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2013年6月のアーカイブ
「有言実行」の勧め<その1>
- 2013年6月10日 12:16 PM
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サッカーの日本代表が、今回も早々とワールドカップ出場を決めました。他の4チーム同士の試合で引き分けが多く勝ち点をつぶし合ってくれたこともあり、余裕を持っての出場決定でしたが、後半苦しい試合が多かったことと、先日のオーストラリア戦も後半ロスタイムにPKで追いつくという劇的な展開だったため、なかなか盛り上がったのではないかと思います。
私が注目したのは、出場決定後の選手たちの様子でした。ピッチでは、さすがにホッとしたのか、喜びを爆発させていましたが、その後のインタビューや翌日の会見では、まったく違う顔を見せていました。出場決定は1つの通過点で、これからが勝負だということをほとんどの選手が口にしていました。
口火を切ったのは、本田圭佑選手でした。「目標はワールドカップの優勝だ」と断言しました。その目標達成に向けては、今のままでは個々の力量が不足しているということを指摘し、主力選手の名前を1人ずつ挙げて、具体的にこういう力をつけろということまで言及したのです。今野選手に対しては、先輩であるにも関わらず、「そんな気持ちでプレーしてもらっては困る」と苦言を呈する場面すらありました。(監督みたいだ…)
今まで日本のチームだと、ああいう感じの選手に対しては、内外から風当たりが強くなるのが普通だったと思いますが、あれだけ飛び抜けた存在感ゆえ、周りも納得し、香川選手や長友選手をはじめ、他の選手たちも感化を受けて、ワールドカップ優勝を口にするようになってきたのだと思います。
本田選手の「ビックマウス」は、今に始まったことではありません。実は、本田選手が小6の時に書いた作文(おそらく卒業文集)が手に入ったので、先週の都立中クラスの作文の授業の教材として使わせてもらいました。公表されているものなので、授業で使用したり、ここで紹介したりするくらいなら問題ないと判断しました。
とにかく、内容がすごいので、全文をご紹介したいと思います。
「将来の夢」 本田圭佑 ※表記は原文ママ
ぼくは大人になったら、世界一のサッカー選手になりたい、というよりなる。
世界一になるには、世界一練習しないとダメだ。だから今ぼくは、ガンバっている。今はヘタだけれど、ガンバって必ず世界一になる。
そして世界一になったら、大金持ちになって、親孝行する。
Wカップで有名になって、ぼくは外国から呼ばれて、ヨーロッパのセリアAに入団します。そしてレギュラーになって、10番で活躍します。一年間の給料は40億円はほしいです。プーマとけいやくして、スバイクやジャンパーを作り、世界中の人がこのぼくが作ったスバイクやジャンパーを買って行ってくれることを夢みている。
一方、世界中のみんなが注目し、世界中で一番さわぐ4年に1度のワールドカップに出場します。セリアAで活躍しているぼくは、日本に帰り、ミーティングをし、10番をもらってチームの看板です。ブラジルと決勝戦をし、2対1でブラジルを破りたいです。
この得点も兄と力を合わせ、世界の強ごうをうまくかわし、パスをだし合って得点を入れることがぼくの夢です。
皆さん、いがでしょうか? 授業で生徒たちに感想を言わせたら、大きな夢を断言していることと、その夢がかなり具体的であることがすごいという声が多かったです。
本田選手が小6の時と言えば、日本が初めてワールドカップ出場を果たして惨敗した直後で、日韓共催より前、まだ海外で活躍する日本人選手もほとんどいなかった時代です。そんな時期に、ワールドカップ優勝やセリエAで活躍する自分を目標として掲げていることがすごいのですが、小6の時に本田モデルのスパイク・ジャンパーをイメージしていることも驚きです。年収40億の目標ってすごいですね…
あれから14年経って、今はロシアでプレーしていますし、背番号も10番ではありませんし、契約しているのはプーマではなくミズノですし(でも本田モデルのスパイクは相当売れているらしい…)、少しずつズレてはいますが、紛れもなく日本を代表する選手として世界で活躍しているのです。
