員へのフォローアップはあまり積極的に行われません。分からなければ聞けばいいと思うのですが、プライドが高いのか、とても聞ける雰囲気ではないのか、分からないままに三者面談に臨んでいる先生は結構います。これは、本人というよりも、周りの責任職や体制の問題です。
今年の事例で言えば、実技教科の内申点が2倍されることを分かっていない先生が何名かいました。三者面談の席でそのことを初めて知って、「じゃあ自分の教科(実技科目の先生でした)で3をつけるとまずいですね…」などと宣った先生もいます。さすがにこのレベルになると、不適格と言われても仕方ないでしょう。
ただ、このタイプの先生方は、自分が受験情報に関して無知であることを自覚しているので、生徒や保護者の方でレクチャーしながら話を進めれば、あまり問題にならないケースが多いです。推薦の書類を出してもらうとか、最低限のところをはずさないようにしてもらうことが最大のポイントです。

〇思い込みが激しく、間違いを指摘しても確認しようとしない先生
→これはベテランの先生、特におばちゃん先生に多いです。どういうわけか、男性の先生は間違いを指摘すると、とりあえず調べて確認しようとしてくれるのですが、女性の先生は「絶対にそんなことはありません!」とけんもほろろな対応をされる場合が多いです。
特に、入試制度についての思い込みはとても困ったことになります。よく出る話で言うと、「日大二高のA受験は合格したら必ず進学しなくてはならない」というようなケースです。おそらくA推薦と間違えているのだと思いますが、一般入試のA受験にそんな制約はありません。
併願推薦についても、毎年トラブルが必ず発生します。併願推薦を取ったら、他の私立は受けられなくなるとか、都立に落ちた場合は必ず進学しなくてはならないとか、事実ではない話がたくさん出て来ます。確かに、「公立併願」と言って、合格をほぼ保証する代わりに、都立に落ちたら進学することを約束して出願するタイプの高校もあります。(例えば錦城高校等) しかし、ほとんどの高校はそんな制約はないので、滑り止めで併願をもらって、あとは難関校にチャレンジする生徒が多いのです。それなのに、「併願を出すから、他を受けちゃダメなのよ」と言う先生が少なくありません。
今年で言えば、「その私立高校から、併願を取っても他の高校を受験してもいいという書類をもらって来てください」と言われたケースがありました。おいおい、それを確認するのが先生の仕事でしょうに…
(次回に続く…)

受験校最終決定<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月8日 5:12 PM
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先週で秋の保護者面談期間が終了しました。1ヵ月以上に渡る長丁場でした。
特に、小6・中3の受験生は、受験校(志望校ではない!)最終決定の時期を迎えているため、なかなかシビアな面談になるケースもあります。今までは、「とにかく少しでも上を目指して頑張って行きましょう!」と言ってやって来たわけですが、さすがにこの時期になると、可能性がないものはないとはっきりお伝えしないといけなくなります。
小6生(特に都立中志望者)については、中学受験でチャレンジして、ダメだったら高校入試で再度頑張るという覚悟が決まっているのであれば、基本的に止めることはしません。問題は中3生です。高校は義務教育ではないので、どこかには受かってもらわないといけないからです。それでも、第一志望校、特に都立高校については、もう少しぎりぎりまで粘ってから判断してもいいと思っています。最悪、私立高校の入試が終わってから願書の差し替えもできるので、そのタイミングまで判断を引っ張ることがないわけではありません。
ただし、私立高校、特に推薦(単願・併願確約・併願優遇等)絡みの高校については、今この時期に最終結論を出さなくではなりません。12月15日から中学校の先生が高校の先生と折衝するので、その前に受けることが決まっていないと間に合わないのです。
他県の私立高校については、中学校を通して推薦を取ることができないので、個人で学校に出向く必要があります。内申点はもちろんですが、会場テスト(V模擬・W模擬等)の成績表も持参しなくてはなりません。やはり大学受験の実績が堅調な高校は強気なケースが多く、埼玉県のある高校は、今年、普通科は偏差値70、特進科は偏差値72を要求しています。会場テスト2回の平均でこの成績が必要なので、優秀な生徒たちが多いGSの中3生たちも、なかなかシビアな戦いをしています。(会場テストに、その高校を受験できるかどうかの勝負がかかっているのです)

