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2015年7月のアーカイブ

大学入試で評価すべき能力<その14>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月20日 3:45 PM
  • 未分類

〇苦しい時ほど笑顔で頑張れる能力
→これは、GSの理念の1つです。「Good Smile」ですね。
最近授業をやっていて感じるのは、授業を受けている時の表情と成果はほぼ一致しているということです。生徒たちの表情は、科目ごとに違うことも特筆しておきます。やはり得意な科目・好きな科目には嬉々として取り組んでいますし、同じ生徒が苦手な科目では表情が暗いのです。授業を教室の外から覗いていると、その表情の違いに結構驚く場面があります。
もちろん、授業の内容が理解できなかったり、テストで点数を取れなかったりすると、落ち込んで表情が冴えなくなることはあるでしょう。「笑顔で頑張れって言われたって、そりゃ無理でしょう…」という心の声が聞こえてくることがあります。しかし私は、そうではなく因果関係が逆であるケースの方が多いと感じています。暗~い顔をして勉強しているから、いつまで経っても成績が上がらないのです。女子生徒の算数・数学や、男子生徒の作文で事例が多いのですが、「自分は苦手…」「できるようになるわけない…」「点数取るのは無理…」と思い込んでいて、その科目に前向きに取り組むことができず、諦めも早く、だから結果としていつまでもできるようにならないという悪循環に陥っている場合が多いです。私の今までの経験でも、そういう生徒たちが壁を破ってできるようになった事例はたくさんありますが、気持ちの持ち方や表情を変えて、ある意味開き直って取り組んだ生徒がほとんどです。それまでどこかで諦めていたわけですから、それを改めて1つ1つきちんと取り組んで行けば、成果につなげることはそんなに難しいことではありません。
小6・中3の受験生が、夏期講習中に大きな壁にぶつかることが多いのですが、やってもやってもできるようにならない(点数を取れない)と感じてしまうことが多いようです。そんな場面で、笑顔で前向きに取り組んでいる生徒と、悲壮感を漂わせてどよーんとしている生徒と、最終的にどちらが結果につながるかと言えば、結論は明白です。

入試当日の朝等、追い込まれた場面ほどこのことを強く感じます。校門の前で握手した時に、笑顔で「先生、受かってきます!」と言えるような生徒はだいたいいい良い結果が出ます。逆に悲壮感を漂わせて、それこそ手足が震えていたり、顔面蒼白でしゃべれないような生徒は力を出し切れない場合が多いのです。それは性格や気持ちが強い弱いという問題ではありません。今まで(特に受験学年の1年間)、自分が納得できる勉強をやり切ったと思えているかどうか、そしてその積み重ねの結果として、自分に自信を持てているかどうかが大きいです。

受験だけではなく、これから人生の荒波の中に踏み出して行く子供たちには、苦しい時ほど笑顔で頑張れる人になって欲しいと強く思います。

大学入試で評価すべき能力<その13>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月18日 9:47 AM
  • 未分類

〇要領よくこなしていく能力
→前回書いた「1つのことを徹底して考えて…」ということと矛盾したように聞こえるかもしれませんが、これも子供たちにとって必要な能力です。分かりやすく言い直すと、手をかけるところと手を抜いていいところを見分ける能力ということになるでしょうか。「手を抜く」というと一般的にはネガティブな表現ですが、必要のないことに無駄な時間をかけないという能力はとても重要です。特に受験勉強の学習効率の良し悪しは、そのまま成果に直結します。
勉強に時間をかけている割に成績が上がらない生徒の例を、具体的にいくつか挙げてみます。

・きれいなノート作りに命をかけちゃう生徒
→中学生の女子生徒に多いですね。色ペンを何色も使っていたら要注意です。(私は、過去に24色のペンを机の上に並べて使いこなしていた強者を見たことがあります。金や銀の字を見た時は眩暈がしました…) 中学校の先生に提出するノートは、内申対策としてこれ(きれいなノート)が必要になるケースがあるのは事実です。しかし、受験勉強ではマイナスになることの方が多いです。時間がかかり過ぎることが一番の問題点ですが、結局ノートにまとめたことが頭に入っていなかったり、テストで使えなかったりするケースが多いのです。もちろん、ノートが汚い方がいいということではありませんので、誤解のないように…

