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大学入試で評価すべき能力<その9>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月13日 10:31 AM
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〇自分の意志・意思を明確化する能力
→今の子供たちは、(昔の子供たちと較べると)この部分が苦手になってきているように感じています。簡単に言うと、「~したい」「~して欲しい」ということを表明する能力です。逆に、保護者の方の「~して欲しい」という部分は、以前に較べても積極的になってきていると思うので、原因と結果が明らかですね… 親(教師の場合も…)が先回りしてしてお膳立てをしてしまうために、子供たちの自我が育たなくなっているのだと思います。
自分の進路・将来のことや、成績を上げるための方策についての部分でそのことを強く感じます。「将来何したいの?」という質問に対して、困った顔をする生徒が増えているのは事実です。GSに通ってくる生徒たちは、そもそも早い時期から志望校を明確に持って(持たされて?)来る生徒が多いのですが、「それでその学校に受かった後どうしたいの?」と聞くと、途端にモジモジしてしまうケースも少なくありません。
複数の保護者の方から同じ話を聞いてちょっと衝撃を受けたのですが、子供に誕生日とかのプレゼントに「何を欲しい?」と聞いたら、あまり考えずに「別に欲しいものはない…」と答えたというのです。普段から決して多くの物を買い与えているわけではないご家庭での話です。こういう事例は決して珍しくなくなっているのではないでしょうか。私が子供の頃のことを思い出すと、ちょっと信じられない話です。欲しいものが多すぎて、それこそ1週間考え抜いて何かを買ってもらったという記憶があります。(単に私が欲張りだっただけかもしれませんが…)
塾の講師の立場で言うと、「~したい」が明確な生徒の方が受験に向いています。志望校に絶対に合格したい、どうしても成績を上げたいという思いが強ければ強いほど有利です。そう言うと、「どんな生徒だって成績を上げたいし、合格したいと思っているに決まっているじゃないですか!」という突っ込みが返ってくることがあるのですが、そういうことではありません。確かに単に「成績を上げたい?」と聞けば誰だってそう答えることには違いないのですが、「どれだけ大変だとしてもそれをやり切って、どれだけ苦しくてもそれを乗り越えて、ある程度他のやりたいことを犠牲にしてでも受験勉強に取り組んで、それでも成績を上げたいか?」という次元の話です。単に「成績を上げたい」と言えば苦労しないで簡単に成績が上がるほど、世の中は甘くありません。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月11日 10:26 AM
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すみません。ちょっとテーマから話題がズレてきてしまったようです…
大学入試に限らず、子供たちが将来に向けて身につけて欲しい能力について、再度何回かに分けてまとめてみたいと思います。また大学入試のところから大きくはずれてしまうかもしれませんが、結果としてそれが大学入試にもプラスになる部分があると思います。

〇知的好奇心を身につけて、勉強を楽しんで取り組める能力
→私は、これがとても重要だと考えています。塾で長いこと子供たちと接していますが、やはり嫌々勉強している子は伸びませんし、精神衛生上も良くないでしょう。これが度を過ぎると、勉強以上に大切なものを失ってしまったりする場合もあります。どんなに大変な勉強をしていても、本人が嬉々として取り組んでいればあまり問題になりません。(もちろん、最低限の睡眠時間の確保等、管理はしてあげる必要があると思いますが…)
私は小学校低学年の段階がとても重要だと感じていますが、小5・小6や中学生になってからでもある程度修復が可能です。やはり塾(講師)の影響力は大きいはずです。この部分について言えば、今の学校の体制ではなかなか難しいと思います。ただ面白おかしく勉強させるだけではなく、どんどんレベルの高いことに取り組み、知らなかったこと、できなかったことを身につけられて、子供たちが日々自分の成長を実感することができ、さらに高みを目指そうと思える環境が必要だからです。
やはり、点数や順位等の成績の影響も大きいはずです。頑張っていることが少しずつでも成果につながっているという実感が得られなければ、勉強自体の楽しさも感じられないと思います。本当はそうではなくて、学問や、知ること・分かること自体の楽しさを教えてあげたいのですが、特に小中学生はそれだけではなかなか難しい側面があります。どうしても、ショートインターバルでの達成感が必要となってくるのです。