今の彼があるのは、小学生の頃から夢を明確にして、その夢を絶対に叶えると決めて、そこに向けてひたむきに努力を続けてきたからであろうことは、十分に想像できます。
本田選手本人も、「自分は先に大きなことを言ってしまうことで、自分を奮い立たせてきた」というようなことを言っていたことがあります。もしかすると、小学生の時からそういう意識を持っていたのかもしれません。
(次回に続く…)
教育無償化その後
- 2013年6月9日 12:51 AM
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義務教育以外の公教育の無償化について、来年度(2014年度)からの方向性がほぼ確定しました。
〇高校無償化
公立高校は、原則引き続き授業料無料が継続します。ただし、2014年度からは所得制限がかかってくるようになります。金額はまだ最終確定していませんが、政府は900万円の線で検討しています。家庭の年収が900万円を超えている場合は、公立高校も授業料が有料になるということです。
〇幼児教育無償化
幼稚園と認可保育園について、授業料の無償化を検討していました。2014年度は、5歳時(年長)限定で、第三子(しかも第一子が小3以下にいる場合に限る)のみ無料、第二子は半額となります。逆に言うと、第一子はまったく割引になりません。
政府は、「財源が確保できないため、2014年度は段階的の導入である」と言っていますが、2015年度以降はどうなるのでしょうか? (第二子・第三子のみで)4歳時も無料になるのか、第一子も5歳時無料になるのか、興味深いところです。
尚、「女性手帳」は結局廃止となりました。批判が相当多かったようです。(そりゃ、そうだ)
少子化対策ではありませんが、人口・特に働き手の減少対策として、「移民・留学生の積極的受け入れ」の検討を始めているという情報もあります。
センター試験廃止!?<続報>
- 2013年6月8日 12:51 PM
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「センター試験廃止」→「到達度テスト導入」の件について、もう少し詳しい情報が入ってきました。
まず、実施する時期ですが、高2からスタートすることが分かりました。早い時期から意識を持ってきちんと準備させたいという意図のようです。高2の何月に始まるのかは明示されていませんが、いずれにしても大学受験の準備の仕方が大きく変わってくることは間違いありません。昨日、ある有名私立進学校の校長がインタビューに答えていましたが、「もし本当にその形で実施されるのであれば、学校行事やカリキュラムなどを抜本からいじらないとダメだと思う」とおっしゃっていました。それはそうだと思います。
その視点で考えた時に、どう考えても中高一貫校の生徒の方が有利になることは間違いないでしょう。「到達度テスト」は、一応学習指導要領で学習済みの範囲から出題するとのことですが、中高一貫校は、中学校からの前倒しカリキュラムで訓練をより多く積むことができるわけです。都立(県立)高校の生徒が苦しくなるのは当然です。今までは、高校入学後少し差があったとしても、高3の夏以降の追い込みで何とか現役で間に合ったというケースが多かったはずです。高2から入試がスタートすると、追いつけないうちに戦いが始まってしまうことになります。高校受験の際の指導がより重要になってくると思います。特に英語は、大学入試まで見据えた指導が必要になってくるでしょう。
普通に考えれば、部活や学校行事をやっている場合ではなくなるはずですが、文科省はそうは考えていないのです。私個人的には、ここが一番怖いところです。
「部活や学校行事を、高3まで一生懸命やる生徒は大いにやって結構。早い段階から高い目標を持って学習に励む生徒に機会を与えたい」ということです。
つまり、高校生の中で早い時期から選別化をして、一部の優秀な生徒を囲って「エリート教育」を施していく。英語をマスターさせ、できれば留学もさせて、グローバル社会に貢献できる人材を育てていく。その一環としてのセンター試験廃止なのです。
今、小中学生のお子様をお持ちの方へ。近い将来、お子様をどちら側に入れるつもりですか?
センター試験廃止!?
