- 2023年7月31日 6:15 PM
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昨日はクール休みだったので、家で大掃除をしながら、テレビで高校野球東東京大会の決勝戦を観ていました。大会が始まる前には誰も予想をしなかったであろう、東亜学園と共栄学園の対戦でした。戦争体験者であるうちの父親が生きていたら、まず両校の名前で興奮しただろうなと不謹慎にも考えてしまいました。今の子どもたちは、「大東亜共栄圏」などという言葉は知らないでしょうが…
私は、また違う意味でワクワクしていました。バレーボーラーの血が騒ぐ高校の対戦だったからです。(GSの生徒・保護者の方やこのブログの読者の方でも、私がバレーボーラーだったことをご存知ない方がいるようです…) 共栄学園は、元々女子校で女子バレーが強いことで有名です。今も全国大会の常連校ですし、以前私の高校の先輩が監督をされていたご縁で交流がありました。OGの益子直美さんと私は同期で、面識はありませんが、同じコートで練習をしたこともあります。近年は、「指導者が怒ってはいけないバレーボール大会」を主催されていて、私も少しお手伝いさせていただいたことがあります。私と同じ病気を克服されていることもあったりして、勝手に(益子さんにも高校にも)親近感を感じています。
東亜学園はさらに因縁が深く、私は高校の名前を聞いただけで今でも緊張感を覚えます。体育館が小金井と小平と近かったので、お互いに行き来して練習試合をするような関係でした。高校2年生の時に、春の高校バレー予選の準決勝で対戦し、(マッチポイントを取りながら)「あと1点」が取れずに負けた相手なのです。(全国まであと1勝という場面が他にもありましたが(その時の相手は「東洋高校」です)、結果私は全国大会に出場することができませんでした。(3年間あんなに練習したのに…) そして、東亜学園はその後春高バレーで勝ち進み、何と全国制覇を成し遂げてしまうのです。(ちなみに、第1回春高バレーの優勝校はうちの高校です) うちとの対戦もそうでしたが、追い込まれてからの逆転勝ちが多く、当時「ミラクル東亜」と呼ばれていました。そんなことを、野球の試合を見ながら思い出して感傷に浸っていたのです。
とんでもない試合となりました。最後の最後まで目を離すことができず、家族で出かける約束の時間を大幅に過ぎてしまいました。8回に東亜が逆転し、「正にミラクル東亜か!?」と思っていたのですが、共栄が最終回2死の絶対絶命の場面から、セフティーバントとダブルスチールで再逆転し、一挙に7点を取ってそのまま甲子園行きを決めてしまったのです。共栄は2日前の準決勝でも、岩倉高校にリードされていて、最終回2死から平凡な内野フライを打ちあげてしまい、誰もが万事休すと思ったところで相手の三塁手が落球して、奇跡の逆転サヨナラ勝ちを収めていました。今回最終的に「ミラクル」と呼ばれたのは、東亜ではなく共栄の方でした。聞くところによると、共栄学園は学校にグラウンドがなく、まともな練習は週に数えるほどしかできないのだそうです。昨年新チームになった秋の大会では、ブロック予選で負けて本大会にも出場できませんでした。それから冬の間ウェイトトレーニングと食事療法でパワーアップをして、春の大会で上位に入り夏のシードを獲得。今大会では序盤都立進学校との対戦が多かったのですが、そこでも決して余裕はなく辛勝続きでした。甲子園常連の強豪校が早々と負けてしまったこともありましたが、最後の最後で奇跡的な逆転勝ちを続けて甲子園を勝ち取るのですから、勝負は最後まで本当に分からないものです。追い込まれても笑顔で声をかけあっていた場面がとても印象的でしたが、全員が最後まで諦めなかったことが、優勝できた大きな要因であることは間違いありません。
私は、どちらかと言うと、最後の最後で勝ちを逃した、岩倉高校や東亜学園の選手たちのことが気になります。(自分の過去の経験そうさせるのだと思います) もう目の前に勝利・甲子園が見えていて、あとは掴むだけだったのに、(両校ともミス・エラーで)スルリと逃がしてしまったのです。選手同士で慰め合っていたり、監督をはじめ大人たちがフォローしていた様子を見てちょっと安心しましたが、頑張りきったという達成感と共に、このトラウマもしばらく抱えて生きて行くことになるのだと思います。(私がそうでした。というか、今でもこうして引きずっているのですから…)
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