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GS進学教室

子どもの数の平均は?

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年6月5日 11:06 PM
  • 未分類

昨日厚労省から、2024年度の「人口動態統計」の詳細が公表されました。

1年間に生まれた子どもの数が初めて70万人を割り、約68万6千人となりましたが、これについては速報値ですでに報道されていました。我々が生まれた頃と較べると、およそ1/3に減ってしまっているのです…

私が驚いたのは、1人の女性が一生のうちに生む子どもの数の平均である「合計特殊出生率」が1.15まで下がってしまったことです。非常に乱暴に言ってしまえば、子どもの数の平均がほぼ1人までに減ってしまっているということです。これには、未婚の女性も含まれているので、結婚て家庭を持った女性の平均ではありませんが、男女2人の夫婦・カップルに対して子どもが1人ということですから、このまま行ってしまうと人口が半減となるペースだということです。今の日本では、いかに子どもが少なくなっているかがよく分かります。

それ以外のデータで目を引くのは、やはり離婚件数の増加です。1年間の婚姻数に対して、離婚数が38%近くまで上がって来ています。同じ年の件数比較なので、結婚した夫婦の4割近くが離婚するという意味ではありませんが、ここ数年の離婚件数の増加はちょっと異常です。このデータを裏付けるように、つい最近、教え子から2人続けて「離婚しようと考えているんだけど…」という相談を受けました。私は、一概に離婚=悪い事だとは考えていません。特に若いうちは、本当にダメならやり直しもききますし、お互いに新しい人生を歩むことによってより幸せになれることもあるでしょう。心配なのは、親権も含めて子どもの心情と、その後の生活のことです。もう1つ、子育てが終わって定年退職した後の熟年離婚が増えているのも特徴的です。(データは公表されていませんが)妻の方から切り出すケースが多いようです。そのケースでは、夫は早死にしてしまう場合が多いというデータを見た記憶があります。そう考えるとちょっと悲しいですね…

死亡原因について、老衰の割合が上がっているそうです。これは医療の発達によるものですね。特にがんや脳疾患について、以前だったら助からなかったケースで延命できる場合が増えているようです。(それと較べると心疾患による死亡割合は減っていません)  がんについて、すい臓がんで亡くなる方の割合が増えているそうです。すい臓は沈黙の臓器と言われていて、痛みや自覚症状に乏しく、見つかった時はもう手遅れというケースが多いと聞きます。そう言えば、私の知り合いでも最近すい臓がんで命を落とした方がお2人います。私も毎年がん検診を受けていますが(今年の結果がちょうど返って来たところで、検査したすべての部位がまったくきれいでした)、皆様もご注意ください。

夏期講習会募集スタート!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年6月3日 11:50 PM
  • 未分類

先週から、夏期講習会の募集がスタートしています。

受験生にとって、1年間で「夏」が一番重要な期間であることは間違いありません。勉強に充てられる絶対時間が他の時期とは比較にならないくらい確保できますし、重要単元の総復習や、過去問での点数の取り方等、入試本番の結果に直結する内容を徹底して学習するからです。

GSでは、毎年夏の前と後でトータルの偏差値で10以上上がる生徒がたくさん出ます。中には20くらい上がる生徒が出たりすることもあります。そうなれば、受験できる学校が2~3ランク上がることになります。短期間でこんなことが起こるのは、夏以外にはありません。

そのために、今から準備を進めなくてはなりません。まず1学期で夏にスパートをかけるための土台を作ること、科目ごとに具体的な学習計画を固めること、「絶対に成績を上げる!」という強い気持ちを作り込むことが重要です。

我が家の小2の次男が、授業で回文作りをやっていました。「上から読んでも下から読んでも」というやつです。その中で、「夏まで待つな」というのを作っていました。受験勉強については、正にこれです。ここ数日で、夏期講習から入塾したいというお問い合わせを何件かいただいていますが、今すぐ来て欲しいということをお伝えしています。夏期講習からスタートすると、塾に慣れてペースを掴めた頃に夏か終わってしまうケースが多いからです。