〇諦めないで粘り強く取り組む能力
→これもとても大切な要素だと思います。範囲の決まっている定期テストとは違い、受験勉強では頑張ってから結果が出るまでにタイムラグがあります。特に難関校の過去問で点数を取るというレベルの戦いになると、やってもやっても結果につながらないと感じてしまう場面が結構あります。最終的には合格した生徒でも、その部分でかなり苦しんだ経験がある生徒がほとんどだと思います。しかし、我慢ができず、結果につながる前に挫折して諦めてしまう子供たちが多いのです。我々の目から見ていると、もう少し我慢すれば結果につながるのに、とてももったいないな…と感じる場面は多いです。この点についても、やはり周りの大人の責任が大きいと思います。受験については特に塾の講師ということになりますが、そのことを目の前の生徒たちにしっかりと伝えていない場合が多いからです。
私は、授業でよく温泉の間欠泉の話をします。少しずつ地下にお湯が溜まってきても、そのことはまだ地上にいる我々には分かりません。段々とお湯が溜まってきて、水位がある一定のラインを超えると、一気に地上に噴き出すわけです。入試問題レベルでの得点力についても、このことと同じことが言えると思っています。力がついてきていても、点数が変わらない時があります。その状態で頑張り続けた生徒だけが、急に点数が取れるようになってくる瞬間を迎えられるのです。多くの生徒が、今までに取れなかった点数を取れて、あれっと思ったとか、ビックリしたとかいう表現を使います。その手前で諦めてしまった生徒は、結局成績は変わらないままです。
ある場面では、周りの大人(ほとんど塾の講師ですね…)が生徒の目をしっかり見て、「今のまま続けていけば絶対に大丈夫だから!」と言い切ってあげることも必要になってきます。もちろん、普段からの生徒との信頼関係によって、その言葉の効果は変わってきます。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月9日 12:28 PM
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親の期待を一身に背負って、絶対に失敗できないという悲壮感を漂わせて入試や就活に向かう子供たち… 塾から受ける有形・無形のプレッシャーを感じながら受験勉強に励む子どたち… これらに共通するのは、ごく一部の例外を除いて、大人たちにはまったく悪気がないということです。
ほとんどの親は、100%「子供の将来ため」だと考えています。ことある度に、「あなたのため」というキラーフレーズが子供に投げかけられます。「合格実績を売り物にしている進学塾」の講師たちも、決して数字だけを追いかけているのではなく、目の前の子供たち1人ひとりを何とかして合格させてあげたいという思いで受験生と接しています。しかし、結果としてそれが子供たちの肩に重くのしかかってしまう場合が多いのです。
「入試で落ちたら親に何て言われるか」をまず心配する子供たちは少なくありません。「苦労して塾に通わせてくれたのに、落ちたら親に申し訳ない」という感情を抱いてしまう子供たちもいます。それ以前に、押し付けられた勉強、無理させられた入試によって、勉強がすっかり嫌になってしまって早期にドロップアウトしてしまう子供たちも一定の割合で存在いるはずです。塾の講師に対しても、「落ちたら先生たちに申し訳ない」というような気持ちを抱えて入試に行く子供たちもいます。同調圧力ではないですが、「クラスのみんなで合格しよう!」という盛り上がりが、「私だけ落ちたらどうしよう…」というプレッシャーになってしまう場合もあります。(もちろん、これらの塾の与える影響については、自戒も込めて書いています…)