・分からない問題をウンウン唸って考えている間に時間がどんどん経過してしまう生徒
→前回書いた通り、ある場面ではこれが必要な場合もあるのです。しかし、日常的にこんな勉強をしたいたら効率的な学習はできません。特に算数・数学に多いと思いますが、分からない問題1問に何十分(下手をすると何時間)もかけてしまって、まったく勉強が進まない生徒がいるのです。こういう生徒(保護者の方も)が言うセリフは決まっています。「私(我が子)は、かなり勉強時間はかけているのですが、成績が上がらないんです…」と。それは、時間をかけているから成績が上がらないんです。
一般的には、(当たり前ですが)分からないものは分かりません。問題が解けないのは、その前提となる知識や解法パターンを知らない(覚えていない)だけというケースがほとんどです。一度立ち返って、そこをしっかり復習し直して理解してから取りかかれば、嘘のように手が動くようになるはずです。そういう意味では、早めに講師に質問したり、問題集の解説を読んだりしてしまってもいい(した方がいい)ケースが多いのです。

・学習のレベルがまったく自分に合っていない生徒
→塾や教材の選び方を間違えているケースがこれに当てはまります。学校の授業の基本レベルがあやふやなのに、難関校レベルの難しい問題をたくさん解いたとしても成果にはつながりません。逆に、何度やってもほぼ完璧にできるような簡単なことをくり返しやったとしても、非効率なわけです。そもそも、そんな勉強を続けていても、達成感も持てないしつまらないでしょう。自分のレベル・学習時期に合致したことに取り組むことが、特に受験勉強においてはとても重要なのです。ただし、このことは子供たち(特に小学生)が自分では判断できない場合が多いと思います。保護者の方が適切に判断してあげることが必要になってきます。

・完璧主義な生徒
→これも以外に感じるかもしれませんが、受験勉強では完璧主義の生徒はうまくいかない場合が多いのです。中学生の定期テストや都立の共通問題校を受ける場合などは、それでもまだあまりボロが出ませんが、中学受験や高校受験で難関校(都立中や都立進学重点高校も含む)を受験する場合は、マイナスになることが多いのです。一番大きい理由は、合格最低点(ボーダーライン)が低いということです。難関校は、だいたい(100点満点で)60点ずつ取ってくれば合格できる場合がほとんどです。特に私立中高は、ここ数年で合格最低点が下がってきている学校が多いです。60点取ればいいということは、逆に言うと40点は落としてもいいわけです。特に算数・数学・理科(都立高校を除く)では、一般的には10点~15点分くらいはかなり難しい問題が多いので、捨ててもいい(テスト中に解かなくてもいい)問題が結構あるのです。ところが、完璧主義な生徒は、その10点~15点分を取りに行ってはまってしまい、他の易しい問題すら落としてしまうケースが多いのです。
また、普段の受験勉強についても同じことが言えます。そのレベルの勉強をしていく場合、すべての学習内容が完璧にこなせるのは本当に一握りの飛び抜けて優秀な生徒だけです。そんな生徒は放っておいても合格していくので、最初から相手にしてはいけません。科目にもよりますが、8割~9割方こなせたらよしとして、次に進んでいくぐらいの馬力が必要になる場合が多いのです。

・気持ちの切り替えができず、様々なことを引きずってしまう生徒
→これも女子生徒に多いのですが、メンタル面が受験勉強に影響を与えてしまう生徒が少なくありません。(昔より増えているように感じています) テストで1度悪い成績を取ったら落ち込んでしまって、「このままで成績が上がるかな…?」「合格できるのかな…?」と考え込み、肝心の勉強が手につかなくなってしまうのです。そんなことを言ってるから成績が上がらないのですが…
最近は、勉強以外の要素がメンタル面に影響を与えてしまう生徒が増えているのは間違いないと思います。友達関係がうまく行っていないとか、親と喧嘩したとか、先生と相性が悪いとか、好きな子(アイドルや2次元の場合も…)ができたとか… これらのことが頭に渦巻いて、勉強どころじゃなくなってしまうのです。昔は、そんな状況の中でも、「それはそれ、これはこれ」と割り切って受験勉強に励んでいた生徒が多かったような気がします。第一志望校の入試当日の朝、お母さんが病気で亡くなったのに、朝校門前で集まった時にもまったくそんなこと億尾にも出さず、合格を勝ち取ってきた生徒もいました。さすがに、入試から帰って来た瞬間に職員室で泣き崩れましたが…
大事なことは、気にしても仕方がないことを割り切ることができる能力です。こだわらなければいけないことは徹底的にこだわり、ある部分では「まぁ、いいか…」とスパッと割り切る。これができる子供は強いのです。