ちなみに、次男が先生に提出した回文は、他に「テングの軍手」と「肉の多い大乃国」でした。秀逸です。笑

本当の平等とは?<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年6月1日 11:59 PM
  • 未分類

特に社会に出た後は、世の中理不尽なことだらけです。会社の上司及び指示はだいたい理不尽ですし、結婚したり子どもができたりすると、毎日理不尽なことだらけです(苦笑)。 どんな組織においても、仕事はできる人に集中します。その裏には、やるべきことをやらず、成果を出していないのに、周りが不公平だと感じる報酬や評価を得ている人たちがいます。頑張ったことが、いつでも報われるとは限りません。身を粉にして組織のために努力しているに、誰も見てくれていないと感じたり、成果を横取りされたと感じることもあるでしょう。自分にはまったく非がないのに、理不尽に叱られたり責められたりすることがあると思います。時には、降格や左遷と言った実質的な被害を被ることがあるかもしれません。 人間関係においても、どんなに頑張っても相手に思いが伝わらないことはあります。それどころか、こちらの好意が無にされて、逆恨みされるような経験をするかもしれません。様々順風満帆に行っているような時に、病気や怪我をしたり他人に足を引っ張られたりしてチャンスを失い、「なぜ自分だけ?」と感じる時もあるでしょう。 世の中は何でこんなに理不尽なんだろう… 自分は何て不幸なんだろう… と思い悩んで落ち込み、何もやる気がなくなってしまう時が来るかもしれません。

実は、上に書いたような「理不尽さの感覚」は、社会に出たり、何かの組織に所属したり、家庭を持ったりした人の、ほとんどの人が感じたことがあると言われる項目をまとめたものなのです(苦笑)。世の中の多くの人が、このレベルの理不尽さを常に感じながら生きていると言っても過言ではないのでしょう。 もし、理不尽さを感じて辛くなった時は、「みんながそう感じている」と考えるだけでも少し楽になるかもしれません。

でもそれだけでは理不尽さを克服できないと感じる方もいると思います。私の経験で言えば、理不尽なことをも突き抜けてしまうと楽になります。「出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭は打たれない(抜いてもらえる)」という感じでしょうか。例えば仕事上で言えば、誰にも文句を言わせないくらいのことに取り組んで、他の追従を許さないくらいの成果を出してしまうのです。そこまで行けば、理不尽な上司も認めざるを得なくなります。

私が会社勤めをしている時は、例に漏れず理不尽なことのオンパレードでしたが、ある時はそれをすべて受け入れて、ある時は無視して(苦笑)、その代わり誰にも負けないだけ働き(15年間くらいは1年360日以上は働いていました)、誰にも負けない成果を出すことに傾注していました。進学塾ですから、特に生徒の成績を上げること、そして合格させること、その結果として生徒数を増やし売上を上げることに(ちょっと大袈裟に言えば)人生のすべてを注いでいました。もちろん、できたこととできなかったことはありましたが、あの頃あれだけ仕事に全力で取り組んでいなければ、今の自分はないと断言できます。そういうレベルで取り組んでいれば、理不尽さはまったく気になりませんし、「何で自分だけ…」というような不公平感を感じることもなくなります。

私は間もなく還暦を迎えますが、まだ小学生3人・幼稚園児1人と4人の子どもを育てています。親にとって、小さい子どもたちほど理不尽な存在はありません(苦笑)。時間やタイミングなどまったくお構いなしで様々なことを主張して来ます。仕事との両立でとてもしんどい期間(間もなく12年!)を過ごして来ましたが、周囲の皆様のご協力もあり、何とか乗り越えて来ました。私は、多子家庭の高齢パパとして第一人者となれるくらい突き抜けた存在になってしまおうと覚悟を決めていました。会社を経営していますので、もちろん仕事でも成果を出した上でということが大前提です。11年以上全力で取り組んで来て、最近は「多子子育て奮闘中の高齢パパ」「仕事と育児の両立のモデル」等、メディアで取り上げられる機会も増え、ある程度目的は達成できたと思っています。今になってみると、子育ての理不尽さはどこかに吹き飛んでしまっています。仕事と子育ての両立が楽しいとは今でも思えませんが(苦笑)、少なくとも被害者意識や不公平感はまったくありません。(もちろん、環境や周囲の皆様に恵まれているが故であることは理解しています)

