GS進学教室
道徳のことを忘れていました<その5>
- 2014年8月19日 12:32 PM
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評価の正当性の話を一旦脇に置いたとしても、学校の道徳教育には大きな問題点が内在していることは間違いありません。1つの価値観を押しつけることが道徳教育だと勘違いしている(思い込んでいる)節があるのです。もちろん、「挨拶はきちんとしよう」とか、「他者に対して思いやりの気持ちを持とう」とか、「いじめは絶対にしてはならない」等、最低限共有化しなくてはならない価値観があることは当然です。しかし今の道徳教育では、明らかに教師の個人的な価値観を生徒に押しつけている場面がとても多いのです。私が実際に自分の目でいくつも実例を見てきました。いくつか例を挙げてみます。
〇友達の選り好みはせず、誰とでも仲良くしなければならない。時には自分とは合わないと感じる友達と遊ぶようにする必要がある。
→これはある意味怖い話です。小学校の低学年くらいまでならいいと思いますが、特に中学生以降は友達を選ぶことも社会に出る準備として必要だと思います。仲間はずれの子を救済することと、つき合う友達を選ぶことはまったく次元が異なる話だと思います。
〇女子サッカーの澤選手が30歳を過ぎても現役で頑張っているという新聞記事を基にして。恋愛等、自分の幸せを犠牲にして、チームのため、日本のために頑張っていることがとてもすばらしい。皆さんも将来、澤選手を見習って頑張りなさい。
→私は、この件について2つ驚いたことがあります。1つは、澤選手が自分の人生を犠牲にしてサッカーの現役を続けていると決めつけていること。本当にそうなのでしょうか?自分がサッカーをやりたいからやっているのではないのでしょうか? 澤選手の人生は幸せではないのでしょうか? もう1つは、そういう(自己犠牲の)生き方がすばらしく価値があることだと子供たちに注入していること。早く結婚して子供を産んで、幸せな家庭を築きたいと考える子供もいるでしょう。女性が仕事を早く辞めることが悪いことだという刷り込みもどうなのでしょう? ちなみに、この教師は年配の女性の方でした。(既婚か未婚かは分かりませんでしたが…)
〇プロ野球松井選手の子供時代の体験談を読んで。やっぱり成功している人は、みんな子供の時に努力をしています。皆さんも頑張れば必ず大きな夢が叶えられます。頑張って松井選手のようになりましょう。
→子供の頃の努力が大切だということはその通りです。しかし、誰もが松井選手のようになれるわけではありませんし、その必要もないでしょう。人生の中では、時には努力が実らないこともあります。そういう時にどうやって生きていくのか、社会の現実をきちんと伝えることの方が重要だと思いますが… こういう発言をすると、学校の先生からは「子供たちの夢を砕くのか?」という反論が返ってくることがあります。
〇学歴の高いエリートと呼ばれる人たちが、社会で様々な問題を起こしています。世の中には勉強よりもっと大切なことがあります。そこが分からないのに勉強ができてもまったく意味がありません。皆さんも勉強ばかりしていると、そういう頭でっかちの人間になってしまいますよ。注意しましょう。
→勉強を頑張ることやいい大学に行くことが悪いわけではありません。こういう理屈を論点のすり替えと言います。
私が一番お伝えしたいことは、子供たちには様々な価値観があるので、テーマによってはそれを無理矢理1つの方向に統一するべきではないということです。その違いをみんなで共有化し、自分の価値観と異なる考えを尊重した上で、議論を深めていくことが本当の道徳教育なのではないかと思います。「自分はこう思うけど、そうかそんな考え方もあるんだ…」という学びが、子供を社会的にも成長させるはずです。それが、答えが客観的にも1つに決まる他の科目との根本的な違いではないでしょうか。
今のまま進んでしまうと、結局、教師の価値観に当てはまる生徒の評価が高くなり、そこからはずれている生徒の評価が低くなるのではないかと危惧しています。もっとはっきり言ってしまえぱ、教師の「好き嫌い」で評価が決まってしまう可能性を感じているのです。
4年後(内申書に道徳の評価が記載される時)までに、この懸念が払拭できるようになるといいのですが…
道徳のことを忘れていました<その4>
- 2014年8月18日 9:57 AM
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なぜ私の中での不安・違和感が拭い去れないのかと言うと、結局評価をする人(この場合はクラス担任)の力量で決まってしまうと感じているからです。もっと言ってしまえば、現場の教師でその部分の評価をきちんとできる者がどのくらいいるのかということについて、大いに不安を感じているということです。
