- 2017年5月24日 7:24 PM
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前述した通り、私は大学の法学部に進学したかったので、その付属高校に進学することにしました。バレーボールの全国大会にも出たかったけど、それはあくまでも優先順位2番目です。部活をハードにやっていたから希望の学部に進学できなかったというのでは、まったく意味がありませんし、無理して通わせてくれた両親に対しても申し訳が立ちません。自分の中では、そこだけは絶対に譲らないと決めていました。
調べたところ、1学年約500人のうち、法学部法律学科に進学できるのは毎年80名程度。年に5回の定期テストの結果ですべて決まります。先生に確認したところ、全員が法学部進学を希望するわけではないので、常に2桁順位にいれば大丈夫だろうとのことでした。学期ごとにクラス内順位、年度ごとに学年順位を教えてもらえたので、それを確認しながら、圏内から外れたら部活を辞めることも考えなければいけないと覚悟していました。
結果を先に書いてしまえば、1年生の時に学年で50~60番、2年生で60~70番、3年生で80~90番とジリジリ順位を下げましたが、何とか滑り込むことができました。
助かったことが2つあります。まず、周りが驚くほど勉強していなかった…(笑)。噂には聞いていましたが、部活をやっていない連中は、それ以上に遊びまくっていました。免許を取ることも禁止されていなかったので、1年生で原付、3年生で車の免許を取って乗り回している者も少なくありませんでした。当時は男子校でしたが、他校の女の子を追いかけ回している者も結構いました… そういう連中を見ていて、勉強でもこの連中には絶対に負けたくないと強く思いました。
もう1つは、今はどうか分からないのですが、当時は14科目のうち体育が3科目もあったことです。体育と格技(私は剣道)と保健理論でした。これらの科目は、体育教官の皆様のおかげて(笑)、かなり高い得点をいただいていた記憶があります。平均が60~70点くらいの中、100点近い点数をいただければ、大学進学もかなり有利になるわけです。
振り返ってみると、あんなにハードな生活をしていたのに(学校に一番早く来て一番最後までいたはず)、帰宅後も勉強はかなりやったと思います。授業の予復習は毎日コンスタントにやっていましたし、テスト前は徹夜に近い状況で勉強していた記憶があります。(テスト中も部活はやっていたので、よく体力が持ったなぁと改めて思います) 時間が限られていたので、勉強の効率・要領を徹底的に追求していました。やるべきことを徹底的にやると同時に、やらないと決めたことはまったく手をつけませんでした。授業中も、聞いていても無駄だと思った科目は、睡眠の時間と決めていました。辞書を3冊常備しておいて、積んで枕にしていました。(体育会の生徒たちは、それが許された時代でした。もちろん、先生によりましたが…)
高校の3年間を振り返ってみると、勉強に関しても、やるべきことはすべてやりきったと言えます。
(次回に続く…)
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