仕事も家庭も人間関係も、理不尽なことから逃げていたら、克服できず潰されてしまうのだと思います。理不尽さと戦う必要はありませんが、ある場面では理不尽なことを乗り越えて、突き抜けてしまうくらい立ち向かってみたらいかがでしょうか?

本当の平等とは?<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月29日 8:17 PM
  • 未分類

中学校の内申については、その存在自体もそうですが、学校や先生による基準の違い、(はっきり言えば)えこひいき等、理不尽な側面が大きいことは前述した通りです。

特に社会に出た後は、世の中理不尽なことだらけです。会社の上司及び指示はだいたい理不尽ですし(苦笑)、結婚したり子どもができたりすると、毎日理不尽なことだらけです(泣)。

どんな組織においても、仕事はできる人に集中します。その裏には、やるべきことをやらず、成果を出していないのに、周りが不公平だと感じる給料や評価を得ている人たちがいます。頑張ったことが、いつでも報われるとは限りません。身を粉にして組織のために努力しているに、誰も見てくれていないと感じたり、成果を横取りされたと感じることもあるでしょう。自分にはまったく非がないのに、理不尽に叱られたり責められたりすることがあると思います。時には、降格や左遷と言った実質的な被害を被ることがあるかもしれません。

人間関係においても、どんなに頑張っても相手に思いが伝わらないことはあります。それどころか、こちらの好意が無にされて、逆恨みされるような経験をするかもしれません。様々順風満帆に行っているような時に、病気や怪我をしたり他人に足を引っ張られたりしてチャンスを失い、「なぜ自分だけ?」と感じる時もあるでしょう。

世の中は何でこんなに理不尽なんだろう… 自分は何て不幸なんだろう… と思い悩んで落ち込み、何もやる気がなくなってしまう時が来るかもしれません。

以上、ちょっと読んでいて気持ちが暗くなってしまった方もいるかもしれませんね… 実は、上に書いたような「理不尽さの感覚」は、社会に出たり、何かの組織に所属したり、家庭を持ったりした人の、ほとんどの人が感じたことがあると言われる項目をまとめたものです。世の中の多くの人が、このレベルの理不尽さを常に感じながら生きていると言っても過言ではないのでしょう。

もし、理不尽さを感じて辛くなった時は、「みんながそう感じている」と考えるだけでも少し楽になるかもしれません。

(次回に続く…)

本当の平等とは?<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月28日 12:09 AM
  • 未分類

この仕事をしていると、受験が全部終わった後に、残念な結果となってしまった生徒の保護者の方から、「うちは全部落ちたのに、〇〇くんは全部受かって、ほんと不公平ですよね。1つくらい分けてくれればいいのに…」というようなことを伺うことがあります。受からせてあげられなかったことは申し訳ないと思いますし、保護者の方の気持ちは痛い程分かりますが、やはり受験は公平な戦いなのだと改めて感じることが多いです。

出題される内容は(過去問等によって)事前に提示されていて、合格に向けて準備をするのに与えられた時間は皆平等で、入試本番で点数を取れた生徒は合格となり、点数を取れなかった生徒は不合格となる… もちろん個々生徒によって能力の差は厳然とありますが、1年~2年単位で見れば、努力によって十分に逆転が可能な範囲であることが多いです。そういう意味では、受験は本当に公平な戦いだと思うのです。