道徳性・人間性を評価するための前提は、その評価者の方が道徳性・人間性において優れているという前提がなくてはなりません。それは例えば数学という科目で力量の評価をすることを考えていただければ容易に納得できると思います。その生徒の数学の力量を、数学の力量が劣る者が評価できるわけがありませんし、評価したとしてもその正当性に大いに疑問が残ることは言うまでもありません。特に道徳性のような主観が大きい項目については、さらにその要素は高くなるはずです。
私は近年、公立の小中学校にお邪魔して講演をさせていただく機会を多くいただいています。ほとんどがPTA主催のものですが、講演の前後で先生方とお話をさせていただく機会も少なくありません。校長・副校長や主幹教諭等、それなりの立場にいる方はやはり立派な方が多いと感じますが、一般の教員の中には、正直「生徒の道徳性の前にあなたの道徳性はどうなのよ?」と言いたくなった方もいます。こちらが挨拶をしても無視された場面は1度・2度ではありません。(おそらく、普段から挨拶をするという習慣がないのでしょう…) 生徒たちに媚びを売ったり、きちんとものを言えず、完全に舐められまくっていた教師集団も目にしました。(八王子の公立中学校でもありました) どう考えても、そんな教師たちが生徒たちの道徳性の評価をできるようには思えないのです。いや、教科の評価もしてはいけないのかもしれない…
(次回に続く…)
道徳のことを忘れていました<その3>
- 2014年8月16日 1:57 PM
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教科としての道徳で評価を行う際に一番問題となるのは、何をもって「道徳性」がある・ないというのかという基準です。文科省は、この部分を依然としてあいまいにしています。
そこでこの基準を探るために参考になるのが、新しいテキストの中身です。最終的には検定教科書を作成してそれを使用していくことになるようですが、それまでの繋ぎとして、文科省がかなり費用(税金!)をかけて「私たちの道徳」という教材を作成しました。すでに生徒たちはこれを基に指導を受けています。(不思議なことに、家庭に持ち帰ってはいけないという指導を受けている学校があるようです。なぜだろう…?) 私も小学生低学年の分から中学生の分まで、細かい部分も含めてすべて目を通しました。アニメチック・ポエムチックなところはもう少し何とかならないかなと感じますが、それについても今の子供たちが少しでも興味を持つように工夫したのだとプラスに捉えることにします。全体の内容的には、以前の教材に較べるとだいぶよくなったと思います。特に、(私が視察した際に行われていたような)教師たちが勝手に用意したであろう教材に較べれば、安心感があります。特に偉人伝の部分等、相変わらず価値観の押しつけだと感じる箇所も少なくないのですが…
これらの教材から私が読み解いた、「文科省が道徳性を高めるために重要だと考えていること」(つまり評価する際の基準)について、羅列してみたいと思います。
〇集団(社会)の中でのルールを守ること
〇嘘をつかないこと
〇他者に対して優しい気持ちを持つこと
〇自分を大切にすること
〇家族に感謝の念を抱くこと
〇国を愛し日本人としての誇りを持つこと
<番外編>
〇いじめをしない・させないこと
〇ネット・SNS対策
番外編の2点が、実は学校としては早急に何とかしたい部分だと思います。文科省も、道徳教育の大きな目的の1つとして「いじめの撲滅」を挙げています。道徳教育を強化したからと言っていじめがなくなるわけがないのですが、みんな(生徒・保護者・教師)が意識を共有化することで、多少は改善される部分があるのかもしれません。ここについて最終的には、学校の(特に担任の)覚悟の問題が大きいと思います。「うちの学校(クラス)ではいじめは絶対に許さない」、「万一いじめられている生徒がいたら、学校が(自分が)体を張って全力で守る」というメッセージを真剣に伝えられるかどうかにかかっているのではないでしょうか。
全体としては、盛り込まれている内容のバランスは悪くないと思います。特に中学生に対して、最後の項目で少し右寄りの表現が多いような気もしますが、一定の愛国教育は必要だと思いますし、目くじらを立てるレベルのものではありません。
(次回に続く…)
道徳のことを忘れていました<その2>
- 2014年8月15日 10:52 AM
