- 2014年8月2日 2:54 AM
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私が一番怒りを感じているのは、その不純な動機に対してです。教委や中学校現場の大人たちの歪んだものの考え方が、如実にこの改革に表れています。生徒たちが実技科目に真面目に取り組まないから、内申点で縛りつけてしまおうということなのです。到底受け入れられるものではありません。
その部分は一旦置いておくとすると、私が実技科目の配点を2倍にしてはいけないと考える理由が2つあります。
1つは、このブログでも以前に特集?を組みましたが、実技科目は主要5科目に較べて、本人の素質の要素が高く、努力の要素が低いからです。一卵性双生児の成績比較のデータ(いくつかあります)からも、体育を筆頭に、美術・音楽等、実技科目の能力・成績は、遺伝による部分が大きいということが分かっています。(ちなみに一番遺伝の要素が少ない科目は数学です) 努力によって何とかなる比重の小さい科目を重視することが、いかにナンセンスかということです。
体育をイメージするのが分かりやすいと思います。努力である程度のところまでは行けるでしょうが、やはり限界があります。どんなに努力しても5は取れない生徒がいることは、否定のしようがない事実だと思います。もちろん英語や数学にもそういう生徒はいるでしょうが、人数の割合は大きく異なると思います。それは美術や音楽に関しても同じでしょう。
もう1つは、中学校の内申のつけ方が甚だ不公平だということです。中学校ごとの5・4・3…の割合が公表されていますが、非常に甘いところと辛いところで大きな差があります。特に八王子は中学校による格差が大きい地域です。同じ科目でも5の割合が2倍以上異なるケースはざらにあります。
同じ中学校の中でも、教師によって、もっと言えば同じ教師の中でも不公平感は強いです。特に実技科目は、期末テストの点数の割合が低いため、授業中の取り組みや態度、提出物の出来等で決まる場合が多いのですが、これは担当教師の「主観」でしかありません。生徒たちの内申を見較べていて、同じ中学校でテストの点数が同じくらいで、1人が3で1人が5というようなケースはざらにあります。平常点の差が納得いかないケースも多いです。
もっとはっきり言ってしまえば、教師のお気に入り(贔屓ですね…)の生徒には黙っていても5が行くような慣習は、今でも多くの中学校で目にすることでしょう。
こんな不公平な(特に実技科目の)内申を、高校入試において重視していいわけがありません。
(次回に続く…)
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