- 2013年6月7日 12:33 AM
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最近、良くも悪くも教育改革の話題が巷を賑わせています。政府の諮問機関である「教育再生会議」が主導して、大きな改革を勧めようとしています。しかし残念ながら、その方向性は必ずしも正しい(と思われる)ものばかりではありません。教育現場の最前線に身を置く者としては、机上の空論に感じてしまうものが多いのです。
今週も、いくつか新しいニュースが入ってきていますが、一番我々の業界に影響が大きそうなのは、「センター試験を廃止する」というものです。まだ、5年後(今の中2かな?)の廃止に向けて検討に入った段階ですが、今の政権が続いている間に具体化すれば、その方向で決まってしまうのではないかと思います。
今は、国公立大学を受験する場合は必ずセンター試験を受験しなくてはなりません。上位校ほど必要な科目数は多く、5教科7科目が必修になる場合もあります。例えば理系の学部を受験する場合、数学と理科は2教科選択が必修になるということです。ほとんどの私立大学にもセンター利用枠という入試制度があり、国立大学を受験する生徒は、センターである程度点数を取っておけば、(一般入試を受けなくても)私立大学が滑り止めに使えます。そういう意味では、センター試験の廃止というのは、大学受験においては、とても影響が大きいことなのです。
私は最初、センターを廃止して、学校ごとの独自入試で一発勝負になるのだと思い、それならばとても良い方向性だと感じました。受験生の負担が減ることになりますし、足切りによって受験できないということもなくなります。しかし、文科省の出した改革案は、まったく逆の方向性でした。私は個人的には、最悪の発想だと感じました。
簡単に言うと、センター試験に変わる試験を、高校在学中に何度も実施するということです。「到達度テスト」という名称にして、年間に2~3回を予定しているようですが、高3になってからなのか、高1や高2から実施するのか、そのあたりの詳細はまだ外に出てきていません。問題のレベルを3段階用意して、大学ごとに必要なレベルを指定する形にすることや、2~3回受験したうちで一番点数の高いものをその生徒の得点とすることなどが公表されています。
文科省は、センター試験廃止の理由について、一発勝負で決まってしまう今の入試制度を改めたいということと、高3の1月~3月の負担を少しでも減らすことで、大学入学後に向けて(特にグローバル教育)準備をできるようにさせたいという2つのことを挙げています。
しかし、例えば1年間でセンター試験と同じような試験が3回あることを想像してみてください。どちらが受験生の負担が大きいでしょうか? 秋の文化祭も、高3生は不参加ということになるのでしょうか? もし高2から実施ということになれば、もう部活なんかやっている場合ではなくなってしまいます。
高校入試では、一昔前に神奈川で悪名高き「アチーブメントテスト」というのがありました。どうやらそれに近い形をイメージしているようです。「到達度テスト」という名称は、大阪の橋下市長がよく使っていましたので、その影響が多少あるのかもしれません。
以前にこのブログでも書きましたが、私は入試は「本番の一発勝負であるべきだ」と考えています。そういう意味では推薦入試も廃止すべきという論者です。ここを語り出したら一晩あっても足りないくらいなのですが、非常に分かりやすい例を挙げるとすれば、もし高校入試で定期テストの点数の合計(それも中1の分からすべて)で合否が決まったらどうなりますか?ということです。中学校生活がとんてもないことになってしまうことは、想像に難くないはずです。
とにかく、受験生の負担を軽減するためとか、一回のテストで合否が決まってしまうとかわいそうだからとかいう理由で、普段からの成績を重視するという発想は、根本的に間違っています。結果として、受験生たちの首を絞めることになるのは明らかです。私が一番問題だと感じていることは、今政府が出してきている教育改革案は、すべて「グローバル人材の育成」という錦の御旗の下に考えられていることです。まず、それが必要なのか?という大前提の議論があると思いますが、そこを一歩譲って「必要だ」ということを認めるとしても、次から次へと出てくる教育改革が、結果として「グローバル人材の育成」につながらない(時には逆効果の)ものが多いことがとても残念でなりません。
