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2016年11月のアーカイブ

支給型奨学金がいよいよ始動!<その11>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月6日 12:08 PM
  • 未分類

残念ながら、保護者の皆様も、子どもに対しての「お金の教育」はほとんどできていないのが現状だと思います。
ここでは、私が重要だと考えている2つの点についてまとめておきます。

〇子どもが「お金のありがたみ」をまったく分かっていない
→先日も書きましたが、確かにこの部分がまったく理解できていない子どもたちは結構います。塾に行かしてもらって当たり前、欲しいものを買ってもらって当たり前という感じになっていていて、親への感謝の思いはもちろん、当たり前に生活できることのありがたみはあまりピンと来ていない場合も多いです。私から見ると、(自分の子どもの頃と較べて)とても羨ましく感じます。
ただしこの部分については、厳しいことを言うようですが、親の責任が大きいと思います。
まず、ご両親の間で、この部分についてのリスペクトがあるでしょうか? 今でもお父さんが外で働いて稼いで来ているケースが多いと思いますが、お母さんがそれに対して感謝の思いを持っているでしょうか? 昔、給料が現金で支給されたいた頃は、受け取る時に三つ指をついて…というような時代もありました。我が家でも見たことがあります。今はほとんど振込になってしまったので、そういう場面は見られなくなりましたが…
逆にお父さんは、自分が働いている間に、お母さんが家を守って子育てをしていることに感謝の思いを持っているでしょうか? 稼いでいるのは自分だという思いがどこかにないでしょうか? 法的にも、婚姻中に片方が稼いだ財産や将来の年金は、夫婦共有の財産で、何かあった時の取り分は半々であることが明示されていますが、そういうことではありません。気持ちの問題です。それ以前に、家で仕事や上司に対する愚痴を言っていたり、仕事に行くのが嫌だというオーラを出していたりすると、確実に子どもに「仕事は嫌々するものだ」ということがインプットされてしまいます。
そして、これらの感謝の思いを時にはお互いに伝えあっているでしょうか? 子どもに聞かせているでしょうか? 「私たちが普通に生活できるのは、お父さんが外で汗水垂らして働いてくれているからなんだよ」とか、「自分が外で心配なく働けるのは、お母さんがその間家を守ってくれているからだよ」というようなことを聞いて育った子どもは、その部分のありがたみが分からないはずがありません。子どもにそういう思いを持たせたいのであれば、まずご両親の間でそういう思いを持って、言葉で伝え合うべきだと思うのです。
そういう意味では、ご両親の夫婦間の関係が子どもに与える影響はとても大きいのです。
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その10>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月5日 11:27 AM
  • 未分類

またまた話がたいぶそれてしまったようです。(^-^;

今回のシリーズ(?)で私が一番お伝えしたかったことは、子どもたちに「お金に関する教育」をもっときちんとしておくべきだということです。
今の学校教育では、お金に関することをほとんど教わる機会がありません。お金の稼ぎ方・使い方という根本的な部分はもちろん、税金や年金・保険、親からの贈与・相続、金融に関することなどはほとんど教わらないまま、社会に放り出されてしまいます。私も所属している日本FP協会が、最近「パーソナルファイナンス」教育にについて学校や塾に講師を派遣したりして注力していますが、残念ながらまだ浸透率は高くありません。

私が就活塾やカウンセリングルーム、結婚相談所において、特に若者たちと接する中で感じるのは、お金に関する知識がとても乏しいことと、そもそもお金を稼ぐ・使うということに対する意識・認識が間違っていることが多いということです。
一番感じるのは、お金を稼ぐことが、何か後ろめたいこと、辛いことであるという認識を持っている者が多いことです。しっかり働いて、それに対する対価として給料・報酬をもいただくのは当然ですし、本来すばらしいことであるはずです。そういう意味では、高校生くらいからは、アルバイトをしてお金を稼ぐ経験はどんどんするべきだと思います。
お金の貯め方・使い方に関する部分で、よりそのことを感じます。ただ将来に向けて貯金しておけばいいと考えている者が多いですし、使い方についても、必要以上にコストパフォーマンスを気にし過ぎたり、お金を使うべきところをケチって、無駄なところに使っているケースが多いように感じます。
具体的に言うと、「自分への投資」という概念が持てていなかったり、お金を節約することによって時間を無駄にしていたりということがそれに当てはまります。目の前のことだけで損得を判断して、長い目で自分にとってマイナスになっていることに気付いていない場合が多いのです。

