- 2025年4月24日 7:35 PM
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東京の場合は、過去の「黒歴史」にも触れざふれざるを得ません。1960年代の学区合同選抜制や、1980年代のグループ合同選抜制で、都立高校の複数選択が可能な時期があったのです。例えばグループ合同選抜制度では、住んでいる地域によって受けられるグループが決まっていて、その中の第一志望校に落ちても、そのグルーブ内の合格基準をクリアしていれば、第2志望で他の高校の合格をもらうことができました。偏差値的にはかなり下の高校に回されることになりましたが、とりあえず都立高校には進学できるという安心感は大きかったと思います。
しかしこれらの制度は、特に塾業界では、失敗だったという総括になってます。都立高校が一気に凋落してしまったのは、その間に挟まった学校群制度よるところが大きいのですが(知らない方は信じられないと思いますが、何しろ高校間の学力がほぼ均等になるように、本人の希望に関係なく進学する高校がランダムに決められてしまっていたのですから…)、その後のグループ合同選抜制度の時代にも、都立高校のレベル・人気はどんどん低下して行きました。私がこの仕事を始めた頃驚いたのは、都立の学区トップ校で全入(入試倍率が1倍を切っている)の高校が結構あったことです。当時で言えば、西や立川は全入の年が多かった記憶があります。完全に私立高校の滑り止め的存在でした。私の担当生徒でも、日大二高と立川高校なら日大二高を選ぶという生徒が多く、それまでの価値観が崩れてしまいました。その後1990年代になって、石原都知事の「剛腕」により、都立高校が学区撤廃の単独選抜になり、進学指導重点校・入試問題の自校作成・内申が関係ない特別枠等が導入され、一気に人気が回復したのです。しかしその後、このせっかくのアドバンテージをなし崩しにしてしまう制度改革(改悪)を連発した(内申の実技科目2倍・特別枠の廃止・スピーキングの導入等)ために、今の凋落に至ります。私立高校無償化より前に、都立高校の入試制度への不満・不安はかなり大きくなっていたのです。私立高校の無償化が最後のとどめとなりました。
(次回に続く…)
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