奨学金は借りるな!<その7>
- 2013年6月6日 10:17 AM
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先日も書いた通り、私は就職した当時、家族4人(父・母・妹)で都営住宅に住んでいました。つながった2部屋に4人で寝ている状態でした。塾の仕事は夜遅いため(家に帰るのは午前様が当たり前)、家族が寝た後に起こさないようにそ~っと部屋に入って、テレビもつけられず、音を立てずに何か食べたりしていた記憶があります。
そんな生活を脱却したくて、何と!就職した1年目に一戸建ての住宅を購入してしまったのです。住宅ローンは頭金をあまり多く払えなかったため(それでも貯金はほぼ使い果たしました)、30年の長期ローンで、毎月の返済額もかなりの額でした。1年目の給料は手取りで14万円くらいでしたが、その中から12万円ほど返済していた記憶があります。ボーナスは、ほとんどすべて返済に回りました。
その頃はまだ父親が働いていたので、家での食事等生活費には困りませんでしたが、自分の外での食事代や遊興費も含めて、給料だけでやりくりするのはとても大変でした。それでも何とかなったのは、おかげ様で仕事が楽しく、1年中仕事にのめり込むことがてきたため、ほとんどお金を使わないで済んだからです。食事や飲みに行った時は、だいたい校長や先輩が払ってくれましたし(いい時代だった…)、それ以外で遊びに行ったり、買い物に行ったりした記憶がほとんどありません。ましてや旅行など(塾の合宿以外)1度も行った記憶がありません。
普通新卒1年目で住宅ローンを組むケースはほとんどないと思います。少ない給料でしたが、親と同居だったことと、奨学金等の借金がなかったこともあり、ローンを組むことができたわけです。当時のF銀行には大変お世話になりました。親身になって相談に乗ってくれましたが、自分の収入等の条件がぎりぎりだったため、もし奨学金の返済でそれなりの額が残っていたら、家のローンを組めなかったと思います。私が身を持って、奨学金を借りなくてよかった…ということを体感しているのです。
こんなに無理して早く家を建てる必要があるのか…と自分でも自問自答したことがあります。しかし、引っ越した後の両親の嬉しそうな顔を見たら、その迷いはすべて吹き飛びました。「これでよかったんだ。頑張って稼いで、1日でも早くローンを払い終わるぞ!」と。
その後どうなったか… 結局、30年のローンをちょうど半分の15年で払い終わってしまいしまた。脇目も振らず仕事に打ち込んだのが認められたのかどうか分かりませんが、会社の中での職位がトントン拍子に上がり、予定より早く収入が増えていったからです。ただし、給料やボーナスのほとんどが返済に回るという構図に変わりはなかったため、ローンを払い終わるまではずっと余裕がありませんでした。30代前半には(年上の方も含めて)部下がかなりの数いましたが、なるべく上司と飲みに行くようにしていました。(笑) 部下と飲みに行った時もほとんど「割り勘」でした。時には、気を遣った部下におごってもらった場面もあったような気が…
そんなこんなで、30代のうちにに家のローンを払い終わってしまったわけですが、その後も(お金をほとんど使わないという)生活をあまり変えることができませんでした。遊びに行ったり、旅行に出かけてお金を使うという習慣がまったくないわけです。その頃になると、さらに役職が上がっていたこともあり、後は(使わないので)貯まる一方でした。もちろん、その頃以降は部下と(周りのほとんどの職員が部下になっていました)飲みに行った時は、自分が全部払う場面が多かったわけですが、そんなことでしかお金を使う時がなかったのです。
その頃私は、母親と2人で暮らしていました。その後何年かして母親が倒れ、しばらく入院することになり、退院後も介護が必要な状態だったため、施設に入れることになりました。私も仕事が続けられなくなり、そんな中で月に20万円ほどの費用が出ていきました。一時的にでしたが、介護の過労とストレスで自分も入院したこともあります。それでも何とか凌げたのは、若い頃に無茶して家のローンを払い終わってしまったことと、その後あまりお金を使わずにある程度の貯金ができていたからです。もし、この頃になっても家のローンに苦しんでいたら、母親が倒れて自分が仕事ができなくなった時点で、二進も三進もいかなくなっていたと思います。もちろん、「GS進学教室」も今存在していなかったでしょう。そう考えると、ちょっとゾッとするわけです。
