- 2017年10月12日 5:34 PM
- 未分類
塾講師として重要な「問題を解く力」や「指導力」についても、特に若いうちは鍛えれば伸びるし、歳を取ってから気を抜くとどんどん衰えて行きます。体力でも同じことが言えると思いますが、若い頃(塾講師の場合は20代)にどのくらい鍛えたかによって、晩年(塾講師の場合40代半ば以降)の衰え方も変わって来ます。若い頃に徹底的に自分をいじめた分は、自分の根幹の部分に染み込んでいて、将来長い目で自分の血肉となります。
そういう意味では、最近の若い講師たち(こういう書き方をしている時点で自分がロートルであることは自覚しています)はあまりにも勉強不足だと思います。今年もいくつかの学校・塾のコンサル・研修に携わっていますが、毎回そのことを強く感じます。我々が若い頃と較べると様々な内的・外的要因が違っているため、同じ土俵で較べられないとは思いますが、過去問を解く量や、力があると言われる講師の授業を見学する回数、どうやって生徒の成績を上げるかという部分の研究等について、ほとんど時間をかけていない様子なのです。勤務時間中に何をやっているのだろう?という疑問もありますが、一番決定的な違いは、家に持ち帰ってまで勉強しようという者が少なくなっていることです。これも時代の変化だと言われればそうなのでしょうし、厳密に言えばサービス残業にあたるのでそれを前提にするのはおかしいというのも正論です。しかし、この仕事を始めて少なくとも3~5年間くらいは、そのくらいのつもりでガムシャラに取り組まないと、まともな指導ができるようにならないはずです。
自分の30年前くらいのことを思い出すと、今思い返しても感心するくらい勉強した記憶があります。過去問は1日に5本ずつは解いていましたし、良いと聞いた参考書・問題集はほとんど購入して(もちろん自腹)研究しました。先輩講師の授業もたくさん見させてもらいました。(中には半面教師の授業もありましたが…) 夜な夜な飲みに行って、生徒指導の方法について、時間を忘れて語り合っていました…
若い頃にそんな感じで体に染み込んだ習慣は、年月が経ってもなかなか抜けないものです。私は今でも、そういう部分の勉強は継続しています。さすがに自分の若い頃に較べると勉強量は減っていますが、現在の大手塾の若手講師やそこらのベテラン講師たちと較べても、勉強量は確保できているはずです。
写真はその1例です。我が家の書斎の本棚の1つですが、30年分の「高校への数学」が増刊号も含めてすべて揃っています。(これはマニアにはたまらないと思います…) もちろん、今でも毎月すべて読み込んでいますし、ほとんどの問題を解いています。周囲からは「意味がないので止めたら?」とか言われますが、毎月の習慣になっているので、なかなか止められません。
中高一貫校の問題は、都立中はもちろん、全国の銀本も毎年すべて解いています。生徒に全部解かせて採点するので、自分で解いていないと採点ができないということもありますが、もう趣味の世界になってしまっている気がします。
私の歳になっても、このくらいのことをやっていれば、問題を解く力や指導する力はそう簡単には落ちないと思っています。知り合いの50代の講師で、「問題が解けなくなった」とか「生徒の成績を上げらなくなった」と言っている者は、例外なくこういう取り組みを継続していません。していなくても、過去の貯金で授業はそれなりにできてしまいますが、次第に力は衰えて行ってしまいます。その被害を受けるのは生徒たちです。
- 新しい: 入試本番の足音が…<その1>
- 古い: 教育に関する各党の公約<その2>
コメント:0
トラックバック:0
- この記事のトラックバック URL
- https://www.gssk-h.com/blog/wp-trackback.php?p=9608
- トラックバックの送信元リスト
- 講師の数と質<その3> - GS進学教室 より


