GS進学教室
3連休か…(遠い目)
- 2026年10月11日 7:13 PM
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世間は3連休ですね… 天気もとても良いので(ちょっと暑いくらい)、絶好のお出かけ日和です。子どもたちを連れてどこかに出かけたいところですが、それも叶いません。昨日も今日も、受験生は校舎に長時間籠って勉強しています。今月は残りの日曜日はすべて日曜特訓です。私もすべてフルに授業が入っています。来月は中学生が期末テストやスピーキングテストの予定が入って来るので、今月は徹底的にやるしかありません。日曜日は、「入試問題でどうやって点数を取るか?」というところに特化した授業です。過去問を解いて、解説してやり直しまでして帰るのが基本です。(もちろん点数もその場で返される!) ちなみに、GSの日曜特訓は、実費の教材費だけいただいて、授業料は無料で行っています。大手塾は日曜特訓だけで月に数万円の授業料を取っているところがほとんどなので、この部分は大きな差別化になっていると思います。GSは年間通しての変形労働時間制を取っていて、日曜日の講師たちの人件費がかからない(正規の出勤日となっています)からできることですが… 過去問の得点力で言うと、日曜日に差がつくのは間違いないので、講師たちも気合が入っています。
明日はGS本体の授業・講師はお休みになっていますが、個別指導や別ブランドの授業があるため、私と妻は出勤です。私は、秋以降授業が増えたこともあり、まったく休めなくなって来ました。(これも人件費はかかりません苦笑) 私は慣れているからいいのですが、子どもたちがちょっと可哀想で… 妻も3日間とも、ダンスで出張が入っています。明日は出張から帰って来て、すぐにGSの授業という強行軍です。私が明日の午前中はちょっと時間があるので、子どもたちをどこか近場には連れ出そうと思います。(買い物もしなくてはならないので、イトーヨーカドーがイーアスの2択ですね…苦笑)
入試が始まるまで、あと3ヵ月。(1月10日から中学入試がスタートするので、もう3ヵ月を切りました) もう我々の中ではラストスパートの感覚です。1日1日を無駄にしないように、取り組ませて行きます。
成績が伸びないと感じた時に気をつけること
- 2026年10月9日 10:56 PM
- 未分類
最近、入塾面談や新規お問い合わせの際に、こんなお話を伺うことが多くなっています。
「うちの子は一生懸命勉強していると思うのに、成績が上がらないんです」
「ずっと塾には通っているのですが、模試の結果がなかなか出なくて…」
「このまま今の勉強を続けていて、本当に志望校に合格できるのでしょうか?」
お子様の将来を考えれば、当然の不安だと思います。特に、受験が近づいてくると、模試の結果を見るたびに一喜一憂してしまいますよね。周囲の友達が成績を伸ばしていると聞けば、焦りも大きくなるでしょう。成績が伸び悩んでいると感じる時こそ、立ち止まって考えてほしいことがあります。それは、「勉強時間を増やすこと」が「学力を伸ばすこと」に必ずしも繋がるとは限らないということです。 机の前に座ること、暗記をすること、問題を解くことが受験勉強の目的になっていないでしょうか?
