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2014年5月のアーカイブ

都立高校の入試で採点ミス続出…<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月19日 10:40 AM
  • 未分類

もう一昨年になりますか、湊かなえさんが脚本を書いた「高校入試」というドラマが深夜に放送されていて、私は興味深く見ていました。なかなか面白かったです。ネタバレになってしまいますが、高校入試の際に採点ミスによって不合格とされた生徒が、高校に恨みを抱いて、数年後の高校入試で(答案が突然消えてしまう)事件を起こすというストーリーでした。今回の報道に接して、このドラマのことを思い出していました。その主人公は、結局私立高校も辞めて引きこもりになってしまうのですが、自分の人生がこんなに目茶苦茶になさったのは、採点ミスをした高校の教師たちのせいだという思いに取りつかれ、その仕返しに全精力を傾注するのです。私は、気持ちは分かるものの、ちょっと理解できない部分もありました。高校受験の結果だけで人生が決まってしまうわけではありませんし、例えミスにより自分が不合格にされたとしても、そこまで怨念を抱き続けられるものなのだろうか…と。

また、都立の入試について言えば、違う視点の問題もあります。自校作成校(グループ作成校)は、あれだけ記述問題が多いのですから、その採点基準を完全に統一することなどできるわけがないのです。私は常々感じているのですが、都立中の入試は、作文の比重が高いため、採点者を総取り換えして採点し直せば、かなりの数合格者と不合格者が入れ替わるはずだと思っています。いくら事前に打ち合わせをしていたとしても、主観が入ることは避けられませんし、複数の教師が採点したとしても、誤差が多少縮まるだけで、本質的に統一はできません。

私のような仕事をしている人間が言うべきことではないのかもしれませんが、入試という、子供たちの人生の一大イベントにおいても、そのような運・不運の要素は少なからずあるのだということを、まず認識しておく必要があると思います。
その上でどうすればいいのかということですが、まず学校や教委側には、今回のことを受けて、きちんとした対策は実行に移して欲しいと思います。ミスを0にすることはできないまでも、今よりはだいぶ減らすことはできるはずです。採点→集計のシステムの変更が必要な部分もあるかもしれません。都教委が何らかの対策を具体的に発表するでしょうから、それを興味深く見てみようと思います。
私が一番危惧しているのは、今回のことを受けて、また都教委がおかしな改革をし出すのではないかということです。例えば、合格発表までの日数を延ばしたり(今でも十分に遅すぎる!)、採点ミスが起こらないように入試にマークシートを方式を導入したり、記述問題をなくしたり、自校(グループ)作成問題を廃止して全校統一問題にしたり…というようなことです。それこそ本末転倒なことになってしまいます。(最近、都教委や都立高校の現場の先生方で、このブログを読んでいる方が多いということが判明してきました。もちろん、その目を十分に意識して書いています)

生徒・保護者の側としては、自分の身は自分で守るということになるわけですが…
(次回に続く…)

映画「うまれる」前売りチケット販売について

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月17日 9:22 AM
  • 未分類

24日に北野で開催される、映画「うまれる」上映会の前売りチケットをGSで販売しています。すでに、多くのご家族にお買い求めいただきました。皆さん、楽しみにされているようです。(GSの職員も何名か観に行きます)

チケットの販売は、19日(月)で終了とさせていただきます。これから購入をお考えの方は、本日か月曜日にお願い致します。
上映会まで、あと1週間。ご期待ください。

都立高校の入試で採点ミス続出…<その3>

「一生に1回しかない大事な入試でそんなミスをするなんてあり得ない。もっとしっかりやってもらわなきゃ困る!」と憤りを感じる方も多いのではないかと思います。お気持ちは分かりますし、その通りではあるのですが、私は少し違う感じ方をしています。
採点・集計・掲示作成等を人間がやっている以上、ミスは出ます。事前の準備や職員の意識改革、複数の手でチェックをかける等の対策によって、その確率を今よりは下げることはできるでしょう。(確かに今はちょっと酷すぎます。学校による差が大きいのですが…) しかし、どんな対策をしてもミスを0にすることはできません。

私はこの業界では、採点ミスがとても少ない方だと思います。特に公開テストや、過去問の採点をする時は、集中力が自然と高まるのを感じますし、集計を2通りの方法で確認することが癖になっていたりして、27年間を振り返っても、ミスを指摘されたことは「ほとんど」記憶にありません。しかし、0ではないのです。何百枚、あるいは何千枚に1枚かは出ていますし、生徒が指摘しないために気付かなかったミスもあることでしょう。
入試の本番でも、毎年ミスは相当あるのです。私が直接関わった生徒の中だけでも、ちょっと思い出すだけで酷い事例をいくつも思い出します。その中でも特に酷かった事例を2件ご紹介します。