これも保護者の方に伺った話ですが、最近小学校て宿題を拒否して子供にやらせない保護者の方が一部にいらっしゃるそうです。中学受験を考えているご家庭が多いようですが、例えば漢字の100回書きや、とても簡単な大量の計算ドリルについて、「うちの子には百害あって一理なしですから一切やらせません!」と宣言してしまうのだそうです。そんな時間を取るくらいなら、受験用の難しい勉強をもっとさせたいということのようです。驚いたのは、先生の方も「それで結構です」という対応をしているとのこと。確認テスト等できちんとできている生徒は免除というような形を取っているクラスもあるそうです。
これはこれでまた別の問題を内包していると思いますが、確かに学力差が大きい公立の小学校で、全員に同じ質と量の課題を与えることに無理があるのだと思います。それ故に、逆にまったく宿題を出さないと決めている小学校(先生)もあったりします。八王子市内の小学校でも、今年の夏休みの宿題がほとんどないので驚いた(困った)という話を聞きました。私の教え子たちが小学生の母親として各地に散らばっているので、様々な情報・相談が寄せられます。GSにも教え子の子供が何人か通ってきてくれています。私の目標は、親子3世代を教えるまで現役で頑張ることです。(あと20年くらいかな…)
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その12>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月16日 10:54 AM
  • 未分類

〇1つのことを徹底的に考え抜く能力
→新しい大学入試の制度において、(今までと比較した時に)一番必要とされるのがこの部分の力です。今までのセンター試験は、知識量で勝負できましたし、マークシート方式のテストなので、処理テクニックの巧拙によって点数が大きく変わる要素もありました。
まったくの余談ですが、私は学生の頃に、国語の「例の方法」という裏ワザにとてもお世話になったことがあります。代ゼミの有坂先生が世に広めたものですが、簡単に言うと、「本文を読まなくでも選択肢を見るだけで正解が絞り込める」という(禁断の?)テクニックです。私はそれを駆使してテストで結構点数を取れた経験があります。もちろん、邪道であることは認識した上で使っていたわけですが、センター試験レベルの入試問題は、そんな裏ワザが広まってしまうくらい表面的な理解で解けてしまうということです。
PISA型の新しい大学入試では、(すべての科目において)記述問題が多くなることもありますし、自分の頭でしっかり考えないと書けない問題の割合が多くなることが公表されています。もちろん知識があることが前提となる場合が多いと思いますが、その端的な知識を知っていただけで点数になるような問題はほとんど出題されないはずです。今の都立中の適性検査問題を想像していただくのが早いと思います。
誤解があると困るのではっきり書いておきますが、都立中型の思考力を必要とされる問題であっても、訓練によって点数を取れるようにしていくことは可能です。逆に言えば、しっかりとした対策を立てていかないと、かなり力がある生徒でも点数を取れるようにはならないということです。知識量中心のテストでの学力(得点力)とは、必ずしも比例関係にはありません。私立中で御三家レベルに合格できるような生徒が、(対策を立てていなければ)都立中の問題では点数を取れるようにならないことが多いことからもそのことはご理解いただけると思います。(本当に突き抜けて優秀な生徒は別です。何をやっても最初から点数を取ります。私の30年近い塾講師生活の中で出会った生徒の中では、10人くらいはいたでしょうか…)