この部分の教育が学校に期待できない以上、親が子どもに指導・教育する必要があるわけですが…
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その9>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月3日 2:32 PM
  • 未分類

もう1つは、私が就職してからのことです。
私が就職したことによって、(家庭の収入が増えて)都営住宅にはいられなくなったため、一発稔輝して家を建ててしまいました。私が23歳の時です。当然現金はほとんどないので、住宅ローンを組んだわけですが(よく組めたな…)、給料の手取りが17万くらいの時に、毎月14万円くらいが引き落とされていたと思います。ボーナスもほとんどすべてローンで消えました。
家族3人は父親の年金で何とか暮らせていましたが、私は経済的に自立する必要がありました。大学の学費を自分で払ったこともあり、貯金もほとんどなかったため、大袈裟ではなく食うに困る状況もありました。就職してまで何でこんなに苦しいんだ…と考えたこともありましたが、両親が(小さいとはいえ)念願の一戸建てに住めて嬉しそうにしているのを見て、「頑張るしかないな…」と腹を決めました。
今だから言えることですが、その頃の私は、仕事に逃げるしかありませんでした。休みがあってもお金がないので出かけることもできませんし、友だちと遊びに行ったり、ましてや彼女を作ったりということができるわけもありません。(まぁ、それはお金以外の要素も大きいのでしょうが…(>_<))  朝から晩まで、そして休まずに仕事をしていればお金を使うことがほとんどないので、そんな状況でも何とかやっていけたわけです。 当初は30年の住宅ローンを組んだのですが、少し貯金が貯まったら繰り上げ返済をし続けた結果、何と予定の半分の15年でローンを完済してしまいました。私が38歳の時です。その時は、父親はすでに他界しており、妹は嫁いで家を出てしまっていたので、私と母親の2人暮らしとなっていました。その上私がほとんど家にいなかったわけですから、母親はさぞかし寂しい思いをしていたのではないかと思います。 その頃は、収入もそれなりに増えていたこともあり、住宅ローンを払い終わって以降は、経済的にも余裕が出てきたはずなのですが、15年間で体に染み込んでしまった仕事の仕方やお金の使い方は変えられるわけもなく、今に至っています。 (次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月2日 4:40 PM
  • 未分類

もう1つ、「経済的に苦しい家庭の状況は、先生のような方にはお分かりにならないでしょうね…」という声もありました。ご指摘はご指摘として受け賜わろうと思いますし、ブログの表現によってそう感じさせてしまったのは私の不徳の致すところです。
以前にも書きましたが、私は子どもの頃からその部分(経済的な側面)では結構苦しい思いをして来ました。その体験が根底にあって、今の考え・視点に行き着いている部分もあると自分では感じています。なので、今回はそのあたりのこと(私の過去)について少し触れてみたいと思います。

子どもの頃も、決して衣食に困るような状況ではありませんでしたが、都営住宅の2部屋で家族4人(両親と3つ違いの妹です)が暮らしている状況で、自分の部屋などありませんでした。旅行に出かけたり、贅沢品を買ったりした記憶はほとんどありません。中学生の頃に一番辛かったのは、塾に通えなかったことです。当時は今ほど進学塾への通塾率は高くなかったと思いますが、それでも友だちが学校で塾のテキストを開いていたりすると、とても羨ましかったことを覚えています。
受験勉強もしんどかったですね… 自分で参考書や問題集を買って来てコツコツやっていましたし、中3の秋以降は自分が受ける高校の過去問に取り組みましたが、当然点数を取れるわけもなく、解説を読んでもさっぱりで、途方に暮れていた記憶があります。今でも覚えているのですが、入試の本番の数学で、ピタゴラス数の「5:12:13」を知っていれば数秒で解ける問題にえらい時間を使ってしまい、焦りまくっていました。帰り道で、塾に通っている友だちが、「そんなの覚えているのは常識だよ」と言っていたのを聞いてショックを受けました。今になってみると、自分でもよく受かったな…と思います。

