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内申点のつけ方の基準が変わる!?<その15>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月19日 9:16 AM
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次回の学習指導要領から、「関心・意欲」のの項目が削除されることはほぼ既定路線のようです。その廃止に至る経緯も含めて、これはとてもよいことだと考えています。この抽象的な基準によって生徒たちを評価するために、様々な問題が生じている部分が大きいと感じているからです。ただし、中教審の特別部会では、「それに代えて、生徒たちが主体的な学びに向かっているかどうかを評価するべき」という見直しの狙いを公表して、これはこれでちょっと不気味な感じはします。何を以って主体性を評価するのか…という別の問題が生じるからです。
現在の内申点の制度には様々大きな問題点がありますが、実際の入試制度がそうなってしまっている以上、生徒たちはその枠組みの中で戦わなくてはなりません。我々塾の講師としても、その中でどうやって有利な戦いをできるようにさせてあげるか(少なくとも不利な戦いをしないで済むか)という視点で指導を進めていくことになります。
この夏期講習中は、特に中2の授業でこのあたりのことを力説しています。「テストの点数が同じなのに、なぜ5の生徒と3の生徒がいるのか?」ということを考えさせて、具体的に「秘策?」を授けています。(この内容は企業秘密なのでここでは書けません…) 生徒たちは、だいぶそのあたりを意識しているようなので、2学期以降多少効果が出てくるのではないかと考えています。

かなり長い期間に渡って、現在の内申点の制度の問題点について書いてきましたが、今になって「この制度もそんなに悪くないのかもしれないな…」と感じ始めています。(おい!何だそりゃ?という突っ込みはやめてください(*_*)) 内申点の制度はとても理不尽ですが、社会に出てからの世の中ではもっと理不尽なことがたくさんあります。その予行演習として、子供たちが大人の顔色を伺いながら自分の行動を律したり、集団・組織の中での自分の立ち位置を見つけ出したりすることには一定の意味があると思うのです。決して反語的な意味合いではありません。子供たちを世渡り上手にさせることがいいことなのか?という反論もあると思います。
今まで30年近く(特に内申が絶対評価になってから10年余り)の塾での経験を振り返ってみると、中学校の時の内申点が良かった生徒の方が、(高校受験のところはもちろん)大学入試や社会に出てからのことも含めて、やはり得をしているケースが多いように感じています。結局、世の中人と人との関わりを避けて通ることはできないので、仕事の期限等の約束は守らないといけないし、丁寧な仕事ができた方がいいし、消極的より積極的な方がいいし、愛想は良い方がいいし、人に好かれる可愛げはあった方がいいし… 内申点で評価される基準は、そのまま社会に出てから役立つ基準となっているように思うのです。もしかすると、ペーパーテストの学力よりも必要な力なのかもしれないと、塾の講師としてはあるまじきことを考えたりしています…

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その14>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月18日 9:58 AM
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私はこの間ずっと、「入試における内申点の制度は廃止するべきである」という立場を貫いています。これだけ不公平で不明瞭な基準によって、高校入試(中高一貫校も)の合否に大きな影響があるのはおかしなことだと考えているからです。高校入試は、一部の私立高校のように、まったくの一発勝負で行うのが一番公平です。すべての高校がそういう形の入試制度となったら、今の中学生の学校生活はだいぶ変わったものとなるでしょう。

でも、どうやったって中学校から内申点の制度がなくなることはありません。なぜかと言うと、中学校では子供たちを内申点で縛りつけておかないと、とんでもないことになってしまうからです。今以上に授業が成立しなくなり、子供たちは教師の言うことを聞かなくなり…という状態になることが想像に難くありません。最初から内申点や高校入試がまったく眼中にない一部のアウトロー生徒を除けば、子供たちは内申点の足枷によってある程度自制を利かせているのは事実です。今でも、「そんなことをしてると内申に響くぞ!」ということを直接的・間接的に伝えてくる教師が一部にいます。前術したように、生徒会の役員等を務めるご褒美として内申点をちらつかせる教師もいます。
このことの証左が、今回の実技科目2倍が決定された経緯に表れています。あまり知られていないことですが、都内の中学校の校長会等で、「(入試科目にない)実技科目を軽視している生徒が増えて、授業が成り立たなくなっていて困る」という声が大きかったために、内申点の比重を2倍にして縛りつけようということになった経緯があります。正に本末転倒とはこのことを言うのではないでしょうか? 現場の校長たちが実技科目の教師たちに突き上げられているという側面があるのかもしれませんが、この一連の改革により、都教委自らが内申点は「生徒たちを管理する道具」であると認めてしまったことになります。