私が自分の(ちょっと恥ずかしい)過去を暴露してでも、お伝えしたかったことは、「20代、30代若いうちは苦労してでもがむしゃらに働け! そして将来のこと(特にお金のこと)を真剣に考えておけ!」ということです。今の20代の皆さんの様子を見ていると、そこに対してのリアリティがほとんどないように感じます。40代・50代になったら、若い頃のような無茶はできなくなります。何か突発的なことが起こった時に、こんなはずじゃなかった…となってからでは遅いのです。特に若い皆さんには、ぜひこのあたりのことを一度真剣に考えてみて欲しいと思います。
もちろん、様々な理由で、現実的にはそんなの不可能だという方もいらっしゃると思います。「そんなの理想論だろ」と感じたり、ご自身が今奨学金や住宅ローンを返済している方の中には、気を悪くされた方もいらっしゃるかもしれません。あくまても、1つのモデルケース・問題提起として受け止めていただければ幸いです。
奨学金は借りるな!<その6>
- 2013年6月5日 10:31 AM
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「奨学金は借りるな!」シリーズがいつの間にか超大作(?)になってしまいました。今日で6回目ですが、私が本当に一番お伝えしたいことはここからなのです。(おい、引っぱりすぎだろ!)
大学を卒業して無事に就職できたとしても、最初の何年かは経済的に余裕がないはずです。初任給は私の頃よりも上がってきていますが、それでも手取りで20万円に届いている人はそう多くありません。(ちなみに2012年のデータでは、4年制大学新卒の初任給全国平均は19万9千円です。手取りだと16~7万円というところです) さらに最近は、不況の影響や成績考課による年俸制導入により、ボーナスがない会社も増えてきています。自宅で親と同居していて、食べるものにも困らないという人は多少貯蓄に回せるでしょうが、1人暮らしをしていたら、毎月生活していくだけでもいっぱいいっぱいのはずです。そんな中で、月に数万円の奨学金を返済していくのはなかなか大変ですし、ましてや正社員として就職できず、安定した収入がないのに返済期限だけはやってくるという事態だけは避けなくてはなりません。
私は、就職してからどうせ借金をするのであれば、未来のための投資に回すべきだと考えます。具体的に言えば、住宅ローンを若い頃から組むとか、先日書いたような学資保険を組むとか、それをしておくことによって、将来確実に見返りがあることに対して負担するべきで、奨学金のように過去に使ってしまったお金(しかも確実に見返りがあるとは限らない…)の返済に充てるのは、まったくナンセンスだと感じるのです。
奨学金の返済が多額だったり、返済が滞ったりしたら、若い頃に住宅ローンを組むことはできません。私の周りでもいますが、40歳近くなってから30年の住宅ローンを組んでいたりする方は少なくないようです。払い終わるのは何歳の時なのでしょう? それこそ、子どもの教育や老後の資金に不安を抱えた状態で、突発的な支出に脅えながら、使うべきお金も使えずに過ごしていかなくてはならないわけです。
住宅ローン等大きい金額の借金は、多少苦しくでも若い頃にするべきだというのが私の持論です。私自身が、そのことを身を持って経験してきたからです。
(次回に続く…)
奨学金は借りるな!<その5>
- 2013年6月4日 10:23 AM
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で、大学の進学が正式に決まった高校3年生の1月から早速アルバイトを始めました。
最初にやったアルバイトは、書店のレジの仕事でした。当時の時給は510円でしたが、本が好きだったことと、店長さんや社員の方が優しくて、とても楽しく働かせていただきました。1日4時間、週4~5日働いて、月に4万円程度はいただいていたと思います。仕事が終わった後、事務所でビールを飲みながらいろんな話を聞かせてもらい、様々社会勉強もさせてもらいました。当時の店長さんとは、今でも年賀状のやり取りをさせていただいています。