この部分の能力については、小学生のうちから腰を据えて取り組んでいかないと、一朝一夕では身につきません。「自分の頭でじっくり考えること」は、習慣になってしまえば何てことないのですが、なれていない生徒たちは、いくら「じっくり考えろ!」と言ってもなかなかできないのです。集中力が続かなかったり、すぐに諦めてしまったりということもありますが、考えろと言われてもどうしたらいいのか分からないで困ってしまう生徒が多いです。
実は、前提となる知識の有無も大きいのです。皆さんも想像してみて欲しいのですが、自分がまったく縁がない分野に関して難しいことを聞かれても何のことかさっぱり…ということは多いはずです。しかし、自分の興味のある分野であれば、難しいことであってもじっくり考えて自分なりの結論を出すことができますよね。

小学生のうちに、クイズやパズルの本に(楽しみながら)勤しむのもいいでしょう。私は個人的には推理小説(できれば本格物)などもいいと思います。受験勉強の中で出てきた1つの問題を、すぐに答えを見たり聞いたりしないで徹底的に考え抜いてみることも時には必要です。(小6・中3の受験直前期にはなかなか難しいと思いますが…) 私が今でも覚えているのは、自分が中3の時に解いていた数学の問題集で出てきた、15度・45度・120度の三角形に補助線を引いて三角定規を作る問題です。今になってみれば「そんなの受験の常識」と言われるレベルの話ですが、当時塾に通っていなかった私にはどうしても解けませんでした。でもどうしても自分で解きたくて、1週間ほど考え抜いた記憶があります。冬休みだったと思うのですが、ご飯を食べていても、遊んでいてもそのことを考えていたような気がします。結局自分では解けなかったのですが、解説を見た時の衝撃は今でも覚えています。「そんな補助線の引き方があったのか!?」と。大袈裟に言うと、私が数学や受験勉強の面白さに目覚めたきっかけだったかもしれません。今の目の前の生徒たちにも、そんな経験をさせてあげたいと常に考えています。
また、受験勉強の内容だけではなく、普段から自分の頭で徹底的に考える癖をつけていかくなくてはならないと感じています。この問題を解決するためにはどうすればいいのか。問題の本質はどこにあるのか。今自分は何をするべきなのか。何を使ってどうやって調べればいいのか。誰に相談して力を借りればいいのか等々… そのことが習慣となっているかどうかで、将来的に大きな差がついていくように思います。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その11>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月15日 10:45 AM
  • 未分類

〇読み・書き・計算等の基礎学力
→大学入試の内容が、今までの「知識偏重型」から「PISA型」へ大きく舵が切られようとしていますが、それでもこれらの基礎学力がとても重要であることには変わりはないと考えています。そもそもテストというテストは、どんなに形が変わったとしても、文章や設問を読んでそれに答えることが必要になるわけで、読み・書きの力がなければどうにもなりません。算数・理科等理系の科目においては、計算力がないとある程度学習時間をかけたとしてもなかなか点数にならないことは、今後も変わらないと思います。
漢字等の語句知識の能力もとても重要だと思いますが、長い文章、抽象的・論理的な文章を抵抗なく読めることができるかどうかも大きいです。計算力については、通常の四則計算(特に分数・小数)は当然として、割合の処理や、見積もり・概数の感覚が身についているかどうか等含めて、広い意味での計算力が必要となります。
この部分については、私はドリル形式の学習・訓練が一定必要だと考えています。特に小学生のうちは効を奏する場合が多いです。公文式や百マス計算等も、使い方(指導者の力量が大きい)によっては成果につながるはずです。ただし、じっくり考える力、難しい問題での試行力、取れる問題と捨てる問題の取捨選択等の力をつけることはできないので、どのタイミングで本格的な受験勉強に舵を切るのかという点に注意が必要です。
これらの基礎学力のうち、特に語彙力の部分については、学校や塾での取り組み以上に、家庭のでの環境・習慣が大きな影響を与えます。小学校の高学年ぐらいになると、それが読解力・表現力にもつながっていきます。
私が子供たち及びご家庭での様子を長いこと見てきて感じているのは、大きく2つの点です。1つは、読書・新聞等、子供たちが文字・文章に自発的に接する機会があるかどうかです。やはり、本が好きな子は語彙力・読解力が高い傾向にあります。それが国語のテストの点数にそのまま結びつくかというと、また違う要素が絡んでくるので、「読書をしたからと言って国語の力には結びつかない」という論調も出てくるのですが、本質的な言葉についての意識の高さ、文章を読むことへの抵抗感のなさ等、かなりのアドバンテージがあることは間違いありません。
もう1つは、ご家庭での会話の質と量です。子供たちの語彙力・読解力・表現力の養成については、ご家庭での(特に母親の)接し方がとても大きな影響を与えます。最悪なのは親子の会話がほとんどない状態ですが、次にまずいのはお母さんがしゃべり過ぎて子供がほとんど話をしない(できない)ケースです。読んだり聞いたりというインプットだけしていても、書いたり話したりというアウトブットをしないと、子供たちの語彙力・表現力は育っていきません。子供の話が多少たどたどしかったとしても、根気強く付き合ってあげて欲しいと切に思います。目の前に多くの子供たちを抱えている学校や塾の教師たちは、(その部分に関しては)できることに限界があるのです。
ただし、これらの習慣については、私は小学校の低学年(小4くらい)まででほぼ決してしまうように感じています。(発達心理学の理論では、3歳までで決まるというような説もあるくらいです) それまでほとんど会話がなかったのに、小6の受験期や中学生になってから、急に子供と会話をしようと試みても失敗することが多いようです。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その10>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月14日 12:27 PM
  • 未分類

