- 2021年1月29日 6:36 PM
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私は数年前に、学校の道徳の授業を見学して回ったことがありました。東京都の教育モニターとして活動していたのですが(都教委に報告書も提出しました)、ちょうど道徳の教科化の件で雑誌の取材が2件入って、必要に迫られたこともありました。
その道徳の授業の内容が、それはそれは酷いものだったのです。ひと言で言えば多様性の否定と価値観の押し付け、もっと言えば(様々な意見があり得ることについて)先生の(偏った)考えを生徒たちに刷り込むという感じの授業があちこちの学校で展開されていました。1つ例を挙げると、当時女子サッカーで活躍していたベテランの某選手について、「あの歳まで結婚もせず人生を犠牲にしてサッカーに打ち込むなんて、誰にでもできることではありません。とてもすばらしいことです!」というような授業が行われていたのです。(私は一瞬目と耳を疑いました) もちろん、その選手は人生を犠牲にしているつもりなどなかったでしょうし、その後引退した後に結婚されて、幸せな生活を送っている(ように見える)ことも補足しておきます。
今回の給食の件に見られるように、生徒のためにならないことやマイナスになることを、学校(先生)が良かれと思って指導していることが多いのです。私がいつも声高に指摘していることなのですが、手段と目的が混同されていることが原因になっていることが多いです。今回の件で言うと、食べ物を大切にしよう、もったいないことは止めようという「目的」が、いつの間にか残さないように無理してでも全部食べようという「手段」に置き換わってしまっているから問題が起こるのです。
特に学校でこういう問題が起こりやすいのは、自治体(教委)→学校という組織の形態と、日々の学校運営の慣習によるところが大きいと感じています。分かりやすく言えば、「形だけ整っていればいい」「本質に踏み込めない(踏み込む必要はない)」「クラス運営まで管理職の目は届かない」「横のつながりがないので日々業務改善ができない」というところです。
学校の先生方が、校長や教委への報告の多さと意味のなさに辟易としているのはよく聞く話ですが、同じことを先生方が生徒に対して無意識にしてしまっていることにはなかなか気付かないようです。生徒たちが日々提出させられているノートやチェックシートを、ぜひじっくりと見てみてください。あれにより形だけ整っていればいいということを生徒たちにメッセージしてしまっているということが、手に取るように伝わって来るはずです。一歩譲って言えば、その形すら整えられない生徒も多いので、まずはそこから…ということなのかもしれませんが、全員に(意味のない作業的な勉強も含めて)同じことを要求するのはナンセンスです。特に、入試直前の生徒たちにとっては害悪となることも結構あります。(例えば漢字の百回書きとか、簡単すぎるドリルを何ページもやらせるとか…) コロナ休校期間は、保護者の方が結構大変な思いをしていました。ドリルの丸つけレベルだけではなく、記述の添削や分からないところを教える等、すべての保護者ができるわけではない要求が当然のように出されていました。
今回の給食の件も、生徒たちはチェックシートに花丸をもらえればいいというところが行動基準になっていて、(無理して食べるという)意味のないことをしていたわけですが、おそらく先生方も、職員室に戻って同じことをしていたのではないかと想像しています。自分のクラスの給食が完食された(空になっていた)かどうかを日々報告したり… まさかそんなことを教委に報告を上げたりはしていないと思いますが…
このブログは、近隣の小中学校の先生方も結構読んでいるという話を、生徒・保護者の方からよく伺います。(数年前に、近隣の中学校の先生と「飲みに行こう!」という話で盛り上がったこともありましたが、残念ながら叶いませんでした) 今回の件が、もし該当の学校の先生方の目に留まったのであれば、即改善をお願いしたいと考えています。
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