例えば、算数(数学)の問題を10問解いたとします。そのうち6問正解し、4問間違えたとしましょう。ここで大切なのは、10問解いたという事実ではありません。間違えた4問について、どこで間違えたのかを把握できているでしょうか。計算ミスだったのか。問題文の意味を正しく理解できていなかったのか。そもそも解き方が分からなかったのか。以前に学習した内容を忘れてしまっていたのか。同じ「不正解」でも、原因は一人ひとり違います。そして、原因が違えば、次に取り組むべき課題も変わります。計算ミスが多い子に必要なのは、難しい問題を大量に解くことではないかもしれません。基本的な考え方が身についていない子に、応用問題ばかり与えても、なかなか成果は出ません。一方で、基本問題は解けるのに、少しひねった問題になると手が止まってしまう子もいます。その子には、知識を組み合わせて考える練習が必要です。つまり、成績を伸ばすためには、ただ問題を解かせるのではなく、「その子が今、何につまずいているのかを見極めること」が欠かせないのです。
「「分かったつもり」を、そのままにしない」
もう一つ、重要なことがあります。授業中に講師の説明を聞いて、「なるほど、分かった!」と思うことがありますよね。ところが、家に帰って同じ問題を解こうとすると、手が止まってしまう。こうした経験は、決して珍しいことではありません。講師の説明を聞いて理解できることと、自分一人で問題を解けることは、別だからです。だからこそ、授業で説明した内容が本当に身についているのかを確認することが大切だと考えています。
集中して授業を受ける→家に帰ってから再度自分で問題を解く→間違えたところを直す→分からないところは質問する→もう一度、自分の力で解いてみる。
この繰り返しによって、知識や解法が少しずつ自分のものになっていきます。もちろん、一度で完璧にできる必要はありません。できなかったことを発見し、できるようになるまで取り組むこと。それ自体が受験勉強なのです。
「 成績が伸びない子に、必要なのは何か」
我々は、成績が伸び悩んでいる生徒を見たときに、すぐに「もっとたくさん勉強しなさい」とは言いません。もちろん、明らかに勉強量が足りない場合もあります。しかし、それだけが原因とは限りません。課題の難易度が合っていないのかもしれません。復習の方法が分かっていないのかもしれません。苦手な単元を避け続けているのかもしれません。あるいは、本人なりに努力しているのに、何をどう改善すればよいのか分からず、空回りしているのかもしれません。そうした状況を見極めずに、ただ勉強時間だけを増やしても、本人が疲れるだけで嫌になってしまうことがあります。成績が上がらない時に必要なのは、努力を否定することではありません。今している努力を、結果につながる努力へと変えていくことです。そして、これは生徒本人だけでできるとは限りません。講師が課題を見つけ、適切な問題を与え、取り組み方を確認し、必要に応じて軌道修正することが重要です。塾の役割は、問題の解き方を教えることだけではないと、私は考えています。生徒が自分の課題を理解し、一つずつ乗り越えられるようにすること。それも、塾の大切な役割です。
「模試の結果だけで、可能性を決めつけない」
模試の偏差値は、志望校を考えたり、現在の学力を把握したりするうえで重要な資料です。ただし、模試の結果だけで、すべてが決まるわけではありません。今できていないことが何なのか。それを克服するために、これから何を優先して勉強するべきなのか。その課題に取り組むことで、どのような変化が期待できるのか。そうしたことを具体的に考える必要があります。もちろん、努力すれば必ず第一志望校に合格できる、などという無責任なことは言いません。入試には相手があり、限られた時間の中で取り組まなければならない課題もあります。受験学年の生徒であっても、現時点で成績が伸び悩んでいるという理由だけで、可能性を決めつけてしまうのは早いと思います。大切なのは、現状を正しく把握し、残された時間で何ができるのかを考えることです。厳しい現実から目をそらさず、それでも前に進む方法を探す。受験勉強には、そうした姿勢が必要だと考えています。
「 塾を選ぶときに、ぜひ確認してほしいこと」