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道徳の評価については、公立小中学校の先生方も戸惑っているようです。私の悪友の小学校の教師は、「そんなもん評価できるかボケッ!」と息巻いていました(笑)。文科省もこのことは認識しているようで、学校の教員に対して道徳教育・及び評価の仕方の研修を徹底していくという声明を出しています。う~ん、なかなか難しいでしょうね。人間が人間の道徳性を評価するのは… 子供たちが教師たちに対してまだ一定の敬意を表しているのは、その教科のことに関してはどうやったって教師には敵わないという前提があるからです。しかし、道徳性についてはどうなんでしょうね… まぁ、それは塾の講師たちについても同様ですが。
私はどういうわけか、教育業界で「アンチ道徳教育の急先鋒」と思われているようで(笑)、このテーマで取材を受ける機会が多いのですが(当然そういう立場でコメントすることを期待されている)、私の今までの主張は一貫しているつもりです。以下に簡単にまとめてみます。
〇教師が子供の「道徳性」を正当に評価できるのか
〇評価に教師の恣意が入ってしまう可能性が高い
〇内申書に評価が文書で明記される以上、入試で利用されることを前提にするべき
〇そもそも「道徳性」とは何なのか
〇画一教育、思想統一教育につながる可能性がある
私は昨年、東京都の教育モニターを務めていて、いくつかの学校の道徳教育の視察を行いました。この時の内容がひどかった… 研究授業的な場ですから、それなりに準備をして行っていたはずなのですが、それでその内容か…という感じの授業でした。先生方を擁護するとすれば、先生自身が戸惑いながら行っている様子がありありだったということです。ひと言で言えば、1つの価値観(それも教師の主観)を生徒に押し付けることが道徳教育だと勘違いしているのです。
(次回に続く…)
道徳のことを忘れていました<その1>
- 2014年8月14日 12:41 PM
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都立高校の入試における実技教科重視の影響について、このブログでしばらく書いてきましたが、それに関連して1つ重要なことをすっかり忘れていました。道徳の教科化についてです。先日も文科省・中央教育審議会から答申が出ていましたが、今の段階では2018年度(今の小6から)の導入を目指して準備を進めています。
正式な教科に格上げすること、週の授業時間を増やすこと、検定教科書を使用すること、ただし特別な教科として数値評価ではなく記述式で評価をすること等が公表されています。入試での利用については、委員によって意見が分かれていて、「高校入試や大学入試でも道徳の評価を積極的に取り入れるべき」という意見と、「入試での利用は厳に慎むべき」という意見が交錯しています。
ただし、高校入試における内申書には、記述式であるにせよ道徳の「評価」が記載されることになるのはほぼ決定事項です。内申書に記載しておいて、アリバイのように「入試では利用しないように」というのはおかしな話だと思います。利用されることになる(少なくとも利用される可能性がある)と考えるのが普通です。
実際、高校の先生方は、早くもこの部分に強い関心を持っています。さすがに都立高校の先生方はあまりおっしゃいませんが、私立高校の先生方の中には、入試の合否判定で使うことになるだろうとおっしゃっている方もいます。点数化することはできないわけですが、点数でボーダーライン上の生徒たちについて道徳の記述評価を読んで合否を決定したり、最初からあまりにも悪いことを書かれている生徒を不合格としたりという形が考えられます。私立高校の場合は、こういう形での合否判定は決して珍しいことではありません。
特に大学の付属高校や、世間でお坊ちゃん学校・お嬢様学校と言われているような高校は、生徒の身なりや素行についての評価をとても気にする傾向があります。実際、一部の生徒が不祥事を起こしたりすると、学校全体の評判に影響が出ることがあります。私立高校の場合、それが生徒の応募減→収入源に直結するケースが多いため、学校としてもピリピリしているのです。また、生徒が問題を起こしたりして学校を辞めてしまうと、その分経営に影響が出るという側面もあります。分かりやすく言うと、私立高校は問題を起こすような生徒は最初から取りたくないと考えているのです。特に中堅以下の高校は、多少学力が劣っても、真面目で一生懸命頑張れる生徒を欲しいと考えている学校が多くなっています。(最近は入試で面接を実施する高校がだいぶ少なくなりましたが、依然として面接を行っている高校は、生徒たちのこの部分を見たいと考えている場合が多いです) そんな状況下において、この道徳の教科化→記述での評価という変更は、私立高校にとっては正に渡りに船の話なのです。
(次回に続く…)
夏期講習会後半戦スタート!