最近、児童虐待が増えているというニュースを聞いたことがある方は多いと思います。全国の児童相談所が公表しているデータでは、実際に相談件数・認知件数はかなり増えてきています。子供への虐待と言うと、しつけという名を借りた体罰・暴力をイメージされる方が多いと思いますが、最近は「過度な勉強の押しつけ」によるものが増えているのだそうです。「親が子供に勉強させて何が悪い!?」という議論が出てきそうですが、「子供の能力を越えて、子供が嫌がっているのに過度な勉強を強要する」ことは、(体罰や脅しがなかったとしても)児童虐待として類型化される場合があるということです。主にお受験(幼稚園や小学校受験)のところで問題になるケースが多いようですが、中学受験や高校受験のところでも、過去に問題となったケースはあります。それこそ、(本人の意志に反して)食事も取らせなかったり、睡眠時間を大幅に削ったりして、強制的に勉強させているようなケースです。もちろん、子供ができないとひっぱたいて…などという事例は論外です。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月8日 12:53 PM
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私は、突出して優秀なエリート層を増やしたいという方針に異論を唱えるものではありません。特に医療やIT等の科学技術の分野では、今後は今まで以上に優秀な若い人たちが必要になってくるのは間違いないでしょう。塾で指導している子供たちにも、(将来国を背負ってとは言わないまでも)そのくらいの大きな夢・高い目標を掲げて頑張っていって欲しいと考えています。
最近の全体的な傾向として、ハングリー精神や大きな夢を持っている子供が少なくなっているという論調があります。これについては、私の現場の実感からしてもそうだと感じています。20年前の子供たちと較べると、そこそこでいい、みんなと同じでいいという意識が強くなっていて、安定性を重視したり、チャレンジを避けたりする傾向が強まっているように思います。未知のものへの恐怖心や、ルーチン(いつもと同じ)への安心感を抱えている子供たちも増えているように感じます。
これらの傾向が、出生欲がない、給料も人並みでいい、いつも同じお店でご飯を食べる、結婚したくない、子供は欲しくない… というような若者たちが増えていることにもつながっているのではないでしょうか。

私は、この子供たちの変化は、社会(もう少し分かりやすく言えば周りの大人)のせいだと考えています。「せい」という言い方が適切でないのであれば、「起因する」という言い方に変えてもいいのですが、現在の社会や家庭の状況が、子供たちをそういう形に追い込んでしまっているということです。
具体的に言えば、「失敗に対して不寛容である」ということが一番大きいように思います。私が長い間携わっている受験についてもそうですし、就活の新卒一括採用のシステムがその最たる例でしょう。会社に入ってからの出世競争、起業での失敗・挫折、離婚等の家庭の問題、社会的不適応状態等、様々な部分において、まだまだ日本の社会は敗者復活がそう簡単ではありません。
「社会に問題がある」という言い方をするのは簡単ですが、子供たちはこういう社会の情勢を逐次つかめているわけではありませんし、社会のこういう部分が一昔前から変わっているかというと、あまりそうは感じません。では最近の子供たちがどこから影響を受けているのかと言えば、「家庭・保護者」と「学校・塾」であることは間違いありません。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月7日 2:39 PM
  • 未分類

もう1つ、PISAテストの結果において日本の子供たちの特徴として挙げられることは、得点分布の「いびつさ」があります。
まず、点数のばらつき具合である標準偏差は、他の上位の国と較べると比較的大きいのです。上位と下位の格差が大きいという言い方もできると思います。1つの理由には、他の国と較べると、高校進学率(すなわちPISAのテストを受験する率)が高いことも挙げられます。他の国では、一定以上の学力層しかPISAテストを受けていないケースもあるようです。しかしながら、日本の子供たちの全体的な傾向として(高校1年生くらいの年代において)、きちんと学習に取り組んでいる生徒とそうでない生徒がくっきり割れているという事実は認識しておく必要があると思います。そんな状況で、平均点では上位に食い込んでいるのですから、全体的なスタンダードなレベルが高いことも間違いありません。