その後4年間で本当に様々なアルバイトをしました。思い出せる範囲で挙げてみます。
〇コンビニ(ファミマ)の夜勤…夜12時から朝9時まで。レジと品出しです。さすがに週1~2日程度しか入れませんでしたが、当時で1日7~8000円になったので、大きかったですね。賞味期限ロスのお弁当とかも食べられたし…
〇警備会社の交通誘導員…ヘルメットをかぶって、工事現場で赤色灯を振っていました。研修が結構ハードでした。これも夜勤が多かったですね。やはり1日7~8000円になりました。夏とか冬はしんどかった…
〇塾講師…大学3年生の時に、大学の就職課の掲示を見ていて、一番時給が高かったという安易な理由で始めました。同じ時間働いても、他の仕事の2倍以上の給料がもらえたのです。もちろん、家での予習とか、生徒に質問を受けたりという時間は無給ですし、今考えると、責任が重いから時給も高いわけですが、当時はただ楽しくて一瞬ではまってしまいましたね。あの頃は、まさかその後26年間もこの仕事を続けることになるとは想像もしていませんでしたけど…
〇家庭教師…最初父親の会社の上司に頼まれて、ご令嬢・ご子息の指導をしたのがきっかけでした。全部で4人担当しました。受験の結果は3勝1敗でした。(>_<) やはり時給が高かったことと(当時の時給で3000円ほどもらっていた気が…)、やっぱり教えるのが好きだったんですかね。 〇会場テストの試験監督…新教育のW模擬に登録していました。自分の大学で行われる時はほとんど行っていたと思います。確か1日5時間くらいで4000円になったと思いますが、すごくありがたかったのは、給料がその場で現金で貰えたんですね。当面の生活費が足りない時は、とても助かりました。 〇その他単発で、運送業者の引っ越しの手伝いや、お店への什器運び込み(北野の忠実屋のオープンに関わりました)等、力仕事も結構やりました。当時これらの仕事は、やはり給料の当日支給が多かったのです。今でも、家の模様替え等する時に、家具等普通だと通りそうにないところを通す技は健在です。切り返しのコツがあるんです。「1回こっちに抜いて回して戻す」とか… 分かる人には分かりますよね? これらのアルバイトを組み合わせて、毎年扶養の範囲内ぎりぎりまで稼ぎました。(そういう意味では、家庭教師はありがたかったですね。当日現金支給の仕事の分もカウントされていないものが多かった気が… いい時代でした) 結局、4年間の学費はもちろん、自分の遊興費等も含めて、ほとんど自分で稼ぐことができました。もちろん、住む家があり、家でご飯を食べられたからこそなのですが… これだけアルバイトをやっていたら、いつ勉強していたの?と思われた方もいるかもしれません。勉強も真面目にやりましたよ。(きちんと単位を取るというレベルでしたが…) 私の学部は、専門科目で出席を取る科目がほとんどなかったので、だいぶ助かりました。テキスト(その教授が書いたものが多い)・副教材はすべて購入し、テスト・レポート作成に向けて準備はしっかりしました。私は教職課程も受講していたので(無事教員免許も取れました)、それも含めるとかなりの単位数になりましたが、落とした科目は1つだけ(1回授業に出てあまりにもくだらないので切った)で、後はほとんどAとBをもらっていたと思います。やはり付属高校のネットワークが大きかったですね。何しろ、高校在学中から「学部別、楽勝科目はこれだ!」みたいな情報が回ってくるのですから… 私はそれにより第2外国語で中国語を選択したのですが、それがヒットでした。フランス語やドイツ語を選択していた友だちは、結構苦労していましたっけ。 さらに、私は大学でもバレーボールも続けていました。週に2~3回の練習と、年に2回の合宿、春と秋にはリーグ戦があるので、2ヵ月くらいに渡って、毎週日曜日は試合です。こちらも、やる時は結構ハードにやっていました。今振り返っても、なかなかバイタリティに溢れる学生生活でした。 大学の試験やバレーボールが忙しい時は、アルバイトはどうしても夜勤中心になりました。朝から大学に行って授業とバレーボールの練習をして、夜は塾講師や家庭教師に行き、その足で交通誘導やコンビニに入り、朝まで仕事をして、一旦家に帰って仮眠をして、また大学に出ていく…というような生活をしていた時期もあります。