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2015年1月のアーカイブ

大学入試改革続報<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月20日 2:07 PM
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中学入試・高校入試は今週から本格的な(本命校レベルの)戦いに入りますが、大学入試も先週末にセンター試験が終了し、戦いの火蓋が切って落とされました。
6年後(今の小6生の代)から大学入試が大きく変わることは、今まで何度も書いてきた通りです。センター試験が廃止となり、「大学入学希望者学力評価テスト」が年に複数回行われます。簡単にまとめると、「一発勝負にしない」「1点刻みの点数を出さない」「知識を問うだけでなく考えて記述する問題を増やす」「科目ごとではなく科目横断型のテストにする」「面接・小論文等で人物重視の選考を行う」という感じで、大学入試の改革としては、過去に例がない大きな変更です。
上記の部分については、これから様々議論され細かい内容が決まっていくと思いますが、大学入試改革の根本となる文科省の考え方がだいぶ見えてきました。ひと言で言うと、大学生(卒業生)の質を上げるために、入口と出口を厳しくしようということです。単に知識がある者ではなく、広く社会に通用する者を選抜し、鍛えて送り出すことが大学の責務であるということを強く打ち出しています。(大学を選ばなければ)誰でも大学生になることができ、欧米の大学と較べると卒業要件がとてもぬるいために、「大学は出たものの…」という若者が増えていることに危機感を抱いていることが根底にあります。

文科省が大学に求めているのは、「入学・教育・卒業の要件・方針」を明確に定めて公表し、それを厳格に適用することです。大学入試については、「大学入学希望者学力評価テスト」の結果で足切りをする形が検討されています。おそらくA・B・C・D・Eの5段階とかで評価がつく形になると思いますが、「うちの大学はAとBの生徒のみ受験可」というようなことが事前に入試要項で公表されることになる可能性が高いのです。その場合、「大学入学希望者学力評価テスト」(名称が長い!)で何としてもB以上の評価を取らなければ、受験することすらできなくなるということです。またその場合、AとBでは合格基準点が異なるような形も予測されます。難関大学は、実質的にAを取った者の中での争いということになるのかもしれません。
文科省は、卒業の要件をもっと厳格に適用させることも大学に徹底したい考えです。大学が事前に公表した基準に満たない場合は、留年・卒業見送り等にして、卒業させないようにということです。入試制度の改革に併せて、出口のところについても思い切った改革をしたいと考えているわけですが、各大学(特に中堅以下の私立大学)がこのことにきちんと対応できるかと考えると、大きな疑問符がつきます。日本全体で大学生の数を減らさなければこの改革は前に進まないでしょうし、もしそうなれば、中堅以下の大学はつぶれるところが増えてくるはずです。
(次回に続く…)

自分の頭で考えて自分の言葉で表現することの大切さ<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月18日 1:20 PM
  • 未分類

1つ目は、周りの大人が何でもかんでも先回りしてやってしまわないようにすることです。この部分については、特に親の責任が大きいと思います。子どもが困っていたり、決断しなくてはならない時に、子どもが考えて行動する前にすべてお膳立てをして誘導したり、子どもに成り替わってやってしまったりしていたら、当然子どもの主体性が育つわけがありません。
塾の三者面談で、子どもに質問しているのに保護者の方が横から遮って答えてしまうようなケースは決して少なくありません。なぜか、男子生徒の保護者の方に多いのが特徴です。私がそういう場面に出くわした場合は、「〇〇くんに聞いているんです」と生徒本人に言い直させるようにしていますが、普段あらゆる場面でそういう感じだとすると、その程度のことでは焼け石に水です。日常生活の中で、それこそ家族でファミレスに行ってメニューを決める場面ですら、「〇〇くんは△△でいいわよね?」などとやっているケースは結構あるのではないでしょうか?