もう1つ、日本子供たちの成績分布の特徴としては、(残念なことですが)最上位層の割合が少ないことが挙げられます。世界全体の中で上位3%や5%に入るようなエリート層の人数(割合)が、日本はとても少ないのです。その層の子供は、上海・香港・シンガポール等、アジアの新興国に多いことも分かっています。標準偏差が大きく平均点が高いことからも推測できる通り、日本の子供たちは、その次の2番手層(上位10%~20%)の割合が高いようです。簡単にまとめると、「日本はそこそこ優秀な子供は多いけど、飛びぬけたエリート層は少ない。また、逆に最下位層の子供たちも一定の割合で存在する」という言い方になるでしょうか。
これは、子供たちの能力というよりも、日本の教育システムに起因するものだと考えた方がしっくりくると思います。今、文科省が血眼になって改善しようとしていること。それは、このエリート層の割合を増やすことに他なりません。グローバル教育の推進や大学入試の改革の内容に、そのことが如実に表れています。少なくとも、成績下位層の基礎学力を何とか底上げしようという施策よりも、優先していることについては異論がないはずです。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月6日 10:46 AM
  • 未分類

点数や順位だけでなく、さらに細かい部分まで見ると、日本の子供たちの学力の特徴が浮かび上がってきます。

まず、日本の子供たちは、単純な読み・書き・計算が得意であることは間違いないようです。この部分だけで見れば、毎回先進国の中でも平均点はトップクラスです。また、時間内に問題を処理していくスピード・要領の良さ等も身についているようです。PISAのテストは、3科目を2時間で解くことになっているのですが、問題数がとても多いため、小問1問を2分程度解いていかなくてはなりません。記述問題もたくさんあるため、絶対的なスピードがないとなかなか厳しいテストなのです。そんな中で日本の子供たちは、時間がなくて解き終わらないというケースがとても少ないのだそうです。やはりこの部分については、小学校の低学年のうちから、時間を計って実施する漢字・計算テストやドリル形式の学習等の訓練を積んできていることが、成果につながっているように思います。限られた時間内に「正解」を書いていくという受験勉強の形式になれているという言い方ができるかもしれません。

逆に、日本の子供たちが苦手(他の上位の国に較べて正答率が低い)なのは、自分で判断して答える問題です。PISAの表現で言うと、「解釈」「評価」「意見」を問う問題ということになりますが、その中でも特に「根拠を明示して自分の意見を述べる問題」の正答率が低いのです。さらに言えば、このタイプの問題に対して解答欄を空欄のまま出してしまう子供の割合が多いそうです。どういうことかと言うと、他の国の子供たちは、なんだかよく分からなくても、とりあえずイエスかノーか等、自分の意見を表明してしまう場合が多いようです。根拠があいまいだったりしても、その問題は「誤答」として処理されることになるわけです。しかし、日本の子供たちはよく分からないと、自分の意見すら書こうとしないため、PISAでは「無答」として処理されます。
日本人の国民性と言ってしまえばそうなのかもしれません。間違い、特におかしなことを書いてしまうこと(そしてそれを指摘されること)について、恥ずかしいというような感覚を持つ子供が多いということもあると思います。
私は都立中受験の作文や、就活の小論文の指導を長いことやっていますが、この部分については現場の実感として痛いほど感じています。多少論理的におかしなところがあったとしても、とにかくどんどん書いて見せに来るような生徒は、短期間で力がついていきます。しかし、常に考え込んで手が止まってしまい、時間切れとなってしまうような生徒は、何ヵ月(何年)指導したとしてもあまりうまくなりません。そういう生徒に限って、「何を書けばいいか分かりませんでした」とか、「時間が足りませんでした」とかいうことを平然と言ってしまうのです。私の目から見ていると、「完璧な答案が書ける気がしないと手を動かそうとしない」だけのような気がしています。
根拠を明示するのが苦手な子供たちが多いということもその通りだと感じます。小論文で言うと、「なぜならば~である」の部分や、「まとめにつながる論理性」がとんでもなく下手な生徒が増えているように思います。都立中受検のところで言うと、塾の指導に問題があるケースも多いようです。子供たちが論理的に考えて書くことをしなくなってしまうような書き方を推奨していたりするのです。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月4日 12:40 PM
  • 未分類

もちろん文科省は、PISA型の学力を身につけることが子供たちの将来にとって有益であるということも折に触れて発信しています。グローバル社会で世界と伍して行くために…という枕詞がつく場合もありますが…