〇他人(特に大人)とコミュニケートする能力
→中学受験に臨む小学生は当然ですが、高校受験に臨む中学生であっても、自分の力だけで受験を乗り越えることはできません。塾に通わせてもらうのにお金がかかるからとか、そもそも生きていけて受験ができるのは保護者のおかげだろうというようなレベルの話をしているのではありません。受験勉強の過程の中で、日々計画的に学習に取り組んで、それを確実に成果につなげて、壁にぶつかった時に挫折しないで乗り越えて、入試本番で力を発揮して… という一連の流れを考えた時に、困った時に他人の力を借りられるかどうかがとても重要になってくるのです。「他人」の中には同級生や先輩等の仲間も含まれますが、特に親と教師(受験の場合は塾の講師)に対してということになります。
分からないことを質問するとか、勉強の仕方や志望校についての相談を持ちかけるとか、日常的にこういう行動を積極的に起こせる子供が得をするのが受験勉強です。特に、集団授業の進学塾のようなところでは、講師たちと日常的にコミュニケーションを取れている生徒が圧倒的に有利です。この部分について言えば、明らかに保護者の方がスポイルしてしまっているケースを散見します。「うちの子は、性格的に自分から質問ができないんです…」というようなレッテル貼りをしてしまっているようなケースです。こういう生徒たちは、受験のところを何とか乗り越えても、将来的に就活や婚活のところでつまずいてしまうことが多いような気がします。私の経験則で言えば、(進学塾に通うような生徒で)性格的に質問ができないなどという生徒はいませんでした。実際、目的意識が変わったり、1度質問に来て慣れてしまえば、何てことなく習慣化してしまう場合がほとんどです。
親に対しては、「困った時に困ったと言えるかどうか」が重要だと思います。それこそ、小学生で中学受験をやりたくないとか、塾を辞めたいとか、志望校のことで悩んでいるとか(親と意見が違う場合に生ずることが多い)、(いじめまで行かなくても)友だち関係がうまく行っていないとか… こういう場面こそ親の出番なのですが、現実的にはそういう相談がなかなかできない場合が多く、子供たちが誰にも言えずに悶々としていたり、親に相談できずに塾の講師に相談していたりするケースもあります。(それはそれで塾の役割だとも思っているのですが…)
世の保護者の皆様は、ぜひこの部分を自問自答して欲しいと思います。「我が子は、本当に困った時に自分(たち)に相談してくれるだろうか…?」と。もし答えが「No」なのであれば、親子関係で「何か」を変える必要があるのかもしれません。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その9>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月13日 10:31 AM
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〇自分の意志・意思を明確化する能力
→今の子供たちは、(昔の子供たちと較べると)この部分が苦手になってきているように感じています。簡単に言うと、「~したい」「~して欲しい」ということを表明する能力です。逆に、保護者の方の「~して欲しい」という部分は、以前に較べても積極的になってきていると思うので、原因と結果が明らかですね… 親(教師の場合も…)が先回りしてしてお膳立てをしてしまうために、子供たちの自我が育たなくなっているのだと思います。
自分の進路・将来のことや、成績を上げるための方策についての部分でそのことを強く感じます。「将来何したいの?」という質問に対して、困った顔をする生徒が増えているのは事実です。GSに通ってくる生徒たちは、そもそも早い時期から志望校を明確に持って(持たされて?)来る生徒が多いのですが、「それでその学校に受かった後どうしたいの?」と聞くと、途端にモジモジしてしまうケースも少なくありません。
複数の保護者の方から同じ話を聞いてちょっと衝撃を受けたのですが、子供に誕生日とかのプレゼントに「何を欲しい?」と聞いたら、あまり考えずに「別に欲しいものはない…」と答えたというのです。普段から決して多くの物を買い与えているわけではないご家庭での話です。こういう事例は決して珍しくなくなっているのではないでしょうか。私が子供の頃のことを思い出すと、ちょっと信じられない話です。欲しいものが多すぎて、それこそ1週間考え抜いて何かを買ってもらったという記憶があります。(単に私が欲張りだっただけかもしれませんが…)
塾の講師の立場で言うと、「~したい」が明確な生徒の方が受験に向いています。志望校に絶対に合格したい、どうしても成績を上げたいという思いが強ければ強いほど有利です。そう言うと、「どんな生徒だって成績を上げたいし、合格したいと思っているに決まっているじゃないですか!」という突っ込みが返ってくることがあるのですが、そういうことではありません。確かに単に「成績を上げたい?」と聞けば誰だってそう答えることには違いないのですが、「どれだけ大変だとしてもそれをやり切って、どれだけ苦しくてもそれを乗り越えて、ある程度他のやりたいことを犠牲にしてでも受験勉強に取り組んで、それでも成績を上げたいか?」という次元の話です。単に「成績を上げたい」と言えば苦労しないで簡単に成績が上がるほど、世の中は甘くありません。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月11日 10:26 AM
  • 未分類