〇私立高校の単願推薦で合格が「約束」されていた生徒。(一昔前は、秋の時点で正に確約が出ていて、本番は名前を書いて来さえすれば合格がもらえるようなケースが多々ありました) 本番はそれなりにやって来たのですが、合格発表を見に行ったら自分の番号がない。塾に不合格だという電話が入ったので、そんなはずはないから事務室に行って、自分は単願だということを言えと指示して本人が言いに行ったら、先生も含めてしばらく調べていて、「ごめん、ごめん、間違えだった。きみは合格だった」と言われた。
→おかしいと主張しなかったら、そのままになっていたのでしょうね。単願だからそれができたわけですが、一般受験で不合格の場合、なかなかそんな勇気は出ないですよね。

〇私立高校の併願確約をもらっていた生徒。こちらも、入試本番でよほど酷い点数を取らなければ合格にすると約束されていた。しかし、当日高熱を出して止む無く入試を欠席。翌日、その高校から合格発表の通知が郵送で送られて来た。入試に行かなかったのだから、当然不合格で来ていると思って中を開いてみたら、何と合格! ご丁寧に、手続き書類も同封されていたそう。中学校を通して高校に確認してもらったところ、事務的なミスだと判明。何でも、併願確約の生徒は、事前に合格通知をすべて用意しておくのだそうです。欠席者等は不合格通知に差し替えて郵送することになっていたそうですが、そこで漏れたとのこと。
→滑り止めがなくなってしまっていたこともあり、一瞬そのまま手続きさせてしまおうかと考えました。たぶん、何の疑問もなく手続きできちゃったのでしょうね。さすがにそれはさせられなかったですが… その生徒は、その後第一志望校に合格したのでギャグで済みましたが、考えようによっては、とても怖い話ですね。

私は、私立中高の入試の採点や合格判定会議に何度か臨場させていただいたことがありますが(あくまでも「臨場」ですよ)、採点や集計のやり方を見ていて、はっきり言ってしまうと、「そりゃミスは出るよな…」と感じた場面が何度もあります。1つ例を挙げると、集計をエクセルでやっていて、並べ替えを不用意にやっているために、受験番号(受験生の名前は隠されていた)と点数がズレてしまったり… その時はさすがに先生が途中で気付いてやり直していましたけど… 特に私立中学の入試などは、午前中に入試をやって、当日の夕方に合格発表というようなケースが多いのです。先生方も焦るでしょうし、私はミスが出ない方が不思議だと感じているくらいです。

何をお伝えしたのかと言うと、入試の採点・集計で、ミスは毎年かなりの数ある(であろう)ということです。どんなに理想論を振りかざしても、ミスが0になることはないのです。そのことを前提に話を進めていかないと、この問題の議論はおかしな方向に進んで行ってしまいます
私は、いじめ問題についても、同じことを強く感じています。「学校現場でいじめは絶対にあってはならない!」 「いじめを0にするための施策が甘すぎる!」というような論調を今でも多く見かけます。もちろん、そのこと自体は間違っていませんし、私もそのことを否定するものではありません。しかし、世の中からいじめはなくならないのです。どんなに対策を立てても、0にすることはできないのです。現在の文科省や教委の取り組みを見ていて、そこの部分の組み立てを間違えているために、子供たちを不幸にしてしまっているように感じています。「いじめは今より減らすことはできても、なくなることはない」という前提で取り組んでいる事例を、少なくとも私は見たことがありません。

都立高校の入試で採点ミス続出…<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月15日 9:14 AM
  • 未分類

昨年の入試の答案をすべて採点し直すということは、ミスにより本来合格していたはずの生徒が不合格となっていた場合は、追加合格を出すということに他なりません。そうでなければ採点をやり直す意味がありません。確率論からすれば、かなりの数ミスは見つかるはずですし、1点差で合否が分かれている以上、追加合格者も何人かは出るでしょう。さらにそれ以前の年度の分をどうするのかも気になります。

法律では、入試の結果についての明確な時効の規定はありません。過去の判例等から類推すると、民法724条の慰謝料請求等の時効規定が当てはまるのではないかと思います。(私は一応法学部出身です。学生時代はほとんど勉強してないけど…)そうだとすると、合格発表の日から3年間は、追加合格・入学を主張する権利があります。
ただし、これはあまりにも非現実的です。3年後というと、高校を卒業してしまう年です。その時になって、都立高校に入学し直すという話にはならないでしょう。よって、誤って不合格とされていた生徒には、損害賠償請求の権利が3年間はあると解するのが妥当です。その金額の算出は難しいですね。私立高校でかかった費用(都立高校との差額)は当然として、精神的苦痛をどう金額に換算するのか、結果として私立高校に進学していてよかったと思っている場合はどうするのか等、なかなか難しい問題をはらんでいます。