今は、特に性別や家庭環境・学歴等による差別にとても敏感な世の中になっていると感じます。「不当な差別を禁じて平等な世の中に!」という考えは間違っていないと思いますし、これからもどんどん推進するべきです。ただし、私が違和感を感じているのは、「機会の平等」と「結果の平等」を混同してしまっているケースが増えていると感じるからです。とても分かりやすく言えば、頑張った人と頑張っていない人が同じ成果を受け取ることは、本当に平等なのだろうか?ということです。入試や就活において、全員の希望が叶えられない状況がある以上、何らの選抜が行われるのは必然です。それをすべて抽選にして、時の運だけで決めたらそれは平等と言えるのでしょうか? 就活においては、「学歴フィルター」は今も厳然と存在します。「〇〇ナビ」等システムの進化により、誰でも多くのエントリーをできるようになってしまったので、超人気企業は、それこそ数百倍の採用倍率になることもあるそうです。何万人も応募が集まってしまえば、すべての学生に丁寧な選考はできないので、まずは何かの要素で絞り込まなくては選考が進みません。その1つのファクターがまず「学歴」だとされている企業が少なくないのです。これは本当に不平等なことなのでしょうか?

就活はちろん、高校や大学の推薦入試でも、「人物重視」を謳っているところが結構あります。私はこれってとても怖いことだと思うのです。「人物重視」の入試で不合格となった生徒は、人物として劣っているということになるのでしょうか?   私の教え子でも、就活の面接でいくつも落ち続けた学生が、ちょっと鬱っぽくなってしまうケースがあります。正に人格を否定されたような気持ちになってしまうのだと思います。入試の学力試験で不合格となっても、落ち込んでしまうことはありますが、そうはなりません。単に、「当日合格点を取れなかった」ということで、その根本原因は「自分の努力不足」とか、「当日緊張して力を出せなかった」というようなところに落ち着くからです。

私は、特に高校入試は推薦入試を一切廃止して、すべてペーパーテストのみで判定するべきだと考えています。その根底には、推薦入試では「内申」という超不公平なものが大きな要素となっているからです。もっと言ってしまえば、この内申の存在が、中学生たちのメンタルにまで大きな悪影響を与えていると確信しています。内申を廃止したら、中学校の授業が成立しなくなるとか、実技科目を真面目に勉強しなくなるとかいう言説がありますが、だからと言って内申で子どもたちを押さえつけることが本当に健全だと考えているのでしょうか? 

ちょっと話が逸れました。私が一番お伝えしたいのは、世の中は相変わらず理不尽で不公平だということです。また波紋を呼ぶ終わり方になってしまいました…

(次回に続く)

本当の平等とは?<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月26日 7:14 PM
  • 未分類

今回の運動会の徒競走の男女混合への変更について、私は「まあ、ありかな…」と思っています。小学生のうちは男女の体力差(特に走ることに関して)はそんなに大きくないですし、学年によっては女子の方が速いケースもあると聞きます。事前にタイムを計測して同じくらいのタイムの児童が一緒に走ることにもなっていましたし、そういう意味では性別による不平等感は感じませんでした。

しかし、中学生・高校生になると明確に男女の体力差は大きくなって来ますし、ましてや身体的コンタクトがある競技を男女混合でやるというのは大きな問題があります。オリンピックレベルの競技でも、テニスやバドミントン・卓球等は「混合ダブルス」がありますね。最近はバレーボールでも、(レクリェーションレベルでは)男女混合大会が増えて来ているようです。これらは、相手チームとの身体的コンタクトはありませんし、パワー等で多少男女差があることを前提にして、そのあたりも競技の面白さとして定着しているように思います。

入試では男女枠を設けないことが完全に主流になって来ています。大学入試は昔からそうでしたが、高校・中学においても、公立はほぼすべての都道府県で男女枠が撤廃されています。東京都は都立高校が昨年から、都立中が今年から男女混合選抜となりましたが、これは全国的に見るとかなり遅れていたのです。私立中高は、男子校・女子校はもちろんですが、共学校でも依然として男女枠を明確に設けている学校が多いです。私立は、学校により特徴的な経営方針を打ち出すことが許されているので、なかなか進んで行かないと思います。特に高校受験について、私立高校の先生方からこの1年くらいよく話を伺うのは、都立併願組の歩留まり(入学者)が、女子がかなり減ってしまって、男子の割合がかなり多くなっているということです。どういうことかと言うと、都立高校の合格ぎりぎりのラインにおいては、男女枠の撤廃によって、女子がたくさん受かって、男子がはじかれてしまうことになったからです。女子の方が内申の平均が良いことが大きいのですが、多くの都立高校で女子の方が入学者が多い状況になっています。都立中も、男子と女子の割合は6:4くらいの学校が多いようです。一部上位校は男子の方が多いところもあります。