11月に入って、中学校の方で三者面談がスタートしました。
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その12>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月7日 11:53 AM
  • 未分類

もう1つ、保護者の方が子どもに教えて欲しいのは、「お金の使い方」についてです。
私は最近、FP(ファイナンシャルプランナー)として、お金の相談に乗る機会が多いのですが、ずっと違和感を感じていることがあります。それは、お金の貯め方・増やし方ばかり考えて、使い方を真剣に考えている方がほとんどいないということです。世の中に出回っている本や、FP等の専門家の責任も大きいと思いますが、我々はもっと有効なお金の使い方について学ぶべきだと感じています。

確かに、子どもが小さい時は将来の子どもの教育費が、子どもが大きくなった後は自分たちの老後の資金が心配になって、「お金を貯めておかなくては…」と考える気持ちは理解できます。しかし、そのために必要以上に今の生活を犠牲にしたり、どんどん増えて行く通帳の金額を見て満足感に浸るのは、何かが間違っていると思います。
日本がずっと不景気・デフレが続いていた要因の1つに、特に高齢者の方がお金を貯め込んで使わないことがあることは間違いありません。極論かもしれませんが、人間が死んで棺桶に入る時には、お金を持って入ることはできないのです。子どもたちには最低限のものだけ残しておけばいいでしょう。
当たり前のことですが、お金というのは、何かと交換して初めて価値に変わります。ただ置いておいて眺めているだけだったら、ただの紙切れに過ぎません。将来スーパーインフレが起こったら、その価値は急落します。何か形のあるものに代えておけばよかったと思っても後の祭りです。自分が死ぬ時に、もっとお金を使っておけばよかったと後悔しても、もう使う機会はないのです。

FPは、相談の中で将来に向けた「ライフプラン表」を一緒に作成する機会が多いのですが、おそらく私の相談はちょっと他のFPと方向性が違っていると思います。「この年に他に何か使うあてはありませんか?」と伺ったり、「このあたりで家族旅行を計画するべきではないですか?」という提案をしたり、お金を有効に使うことを奨励することが多いのです。少しでもお金を貯めたくて相談にいらっしゃった方は、最初は驚かれますが、話をしているうちに賛同していだたける場合が多いです。
何か欲しいものを買うということもありますが、私が一番重視しているのは、体験や旅行、自分への投資等、形のないものへの消費です。特に、家族や大切な人との絆を強めるための「必要経費」です。

もう1つ、時間をお金で買うという考え方ができるかどうかも大きいと感じています。普段の生活の中で、微々たるお金を節約するために、時間を無駄に浪費しているケースは結構あるのではないでしょうか? 数十円安いものを買うために遠くまで足を延ばすという行為は、私にはまったく理解ができません。ビジネスマンや経営者の世界で言えば、タクシーを使えば数十分時間が短縮できるのに、電車・バスを乗り継いで出かけることもそうです。タクシーの中では電話もかけられて仕事が進みますし、体を休めることもできます。短縮できた時間を他のことに回せることも大きいでしょう。
お伝えしたいことは、目の前のお金を節約するという大義名分のもとに、必要なことにお金を使わなかったり、貴重な機会を見送ったりすることは、長い目で損失の方が大きくなる場合が多いということです。

親のお金に関する価値観は、子どもに受け継がれます。子どもたちは、見ていないようでしっかりと分かっています。そういう意味では、これらのお金の使い方について、本当の意味で教えられるのは、親しかいないと思うのです。

支給型奨学金がいよいよ始動!<その11>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月6日 12:08 PM
  • 未分類

残念ながら、保護者の皆様も、子どもに対しての「お金の教育」はほとんどできていないのが現状だと思います。
ここでは、私が重要だと考えている2つの点についてまとめておきます。