最後に、これから塾を探そうとしている保護者の皆様に、一つお伝えしたいことがあります。塾を選ぶときには、合格実績や授業料、通いやすさなど、さまざまな点を比較されると思います。それらはいずれも大切です。そのうえで、ぜひ確認していただきたいことがあります。「我が子が壁にぶつかったときに、この塾はどう対応してくれるのだろうか」ということです。授業が分かりやすいことは大切です。しかし、どれほど分かりやすい授業であっても、一度ですべてを理解できるとは限りません。分からなかったときに質問できるのか。理解できていないところを確認してもらえるのか。間違えた問題を、解けるようになるまで復習できるのか。こうした点も、ぜひ見ていただきたいと思います。
GSでも、生徒一人ひとりの課題と向き合いながら、日々の授業や演習・生徒面談を通じて、学力を伸ばすための指導に取り組んでいます。もちろん、すべての生徒に同じ方法が通用するわけではありません。だからこそ、今の学力や目標を踏まえ、何を身につける必要があるのかを考えることが重要だと思っています。もし今、我が子の成績が伸び悩んでいて、「このままで大丈夫だろうか」と不安を感じているなら、一度そのあたりのこと(現在の学習状況の詳細)を整理してみてはいかがでしょうか。今の勉強方法に改善できる点があるのか。何を優先して取り組むべきなのか。そうしたことを考えるだけでも、次に進む方向が見えてくることがあります。目の前の1人ひとりの生徒にとって必要なことは何か。私たちも、そのことを真剣に考えながら、日々の指導に取り組んでいきたいと思います。
我が子の将来の幸せのために<その9>
- 2026年10月8日 10:22 PM
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このシリーズを書き始めてから、日々のブログのアクセス数がうなぎ登りに増えています。普段は毎日数百人(多い時に千数百人くらい)、入試の期間に重要な情報をアップした時に一時的に数千人になるくらいです。(塾講師ブロガーで、毎日のヒット数が数万人という方もいらっしゃるので、私はまだまだだと思っています) このシリーズがスタートしてから、1日数百人くらいだった読者数が千人を超えるようになり、日々少しずつ増えて来ています。昨日で1300人くらいです。やはり、このシリーズの内容が、保護者の皆様の琴線に触れているようです。ちょっと不安を煽ってしまっているのかもしれません。GSの保護者の皆様からも、「やばい。我が子の将来が不安になって来た…」という声をいただくようになって来てしまいました。それは本意ではないのですが、子育て中の保護者の皆様にとって、我が子のこと考えた時に、かなりリアルに響いているのは間違いないようです。
それだけアクセス数が稼げるのであれば、もっと引き延ばして書いて行きたいところですが、今日がとりあえず最終回となります。
<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
⑦どんな境遇でも、幸せだと感じられる力
最後に、ちょっと身も蓋もない感じの結論になってしまいました。実はこれが一番お伝えしたかったことかもしれません。世の中には、とても幸せそうに見える人と、残念ながらとてもそうは見えない人がいます。発言や表情・態度にそれが滲み出て来る訳ですが、よくよく観察していると、その人の置かれている境遇や、日々起こっていること、得られている成果等は、あまり関係がないように感じます。幸せそうな人は、どんな状況であってもそう感じられているし、そう見えない人は、周りから見たら恵まれている状況であっても、何か不幸オーラを出しています。
私が我が子たちにいちばん授けてあげたいのは、「どんな環境や境遇に身を置いても、日々幸せだと感じて生きて行く力」です。ここについては、今のところは全員大丈夫そうです。毎日が本当に楽しそうで、「きみたち毎日幸せそうでいいよねー」と言うことが多いです。日常の些細なことに喜びを見つけられる才能が育っているようです。(「今日のおやつはちょっと豪華だね!」というレベルです笑)
しかし周りを見ていると、(大人も子どもも)自分から不幸を呼び込んでいるような人たちが少なくありません。常にないものねだりをしたり、他人や自分の悪いところばかり指摘していたり、チャレンジすればいいことをしなかったり… みんなの前でため息をついたり、苦虫を噛み潰したような表情をしていたりする人もいます。そんな感じだと、運も逃げて行ってしまいますし、本人が幸せだと感じられることはありません。こういう人たちが罪深いのは、周りの人たちも巻き込んでしまうことです。私は、こういう人たちが傍にいたら、1回は真剣に(変えた方がいいよと)思いを伝えますが、それでも変わらないようであれば、距離を取るようにしています。一緒にいると疲れるだけだからです。