では、PISA型学力というのはどんな力なのでしょうか?
大きく分けて3つのカテゴリーがあります。「読解リテラシー」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」です。リテラシーという言葉は聞きなれない言葉かもしれませんが、簡単に言うと「読み書きの能力」です。それぞれの科目において、与えられた条件をしっかり読み取り、自分で考えた上で、設問にしたがって答えるという形の問題です。試験は筆記ですが、選択式の問題と自由記述式の問題が混在しています。グラフの読み取り問題や、案内文、実験の手順等の出題も多く、やはり見れば見るほど公立中高一貫校の問題と似ている部分が多いのです。
このテストの特徴としては、知識を知っているだけで答えられる問題はほとんどないということです。自分で考えて、特に記述問題は自分の言葉で書けないとほとんど点数になりません。出題内容についての、「解釈」「評価」「意見」を問われるのです。中には、道徳的な内容を問われる問題もあります。その人の行動は許されるのか許されないのかというような情緒的な部分に踏み込んでくるのです。(私は、思想チェックテストも兼ねているのではないかと勘繰ったくらいです…) ただし、採点基準はその結論にあるわけではなく、自分の意見の「根拠」「論理性」を問われています。

PISAの調査責任者が次のようにコメントしています。「PISAが測ろうとしているのは、情報にアクセスし、情報を適切に処理し、他の情報と結びつけたり、情報を評価したり、情報に基づいて熟考する能力であり、これらの能力を身につけておくことは実社会・実生活において、持っている知識を総合的に活用して問題解決にあたる際に必要となる」と。文科省が意図していることも、正にこの部分にあります。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月2日 12:22 PM
  • 未分類

公立中高一貫校と出題の意図が似ている表現になるのには理由があります。参考にしている素材が同じだからです。それは、OECDが実施している「PISA調査のテスト」です。(日本では高校1年生を対象に実施しています) 今回の大学入試改革で文科省が参考にしているテストが3つあるのですが、PISA以外では「全国学力・学習状況調査」と、あと1つはなぜか「法科大学院の全国統一適性試験」です。この中で、特にPISAのテストの内容についてかなり突っ込んで分析していて、新しい大学入試の出題内容に取り込もうとしている様子が伝わってきます。全国学力調査については、家庭環境や生活習慣との相関の分析に注力しています。例えば、「朝食をきちんと食べる子供は成績も良い」というような分析結果を毎年公表しています。

公立中高一貫校の入試問題(適性検査)もそうなのですが、新しい大学入試についてなぜPISA型に近づけたいと考えているかと言うと、文科省や国は、このPISAの試験の結果(世界の中での位置付け)をとても気にしているからです。しばらく前の「ゆとり教育」の時代に、子供たちの学力が大幅に落ちたという話を聞いたことがある方も多いと思いますが、このPISAテストの順位が落ちたことがその根拠になっています。それまで、平均点等で世界でほとんどトップだったのに、ゆとりの時代にトップグループから陥落してしまったのです。(特にそれまで世界で常にトップを争っていた数学・科学の分野でかなり順位を落としました…) そして、ゆとり教育が終了して学習指導要領を元に戻したら、またトップレベルに返り咲いたので、「ゆとり教育は完全に失敗だった」という総括がなされているわけです。(ゆとり教育を受けたのは、現在20歳代前半~28歳くらいの世代です)
国を挙げて、このPISAテストでの順位を上げるということが至上命題になっているように感じます。世界の中での順位が下がると、「文科省は何をやっているんだ…」という世論のバッシングが起こったりします。だから、文科省や各都道府県の教委が新しいテストの内容を検討する時には、そのPISAのテストの内容を前提に考えざるを得なくなっているのです。大学入試がそのような方向に変わっていけば、小中学生のうちからそこを意識した取り組みをするようになり、子供たち全体のPISA型学力が身についていくと考えている節もあります。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月30日 4:02 PM
  • 未分類