結局中学校の先生は、(それを望む望まないに関わらず)生徒を採点・序列化する立場にいるわけです。生徒たちもそのことはよく認識しています。授業以外で先生と交流していても、そのことをどこか頭の隅に置いて話をしている(ヘマをして悪印象を与えないようにとか…)と言っていた生徒がいました。
いずれにしても、生徒を管理するのに、内申点はとても効果的な武器であることは間違いありません。内申点の制度がなくなってしまうと、一番困るのは中学校の先生方なのです。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その13>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月17日 9:36 AM
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私は、公立中学校の教師にも個人的な知り合いが多いので、会うたびにこの部分をかなり突っ込んで聞くようにしています。やはり最初は口が堅い場合が多いですが、飲みに行ってアルコールメーターが上がってきたりすると…(笑)

「結局、最後は何を以って5や4をつけるんだよ?」
「そんなもん主観に決まってるだろ…(ヒック)」
「内申をつける前に、定期テストや小テストの点数を再度チェックし直したりしないのか?」
「いいか悪いかぐらいは参考にするけど、その点数通りにはつけないな…」
「授業中の取り組み等はどのくらい厳密に見ているんだ?」
「そんな細かいところまでいちいちチェックしてられないよ…」
「じゃあどしてるんだ?」
「だから、勘だって言ってるだろ(ウェツ)」
「生徒に対しての好き嫌いの感情が内申に反映されてしまうことはかなりあるのか?」
「そりゃ、ないとは言えないな…(ゲボ)」

という感じでしょうか。(これは決して大袈裟なやり取りではありません)
私の知り合いは比較的優秀でまともな先生方が多いのですが、やはり周りにはとんでもない先生方も結構いるようです。内申については、特に古株の実技科目の先生がひどいと聞くことが多いです。あからさまな「えこ贔屓」も存在しているようです。若い新卒上がりの先生とかも、訳が分からずつけているケースが多いようです。

会社の中での人事評価などでも同じ瀬ことが言えると思いますが、そもそも人間が人間を(数字以外で)評価すれば、当然感情の部分が反映されてしまいます。それを100%排除することは、どうやってもできないのです。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その12>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月16日 10:02 AM
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内申の評価について、その最後の不透明な部分が、観点別評価の「関心・意欲」という項目なのです。今回の指導要領改訂において、現場での評価方法としては不適切なので廃止すべきという方向で議論が進んでいるのは前述した通りです。中教審の特別部会では、「ノートの取り方や挙手・発言の回数等、本来の趣旨とは異なる評価が行われている」という明確な指摘をされています。

では、「関心・意欲」という評価項目は、具体的にどういう部分なのかを、過去の生徒たちから報告を受けた「中学校の先生方の言い分」を基に整理してみます。生徒や保護者の方が、「なぜ点数を取れていて提出物や授業態度等にも問題がないのに内申がもらえないのか?」という質問をした時に帰ってきた答えが一番参考になると思います。

〇授業の聞き方がよくない
→ちなみに、ある生徒は先生にそう言われて以降、(分かっても分からなくても)うなずきながら授業を聞くようにしたら、次の学期では5になったそうです。

〇授業中に手を挙げることが少ない
→ある先生曰く、間違えても積極的に発言する方が評価は高いそうです。

〇授業中に発言する回数が少ない
→手は挙げていても指名されないとダメなのだそうです。同じように手を挙げていても、「ハイ、ハーイ!」と元気に手を挙げる生徒が指されることが多いそう。(国語の先生に多いのですが)閻魔帳に、発言回数と内容を毎回メモしている先生が時々います。