すみません。ちょっとテーマから話題がズレてきてしまったようです…
大学入試に限らず、子供たちが将来に向けて身につけて欲しい能力について、再度何回かに分けてまとめてみたいと思います。また大学入試のところから大きくはずれてしまうかもしれませんが、結果としてそれが大学入試にもプラスになる部分があると思います。

〇知的好奇心を身につけて、勉強を楽しんで取り組める能力
→私は、これがとても重要だと考えています。塾で長いこと子供たちと接していますが、やはり嫌々勉強している子は伸びませんし、精神衛生上も良くないでしょう。これが度を過ぎると、勉強以上に大切なものを失ってしまったりする場合もあります。どんなに大変な勉強をしていても、本人が嬉々として取り組んでいればあまり問題になりません。(もちろん、最低限の睡眠時間の確保等、管理はしてあげる必要があると思いますが…)
私は小学校低学年の段階がとても重要だと感じていますが、小5・小6や中学生になってからでもある程度修復が可能です。やはり塾(講師)の影響力は大きいはずです。この部分について言えば、今の学校の体制ではなかなか難しいと思います。ただ面白おかしく勉強させるだけではなく、どんどんレベルの高いことに取り組み、知らなかったこと、できなかったことを身につけられて、子供たちが日々自分の成長を実感することができ、さらに高みを目指そうと思える環境が必要だからです。
やはり、点数や順位等の成績の影響も大きいはずです。頑張っていることが少しずつでも成果につながっているという実感が得られなければ、勉強自体の楽しさも感じられないと思います。本当はそうではなくて、学問や、知ること・分かること自体の楽しさを教えてあげたいのですが、特に小中学生はそれだけではなかなか難しい側面があります。どうしても、ショートインターバルでの達成感が必要となってくるのです。