2つ目は、子どもたちが困っている時や間違えた時に、(助け舟は出すにしても)自分で考えて自分で処理する時間を確保させることです。集団生活に関しては学校の教師、受験勉強に関しては塾の講師の責任も重大です。
小学校で言えば、担任がこの部分で生徒をダメにしているクラスの生徒はすぐに分かります。「先生、~していいですか?」と聞きに来ることが習慣になってしまっているからです。教師の許可を取らないと何もできない感じになっている生徒もいます。普段そういう躾をしているのでしょうが、こうなってしまうと受験勉強にも悪影響が出てしまいます。
塾では、生徒が分からない問題を質問に来た時の対応をよく見ていれば、力量がある講師がどうかは一目で分かります。特に理系の科目に顕著ですが、力のない講師は何から何まで全部教えようとしてしまいます。最悪なのは、講師がペンを持って解いてあげているようなケースです。一見すると親切な講師に見えますが、そんな指導をしていたら、生徒が自分の手でできるようにはなりません。生徒にノートと鉛筆を持って来させて、ヒントを出しながら、その場で生徒に解かせるべきでしょう。理解できた時点で、「もう1回自分でやって解いて持っておいで」という対応でもいいと思います。クラス全体にテストの解説をする時なども、すべて丁寧に解説して、黒板(ホワイトボード)ですべて答えまで解いてみせているような講師はダメな講師です。それだと、復習ノートの意味もまったくなくなります。生徒たちは、ただ写して持ってくればよくなってしまうからです。
前述した都立中の作文の指導に関しても、この部分については同じことが言えます。書いている内容がまったくダメな場合、私は生徒に「何がいけないと思う?」と聞きます。まだ受験勉強に慣れていない時期だとなかなか望むような返答は返ってきませんが、この時期(入試直前期)になると、ほとんどの生徒が的確に返してきます。「だったら、最初からそう書けよ…」と言いたくなってしまうくらいです。何か問題提起をする場合や、自分の過ちに気付いて欲しい場合も、まず「どう思う?」と聞くところから始めます。生徒が自分の頭で考えて、自分の言葉を発してからでないと、何も生まれない・始まらないと考えているからです。

カウンセリングの理論で言うと、子どもが「依存」傾向が強い場合は、周りの大人(特に親)が「共依存」傾向が強いので、まずはそこを改善しないと子どもの状態は変わらないと言われています。「うちの子は自分では何もできないので、全部私がサポートしないとダメなんです…」と親が言っているのが「共依存」の状態です。
当然、子どもたちが自分でやろうとすれば、失敗することも多くなります。身に危険が及んだり、将来に影響が出るような取り返しがつかない失敗は困りますが、そうでないのであれば、どんどん子どもに失敗させるぺきではないでしょうか? 子どもたちは、その失敗の中から様々学んでいきます。そういう意味では、周りの大人(特に親)が我慢しなくてはならない場面が多くなるということです。子どもが独り立ちできるようになるためには、乗り越えなくてはならない壁だと思います。

我が子が、あるいは自分のところの生徒たちが、どうも自分で考えて自分で行動できないなと感じている方は、この機会にこのあたりのことをじっくり考えてみてはいかがでしょうか?

生徒募集の状況・続報

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月17日 7:18 PM
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小学生と新中1は2月から、新中2と新中3は3月から新年度の授業がスタートします。
この間、満席・募集停止となる学年が多くなり、ご迷惑をおかけしております。現時点での生徒募集の状況をまとめておきます。

新小4・新小5 → まだ定員に少し余裕があります。2月2日(月)より新年度の授業がスタートします。新年度からの入塾をお考えの方は、1月24日(土)までにご連絡をお願い致します。

新小6 → 残席2名となっていましたが、2月からのクラス増設に伴い、少し余裕ができました。この時期、他塾にお通いの方からの転塾相談が増えています。

新中1 → 2月10日(火)より、中学生としての授業がスタートします。すでに大変多くの方にお申し込みをいただいており、残席は4名となっています。ここ数日で新規のお問い合わせも増えているので、授業開講を待たずに満席・締め切りとなってしまう可能性もあります。入塾をお考えの方は、早めにご連絡をお願い致します。

新中2 → 現在、満席のため募集を停止しています。今後の募集の目処は、今のところ経っておりません。欠員が出た時か、教室(建物)増設となった場合のみ入塾が可能です。入塾希望の方は、ウェイティングリストにご登録いただき、空きが出た時にご連絡をさせていただくことになります。