〇質問に来ない
→これは目が点ですね。事前に塾で勉強していることもあり、中学校の授業のレベルでは分からないことはほとんどないという生徒は結構いるでしょう。それでも質問に行かないと「関心・意欲」の項目は評価されないのだそうです。その生徒にはそれ以降、分かっていることも何度か質問に行かせました。5がつきました。

〇該当の部活に入っていない、その教科の学級係をやっていない、ピアノの伴奏をやっている子しか5はつかない…
→もうこうなると訳が分かりません。しかし、すべて現実にあった話です。体育の先生がバスケ部の顧問で、バスケ部の子は多少どん臭くてもみんな5がついている(それ以外の子はなかなか取れない)とか、例えば数学係をやると数学の内申は+1点もらえるとか、合唱コンクールでピアノの伴奏や指揮者をやると音楽は無条件で5がもらえるとか… 書いていてバカバカしくなってきました…

〇先生に名前を憶えられていない
→これは致命的です。講師の先生で、週1回しかその中学校に来ないというようなケースに多いのですが、生徒が「私の顔と名前は一致していないと思う」と感じている場合は、不利になることはあっても、有利になることはありません。先生とうまく関係を作って、まず名前を憶えてもらい、好印象を持ってもらうことが必要になるわけです。

〇先生に嫌われている(好かれていない)
→先生だって人間ですから、結局、最後はここに行き着いてしまうんですね… しかし、三者面談の席でそうはっきり言われた生徒は、かなり傷ついていました。「なぜこの科目が3なのですか? 点数は取れていると思うのですが…」「私、あなたのことが嫌いなんです。以上」
この先生はちょっと(いやかなり)問題がありますが、そのことを認める先生はほとんどいないはずです。しかし、意識的か無意識かは別として、この部分は多かれ少なかれ存在するというのが現実です。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その11>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月15日 5:40 PM
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もう1つは、良い内申点をもらえる基準が曖昧だということです。どうすれば5を取れるのか等の基準がはっきりしないために、「内申点は頑張りようがない」と感じている生徒たちも結構います。
相対評価の頃は、ほとんど定期テストの点数のみで決まっていたと感じる中学校が多かったのです。5教科の方で言えば、100点取れば確実、95点以上取っていればチャンスはある。90点切っていたら5はないな…というような事前判断がある程度できました。ヒストグラムが配られると学年の中での自分の順位がほぼわかるため、(相対評価による)人数計算ができたということもあります。
しかし絶対評価になって、観点別評価が取り入れられるようになってから、定期テストの点数通りに内申がついてくる中学校はほとんどなくなりました。特に八王子のいくつかの中学校は、定期テストの点数はほとんど関係ないのか?と感じるくらいの逆転現象が多発しています。

定期テストの点数以外の要素を挙げると…

〇忘れ物をしていないか?
〇ノートをきちんと取れているか?
〇宿題・課題をきちんとこなしているか?
〇提出物を期限に提出しているか?
〇授業態度に問題がないか?

というような項目が挙げられるのですが、これらはどちらかというとマイナス要素のチェック項目です。「これらのことに該当していると内申点が下がってしまいますよ」という要素です。ただし、このあたりは生徒たちもとてもよく分かっていて、こういうところで「マイナス査定」をもらわないように、結構注意して中学校生活を送っています。
ただし、定期テストで高得点(学年でトップレベル)を取っていて、上記の項目については(客観的に見ても)ほぼパーフェクトにこなしていたとしても、5がつく生徒と、下手をすると3がついてしまう生徒に分かれてしまう現実があるのです。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その10>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月14日 9:58 AM
  • 未分類

私は、現在の内申点の制度によって、中学生が蝕ばまれている側面がかなり大きいと考えています。
今年の中1の生徒及び保護者の方から、「英検を取ったら内申に有利なのか?」とか、「内申に有利な部活は何か?」とか、「生徒会や委員会をやるとどのくらい内申で評価されるのか?」というような相談が多く入りました。都立高校の入試制度が変更となって、それだけ内申点(特に実技科目)に対して緊張感を持って中学校生活をスタートしようという表れではあるわけですが、正直「ちょっとどうなの?」と感じてしまいました。私は、「それをやったからと言って必ず内申点が上がるという保証はありませんよ。本人がやりたければやればいいし、そうでないのに内申のためにやるのはナンセンスです」と答えるようにしているのですが、聞くところによると、優秀な生徒に生徒会の役員や部活の部長をやらせたくて、中学校の先生がそういうことを匂わすケースもあるようです。