と書いたところで、私は根本的な疑問を強く感じました。そんなことをする必要が本当にあるのだろうか?ということです。例え採点ミスにより不合格とされていたのだとしても、1年以上経ってからそのことが判明するのであれば(私の感覚では数ヵ月でも)、そのことを知らない方が幸せだと思うのです。皆さんどうお感じになるでしょうか?
(次回に続く…)

アマゾンランキングで1位獲得!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月14日 5:32 PM
  • 未分類

昨日ご紹介させていただいた書籍ですが、何と!アマゾンの「ビジネス企画」部門の販売ランキングで現在1位を獲得しています。(ちなみに2位は「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」です。ジョブズの上を行ってしまった…笑)
経済産業省後援のドリームゲートという組織の強みがあると思いますし、一時的なものかもしれませんが、いずれにしても嬉しいことです。
応援いただいた皆様、ありがとうございました!

http://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/505382/ref=zg_bs_nav_b_3_492066

すいません。またまた書籍の宣伝です。

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月13日 12:20 PM
  • 未分類

いよいよ発売になりました。
興味をお持ちの方は、ぜひ手に取ってみてください。
大きな書店では、平積みになっているところが多いです。

http://www.dreamgate.gr.jp/sp/publish/

都立高校の入試で採点ミス続出…<その1>

今春の都立高校の入試が、今になって揺れ動いています。全校で採点がやり直しとなり、その中でミスが大量に見つかったのです。本来合格だったはずなのに、採点ミスで不合格とされてしまった生徒が4名も見つかりました。
なぜ新学期が始まった今となって、そんなことになってしまったのかを説明すると、ちょっと長くなってしまうのですが… 
最初荻窪高校で、新入生の学力を把握するために入試の答案をチェックしていた際に、たまたま採点ミスが8件も見つかったのです。そのことを教委に報告したら、他校でもあるかもしれないからということで、何と全校で採点のやり直しをすることになったのです。(何度も確認しますが、4月に高校での授業が始まってからですよ…) その結果、出るわ出るわ、東京都全体で48校で139件の採点ミスが発覚し、前述した4名が繰り上げ合格となったという経緯です。
この4名はすでに私立高校に通い始めていたわけですが、その後どうなったのかは公表されていません。過去の事例では、生徒と保護者にお詫びをして、希望する生徒には私立高校に支払った費用をすべて都が負担して、途中から都立高校に通ってもらうようにするという形になっています。1ヵ月とはいえ、途中で高校を移るのはなかなか勇気がいりますよね? 実費以外の慰謝料はないようですし…
当然、こういうケースでは、本来不合格なのに間違えて合格にしてしまった生徒はそのままの扱いになります。もちろん、本人・保護者にはそのことは伝わりません。でも4名いることが分かってしまったのです。しかも、高校名が発表されています。(どうせ調べたら分かってしまうので、書いてしまいます。野津田・山崎・小平西・小平南の4校です。男女別は公表されていません)これもその高校に通う生徒たちはちょっと嫌ですよね。もしかしたら自分かも…と考えてしまったりして…

と、ここまでが今年の入試についての経緯ですが、この後の都教委の対応には、私はちょっと大げさではなく腰を抜かしそうになりました。何と!昨年(平成25年度)の入試の答案もすべて採点し直すということを公表したのです。4月に問題が発覚してから今までは、今春の答案の点検に時間を費やしていたようですが、どの高校も今週くらいからは昨年の答案の点検に入るようです。教委は、5月末までには完了すると言っていますが、考えただけで怖い話です。確率論から言っても、当然ミスはたくさん見つかるでしょうし、追加合格者も何名かは出てしまうと思います。その時に、どういう対応をするつもりなのでしょうか? 高校2年生になっているんですよ。今から都立高校に編入してくださいと言うつもりなのでしょうか?
(次回に続く…)

母の日に

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月11日 12:26 AM
  • 未分類

今日は母の日ですね。
私の母親は昨年亡くなりましたが、今年もカーネーションを買って帰ってしまいました。
「親孝行したい時には親はなし」 これ本当です。
まだ、間に合いますよ。今日でなくてもいいわけですから…

以下の動画をぜひ。

http://www.youtube.com/watch?v=8pfhu5Y_x8o&feature=youtu.be

文科省が会議を英語で行う!?<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月10日 7:51 AM
  • 未分類

今回の件で私が一番感じたことは、「手段」と「目的」を混同してしまうことの怖さです。
「英語」を話せるようになることは、グローバル社会の中で活躍していくための「手段」であって「目的」ではありません。ましてや、会議で英語を使えるようにすることが教育の目的であっていいわけがありません。今回の件はもちろんですが、それ以外の様々な改革の中身を見ていても、英語を話せることがあたかも最終目標のようになってしまっています。今の日本の社会で、そのレベルで英語を話せるようになる必要がある人がどのくらいいるのでしょうか? 一部エリート層にはいいのでしょうが、その他大勢の人にとってはピンと来ないはずです。それなのに、文科省や教委は、「英語を母国語のように話ができるようにならないと人ではありませんよ」というようなキャンペーンを張ろうとしているのです。