(次回に続く…)

本当の平等とは?<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月24日 11:54 PM
  • 未分類

この2日間ですっかりくたばっています。昨日は幼稚園の親子遠足、今日は小学校の運動会と連日イベントが続いたからです。数日前に較べると、気温が下がって少し過ごしやすかったことには救われましたが、朝6時起きで準備をして、朝から何時間も外に出ずっ張りとなってしまいます。それで終わりならいいのですが、両日ともその後授業があり夜まで仕事ですから、ちょっとヘロヘロです。かなり日焼けもしてしまい、お風呂に入るとひりひりします。明日も朝8時から町内会の清掃が入っていますが、雨で流れますように…(苦笑)

昨日は多摩動物公園で、結構歩きました。午前中は集団行動でしたが、午後の自由時間も4歳児がすっかり体力がついてしまって、自分で地図を見ながらまずこれ、次はこれと動物を見て回り、園内をほとんどコンプリートしてしまった感じです。これだけは絶対見たいと言っていたコアラとライオンが至近距離で見られたので良しとしましょう。例によってママは仕事がどうしても休めず、パパと2人で行ったので、クラスで集まってレジャーシートを敷いてのお弁当の時間は、我々だけちょっと離れ小島の感じになってしまいました。さすがにママたちの車座の中に入る勇気はありません…(苦笑)  私が見渡す限り、パパが1人で連れて来た家は他には見当たりませんでした。平日なので、パパの参加率自体も低かったですね…

今日の運動会は、保護者は学年ごとの入れ替え制でした。スペースが限られているので仕方ないと思いますが、自分の子どもの出番が終わったら校庭から追い出されてしまうのです。各学年にGSの生徒たちが多いので、みんなの活躍を見たいところですが、それも叶いません。朝一で長男の学年だったのですが、その後1時間近く空いて次男の出番があり、時間的に一旦帰ることもできず、近くの公園で時間を潰してまた校庭に戻るという感じになりました。兄弟姉妹が在籍しているご家庭は、皆さんこんな感じの動きになっていました。

私も当日まで知らず、ちょっと驚いたのですが、今年から徒競走やリレーが男女混合になりました。同じレースで男子と女子が一緒に走るのです。事前に計測したタイムでほぼ同タイムの児童たちで走ることになっているという説明はありましたが、ちょっと違和感がありました。私が見ていた限り、女子が1位を取っていた組が多かったような印象があります。確かに、都立中高の選抜が男女混合になったりして、時代の流れはそうなのだと思います。学校の名簿も、数年前からようやく男女混合になりました。ちなみに塾では、昭和の時代から男女を分けるという発想はありませんでした。

生徒から聞いた話ですが、最近は中学校の体育の授業も男女混合で行うケースが増えているのだそうです。これは例外かもしれませんが、サッカーやバスケ等、身体的コンタクトがある種目でも男女混合で行う場合があるそうです。ニュースで見た記憶がありますが、それで女子が男子に蹴られて大怪我をしたという報道もありました。

皆さんは、この変更の流れについてどう思われるでしょうか?   ちょっと問題提起です。

 

努力は嘘をつかない<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月20日 12:11 AM
  • 未分類