そういう体験があるので、今の目の前の生徒たちを見ていると、「本当に恵まれているな」「羨ましいな」と強く思います。(親がお金を出してくれて)塾に通わせてもらえて、送り迎えやお弁当まで用意してもらって、塾では「やることをきちんとやれば必ず成績を上げてやる!」とまで言われて、手取り足取り指導を受けられて、サボっている時は呼び出して締めて(絞めて?)もらえて、受験に向けてこんなに環境が整っているのです。これで「何か勉強をやる気がしない」とか言っている生徒は、「ふざけんな!」と後ろから跳び蹴りを食らわしたくなる時があります。(しないけど…)
今でも、塾に通いたいのに(経済的な理由で)通えない生徒はたくさんいるはずです。塾に通って来ている子どもたちに、今の自分の環境はとても恵まれているのだということを理解させることも、我々の重要な仕事だと考えています。
(次回に続く…)

支給型奨学金がいよいよ始動!<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年11月1日 2:12 PM
  • 未分類

昨日のブログの内容について、何人かの方からご質問をいただきました。私の文才が足りないために、誤解を与えてしまった側面もあるようなので、ご質問にお答えする形で再度考えをまとめます。

〇才能を多面的に伸ばしてあげる必要があるのはその通りだと思いますが、小学生くらいの段階で将来の可能性まで踏まえて素質の有無を判断できるものなのでしょうか?
→確かにその通りだと思います。私がお伝えしたかったことは、小中学校においては、勉強を頑張った子はそちらで評価すればいいし、勉強が苦手であっても、スポーツや芸術が得意な子はそちらで称賛されるべきだし、学力という狭い1つの基準がすべてだというような方向性は改めるべきだということです。
そう考えるようになったきっかけは、ある保護者の方から、「うちの子は勉強が苦手なのですが、足がとても速くて、運動は何でも得意にしています。しかし、運動会でかけっこの順位をつけなくなってしまい、学校での自分の居場所がなくなってしまった感じで、何に対してもやる気をなくしてしまいました。それ以降、勉強で頑張らないと評価されない、自分の価値がないと思い込んでいるようです」という話を伺ったからでした。
確かに今の世の中では、将来の選択の幅を広げるという意味でも、学力・学歴はないよりもあった方がいいことは間違いありません。ただし、それを国の施策として(税金を使って)、みんなが大学に進学できるように…という後押しをするのは、ちょっと違うと思うのです。

〇お金がないという問題は、子どもにはまったく罪がないはずです。本人は勉強を頑張りたくて意欲もあるのに、家庭の経済的な理由により大学に進学できないというような子どもを救うのが、なぜダメなのでしょうか?
→今回の政策は、それに当てはまらないと考えています。支給型奨学金も貸与型第一種(無利子)奨学金も、基本的に「住民税非課税家庭」であることが支給要件となっています。また、一昨日のブログで書いた制度変更については、高校の評定平均が3.5に届かない生徒についての議論です。もちろん、どの高校に在籍しているかにもよりますが、一般的には高校の評定で3.5を取れない生徒は、大学での学習を普通にこなして行くのは難しいはずです。
来年度からスタートする、「私立小中学校に通う場合の補助金」についても同じことを感じるのですが、それだけ生活が困窮している家庭の子どもを、私立の小中学校や大学に進学させることが正しいのだろうか?ということです。その奨学金によって一時的には助かるわけですが、例えば大学に進学する場合の支給額は月に3万円です。それだけでは当然大学の学費は賄いきれませんし、住民税非課税世帯が、それ以外の費用も含めて負担をしきれるとはとても思えないのです。

非常に分かりやすく書いてしまうと、今回の制度改革は非常に中途半端だということです。「帯に短し、たすきに長し」で、本当に支給型奨学金を必要としている子どもには行き渡りません。本当に住民税非課税世帯にまで支援をするのであれば、月に3万円と言わず、全額負担すればいいのです。ただし、その場合はもっと厳格な学力・意欲の要件が必要であることは言うまでもありません。
(次回に続く…)

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