新中3 → 現在、満席のため募集を停止しています。3月よりクラス増設となるため、現在予約申し込みを受け付けています。ただし、そちらも残席が少なくなってきているため、中3から入塾をお考えの方は、お早めにご連絡をお願い致します。

個別指導部 → 現在、募集を停止しています。現時点で募集再開の目処は立っておりません。

高校入試も始まりました!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月16日 12:21 AM
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私立中入試は、順調な滑り出しとなっています。埼玉県の中学校を受験に行った生徒は、とりあえず1つずつきちんと合格をもらって来ました。中には、かなり優秀な点数を取って、特別奨学生の権利を勝ち取って来た生徒もいます。今週末から、いわゆる「難関」といわれるレベルの入試も始まります。前半戦の勝負どころです。

高校入試もいよいよ本日からスタートします。山梨県の高校を何人かの生徒が受けに行きます。受験する生徒は、昨日の授業を途中で早退させて今日に向けて備えさせました。昨日(山の向こうは)雪が降っていたようなので、交通と学校の周りの状況が心配です。
来週22日からは、東京の本命校のA推薦(単願)と埼玉県の高校の入試が始まります。

都立中入試も、あと2週間余りに迫ってきました。昨日の授業で、直前期・前日・当日の注意事項と、最後に合格を勝ち取るためのポイントについて、かなり時間を取ってレクチャーしました。さすがに、生徒たちも緊張感が高まってきているようです。

我々も、何年やっていても胃が痛くなる季節です。

自分の頭で考えて自分の言葉で表現することの大切さ<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月15日 12:53 PM
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先週末から、私は面接担当のおじさん(じゃなかったお兄さん!)と化しています。毎日、何人かの中3生と面接の練習をしています。高校の推薦入試では、都立も私立も面接の比重が高いのです。
やはり毎日感じるのは、「自分の言葉」になっている生徒とそうでない生徒の差がとても大きいということです。志望の理由等絶対に聞かれることの準備もしていない生徒は論外ですが(もちろん、事前に準備をしておくべきことを指示をした上で面接練習をしています)、いわゆるマニュアル本の丸暗記をして、思い出しながらしゃべっていル生徒は良い点数がつきません。相変わらず、中学校の先生が酷い指導をしているケースも目立ちます。中学生として違和感のある言葉使いや、不自然な立ち振る舞い等を強制させられている生徒がいるのです。おじぎの仕方1つとっても、つい笑ってしまうレベルの生徒もいます。
話し方や、表情・目つき・姿勢等の印象点も大きいと思います。モジモジ・キョロキョロしたり、声が聞き取りにくかったりするとマイナスです。私は個人的には、「目力」と「言葉の力」を感じる生徒に高評価をつけています。
もちろんダメな生徒に対しては、自分の頭で考えて自分の言葉で感情を込めて話をできるようにその場で修正させるのですが、これがなかなか大変なのです。やはり、普段からこのことを意識して取り組んでいるかどうかの差が出てしまいます。

子どもたちが自主性・主体性を身に付けて、自分の頭で考えて自分の言葉で表現できるようにするためには、どうすればいいのでしょうか? 私は、2つのポイントがあると考えています。
(次回に続く…)