〇子どもが「お金のありがたみ」をまったく分かっていない
→先日も書きましたが、確かにこの部分がまったく理解できていない子どもたちは結構います。塾に行かしてもらって当たり前、欲しいものを買ってもらって当たり前という感じになっていていて、親への感謝の思いはもちろん、当たり前に生活できることのありがたみはあまりピンと来ていない場合も多いです。私から見ると、(自分の子どもの頃と較べて)とても羨ましく感じます。
ただしこの部分については、厳しいことを言うようですが、親の責任が大きいと思います。
まず、ご両親の間で、この部分についてのリスペクトがあるでしょうか? 今でもお父さんが外で働いて稼いで来ているケースが多いと思いますが、お母さんがそれに対して感謝の思いを持っているでしょうか? 昔、給料が現金で支給されたいた頃は、受け取る時に三つ指をついて…というような時代もありました。我が家でも見たことがあります。今はほとんど振込になってしまったので、そういう場面は見られなくなりましたが…
逆にお父さんは、自分が働いている間に、お母さんが家を守って子育てをしていることに感謝の思いを持っているでしょうか? 稼いでいるのは自分だという思いがどこかにないでしょうか? 法的にも、婚姻中に片方が稼いだ財産や将来の年金は、夫婦共有の財産で、何かあった時の取り分は半々であることが明示されていますが、そういうことではありません。気持ちの問題です。それ以前に、家で仕事や上司に対する愚痴を言っていたり、仕事に行くのが嫌だというオーラを出していたりすると、確実に子どもに「仕事は嫌々するものだ」ということがインプットされてしまいます。
そして、これらの感謝の思いを時にはお互いに伝えあっているでしょうか? 子どもに聞かせているでしょうか? 「私たちが普通に生活できるのは、お父さんが外で汗水垂らして働いてくれているからなんだよ」とか、「自分が外で心配なく働けるのは、お母さんがその間家を守ってくれているからだよ」というようなことを聞いて育った子どもは、その部分のありがたみが分からないはずがありません。子どもにそういう思いを持たせたいのであれば、まずご両親の間でそういう思いを持って、言葉で伝え合うべきだと思うのです。
そういう意味では、ご両親の夫婦間の関係が子どもに与える影響はとても大きいのです。
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その10>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月5日 11:27 AM
  • 未分類

またまた話がたいぶそれてしまったようです。(^-^;

今回のシリーズ(?)で私が一番お伝えしたかったことは、子どもたちに「お金に関する教育」をもっときちんとしておくべきだということです。
今の学校教育では、お金に関することをほとんど教わる機会がありません。お金の稼ぎ方・使い方という根本的な部分はもちろん、税金や年金・保険、親からの贈与・相続、金融に関することなどはほとんど教わらないまま、社会に放り出されてしまいます。私も所属している日本FP協会が、最近「パーソナルファイナンス」教育にについて学校や塾に講師を派遣したりして注力していますが、残念ながらまだ浸透率は高くありません。

私が就活塾やカウンセリングルーム、結婚相談所において、特に若者たちと接する中で感じるのは、お金に関する知識がとても乏しいことと、そもそもお金を稼ぐ・使うということに対する意識・認識が間違っていることが多いということです。
一番感じるのは、お金を稼ぐことが、何か後ろめたいこと、辛いことであるという認識を持っている者が多いことです。しっかり働いて、それに対する対価として給料・報酬をもいただくのは当然ですし、本来すばらしいことであるはずです。そういう意味では、高校生くらいからは、アルバイトをしてお金を稼ぐ経験はどんどんするべきだと思います。
お金の貯め方・使い方に関する部分で、よりそのことを感じます。ただ将来に向けて貯金しておけばいいと考えている者が多いですし、使い方についても、必要以上にコストパフォーマンスを気にし過ぎたり、お金を使うべきところをケチって、無駄なところに使っているケースが多いように感じます。
具体的に言うと、「自分への投資」という概念が持てていなかったり、お金を節約することによって時間を無駄にしていたりということがそれに当てはまります。目の前のことだけで損得を判断して、長い目で自分にとってマイナスになっていることに気付いていない場合が多いのです。