内申点の問題は、大きく2つに集約できると思います。
1つは前述したように、中学校によって(あるいは担当の先生によって)、甘い辛いの濃淡がかなりあり、不公平感が大きいということです。一昔前は内申は「相対評価」でつけられていました。中学校の中で、5が7%、4が24%…と割合が決められていたのです。例えば40人クラスだと、5や1は3人までにしかつけられませんでした。(逆に言えば3人には必ずつくという言い方もできました) これだと逆に、レベルが高い(優秀な生徒がいる)中学校に在籍している生徒は不利だという側面はありましたが、中学校の中でどのくらいの位置にいれば5や4がもらえるという透明性はあったわけです。
2002年から「絶対評価」と現在の「観点別評価」が導入され、極端なことを言えばクラスで何人に5や1をつけてもよいことになりました。当然、相対評価に較べれば数字がかなり甘くなるわけですが、それによって今の不公平感を生み出してしまったということです。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その9>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月12日 9:31 AM
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いや、もしかすると都教委の幹部の皆さんも、内申点のつけ方が公平でないことくらい百も承知なのかもしれません。特に現場上がりの方は、そんな実態がわかっていないはずがありません。それなのに、立場的にああいう形式的なレポートしか出すことができないのだとしたら、ちょっとお気の毒です。「内申点の評定については、確かに中学校格差や不公平・不透明な部分は存在する。これを少しでも解消していくのが我々の使命である」くらいのことをぶち上げて、実際に解消するための動きを具体的に取って欲しいものです。

なぜこういう部分の「現場介入」が難しいのだろうと考えていて、教育行政の仕組み上の重大な欠陥に思いあたりました。それは、都道府県と市町村の二重行政にあります。大阪の橋下市長が、教育については正にこの点を主張されていました。
都立中高は、都教委の管理・監督がとても行き届いているように感じます。仕事柄、都立中や進学指導重点校の校長先生とお会いしてお話しさせていただくことが多いのですが、日々の業務について(特に大学受験の合格実績創出について)具体的なことをお伺いすると、そんなことまで管理されているのか…と驚くことが結構あります。報告書等の類もそうですし、思うような成果が出ないと、都教委に呼び出されて叱責されるというお話を伺ったこともあります。そのために、普段の学校内の業務のルーチンについても、校長の管理が一定行き届いている様子を感じました。それは、都立中・都立高校は都教委が直接管理しているからです。
しかし、公立の小中学校は少し事情が異なります。教員は東京都に採用されて、異動等の人事権も都教委にありますが、各区市に配属された後、普段は区市教委の管轄下にあります。八王子市立〇〇小学校(中学校)という学校名から分かる通り、学校の設置権者も区市なのです。何か問題があった時も含めて、普段の学校・教員の管理は区市の教委が行っているため、都教委が何か動きを取ろうと思っても、直接学校に指導することができず、区市の教委を通して…ということになってしまっているのです。そのため、高校に較べるとダイナミックな動きが取りにくい(取れない)という話を聞いたことがあります。
公立の小中学校においては、この二重行政の状況が様々な面で足枷となってしまっているのです。少なくとも、「中学校における内申点の評定基準の均一化」という、子供たちにとってとても重要な命題への対応が放置されていることの一因になっていることは間違いないと思います。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月11日 11:13 AM
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都教委は毎年、各中学校の内申評定の結果をすべて集約して分析しています。特に、「特異な評定状況を示す教科のある中学校」について調査をし、学校名を公表し指導しています。この発想はいいのですが、その中身が問題なのです。都教委が調査しているのは、以下に該当する中学校です。