- 2014年8月13日 12:23 PM
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本日より夏期講習会の後半戦がスタートしました。学年ごとの時間割で言うと、小4・小5の授業がなくなって、中1の授業がスタートします。中3は前半戦はまだ部活との両立をしている生徒が多かったため授業を午後からにしていましたが、お盆前でほとんどの部活が終了したため、本日以降午前中から授業を行っています。小6・中3の受験生は、お盆休みの期間、自習・質問等に来ていた生徒もたくさんいましたが、中には1週間ぶりに顔を合わせた生徒もいました。
午前中の授業が終わって、講師たちから報告を受けましたが、休みの期間すっかりぶったるんでしまっていたことが容易に想像できる生徒も見受けられたようです。中3社会の暗記物の確認テストでボロボロだったり(時間さえかけていれば必ず点数を取れるテストです)、小6で休み前にできたはずのレベルの計算ができなくなっていたり…(毎日コンスタントに取り組んでいたらそうはなりません) それらの生徒は、また今日から修復するのに相当の労力を要します。
ここ数日、セミの鳴き声が聞こえるようになりました。少し涼しい日が続いたことによるものだと思いますが、私の中ではセミの鳴き声は、「もうすぐ夏が終わるぞ!」というサインなのです。ちょっと焦りを感じます。
夏の甲子園大会についても同様です。熱戦がスタートしましたが、この大会が終わると急に秋の気配が漂い始めて、夏が終わってしまう感じがします。毎年、夏期講習会の終了と重なって、何とも言えない寂寥感に包まれます。
あと2週間、悔いのないように、やらせきりたいと思います。
夏期講習会折り返し
- 2014年8月11日 1:04 PM
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早いもので、夏期講習会も日程の半分が過ぎてしまいました。私が生徒たちによく言っているのは、「半分の期間で半分の成果が出ていなければ、全期間で全部の成果は出ないぞ!」ということです。何だか禅問答のように聞こえるかもしれませんが、毎日毎日その日1日の成果にこだわって取り組んで欲しいということです。
その視点で生徒たち(特に小6・中3の受験生)を見てみると、やはりくっきり2分されていることに気づきます。夏の前とは見違えるように変わってきている生徒がいるかと思えば、残念ながらほとんど様子が変わっていない生徒も一部に見受けられます。取り組みの様子と答案の内容はほぼ比例しています。きちんと取り組んでいる生徒は、やはり何らかの成果につながってきていることが分かります。
夏の前には、「計画性」と「絶対に成績を上げるという気合い」を重要な点として挙げました。今の時点でもそれはとても重要な要素です。それに加えてこの時期は、「授業でやってきていることを、1つ1つ着実に自分のものにして定着させているか」という点が重要です。今のまま勉強を進めて行って、夏の終わりに成績が上がるのか、過去問で点数を取れるようになるのか、という視点も大切です。そこのイメージが湧いていないと、夏が終わった時に徒労感だけが残ってしまうことになります。
教科の内容だけでなく、ノートの取り方や勉強の仕方も含めてですが、授業で強調したことや個人的に指摘したことが、次にピタッと修正される生徒と、何度指摘してもなかなか改善されない生徒がいます。現時点での進捗の差は、その部分の差であると言い切ってもいいと思います。なかなか改善されない生徒は、意識がかなり甘いか、日々勉強に取り組む習慣がかなり甘いかのどちらかです。目の前で(見張っていて)やらせればきちんとできることが、家でやってこさせたらボロボロ…というようなケースもあります。