原チャリが大活躍でした。相当あちこち走り回ったので、4年間で2台を乗りつぶしてしまい、バイク屋さんに呆れられました。食事も途中でコンビニにバイクを止めて、バイクにまたがっておにぎりやサンドイッチを食べて5分で済ませたりしていました。 高校の体育会で相当鍛えられたとは言っても、なかなか体力的に過酷でした。実際、大学2年生の夏休みに、気合いを入れて仕事をしまくって、1ヵ月で20万円くらい稼いだのですが、過労で倒れて入院してしまい、稼いだ分をすべて吐き出すという間抜けなこともしていました。 でも、高校・大学時代にああいう生活を送っていた(少なくとも怠惰ではなかった)ことは、社会に出てからとても役に立ちました。体力・精神力がついたこともありますが、忙しくて休めないのが当たり前になっていたので、仕事が忙しい時(徹夜続きとか…)でもビクともしませんでした。さすがに、最近は(徹夜とかは)ちょっとしんどくなってきましたけど。 (次回に続く…)
奨学金は借りるな!<その4>
- 2013年6月3日 10:03 AM
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私の家は、日常の生活に困るようなことはありませんでしたが、決して余裕はなく、私が大学を卒業するまで都営住宅に住んでいました。妹も含めて家族4人、6畳と4畳半の2部屋で寝ていました。父親は鉄工所で文字通り汗水たらして働いてくれていましたし、母親もパートや内職で稼いでくれていましたが、当時の家庭の所得は年間で300万円台だったと記憶しています。自分で言うのも何ですが、食べ盛り・育ち盛りで、家計のやりくりはとても大変だったと思います。
そんな状況下において、私は家の近く(通学時間10分)にある大学・学部(私立です)にどうしても行きたかったので、できればその付属高校に進学したいと考えていました。中学校の三者面談では、例によって「お金がないので都立高校で」という会話がなされていたのを今でも覚えていますが、最終的には合格したら付属高校に行っていいと言われました。「高校の3年間の学費は何とかなるけど、大学の分は出せない。大学に入ったら自分でアルバイトをして払いなさい」という条件をつけられましたが、とても嬉しかったし、感謝の思いを持って、「将来は自分が稼いで親を楽にさせてあげたい」とその時に固く誓ったと思います。
塾にも通わせてもらえなかったので、受験勉強は手探りでとても大変でした。過去問をやっても最初は全然点数を取れないわけですが、解答・解説を読んでも意味不明だし、質問できる相手もいないので、家で悶々としていた記憶があります。
そういう意味では、うちのような進学塾に通わせてもらえる子どもたちは本当に恵まれているなぁと感じます。決して安くない授業料を払ってくれる保護者がいて、塾では「これだけきちんとやれば絶対に成績は上がる」というものを提示され、分からないことはいつでも質問でき、困った時は相談にも乗ってもらえる… こんな環境を与えられているのに、一生懸命取り組まない子どもたちを見ると、とても残念でなりません。
結果、何とか合格することができ、付属高校に通うことができるようになりました。結構強豪(全国大会一歩手前)のバレー部に入ってしまったため、遠征・合宿等で予定していた以上にお金がかかってしまって親に迷惑をかけたし、3歳違いの妹は絶対に都立高校しかダメと言われて、相当プレッシャーがかかっていたと思います。(3年後、無事都立高校に合格してくれました!) 今になって、改めて申し訳なかったなぁと感じる次第です。
(次回に続く…)
奨学金は借りるな!<その3>
- 2013年6月1日 4:20 PM
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では、大学進学に際して経済的に厳しい状況が予測される場合は、どうしたらいいのでしょうか? 大きく2つの方向性があります。