どんなに頑張ったって、過去と他人は変えられないのです。変えられるのは、自分と未来だけです。ここに全力投球しましょう! もちろん、反省・分析は必要ですが、終わったことを気にし過ぎて、今やるべきことができなくなるのはとてももったいないです。1度しかない人生ですから、毎日を楽しんで、前向きに生きて行きましょう! こういうことを書くと、「あなたは幸せだからそんなことが言えるんだよ。自分は~で…」というようなコメントが寄せられることがあります。だぶん順番が逆ですね。そんなことを書いているから、自分が幸せになれない(幸せだと思えない)のです。
今書いていて気づいてしまったのですが、私はこういう場でこういう前向きなことを書き続けているうちに、そのことが潜在意識に刷り込まれて、さらにその信念・考え方が強化されているのだと思います。なので、皆さんもどんどん意識してプラスの発信をされたらいかがでしょうか? 多くの人の目に触れる場が難しければ、自分だけの日記でもいいと思います。それを続けることが需要です。私は、もうかれこれ20年以上、こんなブログを書き続けています。
<結論> 親として、我が子が将来、どんな境遇でも幸せだと感じられるように育ててあげてください。少なくとも、常にその意識は持っていてください。そのためには、まず保護者の方が幸せにならないと(幸せそうにしないと)ダメです。子どもに対して、説得力がありません。子どもの幸せのために、自分がやりたいことを我慢するのが最悪です。それこそが、正に「不幸の連鎖」に繋がってしまいます。両親が自分の人生を楽しんで、とても幸せそうな様子を子どもに見せてください。言葉でも伝えてください。(夫婦仲が険悪なのが最悪であることは言うまでもありません) 我が家は、ここ(両親が毎日楽しそうに生きていて、子どもたちに見せている)はきっとできていると思っています。
我が子の将来の幸せのために<その8>
- 2026年10月7日 10:45 PM
- 未分類
<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
⑥健康・体力
私が自分の人生を振り返った時に(まだまだ人生これからだけど笑)、一番感謝しているのは、「健康で体力があること」です。様々病気はしましたが、日常生活や仕事に支障があるようなことは一度もありませんでしたし(これからもそうでありますように…)、年齢的にもう還暦を過ぎていますが、体力的には、同世代にはもちろん、40代の皆さんと較べても(おそらく)負けないはずです。夏期講習で朝から晩まで授業をやっても、最後までパフォーマンスは落ちません。5教科すべて指導できますが、今でも入試問題研究は欠かしていませんし(毎月「高数」を買って解くのが楽しみです)、まだまだ脳の機能の方も問題ないはずです。(脳ドックでは「きれいな脳だね…」と言われます。この歳になると、脳の萎縮が見られる方も増えて来るそうですが、全然大丈夫です)
これについては、こんなに頑丈に産んで育ててくれた(今は亡き)両親に感謝しかありませんが、子どもの時から大学生までの運動習慣、(その後25年くらいは不摂生しましたが)この10年くらいのジム通い、あとは子育てをしながら公園で一緒に走り回ったり、キャッチボールをしたり、バッティングセンターに行ったりという、日常的な運動習慣も大きいのだろうと感じています。
あとは、精神面の健康もとても重要な要素だと感じています。あまり信じてもらえないのですが、私はほとんどストレスを感じない体質です。妻に言わせれば、鈍感なだけだということですが、特に仕事や子育てについては、自分ではとても繊細に取り組めているはずだと自負しています。嫌なことを引き摺らない方がいいということを言う方が多いですが、おそらく私はあまり嫌だと感じることがないのだと思います。本当にそう思った時は、その場で「解決」や「反撃(笑)」してしまうからかもしれません。間違っても、家に帰ってから思い出して悶々とするなんてことは絶対にしません。時間と考える労力の無駄でしかないからです。やる気があるとかないとかも、(生徒にはよく言いますが)自分ではあまり関係ありません。