〇全教科にわたり1がない中学校
〇1と2がまったくない教科がある中学校
〇5が50%以上の生徒についている教科がある中学校
〇5と4が80%以上の生徒についている教科がある中学校
〇全教科にわたり5がない中学校
〇5と4がまったくない教科がある中学校
〇1が50%以上の生徒についている教科がある中学校
〇2と1が80%以上の生徒についている教科がある中学校

これらの項目に該当する中学校は、昨年度については都内で1校もなかったという報告です。そりゃそうでしょう。こんな極端な例に当てはまる中学校があったら、その時点で校長が処分されてもおかしくないレベルです。正に「異常以上」のレベルですから… 実際には、前回書いたようなレベルでの極端な中学校間格差(不公平)は存在します。
さらに私が問題だと感じるのは、調査結果の総括で、「特異な評定状況を示す教科のある中学校は0校である」「区市の教委から、すべての中学校において、十分な評価資料を基にした評価を総括した上で評定を行っていると報告を受けている」「このことから、本年度の評価は概ね適正に実施され、客観性・信頼性は確保されていると判断できる」というようなコメントを公表していることです。
都内のすべての中学校の評定の割合は公表されていて、都教委もそれを目にしているはずなのです。それなのに、前述した極端な事例のみ調査して、各区市教委が問題ないと言っているので「内申は公平である」という結論を出しているのですから、アリバイ作りの仕事だと言われても仕方ないでしょう。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月9日 9:48 AM
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全体の平均値で見るとそのような分析になりますが、平均だけ見ていたら分からない大きな問題点もあります。毎年、八王子の中学校別の評定分布の詳細を見ていると、腹が立って仕方ないのです。例えば体育の評定で見ても、ある中学校では5が25.0%、4が27.3%と5と4が半分以上の生徒についています。それに近いバブル状況の中学校が少なくとも10校近くあります。一方で、5が1.8%の生徒にしかついていなかったり、5と4合わせても20%未満にしかならないような中学校も存在します。地域間の能力格差は確かにありますが、これではいくら何でも不公平すぎると言われても仕方ないでしょう。
また、八王子は他の科目も含めて、1がついてる生徒の割合がとても少ないので有名です。科目によっては1が1人もついていなかったり、平均しても1%台の中学校が多く、他の地域に較べるととても少ないのです。これには様々な理由があると思いますが、地域性として特筆すべき点だと感じています。

本来こういう不公平を解消するのは、教委の仕事のはずです。各校の校長には難しいでしょう。どうしても身びいきになってしまうでしょうし、全体を見渡して…という視点はなかなか持てないのです。ところが、都教委が行っている内申点の公平性に関する実態調査とコメントが失笑ものなのです。
(次回に続く…)

内申点のつけ方の基準が変わる!?<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年8月8日 9:45 AM
  • 未分類

GSの生徒たちの中で5を取った生徒が一番少ない科目が体育です。これはこれで何とか改善させたいとは考えていますが、一定仕方ないと感じる部分もあるのです。それは、GSの生徒だけに限らず、八王子市や都内全体で見ても、体育が一番5が取りにくい科目だからです。
毎年、各中学校の科目ごとの5・4・3…の割合はすべて公表されています。(中3の高校に送られる確定内申についてのみですが…) 昨年の中3生を例に取ってみると、都内全体で体育で5がついている生徒は8.9%しかいません。英語の14.6%を筆頭に、社会13.8%、数学13.5%、理科13.0%と続きますが、10%を切っているのは体育だけです。逆に、1がついている生徒も2.4%と9教科の中で一番少ない状況です。(1や2の割合が高いのは数学・英語です) 体育は3の割合が一番高く、52.6%と、半分以上の生徒が3をつけられています。何と、4と3で80%以上になります。体育はほとんどの生徒が4か3をつけられていると言っても過言ではありません。
専門用語を使わせていただくと、体育が一番標準偏差が小さく、英語や数学・社会という科目が標準偏差が大きくなっているということになりますが、体育が一番差をつけにくい科目であることは間違いないでしょう。5を取るためには、余程目立たなくてはならない(先生に気に入られなければいけない)ということになるわけです。
(次回に続く…)

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