「手段」と「目的」を取り違えてしまうことの怖さは、この問題だけでなく、普段の生活や仕事の中でも多々痛感することがあります。例えば、仕事を進めていく上で、目標・目的に到達するための手段にこだわり過ぎて、結局目標達成から遠ざかってしまうという場面に遭遇したことは数多くあります。「会議」が無駄に多い組織は正にその典型です。「会議」のための「会議」が存在している会社も結構あります。そのことで職員が疲弊してしまい、一番注力しなくてはならないことに注力できなくなっているのですから、成果につながるわけがありません。
この問題の根が深いのは、取り組んでいる本人がそのことに気付いていなくて、自分ではかなり頑張っているように感じていることが多いことです。(自己満足のために働いているようなダメ上司に多いですね…)もちろん、これは自戒を込めて言っているつもりです。自分でも、手段と目的を取り違えていないかな?と自問自答することは結構あります。

毎年、塾に来ている生徒たち(特に小6や中3の受験生)には、このことを口を酸っぱくして伝えているつもりです。例えば、授業のない日に自習室に来て勉強している生徒がたくさんいるのですが、何を間違えたか、いつの間にか自習室に来ることが目的になってしまう生徒がいるのです。長い時間塾にいても、全然集中していなかったり、教師に「何をやればいいですか?」と聞きに来ていたりします。勉強を時間で管理することについてもそうです。「今日は○時間も勉強した」と自慢している生徒はちょっとまずいです。何時間かけようと、ダラダラやっていたりして成果につながらなければ、受験勉強としてはまったく意味がないのです。
点数を取れるようにする、成績を上げる、合格するということが目的です。普段の取り組みはそのための手段に過ぎません。そこを間違えていると、いくら労力をかけたとしても、成果は手に入らないようになっているのです。

今回のことをまとめると、子供たちの学習の手本を示すべき文科省が、「本質をきちんと理解しようとせずに形だけ整える」という最悪の見本を見せてしまっているということになるのではないでしょうか…

文科省が会議を英語で行う!?<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年5月8日 9:14 AM
  • 未分類

まず、文科省が目的として挙げていることが、まったくもってピントがズレています。
会議を英語で行うことが、なぜ「職員の視野を広げるため」になるのかが理解できません。文科省は、他の官庁と比較されて三流官庁などど揶揄されることが多いのですが、それでも官僚(いわゆるキャリア)は東大をはじめとする一流大学の卒業生が多く、少なくとも大学卒業時までは大変優秀だった方が多いことは事実です。英会話の能力がどうかは分かりませんが、一般的なサラリーマンと較べれば、会議を英語のみで行うと言われても抵抗がない場合が多いのかもしれません。しかし、会議の参加者はキャリアだけではないでしょうし、キャリアたちも含めて、英語で会議を行えば肝心の会議の中身・生み出す成果のパフォーマンスがかなり落ちることは間違いないでしょう。会議のために彼らが予習をしたりして、英語を勉強するようにはなるでしょうが、だから何だと言うのでしょうか? キャリアの皆さんには、他に優先順位が高い仕事がいくらでもあるでしょうに…
「世間の英語教育の議論を活発化するため」という理由はもっと分かりません。文科省が会議を英語で始めたからと言って、学校や企業が自発的に「もっと英語を使えるようにしよう」と言い出して積極的に取り組むようになると考えているのでしょうか? せいぜい、「文科省がまたおかしなことを言い出したみたいよ…」と面白おかしく語られて終わるのが関の山だと思います。あるいは、「あんなバカなことを言っている文科省に英語教育の方向性を任せておくと大変なことになるから、自分たちでしっかり取り組んで行こう」という反面教師の立ち位置に立つことが狙いであるならば理解はできるのですが… 今書いていて考えたのですが、私がこうしてブログにそのことを書いていること自体が、宣伝・啓蒙になっているのかもしれませんね。

それにしても、何でそんな発想が出てくるのだろう?と不思議に思った方も多いと思います。もちろん、文科省の官僚が自らの発案でそんなことを思いつくわけがありません。このような話が出てきたことには、明確な理由があります。
文科省の中に、英語教育改革の有識者会議という機関があるのですが、そこで中心的役割を果たしているのが楽天の三木谷社長なのです。楽天は、社内の公用語を英語にしていて、実際主要な会議はすべて英語で行っています。特に幹部は、英語が堪能でないと出世できないと言われています。そこでどういうやり取りがあったかは定かではありませんが、普通に考えれば想像はつきますよね? 大きな影響を受けていることは間違いないでしょう。
(次回に続く…)

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