この部分の教育が学校に期待できない以上、親が子どもに指導・教育する必要があるわけですが…
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その9>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月3日 2:32 PM
  • 未分類

もう1つは、私が就職してからのことです。
私が就職したことによって、(家庭の収入が増えて)都営住宅にはいられなくなったため、一発稔輝して家を建ててしまいました。私が23歳の時です。当然現金はほとんどないので、住宅ローンを組んだわけですが(よく組めたな…)、給料の手取りが17万くらいの時に、毎月14万円くらいが引き落とされていたと思います。ボーナスもほとんどすべてローンで消えました。
家族3人は父親の年金で何とか暮らせていましたが、私は経済的に自立する必要がありました。大学の学費を自分で払ったこともあり、貯金もほとんどなかったため、大袈裟ではなく食うに困る状況もありました。就職してまで何でこんなに苦しいんだ…と考えたこともありましたが、両親が(小さいとはいえ)念願の一戸建てに住めて嬉しそうにしているのを見て、「頑張るしかないな…」と腹を決めました。
今だから言えることですが、その頃の私は、仕事に逃げるしかありませんでした。休みがあってもお金がないので出かけることもできませんし、友だちと遊びに行ったり、ましてや彼女を作ったりということができるわけもありません。(まぁ、それはお金以外の要素も大きいのでしょうが…(>_<))  朝から晩まで、そして休まずに仕事をしていればお金を使うことがほとんどないので、そんな状況でも何とかやっていけたわけです。 当初は30年の住宅ローンを組んだのですが、少し貯金が貯まったら繰り上げ返済をし続けた結果、何と予定の半分の15年でローンを完済してしまいました。私が38歳の時です。その時は、父親はすでに他界しており、妹は嫁いで家を出てしまっていたので、私と母親の2人暮らしとなっていました。その上私がほとんど家にいなかったわけですから、母親はさぞかし寂しい思いをしていたのではないかと思います。 その頃は、収入もそれなりに増えていたこともあり、住宅ローンを払い終わって以降は、経済的にも余裕が出てきたはずなのですが、15年間で体に染み込んでしまった仕事の仕方やお金の使い方は変えられるわけもなく、今に至っています。 (次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月2日 4:40 PM
  • 未分類

もう1つ、「経済的に苦しい家庭の状況は、先生のような方にはお分かりにならないでしょうね…」という声もありました。ご指摘はご指摘として受け賜わろうと思いますし、ブログの表現によってそう感じさせてしまったのは私の不徳の致すところです。
以前にも書きましたが、私は子どもの頃からその部分(経済的な側面)では結構苦しい思いをして来ました。その体験が根底にあって、今の考え・視点に行き着いている部分もあると自分では感じています。なので、今回はそのあたりのこと(私の過去)について少し触れてみたいと思います。

子どもの頃も、決して衣食に困るような状況ではありませんでしたが、都営住宅の2部屋で家族4人(両親と3つ違いの妹です)が暮らしている状況で、自分の部屋などありませんでした。旅行に出かけたり、贅沢品を買ったりした記憶はほとんどありません。中学生の頃に一番辛かったのは、塾に通えなかったことです。当時は今ほど進学塾への通塾率は高くなかったと思いますが、それでも友だちが学校で塾のテキストを開いていたりすると、とても羨ましかったことを覚えています。
受験勉強もしんどかったですね… 自分で参考書や問題集を買って来てコツコツやっていましたし、中3の秋以降は自分が受ける高校の過去問に取り組みましたが、当然点数を取れるわけもなく、解説を読んでもさっぱりで、途方に暮れていた記憶があります。今でも覚えているのですが、入試の本番の数学で、ピタゴラス数の「5:12:13」を知っていれば数秒で解ける問題にえらい時間を使ってしまい、焦りまくっていました。帰り道で、塾に通っている友だちが、「そんなの覚えているのは常識だよ」と言っていたのを聞いてショックを受けました。今になってみると、自分でもよく受かったな…と思います。