自分の頭で考えて自分の言葉で表現することの大切さ<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月14日 2:41 PM
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子どもたちが自分で考えなくなってしまうのは、間違いなく周りの大人たちの責任です。特に、学校や塾の教師の責任が大きいと思います。
前述した、都立中の作文でそういう答案が増えているのは、塾でそういう指導をしているからです。GSは大手塾からの転塾生がとても多いのですが、作文に関してはその部分の悪癖が身についてしまっている生徒が少なくありません。都立中の作文に関してのみ言えば、まったく真っ白の方が指導がし易いくらいに感じています。
答案の中身もそうですが、勉強に臨む姿勢などにもそれを感じます。「待ち」の姿勢や、「先生が~してくれないから~できない」という他責意識が身についてしまっている生徒が目立ちます。自習室に来ることを目的化してしまっていることなどもそうです。その自習の時間に、すべての科目について、質問ができる先生が必ずいるのか(暇にしているのか)というようなことを聞いて来る生徒も(まれに保護者の方も)います。(そんなことがあるわけありません!) これらの症状が身についてしまうのは、間違いなく塾の講師の責任です。普段そういう指導をしているから、自分で考えて行動したり、自分の頭で考えて自分の言葉で答案を書いたりできなくなってしまうのです。
入試の結果はもちろんですが、私はそういう生徒たちの将来のことがとても心配になってしまいます。大学入試や就職、社会に出てからの仕事・人間関係等でうまく行くような気がしないのです。もっと言えば、婚活や家族・友人との関係等、プライベートの部分でも苦労するのではないかと考えてしまいます。GSで就活塾や結婚相談所を運営していて、そのことを日々リアルに感じる場面が多いからかもしれません。

もちろん、そういう部分の悪癖が身についてしまっている生徒たちに対しては、改善させるべく日々全力で向かっています。その部分が改善してくると、それに伴って成績も上がってきます。やはりこの部分に関しては、保護者の方の協力が必要になる場合が多いです。
いずれにしても、周りの大人たちが、子どもたちの自主性・主体性を奪って結果としてスポイルしてしまうことのないように、もっと真剣に考えるべきだと思います。
(次回に続く…)

成人の日に思う<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月13日 11:21 AM
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世の中の大人たちが、成人年齢を引き下げることをあまり快く思っていないのです。世論調査の結果をいくつか見ましたが、(私が目にした範囲では)成人を18歳に引き下げるべきという意見が過半を占めていたものはありませんでした。現状(20歳)のままでよいという意見が最も多く、22歳に引き上げるべきという意見もあり、中には30歳にしろという過激な意見もありました。
大学進学率が50%を超えている現在、大学を卒業するまでは親のすねをかじっている者が多いことが、このことの背景にあると思います。(昨日もそうですが)毎年、各地の成人式での若者の愚行が報道されます。ああいう若者は割合としては少なくて、ほとんどの新成人が真面目に式に臨んでいるのですが、報道で目にしてしまう印象も、大人の感情に影響を与えているような気がします。

成人になったからと言って、若者たちの意識が大きく変わるということはないのかもしれません。選挙権が手に入ることと、お酒・煙草が(大手を振って)解禁になることぐらいでしょうか。犯罪を犯した時に、実名が報道されるということもありますが、普通に生活している分には関係ないですね…
30年程前(私が成人を迎えた時)のことを思い出すと、自分の中ではまったく何も変化がなかったと思います。そもそも私は成人式にも参列していません。自分で大学の学費を払っているような苦学生だった私は、その日もひたすらバイトに明け暮れていた記憶があります。

私は、塾の講師としてはあるまじき存在かもしれませんが、大学生の数を減らすべきだと考えています。高校を卒業したら、一足早く社会に出るか、専門学校で手に職をつけるかをした方が、大学で無為な4年間を過ごすよりは幸せになれる者が多いはずだと感じているからです。本気で勉強したい者や、資格や就職のためにどうしても通わなくてはならない者だけが大学に進学すればいいのではないでしょうか。
その考え方の延長で言うと、私は「18歳成人」に賛成です。当然、選挙権も18歳にすべきです。酒・煙草も18歳から(高校を卒業した4月1日から)でいいでしょう。大学のコンパ等で、お酒を飲んでいい者といけない者が混在しているのはやはり不自然です。その代わり、酒・煙草については、高校生に対してその害も含めてもっときちんとした教育をする必要があると思います。

高校を卒業したら、名実共に「大人」として扱い、稼ぐことも含めて、自己責任の度合いを今まで以上に増やすべきだと思います。そのためには、まず親が変わらないといけないのかもしれません。早い時期に子離れするということです。今の日本の教育の課題の1つは、親がいつまでも子どもを子ども扱いしているために、自立できない若者が増えているということです。これは、私が現場で30年近く子どもたちや保護者の方と接してきての実感です。

