- 2019年3月17日 9:40 AM
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仕事を辞めてそんな生活を始めてから、半年ほど経った頃だったと思いますが、朗報が飛び込んで来ました。以前より申し込みをしていた老人ホーム(正確に言うと介護老人保健施設)に空きが出たので入所できるという連絡が入ったのです。施設から「どうしますか?」と聞かれた際に、(私はまだ見学すらしていなかったのですが)即答で「お願いします」と返事をした記憶があります。費用のことを確認したのは、その後のことでした。この部分については、私の妹がよく動いてくれたので、とても助かりました。
実際に入所(救急病院から転院)した後、何日か面会に通ううちに、とても良い施設だということが分かりました。母親も、そんなに時間がかからずに慣れて、友だちもできたようで、楽しそうに過ごしていました。職員の皆さんも、本当に良くしてくれました。要介護度が大きく上がるとか下がるとか、特に変化がなければここで一生暮らせると聞いて、肩の力がスーッと抜けて行くのを感じました。救急病院と違って、基本的に完全看護(すべてお任せできてしまうということです)なので、家族が頻繁に顔を出さなくてはならないこともありません。(もちろん、入所後も私は週に何日かは顔を出していました。時間はいくらでもあったからです)
気付いたら、震災からちょうど1年が経過していました。私にとって、とても長い1年間でした。
「これで少し自由に時間を使える…」という状況が生まれた時に、私がまず考えたことは、「海外旅行に行こう!」ということでした。それまで1度も海外に出たことはありませんでしたし、この機会を逃したら一生行けないかも…と感じていました。私にしては行動が早かったです。すぐにパスポートを取って、3月中に出かけました。以前から「南の島」でのんびりしたいという願望があったのですが、ついにその夢を叶えられたのです。(あえて場所を書きませんが、ヒントは原田知世です) 5泊6日の長旅でした。向こうはまだ夏だったので(気温が40℃近くありました)、すっかり日焼けして帰って来ました。成田に降り立った時は、死ぬほど寒く感じました。
(次回に続く…)
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