- 2013年7月19日 12:10 AM
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昨日まで、学校・塾で許されない言葉を取り上げましたが、それと関連してこの数年間の性差別に関する混乱を思い出しました。今はだいぶ落ち着きましたが、1999年に「男女共同参画社会基本法」が制定されて以降、学校現場で「ジェンダーフリー」という言葉が脚光を浴びるようになりました。市教委や学校(校長)の方針によっても、かなり差がありましたが、学校現場では様々な混乱が起こっていたのです。生徒や保護者から(時には教師からも)、具体的なとまどいの声を聞いたこともありました。
どんなことが起こっていたか、思いつくままに書いてみます。
〇出席簿やゲタ箱等の男女混合表記。
→塾ではもともと名簿で男女を分ける発想がないので、なぜ学校ではこんなことが問題になるのか不思議でしたが、体育の授業の時や身体測定の時などには男女別の名簿が必要だったのでしょう。そういえば、塾でも合宿の部屋割りの時には男女別の名簿が必要でした。
〇全員名前を「さん」づけで名前を呼ぶようになった。
→男子は「くん」、女子は「さん」づけで呼ぶのが通例でしたが、それが男女差別につながるということで、男子も女子も「〇〇さん」と呼ぶよう徹底していた学校は結構ありました。小学生に対して、男子も女子も一人称はすべて「わたくし」にせよという指導をしていた教師もいました。「ぼく」や「わたし」は男女差別だと言うのです。さすがにここまでいくと、「おかしな先生」という見られ方をしていましたが。
〇持ち物の色までうるさく言われた。
→小学校のランドセルの色は、男子→黒、女子→赤というのが定番でしたが、それがけしからんということで、何色でもよくなったり、青や緑などの斬新な色のものが導入されたりしました。筆箱やその他の持ち物も、色で男女が分かれるのはよくないことだと指導されたりしました。
〇体育の授業(種目)を男女混合で行うようになった。
→運動会の種目も男女混合でやるところが増えました。徒競走なども、男女分けずに走っていました。騎馬戦や組体操等を男女混合でやっていた学校も多く、テレビのワイドショー等でも取り上げられていた記憶があります。小学生はともかく、中学生や高校生でも更衣室が男女一緒という学校も結構あったと記憶します。今はほとんどなくなったのではないかと思いますが…
女子のブルマーがなくなったのもこの頃でしょうか? 男女とも同じ「短パン」をはくのが望ましいとされました。制服も一時問題となり、男女で分けるのはいかがなものかという議論もありました。さすがにこれはあまり大きな動きにはなりませんでしたが。
〇学校で役を決める時に、男女別枠か認められなくなった。
学級委員を男女各1名というような形が認められなくなったのです。学芸会の劇でも、明らかに性別がはっきりしている登場人物がいない内容に改められていたりしました。主役が「王子様」あるいは「お姫様」みたいな形はよくないとされたのです。
この問題がさらに発展して、男子校・女子校には進学してはならないというような風潮が強くなっていた時代もありました。
ジェンダーというのは、人間が生まれ持っている体の機能以外の「性差」 「性別分類」のことを指します。ジェンダーは、社会や文化・歴史が作り出したもので、間違った考え方だというのが、当時の基本的スタンスでした。簡単に言うと、「男らしさ」や「女らしさ」という言葉・考え方は、役割の押し付け・差別につながるので、やめるべきだということだったのです。
(次回に続く…)
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