成人の日に思う<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月12日 1:54 PM
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今日は成人の日です。我々は普通に仕事なので、あまり祝日という感じがなかったのですが、昼休みに駅の方に買い物に出たら大変なことになりました。
オリンパスホールで成人式が行われていたのですが、ちょうど午前の部と午後の部の入れ替わりの時間帯だったので、ペデストリアンデッキが慣れないスーツや、羽織袴・晴れ着を来た若者で溢れていて、場所によっては大袈裟ではなく一歩も進めない状況になっていました。風が強かったこともあって屈強な(?)私でもちょっと危険を感じたくらいなので、周りのお年寄りや子連れのママたちが心配になりました。実際、階段やエスカレーターで将棋倒しでも起こったら、軽い怪我程度では済まないはずです。
「キャー、久しぶり~!」とか、「みんなで写真撮ろう!」という感じて盛り上がっていたのですが、中学卒業以来5年ふりに会った友達もいるでしょうし、私はこのこと自体を責める気にはなりませんでした。警察や警備もかなり出ていたのですが、人ごみに飲まれてしまって、なす術なしという感じでした。市の事前の準備・段取りの問題です。あれだけの人出になるのですから、もう少ししっかりした警備等の計画が必要だったはずです。せめて、一般の歩行者の通路は確保するとか、立ち入り禁止区間を設けるとか、しなくてはならないことがあったはずです。事故が起こってからでは遅いのです。もし、あの状態で無事故だったとすれば、それはただ運が良かっただけのことです。

この仕事をしていると、どうしても、今年成人になるのは、誰たちの代だっけ?と考えてしまいます。5年前…? あいつらの代だ! もう20歳か… 早いなぁ。こちらも歳を取るはずだ… そろそろ、写真がSNS経由で送られてくるでしょう。(^^♪  特に、小6の時に教えてそれっきりだったりすると(特に女の子は)、最初誰だか分からなくなっていたりするのですが…

我々は、20歳=成人という感覚が当たり前になっていますが、実はこれは世界的に見ると少数派なのです。選挙権は先進国の約9割が18歳からですし、法律上の成人も18歳としている国が圧倒的です。日本でも、国民投票の対象年齢は18歳からに引き下げられましたし、選挙権や民法の改正についても、現在政府が準備を進めています。法制審議会で具体的な検討に入っています。今のまま進んで行くと、10年以内には18歳=成人ということになるはずです。
ただし、それがひっくり返る要素もあるのです。世論がそれを望んでいないからです。
(次回に続く…)

自分の頭で考えて自分の言葉で表現することの大切さ<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月11日 12:03 AM
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前回のブログで、志望の理由や自己PRなどを、「みんなと同じように」つまらない内容で書くことの弊害を指摘しましたが、最近このことを様々な場面で感じます。

GSでは就活塾も運営していますが、真面目な学生ほどこの落とし穴にはまっています。早い段階から自己分析に時間をかけて、小論文や面接の対策もしっかりした(つもりになって)、さていよいよ本格的な対策を塾で始めてみると、これがとんでもないのです。いわゆるマニュアル本の丸暗記で、「自分」というものがまったくなく、当然ちょっと突っ込まれるとボロボロになってしまいますし、とても何十倍の関門を通過できるような状態ではありません。それを一度ぶっつぶして、自分の言葉でありのままを語れるようになってからが、本当の対策のスタートです。話をしている時の、表情とか目力、声のトーンなどもとても重要です。模範解答を丸暗記して棒読みしているようでは、まったく話にならないのです。