1つは、かなり早い段階(子どもの就学前くらい)から、先を見越して貯めておくことです。定期預金等で、これは「大学進学のための資金」と決めて、絶対に手をつけないようにするというレベルでもいいと思いますが、それだと自信がないという方は、学資保険のような形で強制的に貯まる形を作ってしまうのも1つの手だと思います。例えば、私の手元に資料がある、アフラックの「夢みる子どもの学資保険」の例で言うと、父親が30歳の時に子どもが生まれて、毎月5~6000円の保険料を積み立てていくと、子どもが18歳の時に120万円を受け取ることができます。利息が10万円以上つきますので、普通の貯金等と較べても、断然有利です。もちろん、もっと月の支払いと受け取りの額を増やすこともできますが、この程度の積み立ててであれば、そんなに家計に負担なく進められるのではないでしょうか? 子どもが生まれた時に、家計に余裕がない時ほど、子どもの将来の教育資金のことを真剣に考えるべきなのだと思います。
2つ目は、そういう準備をしないで子どもが大きくなってしまった場合です。最悪、大学受験で国公立に落ちて、学費の高い私立大学に通わなくてはならなくなり、その時点で慌ててしまうようなケースもあるでしょう。
結論から言うと、子どもにアルバイトをさせて、学費だけでも自分で払わせることです。子どもは少し大変な思いをすると思いますが、奨学金を借りるよりは、よっぽといいのではないかと思います。地理的に1人暮らしをせざるを得ない場合は、子どものアルバイトだけでは無理だと思うので、家賃・生活費等は親が仕送り等援助をしなくてはならないと思いますが、その場合でも学費だけは自分で稼がせることです。家のローン等が残っていて、仕送り分も厳しい場合は、お母さんがパートに出るくらいの覚悟が必要です。それができないのであれば、そもそも1人暮らしなどさせてはならないのです。
私立大学の学費はピンキリですが(一般的に理系の方が高いです)、平均するとだいたい年間70~80万円というところでしょうか? 1年生の時は、入学金等も含めて100万円以上は見ておく必要があります。それでも、月々にすると7万円程度です。学生がアルバイトを頑張れば、十分に払える金額です。
もう時代が違いますが、私も大学の学費はすべて自分で支払いました。もちろん、奨学金等は1円も借りていません。
(次回に続く…)
奨学金は借りるな!<その2>
- 10:43 AM
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期限に返せなくても、その後少しずつ返していけばいいのではないか、と考えている方がいるかもしれません。しかし、事はそう簡単ではないのです。
(当たり前のことなのですが)最近各機構は、滞納分の取り立てをかなり厳しく行うようになっています。少しでも返済が遅れたら延滞料を請求するのは当然ですし、わずか3ヵ月滞納しただけで、個人情報信用機関(いわゆるブラックリスト)に名前が登録されてしまいます。これは結構大変なことで、クレジットカードは作れなくなりますし、家や車を買う時にローンが組めなくなります。1度ブラックリストに登録されてしまうと、その後きちんと返済しても、しばらくは要注意人物としてマークされてしまうのです。(まぁ、奨学金の返済ができないような所得の状況であれば、いずれにしてもローンを組んだりはできないでしょうが…)
さらに、4ヵ月滞納が続くと、債権回収会社が間に入ってきます。取り立てもかなり厳しくなってきて、精神的に追い込まれてしまうケースも出てきています。それでも返せないとなると、裁判所を利用しての「支払督促」となりますが、これが年間で1万件以上あります。その後は1年後を目処に、「裁判」→「強制執行」と進んでしまいますが、これも年間で150件程度確認されています。そのレベルになると、「自己破産」まで進んでしまう若者も少なくありません。
奨学金を返せないと、債務不履行者としてのレッテルを貼られてしまい、それこそ一生に傷がついてしまうわけです。学生の未来の夢を先取りするはずの奨学金が、逆に夢を奪う結果になってしまうのですから、こんな皮肉な話はありません。
これだけ焦げつき(奨学金滞納)が多くなると、機構としても上記のような対応を取らざるを得ないでしょうし、国もそれを容認するしかないのだと思います。若者の就職・所得がこれだけ不安定で、先行きもどうなるかわからない状況下において、大学生になる段階で数百万円の「借金」を抱えてしまうのは、あまりにもリスクが高いという認識を持つ必要があるということです。
(次回に続く…)
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