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あれから15年…

  • 投稿者: gs_staff
  • 2026年3月11日 10:10 AM
  • 未分類

東日本大震災が起きてから、今日で15年となります。毎年授業の中で話をするのですが、年々記憶がある生徒が少なくなって行きます。今は中学生はもちろん、高校生でも当時を知らない生徒がほとんどです。「2万人もの方が亡くなって、今でも避難生活が続いている方がいるような大災害だったんだよ」ということを伝えても、リアルにはイメージが湧かないようです。

私の自宅や身内・会社等に直接的な被害はありませんでしたが、当時大手塾の総責任者(本部長)を務めていたので、毎日大変だった記憶が鮮明に残っています。電車が止まってタクシーで1時間近くかけて出勤したこと、計画停電で暗くて寒い中で授業や仕事をやっていたこと、しばらく休講となった期間の生徒たちのフォロー… 地震のトラウマで、ヘルメットを被って寝るようになったという小学生の女の子が泣いていた様子が忘れられません。今と違って、まだオンライン授業は普及していませんでした。通常の生活・業務に戻れるまで、数ヵ月はかかったと思います。

私の人生も、震災前と後で大きく変わりました。それまでの25年間は会社に勤めていて、それこそ馬車馬のように働いていました。(年間休日1桁、1日15時間勤務が日常でした。でも、毎日がとても充実していたので、嫌になったことは1度もありませんでした) 震災から数ヵ月後、様々対応が一段落した頃に(本当に急に)退職することになりました。唯一の家族であった母親が倒れて、介護が必要となったためです。授業もがっつり担当していましたし、取締役も務めていたので、生徒たちや会社には多大な迷惑をかけてしまいました。今でも申し訳なく思っています。

退職後1年間の記憶はほとんどありません。もちろん仕事がなくなったので、時間はいくらでもあったはずですが、何をしていたのか… 毎日母親に寄り添い、何とか介護施設に入所することができました。その途中、自分も入院することになりました。胃潰瘍・十二指腸潰瘍・逆流性食道炎を併発していました。何も食べられなくなって、10キロくらい体重が落ちました。長年の無茶な働き方の影響というよりは、会社を辞めざるを得なくなってしまったことと、病気の母親を抱えて今後どうなってしまうのかという不安によるストレスの方が大きかったと思います。(25年間ほとんど遊ばず(苦笑)仕事漬けだったので、蓄えはそれなりにありましたが、医療費等で毎月20万円くらいが出て行っていました) 幸い手術等には至らず数日で退院できたのですが、しばらくは油っこいものが食べられず、薬が手離せない生活が続きました。

そんな中、震災から1年後に結婚することになるのですから、人生はまったく分からないものです。

(次回に続く…)

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