受験勉強については、「いつ」「何をやるか」がとても重要なのですが、逆に言えば「何をやらないか」がとても重要になって来ます。子どもたちは忙しくて時間は限られているので、無駄なことに時間を取られていると、大事なことをやり切れなくなってしまうのです。非常に分かりやすく言えば、易しすぎたり難しすぎたりすること、入試に出ないこと、タイムパフォーマンスがあまりにも悪いことの3つになると思います。今これを勉強することによって、テストの結果に少しでも繋がるかどうかという視点が大切です。いくらたくさんやっても、まったく成績アップに繋がらないのであれば、それは無駄な努力になっている訳です。(あくまでも、「入試で合格するために」という観点での話です。人生の中では、一見無駄と感じるようなことでも粛々と取り組まなければならないことはたくさんあります)

矛盾したことを言っているように聞こえるかもしれませんが、受験勉強では「絶対量」は必要です。量が質を凌駕すると言っても言い過ぎではありません。ただ、その量をこなすにしても、無駄な労力をかけていると、得られるはずの成果に繋がりません。1つ例を挙げると、漢字や英単語を覚えるのに、「すべての漢字・単語を20回ずつ書く」というような勉強は無駄な勉強です。そんなことをしなくてももうすでに書けるものもあるでしょうし、2~3回集中して書いたら(もっと言えば眺めるだけでも)完璧に覚えられてしまうものもあるでしょう。逆に、20回書いただけでは覚えられないものは書けるまで練習しなくてはなりません。

入試対策の問題を解くことを考えても、満点近く取れるもばかりやっていても意味がありませんし、逆に正答率が異様に低い難問ばかり解いていても成績は上がりません。理想は、正答率50%くらいの問題をたくさん解いて、間違えた問題を「その場で」「次に出たらできるようにして行く」勉強です。そういう教材を見つけて来るところから勝負は始まっているのです。

塾の授業は当日(おそくても翌日)には復習するべきですし、テストの直しはそれこそ解いた当日、無理であれば1週間以内には解き直し(間違い直し)を完了しなくてはなりません。2~3週間経ってテストの成績が返却された頃には、解いた内容を忘れてしまっているので、それから復習しても学習効果はかなり下がります。

入試(自分の志望校)に出るか出ないかというのは、受験生本人が把握するのは難しいはずです。ここは塾の講師を頼るしかない訳ですが、過去問を解き始める時期がとても重要です。GSでは、小6都立中クラスと中3は(単元学習がすべて終了しているので)、もうすでに過去問をかなり解いて来ています。(小6私立中クラスももう少しでスタートします) その中で、何が出題されて何が出ないのかということが何となく掴めて来ているようです。もちろん今の時期は、志望校の過去問ではまったく点数を取れないのですが、それでもやる必要があるのです。ゴールのレベルと、今後重点的に学習するべき内容を把握するためにです。もし、点数を取れるようになったら過去問を始めようと思っている受験生(保護者)がいるとしたら、受験勉強で一番重要なところを間違えてしまっていると思います。

努力は嘘をつかない<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月19日 12:03 AM
  • 未分類

この「努力」について、ここで触れておかないとならない重要なことが2つあります。

1つは、努力をし始めたからと言って、すぐに結果が出る訳ではないということです。今回の基礎力コンテストのように、数週間頑張れば必ず結果が出るようなテストもあります。日々の確認テストや、中学校の定期テストなどもそうですね。ただし、受験用の模試や過去問の点数等、本質的な力を問われるテストについては、通常3~4ヵ月、下手をすると半年以上経たないと結果に現れて来ません。(唯一の例外が、受験学年の夏休みです。通常の3~4ヵ月分の学習をしますし、過去問レベルの本数を相当こなせるからです) そのことを分かっていないと、「自分は頑張っているのに結果が出ない」というような泣き言が出て来てしまうことになります。