最近、文科省が公表している資料を詳細に読み込んでいるのですが、やはり2020年以降の大学入試改革に関するものが多くなっています。現在、出題の内容についてのイメージをまとめようとかなり苦労している様子が伝わってきます。現時点で途中段階のものになりますが、出題内容や評価すべき能力のイメージについて、「たたき台の一例(正にこの表現を使っているのです…)」として公表しています。ある程度まとまってから公表した方が混乱がなくてよいのではないかと感じますが、文科省としては親切のつもりなのだと思います。以下にまとめてみます。

<新しい大学入試で評価すべき能力等>
①規則・定義・条件等を理解し適用する
②必要な情報を抽出し、分析する。
③趣旨や主張を把握し、評価する。
④事象の関係性について洞察する。
⑤仮説を立て、検証する。
⑥議論や論証の構造を判断する。
⑦思考の過程や結論を適切に表現する。

どこかで見た表現が多いなと思ったら、やはり全国の「公立中高一貫校」の出題方針として公表されているものと同じような表現が多いのです。
(次回に続く…)

GSテスト返却中<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年6月29日 1:09 PM
  • 未分類

そういう意味では、今のままで第一志望校に合格できるレベルに到達している生徒はほとんどいません。GSは地域で優秀な生徒たちにお集まりいただいているのは事実ですが、その分目標も高いため、まだまだ力をつけていかなくてはならない状況にあります。
例えば中3生を例に挙げれば、今年もほとんどの生徒が都立高校を第一志望としています。今年は特に女子生徒の割合が高いため(2クラスで男子生徒は数名しかいません)、どうしても都立という生徒が多いのが特徴です。そして、その生徒たちのほとんどが、日比谷・西・国立・立川・八王子東等、進学指導重点校を目指しています。これらの高校は、都内全域から優秀な生徒たちが集まってくるため、倍率以上にレベルが高い戦いになるのです。
具体的に言うと、内申点は、日比谷・西・国立を受験する場合は4が半分・5が半分では足りません。それだと合格者の平均を下回ってしまいます。立川・八王子東あたりを受験する場合でも、オール4では話になりません。本番でかなり高得点を取らないとならなくなります。来年度から内申点が関係ない「特別選考枠」が廃止となることもあるので、より内申点(特に実技科目。他の科目の2倍の比重があります)が重要になってきます。
業者テスト(V模擬・W模擬)のレベルの偏差値で言えば、5教科で65が最低ラインです。できれば常時70くらいの成績をキープしたいところです。(問題が易しいと偏差値70以上が出ない場合もありますが…)
夏休みから実際の過去問を解き始めることになりますが、英・数・国の3教科はかなり問題が難しいため、相当腰を据えた学習・訓練をしていかないと点数を取れるようにはなりません。理科・社会は(3教科に較べると)問題が易しいのですが、それだけに高得点の勝負となります。進学指導重点校は90点を巡る攻防となります。合格者の平均点が90点近くになる年が多いからです。

以上の基準で考えた時に、現時点で合格ラインを超えている生徒は(都内全域で見ても)そう多くはありません。この時期に過去問で合格点を取れる生徒はほとんどいないと思いますが、今まで通り普通に勉強を続けて行けば合格ラインに入れるという生徒も多くはないはずです。それらの生徒の中で、高い意識を持ち、目の前のやるべき勉強にきちんと取り組み、1つ1つハードルを超えて、ハイレベルの問題で点数を取れるようになった生徒だけが合格を勝ち取ることができます。
やはり、夏の学習への取り組みで大きく差がつくことは間違いありません。毎年、夏の前にはまったく歯が立たなかったはずの過去問で、夏の終わり頃には合格点を取れるようになってくる生徒が結構出てきます。中には、5教科トータルで合格ラインをクリアする生徒も… それほど、夏の学習の質と量が重要だということです。何しろ、普段の4~5ヵ月分くらいの学習をこなしていくわけですから…

以上のような認識を、生徒本人にしっかり持ってもらう必要があります。期末テストが(ごく一部の生徒を除いて)終わったので、週末から少しずつ生徒面談を始めました。この部分を100%伝えきることが目的です。
来週以降、GSシートを基に夏の具体的な計画作りに入ります。

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