そういう体験があるので、今の目の前の生徒たちを見ていると、「本当に恵まれているな」「羨ましいな」と強く思います。(親がお金を出してくれて)塾に通わせてもらえて、送り迎えやお弁当まで用意してもらって、塾では「やることをきちんとやれば必ず成績を上げてやる!」とまで言われて、手取り足取り指導を受けられて、サボっている時は呼び出して締めて(絞めて?)もらえて、受験に向けてこんなに環境が整っているのです。これで「何か勉強をやる気がしない」とか言っている生徒は、「ふざけんな!」と後ろから跳び蹴りを食らわしたくなる時があります。(しないけど…)
今でも、塾に通いたいのに(経済的な理由で)通えない生徒はたくさんいるはずです。塾に通って来ている子どもたちに、今の自分の環境はとても恵まれているのだということを理解させることも、我々の重要な仕事だと考えています。
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月1日 2:12 PM
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昨日のブログの内容について、何人かの方からご質問をいただきました。私の文才が足りないために、誤解を与えてしまった側面もあるようなので、ご質問にお答えする形で再度考えをまとめます。

〇才能を多面的に伸ばしてあげる必要があるのはその通りだと思いますが、小学生くらいの段階で将来の可能性まで踏まえて素質の有無を判断できるものなのでしょうか?
→確かにその通りだと思います。私がお伝えしたかったことは、小中学校においては、勉強を頑張った子はそちらで評価すればいいし、勉強が苦手であっても、スポーツや芸術が得意な子はそちらで称賛されるべきだし、学力という狭い1つの基準がすべてだというような方向性は改めるべきだということです。
そう考えるようになったきっかけは、ある保護者の方から、「うちの子は勉強が苦手なのですが、足がとても速くて、運動は何でも得意にしています。しかし、運動会でかけっこの順位をつけなくなってしまい、学校での自分の居場所がなくなってしまった感じで、何に対してもやる気をなくしてしまいました。それ以降、勉強で頑張らないと評価されない、自分の価値がないと思い込んでいるようです」という話を伺ったからでした。
確かに今の世の中では、将来の選択の幅を広げるという意味でも、学力・学歴はないよりもあった方がいいことは間違いありません。ただし、それを国の施策として(税金を使って)、みんなが大学に進学できるように…という後押しをするのは、ちょっと違うと思うのです。

〇お金がないという問題は、子どもにはまったく罪がないはずです。本人は勉強を頑張りたくて意欲もあるのに、家庭の経済的な理由により大学に進学できないというような子どもを救うのが、なぜダメなのでしょうか?
→今回の政策は、それに当てはまらないと考えています。支給型奨学金も貸与型第一種(無利子)奨学金も、基本的に「住民税非課税家庭」であることが支給要件となっています。また、一昨日のブログで書いた制度変更については、高校の評定平均が3.5に届かない生徒についての議論です。もちろん、どの高校に在籍しているかにもよりますが、一般的には高校の評定で3.5を取れない生徒は、大学での学習を普通にこなして行くのは難しいはずです。
来年度からスタートする、「私立小中学校に通う場合の補助金」についても同じことを感じるのですが、それだけ生活が困窮している家庭の子どもを、私立の小中学校や大学に進学させることが正しいのだろうか?ということです。その奨学金によって一時的には助かるわけですが、例えば大学に進学する場合の支給額は月に3万円です。それだけでは当然大学の学費は賄いきれませんし、住民税非課税世帯が、それ以外の費用も含めて負担をしきれるとはとても思えないのです。

非常に分かりやすく書いてしまうと、今回の制度改革は非常に中途半端だということです。「帯に短し、たすきに長し」で、本当に支給型奨学金を必要としている子どもには行き渡りません。本当に住民税非課税世帯にまで支援をするのであれば、月に3万円と言わず、全額負担すればいいのです。ただし、その場合はもっと厳格な学力・意欲の要件が必要であることは言うまでもありません。
(次回に続く…)

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