都立中の入試では、必ず作文が出題されます。だいたい、入試得点の3割~4割の配点が作文なので、とても比重が大きいのです。特に、適性検査の方が問題が難しすぎて差がつかない中学校が多く、作文の出来・不出来で合否が決まっているような場合も少なくありません。
都立中の先生に伺った話ですが、ここ数年の傾向として、作文であまりにも型にはめすぎていたり、論理も何もないような作文が目立つのだそうです。確かに、少し都立中の勉強をかじっていて、小6の途中から入塾してくるような生徒たちには、ほとんどこの症状が見られます。私はこれを、「なぜならば~だからだ病」と名付けています。まだ論理がきちんとしていればいいのですが、形だそれにはめようとしてしまう作文が多いのです。例えば、「私は筆者の意見に賛成だ。なぜならば、私もそう思うからだ。」とか、「私は~と考える。なぜならば、私が次のような体験をしたからだ。」とか、笑ってしまうようなレベルのことを平気で書く癖がついていたりします。これは一度身についてしまうと、なかなか改善することができません。
もちろん、理由や根拠を説明するのに、「なぜならば~だ」という表現を使わなければいけないというルールはありません。(もちろん、論理がしっかりしていれば、使ってはいけないということではありません) それなのに、まず形をこの形にはめなければいけないと思い込んでいて、論理性をまったく考えていなかったり、「自分の」意見をまったく書こうとしない答案が増えているということです。
このあたりを都立中の側も感じ取っていて、ある中学校の昨年の学校説明会で、「そういう(型にはめすぎた)作文が増えているけど、良い点数はつかない」というようなことをおっしゃっていました。
(次回に続く…)

出願書類を万全に!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年1月9日 8:56 PM
  • 未分類

中学入試も高校入試も、出願が本格的にスタートしています。都立中の出願が例年より日程が早まっていて、間もなく締め切りとなるので注意してください。
当たり前のことですが、出願期限中に願書を提出し忘れたら、受験することすらできなくなります。これには例外はありません。最近は郵送出願が増えているのですが、それらの学校は出願締め切り日に学校に持参しても受け付けてもらえません。

期限内に提出するのは当然として、願書に記入する内容がとても重要な場合があるのです。
まず、私立中・高に多いのですが、志望の理由を書かせる学校は要注意です。点数化されているくらいに考えて書くべきです。面接がある学校では、その内容を基にして突っ込まれますし、点数でぎりぎりの戦いになったら、その内容で合否を判断される場合もあるでしょう。
一部の学校では(慶應など…)、保護者の方が家庭の教育方針を書く欄があったりします。これについても同様です。親子面接がある場合はもちろん、そうでない場合も、この内容をとても重視している学校は多いです。
都立高校(全校です)や私立高校の推薦入試では、自己PRカードを願書と一緒に提出させられる学校も多いです。都立高校は点数化しないという建て前になっていますが、これも推薦入試の面接点の中には含まれていると考えておくべきです。私立高校の場合は、やはりこれを重視している学校もあります。

この部分で毎年我々が閉口するのは、中学校の先生の余計な指導です。(先生の言った通りに書くと、明らかにマイナスだと思われるものも少なくありません。例えば、「貴校の教育方針に感銘を受けて…」というような中学生らしくない言葉使いを強要したり、金太郎飴のような誰が書いても同じ内容の文章を全員に書かせたり、点数に差がつくものを、わざわざ埋没させるような指導をされる場合が多いのです。
面接の練習でも、とても酷い指導をされてしまう場合もあります。答える内容もそうなのですが、ハウスマヌカンのようにおじぎをさせたり、椅子に座る時にわざわざ反対側に回って待機させたり、何でそういうぎこちないことをわざわざさせるのかとても疑問に感じます。塾で練習する時に、中学校で教わって身についてしまつていることを、一度リセットしなくてはならないので、とても苦労するのです。

願書に添付する写真の印象も大変重要です。あくまでも噂(都市伝説?)の域を出ませんが、合否判定で最後同点で差をつけなくてはならない時は、写真から受ける印象で最終的に合否を決めていると言われている学校もあります。
もちろん、髪型や服装がふさわしくないというような場合は論外ですが、少しでも(学校の先生から見て)印象の良い写真を提出しましょう。写真館で(高い費用を払って)「受験用プレミアム」として撮影した場合は、目の印象や肌つやまで「修正」することが可能です。(必ずそうしろというわけではありませんので、誤解のないようにしてください。最近、私のブログがあちこちのサイトに転載されてしまうこともあり、こういうことを書くと影響が大きいようなので…)

来週からの3週間が、出願のピークてす。

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