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2015年7月のアーカイブ

大学入試で評価すべき能力<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月6日 10:46 AM
  • 未分類

点数や順位だけでなく、さらに細かい部分まで見ると、日本の子供たちの学力の特徴が浮かび上がってきます。

まず、日本の子供たちは、単純な読み・書き・計算が得意であることは間違いないようです。この部分だけで見れば、毎回先進国の中でも平均点はトップクラスです。また、時間内に問題を処理していくスピード・要領の良さ等も身についているようです。PISAのテストは、3科目を2時間で解くことになっているのですが、問題数がとても多いため、小問1問を2分程度解いていかなくてはなりません。記述問題もたくさんあるため、絶対的なスピードがないとなかなか厳しいテストなのです。そんな中で日本の子供たちは、時間がなくて解き終わらないというケースがとても少ないのだそうです。やはりこの部分については、小学校の低学年のうちから、時間を計って実施する漢字・計算テストやドリル形式の学習等の訓練を積んできていることが、成果につながっているように思います。限られた時間内に「正解」を書いていくという受験勉強の形式になれているという言い方ができるかもしれません。

逆に、日本の子供たちが苦手(他の上位の国に較べて正答率が低い)なのは、自分で判断して答える問題です。PISAの表現で言うと、「解釈」「評価」「意見」を問う問題ということになりますが、その中でも特に「根拠を明示して自分の意見を述べる問題」の正答率が低いのです。さらに言えば、このタイプの問題に対して解答欄を空欄のまま出してしまう子供の割合が多いそうです。どういうことかと言うと、他の国の子供たちは、なんだかよく分からなくても、とりあえずイエスかノーか等、自分の意見を表明してしまう場合が多いようです。根拠があいまいだったりしても、その問題は「誤答」として処理されることになるわけです。しかし、日本の子供たちはよく分からないと、自分の意見すら書こうとしないため、PISAでは「無答」として処理されます。
日本人の国民性と言ってしまえばそうなのかもしれません。間違い、特におかしなことを書いてしまうこと(そしてそれを指摘されること)について、恥ずかしいというような感覚を持つ子供が多いということもあると思います。
私は都立中受験の作文や、就活の小論文の指導を長いことやっていますが、この部分については現場の実感として痛いほど感じています。多少論理的におかしなところがあったとしても、とにかくどんどん書いて見せに来るような生徒は、短期間で力がついていきます。しかし、常に考え込んで手が止まってしまい、時間切れとなってしまうような生徒は、何ヵ月(何年)指導したとしてもあまりうまくなりません。そういう生徒に限って、「何を書けばいいか分かりませんでした」とか、「時間が足りませんでした」とかいうことを平然と言ってしまうのです。私の目から見ていると、「完璧な答案が書ける気がしないと手を動かそうとしない」だけのような気がしています。
根拠を明示するのが苦手な子供たちが多いということもその通りだと感じます。小論文で言うと、「なぜならば~である」の部分や、「まとめにつながる論理性」がとんでもなく下手な生徒が増えているように思います。都立中受検のところで言うと、塾の指導に問題があるケースも多いようです。子供たちが論理的に考えて書くことをしなくなってしまうような書き方を推奨していたりするのです。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月4日 12:40 PM
  • 未分類

もちろん文科省は、PISA型の学力を身につけることが子供たちの将来にとって有益であるということも折に触れて発信しています。グローバル社会で世界と伍して行くために…という枕詞がつく場合もありますが…

では、PISA型学力というのはどんな力なのでしょうか?
大きく分けて3つのカテゴリーがあります。「読解リテラシー」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」です。リテラシーという言葉は聞きなれない言葉かもしれませんが、簡単に言うと「読み書きの能力」です。それぞれの科目において、与えられた条件をしっかり読み取り、自分で考えた上で、設問にしたがって答えるという形の問題です。試験は筆記ですが、選択式の問題と自由記述式の問題が混在しています。グラフの読み取り問題や、案内文、実験の手順等の出題も多く、やはり見れば見るほど公立中高一貫校の問題と似ている部分が多いのです。
このテストの特徴としては、知識を知っているだけで答えられる問題はほとんどないということです。自分で考えて、特に記述問題は自分の言葉で書けないとほとんど点数になりません。出題内容についての、「解釈」「評価」「意見」を問われるのです。中には、道徳的な内容を問われる問題もあります。その人の行動は許されるのか許されないのかというような情緒的な部分に踏み込んでくるのです。(私は、思想チェックテストも兼ねているのではないかと勘繰ったくらいです…) ただし、採点基準はその結論にあるわけではなく、自分の意見の「根拠」「論理性」を問われています。

PISAの調査責任者が次のようにコメントしています。「PISAが測ろうとしているのは、情報にアクセスし、情報を適切に処理し、他の情報と結びつけたり、情報を評価したり、情報に基づいて熟考する能力であり、これらの能力を身につけておくことは実社会・実生活において、持っている知識を総合的に活用して問題解決にあたる際に必要となる」と。文科省が意図していることも、正にこの部分にあります。
(次回に続く…)

大学入試で評価すべき能力<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2015年7月2日 12:22 PM
  • 未分類

公立中高一貫校と出題の意図が似ている表現になるのには理由があります。参考にしている素材が同じだからです。それは、OECDが実施している「PISA調査のテスト」です。(日本では高校1年生を対象に実施しています) 今回の大学入試改革で文科省が参考にしているテストが3つあるのですが、PISA以外では「全国学力・学習状況調査」と、あと1つはなぜか「法科大学院の全国統一適性試験」です。この中で、特にPISAのテストの内容についてかなり突っ込んで分析していて、新しい大学入試の出題内容に取り込もうとしている様子が伝わってきます。全国学力調査については、家庭環境や生活習慣との相関の分析に注力しています。例えば、「朝食をきちんと食べる子供は成績も良い」というような分析結果を毎年公表しています。

公立中高一貫校の入試問題(適性検査)もそうなのですが、新しい大学入試についてなぜPISA型に近づけたいと考えているかと言うと、文科省や国は、このPISAの試験の結果(世界の中での位置付け)をとても気にしているからです。しばらく前の「ゆとり教育」の時代に、子供たちの学力が大幅に落ちたという話を聞いたことがある方も多いと思いますが、このPISAテストの順位が落ちたことがその根拠になっています。それまで、平均点等で世界でほとんどトップだったのに、ゆとりの時代にトップグループから陥落してしまったのです。(特にそれまで世界で常にトップを争っていた数学・科学の分野でかなり順位を落としました…) そして、ゆとり教育が終了して学習指導要領を元に戻したら、またトップレベルに返り咲いたので、「ゆとり教育は完全に失敗だった」という総括がなされているわけです。(ゆとり教育を受けたのは、現在20歳代前半~28歳くらいの世代です)
国を挙げて、このPISAテストでの順位を上げるということが至上命題になっているように感じます。世界の中での順位が下がると、「文科省は何をやっているんだ…」という世論のバッシングが起こったりします。だから、文科省や各都道府県の教委が新しいテストの内容を検討する時には、そのPISAのテストの内容を前提に考えざるを得なくなっているのです。大学入試がそのような方向に変わっていけば、小中学生のうちからそこを意識した取り組みをするようになり、子供たち全体のPISA型学力が身についていくと考えている節もあります。
(次回に続く…)

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