〇諦めないで粘り強く取り組む能力
→これもとても大切な要素だと思います。範囲の決まっている定期テストとは違い、受験勉強では頑張ってから結果が出るまでにタイムラグがあります。特に難関校の過去問で点数を取るというレベルの戦いになると、やってもやっても結果につながらないと感じてしまう場面が結構あります。最終的には合格した生徒でも、その部分でかなり苦しんだ経験がある生徒がほとんどだと思います。しかし、我慢ができず、結果につながる前に挫折して諦めてしまう子供たちが多いのです。我々の目から見ていると、もう少し我慢すれば結果につながるのに、とてももったいないな…と感じる場面は多いです。この点についても、やはり周りの大人の責任が大きいと思います。受験については特に塾の講師ということになりますが、そのことを目の前の生徒たちにしっかりと伝えていない場合が多いからです。
私は、授業でよく温泉の間欠泉の話をします。少しずつ地下にお湯が溜まってきても、そのことはまだ地上にいる我々には分かりません。段々とお湯が溜まってきて、水位がある一定のラインを超えると、一気に地上に噴き出すわけです。入試問題レベルでの得点力についても、このことと同じことが言えると思っています。力がついてきていても、点数が変わらない時があります。その状態で頑張り続けた生徒だけが、急に点数が取れるようになってくる瞬間を迎えられるのです。多くの生徒が、今までに取れなかった点数を取れて、あれっと思ったとか、ビックリしたとかいう表現を使います。その手前で諦めてしまった生徒は、結局成績は変わらないままです。
ある場面では、周りの大人(ほとんど塾の講師ですね…)が生徒の目をしっかり見て、「今のまま続けていけば絶対に大丈夫だから!」と言い切ってあげることも必要になってきます。もちろん、普段からの生徒との信頼関係によって、その言葉の効果は変わってきます。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月9日 12:28 PM
  • 未分類

親の期待を一身に背負って、絶対に失敗できないという悲壮感を漂わせて入試や就活に向かう子供たち… 塾から受ける有形・無形のプレッシャーを感じながら受験勉強に励む子どたち… これらに共通するのは、ごく一部の例外を除いて、大人たちにはまったく悪気がないということです。
ほとんどの親は、100%「子供の将来ため」だと考えています。ことある度に、「あなたのため」というキラーフレーズが子供に投げかけられます。「合格実績を売り物にしている進学塾」の講師たちも、決して数字だけを追いかけているのではなく、目の前の子供たち1人ひとりを何とかして合格させてあげたいという思いで受験生と接しています。しかし、結果としてそれが子供たちの肩に重くのしかかってしまう場合が多いのです。
「入試で落ちたら親に何て言われるか」をまず心配する子供たちは少なくありません。「苦労して塾に通わせてくれたのに、落ちたら親に申し訳ない」という感情を抱いてしまう子供たちもいます。それ以前に、押し付けられた勉強、無理させられた入試によって、勉強がすっかり嫌になってしまって早期にドロップアウトしてしまう子供たちも一定の割合で存在いるはずです。塾の講師に対しても、「落ちたら先生たちに申し訳ない」というような気持ちを抱えて入試に行く子供たちもいます。同調圧力ではないですが、「クラスのみんなで合格しよう!」という盛り上がりが、「私だけ落ちたらどうしよう…」というプレッシャーになってしまう場合もあります。(もちろん、これらの塾の与える影響については、自戒も込めて書いています…)

最近、児童虐待が増えているというニュースを聞いたことがある方は多いと思います。全国の児童相談所が公表しているデータでは、実際に相談件数・認知件数はかなり増えてきています。子供への虐待と言うと、しつけという名を借りた体罰・暴力をイメージされる方が多いと思いますが、最近は「過度な勉強の押しつけ」によるものが増えているのだそうです。「親が子供に勉強させて何が悪い!?」という議論が出てきそうですが、「子供の能力を越えて、子供が嫌がっているのに過度な勉強を強要する」ことは、(体罰や脅しがなかったとしても)児童虐待として類型化される場合があるということです。主にお受験(幼稚園や小学校受験)のところで問題になるケースが多いようですが、中学受験や高校受験のところでも、過去に問題となったケースはあります。それこそ、(本人の意志に反して)食事も取らせなかったり、睡眠時間を大幅に削ったりして、強制的に勉強させているようなケースです。もちろん、子供ができないとひっぱたいて…などという事例は論外です。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月8日 12:53 PM
  • 未分類