やる気があろうがなかろうが、やらなければいけないことはあるので、それを淡々とこなして行くしかないからです。そういう意味では、仕事と家庭合わせて、とっくに自分のキャパを超えているので、余計なことを考えている暇がないという言い方が当たっているかもしれません。今まで出会った人たちで、「あれが嫌で、これも気になって…」というようなことを言っている人や、他人のアラ探しばかりしている人たちを見ていると、(申し訳ないのですが)「暇なのか?」と感じてしまいます。受験生でもそうですね。「入試が不安で…」とか言っている生徒は、勉強に没頭できていない場合がほとんどです。もっと言って(書いて)しまうと、家庭や組織の中で文句ばかり言っている人は、何もやっていない人たちです。(例を挙げられませんが、これは私の生きて来た人生の中で確信を持つようになりました) 何を言いたいかと言うと、「そんなの相手にしないでほっとけ!」ということです。相手にしたり、言われたことを気にするだけ、人生の貴重な時間の無駄遣いです。これも私の中での実感ですが、そういう人たちは、長い目で見れば淘汰されて行きますし、本人が幸せな人生を送れることはありません。気になることを言われたら、「あー、この人は何て可哀想な人なんだろう…」と心の中で思っておけばいいのです。それは、目上の人だろうと、上司だろうと一緒です。(上司がいない私だからそんなことが言えるのかもしれませんが…)
だいぶ話が逸れましたが、とにかく、まずは健康に過ごすこと、体力的な問題でやりたいことができないということのないようにすること、無駄なことでうじうじ悩まないようにして精神面での健康を保つこと、この3つを最優先にしてほしいと思います。アントニオ猪木の名言で「元気があれば何でもできる!」というのがありますが、私はこれは人生の心理だと思っています。もちろん、どうにもならない病気や、それに伴う体力低下、自分の力では防ぎようがないレベルのストレス等により、そうしたくでもできない人が世の中にはたくさんいることも理解しています。今で言うと、我が家の長女が正にその状態です。病気による体力・体質の低下、睡眠や食事の障害、薬の副作用等により、普通の日常生活が送れなくなっています。中学校に入学してからも、1学期は保健室のお世話になったり、倒れて迎えに行くことがとても多かったのですが、2学期になってようやく中学校の授業には普通に出られるようになりました。しかし、勉強はもちろん、部活・塾・ビアノ・ダンス等、好きだったこと・得意だったことが何もできなくなっています。今でも、週1回の往診で、バイタルチェック(血圧と血糖値が異常値です)や服薬指導が義務付けられています。1日薬を飲み忘れると、結構大変なことになります。今のままだと、普通の高校に進学するのは難しそうです。ちょっと可哀想な状況ですが、本人も家族も暗さはあまりありません。毎日が楽しそうですし、(本人には聞いたことがありませんが)「今、幸せ?」と聞いたら、「もちろん!」と言いそうな気がします。(これが次の項目に繋がって行きます)
<結論> 我が子の健康・体力・精神面の安定に、親として全力で向き合ってください。今はもちろん、数十年後そういう状態でいられるかどうかがとても重要です。今目の前のことで言うと、「睡眠」「食事」「運動習慣」「良好な人間関係」、この4つに集約されると思います。ほとんどが、親が主導して管理できる項目です。あ、まず保護者の皆様自身の健康・体力・精神面の安定が先かもしれません。我が子にイライラをぶつけないでくださいね。私と一緒にジム行きますか? 健康管理士としてのアドバイスもできますよ。心理面のカウンセリングも承っています。本当にお困りの方は、声をかけてください。私は、特に今年は小6と中3を担当しているので、無茶苦茶忙しいのですが、平日の午前中や日曜日の夜等、時間を取れるところはあります。
我が子の将来の幸せのために<その7>
- 2026年10月6日 9:46 AM
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<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
⑤素直さ・可愛げ
