- 2023年8月15日 12:50 PM
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台風7号は、当初は関東直撃の予報でしたが、大きく西に逸れて紀伊半島に上陸しています。首都圏は、時々突発的なゲリラ豪雨が降る程度ですが、関西や中国地方は長引く大雨で大変な状況になっているようです。浸水と停電、交通機関の麻痺等の被害が深刻です。私は今、通信教育で仏教の勉強をしているのですが、今月のテキストの内容でとてもインパクトがあったことがあります。「台風が自分の住んでいる地域から逸れたら、皆さん「よかった!」とホッとして喜びますが、その台風が向かった地域にも人が住んでいるのです。そのことに思い至ったことがありますか?」と… 正に今回の台風の進路について言われているような気がしました。迫っていた危険がなくなった時の人間の心理としては仕方ない反応だとも思いますが、言われてみればその通りで、今回で言うと、「関西方面の皆さんはさぞかし大変だろうな…」「旅行の計画がパーになってしまった人は残念だろうな…」ということに思い至ることができるかどうかで、人間の器・幅が決まるのだと思います。
今日は終戦記念日です。この78年間、何だかんだ言って、日本はとても平和でした。今も差し迫った状況には置かれていません。しかし、世界的に見れば、ずっとどこかで戦争は起こっていました。今この瞬間にも争いが続いている国や地域があります。私の頭の中は、どうしても先程の話に引きずられてしまうようになっているのですが、日本はもちろん、世界全体が平和な世の中になってほしいと強く思います。
もちろん私は戦争は経験していない訳ですが(我が家の長女と長男は、私を戦争体験者だと思っていました!)、昔父親から様々話を聞かされたことを思い出します。私の父親は昭和初期に新潟で生まれたのですが、戦時中は(学徒動員と言うのかな?)新潟市内の軍需工場で働いていました。手榴弾を作っていたという話を聞いたことがあります。子どもが多かったので養子に出されていて、とても苦労したようです。一番インパクトがあったのは、「長崎に落ちた原爆は、当初新潟に落ちるはずだった」という話でした。後で調べたら、実際にそうだったようで、その日新潟の天気が悪くて視界が不良だったために目的を果たせず、そのまま長崎に向かったということ知りました。もしあの日に新潟の天気が良かったら、おそらく私は今ここにいないと思います。これは本当に運命ですよね… 子どもたちにもその話をして、「きみたちも生まれていなかったかもしれない」ということを伝えたら、みんな神妙に聞いていました。やはりここでも、長崎で被爆した方々への思いが湧いて来ます。もしあの日新潟が晴れていたら、被害に合っていないのですよね… そういう意味では、仏教を勉強していることは、早くも私の人生観に大きな影響を与えているのだと思います。興味をお持ちの方は、ご連絡ください。通信教育をご紹介します。私は僧侶の資格を取りたいと真剣に考え始めています。(出家しないで、在宅でも取れる資格があることも初めて知りました。お寺に泊まり込みの修行は必須となるようですが…)
ただし私の父親は、戦争を必ずしも否定的には捉えていませんでした。尋常高等小学校でそういう教育(洗脳)を受けていたこともあると思いますが、若い頃は「お国のために死ねたら本望」というような考えを持っていたようです。私が物心ついた頃は、(お酒を飲まなければ)とても温厚で優しい父親でした。家庭はとても貧しかったですが、私たち子どもが幸せに生きられるようには常に考えていてくれたと思います。ただし日曜日などは、ステレオで思いっきり軍歌をかけて涙ぐんでいることもありました。私が一番耳に残っているのは、「ラバウル行進曲」と「月月火水木金金」です。普段の生活の中でも、「欲しがりません勝つまでは」ということをよく言っていましたが、もしかすると私にも少しその感性は伝わってしまっているのかもしれないと感じる時があります。父親はもう25年以上前に亡くなっていますが、私は一度も父親とお酒を飲んだことがありません。私がとても忙しくて家にほとんどいなかったこともありますが、本当のことを言えば私がそれを避けていたのだと思います。父親は一緒に飲みたかったようですが… 酔っぱらうと、孫を抱きたいということも言っていました。私が晩婚だったのでそれも叶わなかったわけですが(妹の子どもも間一髪間に合いませんでした)、今になってみると、孫を抱いてもらいながら、一緒に飲みたかったと思ってしまいます。「親孝行したい時に親はなし」という言葉は本当だと思います。まだ親御さんがご健在の方は、このお盆の時期にぜひ親孝行をしてください。(直接会えなくても、電話の一本がとても嬉しいはずです。孫とテレビ電話で話してもらうとか…) 我が子たちにも、これら言葉はよく伝えています。「親孝行するなら今だそ」ということと、「早く孫を抱かせろ」ということを(笑)。
いずれにしても、後世の若い皆さん、我が子たち、孫の世代が生きる将来、未来永劫に平和が続いてほしいということを、改めて強く感じた終戦記念日でした。
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