もう1つは、「適切なタイミング」と「正しい方向性」で努力をしないとダメだということです。分かりやすく言えば、無駄な努力はいくらしても結果に繋がらないということです。いつ、何を、どれだけ努力するのかということがとても重要なのです。そういう意味では、「塾選び」が受験を成功させるための最大のポイントとなることは間違いありません。もちろん、講師の質や、入試から逆算した指導をしっかりしているかということもありますが、子どもの学力レベルや目標、さらには性格的に合っているかということも大きいです。学力的にかなり足りないのにハイレベルの塾に入ってもついて行けませんし、体育会系の雰囲気が嫌なのに〇〇アカに入ったり、合宿に行くのが嫌なのにe〇〇に入ったりすると、本人が辛い思いをしてしまうことになります。保護者の方は、支払う費用のところもしっかり見てください。ちょうどどこの塾でも夏期講習会の要項説明会が開かれている時期ですが、特に今年はちょっと目を疑うような金額が提示されいる塾が多いような気がします。「今通っている塾の夏期講習の費用が高過ぎるので…」という理由での入塾問い合わせがここ数日だけで3件もありました。GSのコスパがとても良いことは知られているようです。ちなみに、小6・中3は、夏期講習すべての科目をフルに取っても16万円です。小6都立中クラスと、中3の私立コースは12万円余りです。総時間数は他塾と比較しても多い方に入ると思うので、時間単価はかなり安いはずです。

すみません。ちょっと筆が滑りました。

(次回に続く…)

努力は嘘をつかない<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月18日 12:01 AM
  • 未分類

私の40年近い塾講師人生の中で確信していることは、受験勉強において努力は嘘をつかないというのは本当だということです。ちょっと誤解を恐れずに言えば、余程無謀な受験でない限り、努力で何とでもなるとすら思っています。今の子どもたちは、「本気で頑張る」という基準がとても低いと感じています。だから少し頑張ったくらいで結果が出ないと、もうダメだ…と諦めてしまったり、自信をなくしてしまったりするのです。

中学受験でも高校受験でも、入試の1年前の時点で偏差値40台(つまり平均点も取れなかった)だったのに、最難関校に合格した生徒たちは数えきれないくらいいます。私が直接教えて顔と名前が浮かぶ生徒に限定しても、桐朋中・女子学院中・早実高・慶應義塾高・慶應女子高・都立西・都立国立… 都立中はGSを開校してからだけでもたくさんいます。1年間で全科目トータルの偏差値で少なくとも20くらいは上がっている生徒たちです。1科目だけで見れば、偏差値30以上上がった生徒もいました。(元がどんだけやばかったんだということでもありますが…) その生徒たちの1年間の努力を思い出すと、本当に今でも頭が下がる思いがするくらいです。特に夏以降は、止めないと夜中~朝まで勉強し続けているような生徒も少なくありませんでした。保護者の方に心配だからと相談されて本人と話をしたら、「だって絶対に合格したいんですよ!  何で邪魔するんですか?」と言われたこともありました。そういうゾーンに入った状態になると、大変なことをしているという感覚すらなくなって、毎日限界まで頑張り切れること、少しずつ成果が出て行くことが、楽しくて仕方ない状態になるのだそうです。

どんなに遅くても、受験学年の夏前くらいからは「100%本気モード」に入ってもらわないといけせん。もちろん、少しでも早くそうしたいのですが、この時期はまだなかなか難しい要因がたくさんあります。学校行事も様々忙しいですし、中学生・高校生は部活が最大の障害となります。(誤解のないように書いておきますが、私はバリバリの体育会系でハード部活の推進派です。それを、勉強ができないことの言い訳には絶対にさせたくないいう思いが強いのです)  最近私が感じているのは、保護者の方の覚悟が決まていないために、子どもをスポイルしてしまっているご家庭が少なくないということです。簡単に言うと、我々が本気で頑張らせようとしても、保護者の方がセーブさせてしまうのです。家庭での学習時間が確保できないこともそうですが、簡単に塾を休ませてしまったり、本人から泣き言が出て来た時に、それをそのまま聞き入れて逃げさせてしまったり… 我々が見ていると、ここで踏ん張らせれば成績も上がるし、もう1つ~2つ上の志望校にチャレンジさせられるのに…と感じている場面で、保護者の方に「いいよ、無理しないで」と逆に引っ張られている感じを受けることが少なくないのです。そんな状況で、「もっと成績を上げさせたい」「レベルが高い学校に行かせたい」と言われてしまうと、塾講師たちは脱力してしまうことになります。

(次回に続く…)

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