受験勉強において、能力や勉強時間にあまり差がないのに、成績に大きな差が付いてしまうという残酷な現実があります。何で差が付いてしまうのかを私の経験で言えば、一番大きいのは「素直さ」だと思っています。勉強の仕方やノートの作り方等、言われたことをすぐに改善して取り組んで行く生徒と、何度言っても同じことを繰り返している生徒では、結果に大きな差が付いてしまうのは当然です。悪気があるかどうかはあまり関係ありません。「結果として素直に取り組めているかどうか」が大きいのです。子どもたちの様子を観察していると、素直さについては、勉強に関することだけでなく、生活全般に波及します。つまり、生活面で素直になれない子は、受験勉強においてもそうなってしまうということです。頑固で自分の意見を持っているのはいいのです。であれば、それを大人と擦り合わせて、より良い方向に向かって行けばいいのですが、そういう生徒に限って、言われたことは聞き流して、改善しないまま時間だけが経ってしまう場合が多いです。
「可愛げ」の有無で、受験勉強において大きな差に繋がることはあまりない(はず)ですが、やはり可愛げがある生徒の方が様々な場面で得をします。特に、中学校の内申点のところでは大きな影響があるでしょう。先生も人間ですから、「先生、先生」と寄って来て慕ってくれる生徒と、授業中も愛想がなく、1年間に1度も個人的に話をしたことがない生徒とでは、主観的な評価に差がつかない方がおかしいです。(テストの点数が同じくらいでも、内申は女子の方が高いのは、ここにも理由があると思います) 社会に出てからは、可愛げの有無の影響はさらに大きくなります。会社で出世できるかどうかとか、先輩に可愛がってもらえるかとか、プライベートでは結婚のところにも影響が出て来るでしょう。大人に媚びを売るのとはちょっと違います。それがあまり行き過ぎていると、内申点や社会に出た後の評価で逆効果になってしまうケースもあるはずです。これもやはり素直さから来ているところが大きいと思いますが、周りの人の目に留まって、何かあった時には引き立ててもらえるようになった方が、(そうでない場合と較べれば)幸せであることは間違いありません。
<結論> 我が子は、様々なことに素直に取り組めているでしょうか? 親に対してはどうしょうもないと感じているご家庭が多いと想像します。「うちの子は親に対しても本当に素直でいい子なんです♡」という話は、私の40年の歴史の中でほとんど聞いたことがありません。(でも何度かはあるな…) はい、我が家ももちろんそんなことはとても言えません。大事なのは、外で出会う大人たち(子どもも含むかも)に対して、素直な振る舞いができるかどうかです。演技をできるかどうかということではありません。本質的に素直に取り組める子かどうかは、日々接している大人たちにはとっくにバレています。繕っても無駄です。可愛げについても同様です。親にできることは、特に将来社会に出た後は、この部分で評価に大きな差が付くのだという事実を、折に触れて伝えることではないでしょうか。でも、親の言うことは素直に聞けないという、究極のジレンマが…(苦笑)
我が子の将来の幸せのために<その6>
- 2026年10月5日 10:25 AM
- 未分類
<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
④自己肯定感・自己重要感
これはとても大きいです。極論を言えば、これさえしっかり持てていれば、将来どんなことがあっても頑張って行けるような気がします。しかし、学校や塾で子どもたちの様子を見ていると、そこそこ成績が良かったり、スポーツが万能だったり、集団の中で活躍しているような生徒でも、ここがとても弱いように感じる場面が多いです。先進国の中で、日本の子どもたちの自己肯定感はとても低いというデータを目にする機会が多いです。データの取り方や、謙虚な国民性が影響している可能性はあると思いますが、総じて自分に自信がない子どもが多い(増えている?)のは間違いないと思っています。
