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本当の平等とは?<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2025年5月28日 12:09 AM
  • 未分類

この仕事をしていると、受験が全部終わった後に、残念な結果となってしまった生徒の保護者の方から、「うちは全部落ちたのに、〇〇くんは全部受かって、ほんと不公平ですよね。1つくらい分けてくれればいいのに…」というようなことを伺うことがあります。受からせてあげられなかったことは申し訳ないと思いますし、保護者の方の気持ちは痛い程分かりますが、やはり受験は公平な戦いなのだと改めて感じることが多いです。

出題される内容は(過去問等によって)事前に提示されていて、合格に向けて準備をするのに与えられた時間は皆平等で、入試本番で点数を取れた生徒は合格となり、点数を取れなかった生徒は不合格となる… もちろん個々生徒によって能力の差は厳然とありますが、1年~2年単位で見れば、努力によって十分に逆転が可能な範囲であることが多いです。そういう意味では、受験は本当に公平な戦いだと思うのです。

今は、特に性別や家庭環境・学歴等による差別にとても敏感な世の中になっていると感じます。「不当な差別を禁じて平等な世の中に!」という考えは間違っていないと思いますし、これからもどんどん推進するべきです。ただし、私が違和感を感じているのは、「機会の平等」と「結果の平等」を混同してしまっているケースが増えていると感じるからです。とても分かりやすく言えば、頑張った人と頑張っていない人が同じ成果を受け取ることは、本当に平等なのだろうか?ということです。入試や就活において、全員の希望が叶えられない状況がある以上、何らの選抜が行われるのは必然です。それをすべて抽選にして、時の運だけで決めたらそれは平等と言えるのでしょうか? 就活においては、「学歴フィルター」は今も厳然と存在します。「〇〇ナビ」等システムの進化により、誰でも多くのエントリーをできるようになってしまったので、超人気企業は、それこそ数百倍の採用倍率になることもあるそうです。何万人も応募が集まってしまえば、すべての学生に丁寧な選考はできないので、まずは何かの要素で絞り込まなくては選考が進みません。その1つのファクターがまず「学歴」だとされている企業が少なくないのです。これは本当に不平等なことなのでしょうか?

就活はちろん、高校や大学の推薦入試でも、「人物重視」を謳っているところが結構あります。私はこれってとても怖いことだと思うのです。「人物重視」の入試で不合格となった生徒は、人物として劣っているということになるのでしょうか?   私の教え子でも、就活の面接でいくつも落ち続けた学生が、ちょっと鬱っぽくなってしまうケースがあります。正に人格を否定されたような気持ちになってしまうのだと思います。入試の学力試験で不合格となっても、落ち込んでしまうことはありますが、そうはなりません。単に、「当日合格点を取れなかった」ということで、その根本原因は「自分の努力不足」とか、「当日緊張して力を出せなかった」というようなところに落ち着くからです。

私は、特に高校入試は推薦入試を一切廃止して、すべてペーパーテストのみで判定するべきだと考えています。その根底には、推薦入試では「内申」という超不公平なものが大きな要素となっているからです。もっと言ってしまえば、この内申の存在が、中学生たちのメンタルにまで大きな悪影響を与えていると確信しています。内申を廃止したら、中学校の授業が成立しなくなるとか、実技科目を真面目に勉強しなくなるとかいう言説がありますが、だからと言って内申で子どもたちを押さえつけることが本当に健全だと考えているのでしょうか? 

ちょっと話が逸れました。私が一番お伝えしたいのは、世の中は相変わらず理不尽で不公平だということです。また波紋を呼ぶ終わり方になってしまいました…

(次回に続く)

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