私は、突出して優秀なエリート層を増やしたいという方針に異論を唱えるものではありません。特に医療やIT等の科学技術の分野では、今後は今まで以上に優秀な若い人たちが必要になってくるのは間違いないでしょう。塾で指導している子供たちにも、(将来国を背負ってとは言わないまでも)そのくらいの大きな夢・高い目標を掲げて頑張っていって欲しいと考えています。
最近の全体的な傾向として、ハングリー精神や大きな夢を持っている子供が少なくなっているという論調があります。これについては、私の現場の実感からしてもそうだと感じています。20年前の子供たちと較べると、そこそこでいい、みんなと同じでいいという意識が強くなっていて、安定性を重視したり、チャレンジを避けたりする傾向が強まっているように思います。未知のものへの恐怖心や、ルーチン(いつもと同じ)への安心感を抱えている子供たちも増えているように感じます。
これらの傾向が、出生欲がない、給料も人並みでいい、いつも同じお店でご飯を食べる、結婚したくない、子供は欲しくない… というような若者たちが増えていることにもつながっているのではないでしょうか。

私は、この子供たちの変化は、社会(もう少し分かりやすく言えば周りの大人)のせいだと考えています。「せい」という言い方が適切でないのであれば、「起因する」という言い方に変えてもいいのですが、現在の社会や家庭の状況が、子供たちをそういう形に追い込んでしまっているということです。
具体的に言えば、「失敗に対して不寛容である」ということが一番大きいように思います。私が長い間携わっている受験についてもそうですし、就活の新卒一括採用のシステムがその最たる例でしょう。会社に入ってからの出世競争、起業での失敗・挫折、離婚等の家庭の問題、社会的不適応状態等、様々な部分において、まだまだ日本の社会は敗者復活がそう簡単ではありません。
「社会に問題がある」という言い方をするのは簡単ですが、子供たちはこういう社会の情勢を逐次つかめているわけではありませんし、社会のこういう部分が一昔前から変わっているかというと、あまりそうは感じません。では最近の子供たちがどこから影響を受けているのかと言えば、「家庭・保護者」と「学校・塾」であることは間違いありません。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月7日 2:39 PM
  • 未分類

もう1つ、PISAテストの結果において日本の子供たちの特徴として挙げられることは、得点分布の「いびつさ」があります。
まず、点数のばらつき具合である標準偏差は、他の上位の国と較べると比較的大きいのです。上位と下位の格差が大きいという言い方もできると思います。1つの理由には、他の国と較べると、高校進学率(すなわちPISAのテストを受験する率)が高いことも挙げられます。他の国では、一定以上の学力層しかPISAテストを受けていないケースもあるようです。しかしながら、日本の子供たちの全体的な傾向として(高校1年生くらいの年代において)、きちんと学習に取り組んでいる生徒とそうでない生徒がくっきり割れているという事実は認識しておく必要があると思います。そんな状況で、平均点では上位に食い込んでいるのですから、全体的なスタンダードなレベルが高いことも間違いありません。

もう1つ、日本子供たちの成績分布の特徴としては、(残念なことですが)最上位層の割合が少ないことが挙げられます。世界全体の中で上位3%や5%に入るようなエリート層の人数(割合)が、日本はとても少ないのです。その層の子供は、上海・香港・シンガポール等、アジアの新興国に多いことも分かっています。標準偏差が大きく平均点が高いことからも推測できる通り、日本の子供たちは、その次の2番手層(上位10%~20%)の割合が高いようです。簡単にまとめると、「日本はそこそこ優秀な子供は多いけど、飛びぬけたエリート層は少ない。また、逆に最下位層の子供たちも一定の割合で存在する」という言い方になるでしょうか。
これは、子供たちの能力というよりも、日本の教育システムに起因するものだと考えた方がしっくりくると思います。今、文科省が血眼になって改善しようとしていること。それは、このエリート層の割合を増やすことに他なりません。グローバル教育の推進や大学入試の改革の内容に、そのことが如実に表れています。少なくとも、成績下位層の基礎学力を何とか底上げしようという施策よりも、優先していることについては異論がないはずです。
(次回に続く…)

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