何でかな?というところを常に考えているのですが、日本は様々な場面で他人との競争・比較を相対評価でされてしまう場合が多く(受験がその最たる例でね…)、どうしても上には上がいるので、他者との比較において自信を持てない場合が多いのだと思います。あとは、親や教師等、周りの大人の接し方にも問題があるのは間違いありません。(これは、親としても塾講師としても、自戒を込めて書いています) 心理学の専門用語を使ってしまいますが、子どもに対する様々なストローク(声かけや態度等)が、条件付きになってしまっていることが多いのです。分かりやすく言うと、「テストで点数を取れたり、何かで成果を出した時は褒めらけるけど、失敗したりやるべきみとをやらなかった時は、人格・存在を否定されたように感じる」というような場面が多いのだと思います。これを、「条件付きのストローク」と言います。褒めるのはプラスのストローク、叱るのはマイナスのストロークです。特に親は、「無条件のプラスストローク」を子どもに与え続けなくてはなりません。「生まれてくれてありがとう」「あなたがいてくれるだけで幸せ」「悪い成績を取ったって、あなたの価値が下がる訳じゃないのよ」というやつです。子どもが非行に走ったり、問題行動を起こしたりする時は、親のここの反応を試しているというのが心理学的な通説です。(別解釈もあります) 気を引きたいという気持ちに加えて、「悪いことをした俺でも親は愛してくれるのかな…?」ということを試しているのです。親の反応としての正解は、問題行動やテストで成績が下がった時に、その行為や勉強不足等の行動については叱ったとしても、その子の存在自体は否定しないということになります。「悪いことをしても、どんなに成績が下がっても、あなたのことは大好きよ」ということです。うーん、これがなかなか難しい…(苦笑)
本来の意味の自己肯定感・自己重要感というのは、「何かができた」とか、「何かの分野でとても優秀だ」とかいうことにより得られるものではありません。まぁ、何か1つでも、「これだけは誰にも負けない!」という才能があれば、それに越したことはない訳ですが、ほとんどの子どもたちが(大人も)なかなかそれを見つけられなくて、試行錯誤をしているのです。本当の意味での自己肯定感というのは、自分の存在についての自己評価です。「自分はこのままの自分でいいんだ」「ありのままの自分でもみんなに愛されてるいる」「生まれて来てよかった(お父さん・お母さんありがとう!)」と心の底から思えているような状態です。ここは、やはり子どもが小さい時からの親の関わり方の影響が大きいのは間違いありません。
<結論> 子どもが思うように育ってくれないと感じた時の親の反応がとても大きいと思います。悪いことをしたり、受験勉強や習い事で思うように頑張れなかったり(結果が出なかったり)した時に、その行為・取り組み等について、叱ることは悪いことではありません。(というか、本気で真剣に叱れるのは親しかいないのです) ただし、子どもの存在自体を否定するような言動には十分に注意してください。どうしても我慢できなくなったら、我が子が生まれた時のことを思い出してください。(私は、4人を初めて抱っこした時の写真をよく見返します笑) 子どもが小さい時から、失敗を恐れずにチャレンジするようにさせたいですよね。そのためには、失敗した時の親の対応がとても重要になります。失敗したことを頭ごなしに叱ってだけいたら、もう子どもはチャレンジしなくなってしまいます。それにより、自己肯定感は下がって行きます。我が子が、今現在はもちろん、将来こういう「自己肯定感」を持って生きていけるかどうか、親が真剣に考えてみる必要があると思います。
我が子の将来の幸せのために<その5>
- 2026年10月4日 1:33 PM
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<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
➂他人と「普通に」コミュニケーションを取る力
何か当たり前のことを書いていると感じた方が多いと思います。しかし残念ながら、大人になってもこれができない者が結構います。特に、就活や婚活のところの支援をしていて、そのことを感じることが多いです。基本的なところのコミュニケーションが取れないので、就活で何社受けても、婚活で何人とお見合いをしても、なかなか決まりません。お見合いが終わった後に、相手の仲人からお断りの理由を聞いて、私が「あちゃー」と頭を抱えたことは数え切れないくらいあります。
