- 2023年11月6日 8:17 PM
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阪神タイガースが日本一となりました。私はプロ野球にあまり興味はありませんし、トラ党という訳でもありませんが、やはり感慨深いものがあります。昨日の夜は、優勝の瞬間をテレビを観てしまいました。38年振りですか… 私は38年前のことを思い出していました。前回阪神が日本一になったのは、1985年(昭和60年)、私が大学生の時です。バース・掛布・岡田のクリンアップを中心に(バックスクリーン3連発はテレビで観ていた記憶があります)、強力打線が印象的でした。日本シリーズは、バレーボールの公式戦の合間に、体育館でラジオで聞いていました。まだ携帯もインターネットもない時代です。
私が塾講師の仕事を始めたのはその翌年です。来年で38年目を迎えるので、何か不思議な縁を感じます。私は、これだけ長い間今の仕事に関わっている訳ですが、タイガースもこれだけ長い間日本一になっていなかったのかと… ちなみに、昭和の時代以降日本一から遠ざかっているチームは、広島カープのみになったそうです。
38年前は、(一応)勉強とバレーボールとバイトに明け暮れて、超ハードな生活をしていましたが、今思い出してもとても充実した生活でした。原チャリであちこち走り回り、1日3食外で食べていました。バレーボールの練習が終わってバイトに行く途中で、コンビニの前に停めた原チャリに座っておにぎりやバンを流し込んでいた日が多かったです。バイトは、本屋・コンビニ・ガードマン・家庭教師・単発の試験監督や引っ越し手伝い等を掛け持ちし、大学の学費と自分の食費・交友費はすべて賄いました。一応、公務員試験と教員採用試験(教職課程も)の勉強はしていましたが、こんな生活をしていたので、圧倒的に勉強量は足りなかったと思います。民間の就職活動はまったくしていませんでした。当時一応彼女はいましたが、デートをする時間などほとんどなく、いつの間にか自然消滅となりました…(´;ω;`) その分、バレー部の仲間やバイト先の皆さんとはとても濃密な時間を過ごしました。私は当時自宅で家族4人で暮らしていましたが、ほとんど家に帰らず、1人暮らしの仲間の家を転々と泊まり歩いたりしました。1週間ずっと「ほか弁」などという時もありましたっけ…
社会に出るイメージはまったく持っていませんでした。今思えば、この頃(大学2~3年くらい)にもう少し人生・将来のことをしっかり考えていれば(行動していれば)、今とは違った人生になっていたのだろうと思います。しかし今振り返っても、人生に後悔はありません。(今の時点では)充実した人生を送れていると思っているからです。
今でも、その頃の「悪友」たちとは付き合いがあります。さすがに、今、子育てをしているのは、私だけですが… 今母校の大学で授業を担当させてもらっていて、久しぶりにキャンパスに出入りしています。卒業して36年くらい経っていますが、当時のことがついこの前のことのように思い出されます。私の頃と違うのは、学生がとても真面目で素直なことです(苦笑)。
38年前を回顧していてふと考えたのですが、私の今後の人生の目標は、あと38年生きることにしようと思います。38年後は95歳を超えていますね。さすがにその頃まで生きれば、孫を抱くことができるでしょうか… ただ長生きすればいいという訳ではないとも思います。人生の後半戦を、今まで以上に充実したものにするために、日々精進して行こうと考えています。
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- 38年前を思い出して… - GS進学教室 より

