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体罰について考える<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年1月13日 9:27 AM
  • 未分類

今後、学校から体罰を撲滅するための施策が様々出てくるはずです。いじめ撲滅と同様に、厳しい罰則も含めて法制化される可能性もあります。それは徹底して進めて欲しいと思います。しかし、その際には、併せて考えなくてはならないことがいくつかあるのです。

1つ目は、校内での治安の問題です。生徒による対教師暴力や、器物損壊等の校内暴力が増える可能性があります。私が中学生の頃(昭和50年代です)、校内暴力のピークと言われていましたが、その後次第に減ってきていました。それが、統計上は最近になって再び増え始めているのです。そんな中で、「体罰はどんな理由があっても絶対にダメ」というお触れが出たら、不心得生徒たちの思うツボです。昔のことを思い出すと、そういう生徒たちは、教師の顔色を伺って行動しており、自分たちより強い強面の教師(ほとんどが体罰教師)の前ではおとなしかった記憶があります。教師が一切自分たちには手を出さないということが分かれば、学校によってはやりたい放題になってしまう危険性すらあります。

何度も確認していますが、私は体罰容認論者ではありません。ましてや、部活の「指導」と称して、何も悪いことをしていない生徒を殴るなどは言語道断です。しかし、実際の学校現場では、どう言葉を尽くしても伝わらないレベルの生徒はいますし、生徒・教師や、学校の財産を体を張って守らなくてはならなかったり、殴ってでも分からせなければならない場面はあるはずなのです。レベルは違いますが、一般社会の中で、警察に逮捕・拘束や、(命に関わる時は)狙撃の権利が認められていることを考えていただければ理解できるはずです。もし、どんな悪いことをしても逮捕されない、裁かれないとなれば、世の中が無法地帯となることは火を見るより明らかでしょう。
だからと言って、「体罰をどこまで認めて、どこからは認めない」という議論もあまり意味があるとは思えません。必ず、拡大解釈する教師や学校が出てくるからです。私の提案としては、完全に体罰を(罰則つきで)禁止するのであれば、義務教育である公立の学校であっても、生徒の出席停止や場合によっては退学処分等の懲戒権をもう少し広く認めることと、やはり犯罪行為があった時は、速やかに警察を介入させることを躊躇しないようにするということです。それとセットでなければ、体罰完全撲滅はできないし、もし中途半端に進めてしまうと、逆の意味での被害者が出てくる可能性もあると感じています。文科省の役人たちに、このニュアンスを伝えることはなかなか難しいと思いますが、机上の空論だけで改革(法制化等)を進めることのないようにお願いしたいと切に願います。

2つ目は、体罰には、殴る蹴るだけでなく、正座をさせたり、長時間立たせたり、トイレに行かせなかったり、さらには言葉の暴力や精神的に苦痛を与えることも含まれるのです。文科省がしばらく前に指針を出していますが、実際にはこれが有名無実化しています。懲戒として、これらのことが当たり前のように行われている学校は多いですし、ここについては親が期待している場合があったりするので、話がややこしくなります。
あくまでも想像の域を出ませんが、今回自殺してしまった生徒は、殴られたことはもちろん、精神的に追い詰められてしまったことも引き鉄になっているように感じます。「お前のせいでチームがダメになっている」とか、「主将を降りるなら2軍だぞ」とかいうプレッシャーをかけられていたという報道もありました。部活以外でも、これに似たような話はかなりあるのではないかと思います。体罰とそれによる子どもの自殺防止に真剣に取り組むのであれば、ここも含めて取り組んでいかないと、片手落ちになると思います。
しかし、実際の学校現場のことを考えると、ここの徹底はなかなか難しそうです。私は、仕事で学校や塾の教師対象の講演・研修も担当していますが、特に「言葉の暴力」については、教師たちの感覚はとても麻痺しています。当たり前のように「死ね!」とか「ぶっ殺すぞ!」を連発する教師は今でも少なくありませんし、手こそ出さないけども、限りなくそこに近いところまで生徒を追い詰めてしまっているケースもあります。それを指摘しても、「何がいけないの?」という反応をする教師が多いのです。それこそ、文科省が音頭を取って指針を明確に出して、全国挙げての研修を行うくらいのことが、今必要になっているのだと思います。

最後に、以上書いてきたことは、学校だけでなく、塾や予備校でも注意喚起していかなくてはなりません。さすがに、点数を取れなかったことや宿題を忘れたというようなことで生徒を殴る塾はほとんどなくなったと思いますが(ということは、一昔前までは多かったということです)、今でも0にはなっていないでしょう。言葉の暴力や、不用意に生徒を追い詰めてしまうケースは、あちこちで発生しているはずです。もし、「塾の教師に精神的に追い込まれた」という理由で生徒が自殺してしまったら…と想像すると、とても怖くなります。
成績を上げてあげる、受からせてあげるためには、時に厳しい指導が必要ですが、そのこととの境界線は、ものすごく難しいと感じています。特に、近年子どもたちが(特に精神的に)弱くなってきているのは間違いないので、今までの指導を変えていかなくてはならない部分もあるでしょう。今回のことを契機に、再度じっくりと考えてみようと思います。

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