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奨学金は借りるな!<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月4日 10:23 AM
  • 未分類

で、大学の進学が正式に決まった高校3年生の1月から早速アルバイトを始めました。
最初にやったアルバイトは、書店のレジの仕事でした。当時の時給は510円でしたが、本が好きだったことと、店長さんや社員の方が優しくて、とても楽しく働かせていただきました。1日4時間、週4~5日働いて、月に4万円程度はいただいていたと思います。仕事が終わった後、事務所でビールを飲みながらいろんな話を聞かせてもらい、様々社会勉強もさせてもらいました。当時の店長さんとは、今でも年賀状のやり取りをさせていただいています。

その後4年間で本当に様々なアルバイトをしました。思い出せる範囲で挙げてみます。

〇コンビニ(ファミマ)の夜勤…夜12時から朝9時まで。レジと品出しです。さすがに週1~2日程度しか入れませんでしたが、当時で1日7~8000円になったので、大きかったですね。賞味期限ロスのお弁当とかも食べられたし…

〇警備会社の交通誘導員…ヘルメットをかぶって、工事現場で赤色灯を振っていました。研修が結構ハードでした。これも夜勤が多かったですね。やはり1日7~8000円になりました。夏とか冬はしんどかった…

〇塾講師…大学3年生の時に、大学の就職課の掲示を見ていて、一番時給が高かったという安易な理由で始めました。同じ時間働いても、他の仕事の2倍以上の給料がもらえたのです。もちろん、家での予習とか、生徒に質問を受けたりという時間は無給ですし、今考えると、責任が重いから時給も高いわけですが、当時はただ楽しくて一瞬ではまってしまいましたね。あの頃は、まさかその後26年間もこの仕事を続けることになるとは想像もしていませんでしたけど…

〇家庭教師…最初父親の会社の上司に頼まれて、ご令嬢・ご子息の指導をしたのがきっかけでした。全部で4人担当しました。受験の結果は3勝1敗でした。(>_<) やはり時給が高かったことと(当時の時給で3000円ほどもらっていた気が…)、やっぱり教えるのが好きだったんですかね。 〇会場テストの試験監督…新教育のW模擬に登録していました。自分の大学で行われる時はほとんど行っていたと思います。確か1日5時間くらいで4000円になったと思いますが、すごくありがたかったのは、給料がその場で現金で貰えたんですね。当面の生活費が足りない時は、とても助かりました。 〇その他単発で、運送業者の引っ越しの手伝いや、お店への什器運び込み(北野の忠実屋のオープンに関わりました)等、力仕事も結構やりました。当時これらの仕事は、やはり給料の当日支給が多かったのです。今でも、家の模様替え等する時に、家具等普通だと通りそうにないところを通す技は健在です。切り返しのコツがあるんです。「1回こっちに抜いて回して戻す」とか… 分かる人には分かりますよね? これらのアルバイトを組み合わせて、毎年扶養の範囲内ぎりぎりまで稼ぎました。(そういう意味では、家庭教師はありがたかったですね。当日現金支給の仕事の分もカウントされていないものが多かった気が… いい時代でした) 結局、4年間の学費はもちろん、自分の遊興費等も含めて、ほとんど自分で稼ぐことができました。もちろん、住む家があり、家でご飯を食べられたからこそなのですが… これだけアルバイトをやっていたら、いつ勉強していたの?と思われた方もいるかもしれません。勉強も真面目にやりましたよ。(きちんと単位を取るというレベルでしたが…) 私の学部は、専門科目で出席を取る科目がほとんどなかったので、だいぶ助かりました。テキスト(その教授が書いたものが多い)・副教材はすべて購入し、テスト・レポート作成に向けて準備はしっかりしました。私は教職課程も受講していたので(無事教員免許も取れました)、それも含めるとかなりの単位数になりましたが、落とした科目は1つだけ(1回授業に出てあまりにもくだらないので切った)で、後はほとんどAとBをもらっていたと思います。やはり付属高校のネットワークが大きかったですね。何しろ、高校在学中から「学部別、楽勝科目はこれだ!」みたいな情報が回ってくるのですから… 私はそれにより第2外国語で中国語を選択したのですが、それがヒットでした。フランス語やドイツ語を選択していた友だちは、結構苦労していましたっけ。 さらに、私は大学でもバレーボールも続けていました。週に2~3回の練習と、年に2回の合宿、春と秋にはリーグ戦があるので、2ヵ月くらいに渡って、毎週日曜日は試合です。こちらも、やる時は結構ハードにやっていました。今振り返っても、なかなかバイタリティに溢れる学生生活でした。 大学の試験やバレーボールが忙しい時は、アルバイトはどうしても夜勤中心になりました。朝から大学に行って授業とバレーボールの練習をして、夜は塾講師や家庭教師に行き、その足で交通誘導やコンビニに入り、朝まで仕事をして、一旦家に帰って仮眠をして、また大学に出ていく…というような生活をしていた時期もあります。原チャリが大活躍でした。相当あちこち走り回ったので、4年間で2台を乗りつぶしてしまい、バイク屋さんに呆れられました。食事も途中でコンビニにバイクを止めて、バイクにまたがっておにぎりやサンドイッチを食べて5分で済ませたりしていました。 高校の体育会で相当鍛えられたとは言っても、なかなか体力的に過酷でした。実際、大学2年生の夏休みに、気合いを入れて仕事をしまくって、1ヵ月で20万円くらい稼いだのですが、過労で倒れて入院してしまい、稼いだ分をすべて吐き出すという間抜けなこともしていました。 でも、高校・大学時代にああいう生活を送っていた(少なくとも怠惰ではなかった)ことは、社会に出てからとても役に立ちました。体力・精神力がついたこともありますが、忙しくて休めないのが当たり前になっていたので、仕事が忙しい時(徹夜続きとか…)でもビクともしませんでした。さすがに、最近は(徹夜とかは)ちょっとしんどくなってきましたけど。 (次回に続く…)

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