- 2024年7月18日 10:36 PM
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何度かこのブログで書いていますが、私自身も高校でバレー部に所属していて、似たような経験をしています。全国大会の常連校で、日々かなりハードな練習をしていました。高校でバレーボールをやっている者にとっての憧れは、春の高校バレー(略して春高)に出場することです。そのために、高校生活のほとんどを犠牲にして3年間体育館に籠っていた訳です。結局1度も出場できずに終わってしまったのが、今でも痛恨の極みなのですが、3年間のうちに2度も、あと1勝(あと1セット)で春高に出られるというところまで行って負けています。そのうち1度は、「あと1点」取ればというマッチポイントまで握ったのに… 確か、15点制の時代に14対8から逆転されたような記憶があります。40年以上経った今でもリアルに思い出すのですが、楽勝ペースで進んでいた試合の途中で(あと1点のところまで行ってからも)、明らかに試合の流れが変わったと感じた瞬間がありました。「これは楽勝だ」という慢心もあったと思います。「これでテレビや雑誌に出られる」という獲らぬ何とかが頭に浮かんでしまって、集中力を欠いたのもあると思います。その後こちらのミスも続いたのですが、個々の選手たちの気持ち・チームの雰囲気が、とても勝っているとは思えないほど追い込まれている感じになりました。あの時、だれか1人でも、「最後まで気を引き締めて行こう!」とか、「まだ勝っているんだから大丈夫。相手の方が苦しいはずだから落ち着いて行こう!」というような声かけができていれば、結果は違ったはずです。(春高に出ていたら、もしかしたらその後の人生も変わったかもしれませんね…)
塾講師としての仕事を振り返っても、同じことを感じる場面がたくさんあります。受験生の1年間の中で、あるいは入試期間の短い期間の中でも、大きく流れが変わってしまうことがあるのです。せっかく順調に推移していたのに、体調を崩して数日寝込んだだけですっかり調子が崩れて立て直せずに終わってしまった生徒、入試直前に親とバトルをしてすっかりやる気をなくしてしまった生徒、スマホを持つようになってから身を崩してしまった生徒等、悪い方で思い出すケースの方が圧倒的に多いです。そういう場合は、入試が終わった後に「あの時のあれさえなければ…」と悔やんでしまうことになります。良い方に流れが変わるケースもあります。転塾して環境を変えたら見違えるように頑張り出して成績が爆伸びした生徒、模試でたまたま得意な単元がたくさん出て(まぐれに近い)良い成績が取れたことによって自信を持って取り組めるようになった生徒、学校見学に行った際に憧れの先輩にたまたま出会って、「頑張ってね、待ってるよ♡」と声をかけてもらったことで急にやる気になって奇跡の合格を果たした生徒… こちらの場合は、「あの時のあれがなかったらやばかったよね…」という総括になります。
これらの勝負事における流れの変化には、運・不運もあると思いますが、その運もやはり普段の努力の積み重ねによって蓄積されて行くのだと思います。チャンスは準備が整っている人にしか来ないということだと思います。具体的に言えば、自分から能動的・積極的に行動している受験生は、何らかプラスになる出会いやきっかけに遭遇することが多いです。逆に、様々他人事・他責になっているような受験生は、そのチャンスを掴めずに終わってしまいます。普段から他人に優しくしている人は、本当に困った時に助けてくれる人が出て来ます。自分本位で人に迷惑をかけても平然としている人は、足を引っ張られることもあるでしょう。そういう意味では、すべて自分が源泉なのだと思います。
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