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あの日を忘れない

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年3月11日 12:04 PM
  • 未分類

今日は3月11日。特別な日です。おそらく、日本で暮らすほとんどの方にとって、そうだと思います。
あの日のあの時間、東京でも経験したことがない揺れが長い時間続きました。どこかで大変なことが起こっていると確信しました。深夜に何とか帰宅して、つけたテレビから流れてくる映像は想像をはるかに超えていました。衝撃的というような言葉では言い表せないレベルのものでした。結果、2万人近くの方が亡くなり、およそ40万世帯、100万人の方が家に住めなくなりました。今でも、愛する人を失った悲しみに暮れている方、仮設住宅等で暮らしていて我が家に戻れない方がたくさんいます。
私は、どちらかと言うと現実主義者ですが(少なくともロマンチストではない)、その私でも、タイムマシンが早く実用化されないかな、もし可能なら、あの日の前日に戻って、地震は止められないにしても、「明日大地震・大津波が来ますよ!」と伝えて、全員に安全なところに避難してもらい、原発も止めて、被害が最小限で済むようにできないものだろうか… とか考えてしまったりします。

東京でも、余震が続くことによる恐怖や、計画停電でかなり大変な状況でしたが、被災地の方々がどれだけ大変だったかは、私には本当には理解できていないのかもしれません。
あの日は、塾で(前の職場です)授業を平常通り行いましたが、余震が起こる度に子どもたちが見せる、恐怖に引きつった顔は今でも脳裏に焼きついています。当時小6だった女の子が、家でも恐怖に脅え、寝る時にしばらくヘルメットを被って寝ていたという話も聞きました。
翌週から計画停電が始まり、交通機関も止まったりして、授業ができたりできなかったりする期間が結構長いこと続きました。日々、その連絡に追われ、生徒たちの様子を心配し、家での勉強を指示し… とバダハタしていたのは、ついこの前のことような気がします。
そんなつらい期間だからこそ、様々感じることがありました。保護者の方からのクレームは大きく2つに分かれました。「なぜ、こんな時に授業をやるんだ!」という方と、 「授業料を払っているのに何で授業をやらないんだ!」という方と… 同じ日の同じタイミングで、立て続けに両方の連絡をいただいたこともありました。
職員たちについても、こういう修羅場になると本質が見えてくるなぁと思った記憶があります。電車が止まった時に、指示もしていないのにタクシーで校舎にかけつけて、家庭への連絡を率先して始める者。自分では何も責任を取ろうとせず、他人を責めてばかりいる者。普段偉そうなことを言っているのに、判断が必要か場面になるとただオロオロするだけの者。正直、「ああ、こいつとはもう一緒に仕事できないな」と感じた場面もありました。
数週間経って、計画停電が中止となり、授業で全生徒がそろった時は、本当に嬉しかったことを覚えています。今まで当たり前だったことが、こんなにありがたいことだとは… 生徒たちの様子も、大きく変わっていました。勉強に今まで以上に必死に取り組むようになったこともありましたが、何かとても優しくなったと言うか、感謝の言葉を発するようになったりして、都立中クラスでは、作文の内容が劇的に良くなった生徒が多かったのです。命の大切さや家族の絆に触れて、他者への感謝の気持ちを確認し、人生を真剣に考えることが、こんなにも子どもたちを成長させるのか…と驚いた記憶があります。

まだ2年ですが、被災者の方にとっては、とても長い2年だったかもしれません。復興が遅々として進んでいないという話も聞きます。我々は、あの日のことを永遠に忘れてはいけないのだと思います。まだまだ、私たちにできることはたくさんあるはずです。

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