今のお盆期間のクールは、授業は行っていません。校舎は開放していますが、生徒たちは思い思いの勉強に自分たちのペースで取り組んでいます。もちろんこういう期間が必要だと思ってそうしています。生徒も講師も体力的にいっぱいいっぱいになってきているので、少し息抜きも必要でしょう。非受験学年は家族で出かけている生徒たちも多いようです。受験学年の生徒たちは、今まで積み残してしまったことを定着させる期間です。学校の宿題をやらないといけない生徒もいますね。講師も交代で夏休みを取っています。帰省や旅行中に台風にぶち当たってしまった者もいるようで…
夏期講習中は、生徒も講師も授業がほとんど休みなく続いているため、なかなか1人1人の生徒とじっくり向き合う時間が取れないのですが、このクールで分からないところの質問をまとめた受けたり、勉強の仕方の相談に乗ったりして、有意義な時間を取れています。特に都立中コースの作文は、何度も書いて、何度も赤入れして、また書いて…という時間を取れたことが大きかったです。
13日から後半戦がスタートします。「はっきりと目に見える形での結果」を出すための2週間です。
都立高校入試改革続報<その6>
- 2014年8月10日 7:26 AM
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実技教科について、ちょっと話が逸れてしまいました…笑 話を戻します。
入試制度がこういう形になるのであれば、実技教科についても塾で指導を強化する必要があることは間違いありません。しかし、現実問題としては私の中学生の時のように、どうにもならない(少なくとも自分ではそう思っている)ケースも出てくると思います。今のGSの生徒たちを見渡しても、実技教科の内申がかなり酷く、修復が難しそうな感じがする生徒も何人かいます。能力というよりは、実技科目の担当の先生との相性の問題の方が大きいと感じています。特に実技教科は、「あいつはいい加減な奴だ」というようなレッテルを貼られてしまうと、なかなかはがすのが難しいのです。
そこで、塾の対応としての2点目は、ちょっとシビアな話になります。内申(特に実技科目)が極端に悪い生徒、ちょっと頑張らせたくらいでは内申を上げるのが難しい生徒は、早い段階で都立高校を選択肢からはずさせることも必要になってくるということです。
都立高校も出願して受験してもいいと思いますが、あくまでも「ダメ元受験」としての位置づけを徹底しておいて、滑り止めも含めて、私立高校で決着をつけにかかる必要があるということです。その場合は、実技に無駄な労力をかけさせないということもありますが、理科・社会の勉強についてもあまり時間をかけさせない形になるでしょう。3科目に絞って、とにかく私立高校で1つでも上のレベルを目指すことになります。私立の一般入試では内申がほとんど関係ないので、本番で点数を取りさえすれば合格を手に入れることができます。
最近私立高校の先生とお会いして話をすると、必ずこの話になります。はっきり言うと、ほくそ笑んでいる先生が多いのです。上記のようなケースで、(実技はダメだけど)得点力がある生徒が、都立から私立に戻ってくるのではないかという期待感をかなり持っています。私も、その感覚は正しいと思います。塾の方で進路指導する際にも、今までに較べるとその方向に向かわざるを得なくなるはずです。都教委はそこまでは考えていないでしょうね。それでいいと思っていたとしたら救いようがないですが…
中には、家庭の事情でどうしても都立高校でないと…という生徒もいます。そういう生徒は、「どんな手を使っても実技の内申をしっかり取れ!」ということです。最終的に実技科目がどうにもならなかった場合は、都立高校を今までより1ランク(場合によっては2ランク)下げて受けるしかありません。共通問題校は問題が簡単すぎて、グループ作成校は問題が難しすぎて、同じようなレベルの生徒の中では本番であまり差がつかないのです。実技科目の2~3点(ということは2倍なので4~6点!)の差をひっくり返すのはそう簡単なことではありません。(内申が関係ない)特別選考枠もなくなるのです。
現在中2・中1の保護者の方で、お子様を都立高校に進学させたいと考えている方は、ここのところをしっかりとご認識いただきたいと思います。実技教科がダメだと、都立高校(特にトップ校)はかなり厳しい戦いになるということです。
証拠物2
- 2014年8月9日 12:57 PM
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私の母親は昨年亡くなったのですが、その後遺品を整理していたら、私の子供の頃の懐かしいグッズがたくさん出てきました。今回公開している写真もその中に含まれていたものです。ご丁寧に、小学校~高校の通知表もすべて保管されていました。普通はこの歳になってなかなか残っていないですよね。感謝です。
自分の中3の時の内申のことをブログに書いたのですが、正直ちょっと自信がなくなって、通知表を引っ張り出してみました。これも特別に公開しちゃいます。(究極の個人情報ですので、取り扱いには注意してください…笑) やっぱり記憶は正しかった! ちなみに、写真に6科目分写っていますが、他の科目もすべて4です。5教科オール4ですね。内申素点35。(今で言う)換算39。しかし、なぜか都立は八王子東に出願しています。偏差値もそんなに高くなかったはずだけど… これはちょっと謎。結局私立に受かって都立は受けなかったけど…
恥ずかしい成績を公表してしまいましたが、言い訳としては、前述の通りスポーツばかりやっていたということと、塾に通いたくても通えなかったということです。当時大手の進学塾はまだ多くなかったと思いますが、クラスの友達は結構塾に通っていた様子でした。自分が、もし今のGSのような塾に通わせてもらっていて、勉強をもっときちんとしていたら、こんなもんじゃなかったはず… 今となっては何とでも言えますけど(苦笑)。
真面目な話、私が一銀勉強したのは大学3年生の時に塾講師を始めてからですし、今の仕事をしていく中で、自分が中学生の頃勉強で苦労した(少なくとも優等生でなかった)経験は、プラスになっていると思います。あと、とにかくスポーツばかりしていて体を鍛えたことも。この歳になっても、体力ではまだまだ(生徒も含めて)若いもんには負けません。この点も親に感謝です。m(__)m
さて、右の写真です。今回写真を探していて偶然見つけてしまいました。この間書いてきた通り、音楽と美術の成績だけはどうにもならなかったのです。美術のトラウマは前回書きましたが、音楽のトラウマも思い出しました。
写真は、小6の秋の音楽祭での一コマです。吹奏楽部(音楽部と言ったかな?)の演奏の様子です。なぜか私がいます。見ても分かる通り、確か20数名の部員のうち男子は私1人だったと思います。(練習も苦痛だった記憶が…)
ここでクイズです。なぜ、音楽が苦手な後藤少年が、そんなことになってしまっているのでしょうか? 今振り返っても、ひどい話だなぁと思うのですが… 顛末が分かった方は、コメントでどうぞ。
証拠物
- 2014年8月8日 3:40 PM
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前回のブログで私の中学生時代のことを書きましたが、成績はともかく、細くてヒョロッとしていたことや、ずっとリレーの選手だったということについて、「絶対嘘だ!」とか「信じられない!」という声をいくつか聞いてしまったので、「証拠物」を添付しておきます。
小学校ではなく、市の連合運動会の様子です。地域対抗リレーは、町ごとに小2~小6が1名ずつエントリーされて走りました。私は毎年ずっとこれに選ばれていました。(町ごとに予選会があったと思います。同学年の中でタイムが一番早かったということです)写真は私が小6の時のものです。
左はゴール前の最後のデットヒート。ほんのわずかの差で勝ちました。(隣の子はなぜか裸足だ!) 右は表彰式直後の記念写真です。
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