これは、偏見ではなく男子に多いのが特徴です。(お見合いや交際がうまく行かないのは、男性側に問題があるケースがほとんどです。女性側の「理想が高すぎる問題」もありますが…) 非常に分かりやすく言うと、こう言ったら相手がどう思うかとかにまったく鈍感で、延々と1人でしゃべり続けたり、相手の言ったことに対して的確に返しができなかったり、そもそも何のためにそこに行ってるの?ということを理解できていないようなケースすらあります。そんな状況なので、相手に気に入ってもらうとかそういう以前の段階で、検討の土俵にすら乗れないで終わってしまいます。(おそらく就活の採用試験でも同じような状況だと思います)
で、昔のことを思い出してみると、「やはり小学生・中学生の頃からそうだったな…」と言う結論になります。なので、子どもの頃から意識してこの力を伸ばしてあげないと、将来困ってしまうことになるというのが私の中での結論です。受験勉強の過程で、塾で日々子どもたちと様々なやり取りをしている訳ですが、やはりここに難がある生徒は、成績を上げるのがなかなか難しいです。指示や発問に対するリアクションもそうですが、質問や相談に来ても、何を言いたいのか分からなかったり、受験校や将来の夢について話をしても、会話のキャッチボールが成り立たない生徒は結構います。(やはり男子に多いです) それがそのまま、中学校での内申点に直結します。きちんと意思表示やコミュニケーションが取れない生徒は、様々な場面で損をしてしまうことになります。
保護者の方も含めて三者面談をすると、共通項があることに気付きます。きちんとコミュニケーションを取れない生徒は、本人に質問しても自分の言葉で答えようとしません。ほぼ全員に共通するのは、何か聞かれる度に、隣の親の顔を見ることです。その度に、「あなたに聞いているんだから、あなたがあなたの言葉で答えて」と言うようにしていますが、ここの習慣はそう簡単には直りません。おそらく、小さい頃からずっと親の顔色を伺うことが染み付いてしまっているのです。まず、親が意識と行動を変えないとダメだということです。「うちの子は、私がいないと1人では何もできなくて…」と言った(考えた)ことがある方は、要注意です。
コミュニケーションというのは、聞いて答えるという部分になる訳ですが、私が感じているのは、その前の段階に問題がある場合が多いということです。アンテナというか、感性というか、相手がどんな気持ちなのかとか、こうしたらこうなるというような想像力の部分が著しく欠如しているのです。なので、悪気なく問題発言をしてしまったり(いわゆる「間が読めない」というやつです)、相手の気分を害してしまったりすることになります。この部分も、子どものうちから訓練すれば、ある程度は鍛えられます。ただし、高校生・大学生くらいになって、それが体に染み付いてしまったら、なかなか改善は難しいです。婚活の支援をしている30代・40代の教え子(これは男子も女子も)で、コミュニケーションに問題があるのでそれを何とか改善させようと(私が)頑張るのですが、途方に暮れてしまう場合が多いです。何を言われているのか分からなかったり、頭では理解できても同じ行動を繰り返してしまったり… 遅くても中学生(高校受験)くらいまでに、意識してここを変えてあげる必要があると思っています。
私の経験で言えば、社会に出た後は、「他人と初対面で仲良くなれる力」がとても重要だと思います。自慢ではないのですが(と言って自慢していますね笑)、私はここがとても得意だと思っています。塾に初めて来校してくれた保護者の方とお話ししている様子を周りの講師たちが見て、「前からの知り合いだったんですか?」と言われたことが何度もあります。幼稚園や小学校のママ友たちとも、初対面で旧知の仲のように会話をすることができます。まぁ、仕事柄他のママたちと話をすることに慣れているからということはありますが(他のパパたちが初対面でそんな感じで話をしているのは見たことがありません)、性格もあると思いますし、人生経験を積んで怖いものがなくなったと言うか、やはり周りの保護者・ママ友たちが私よりずっと年下になってしまった(そりゃそうだ)ことも大きいだろうと思います。つい初対面の人にタメ口を使ってしまって、妻に叱られたこともあります。「ちょっと馴れ馴れし過ぎるよ!」と…(苦笑) GSでは私の上司はいませんが、学校でも上司にあたる校長・副校長がほとんど年下になってしまっているので、確かに口の利き方が馴れ馴れし過ぎる・失礼過ぎると思い。ちょっと反省しているところです。「おっ、校長! 元気っすか?」とか…(ほんとすみません…) でも、この部分のスキルによって、私(会社)も得をしているし、相手にとっても利益になっていることは多いと感じています。妻と我が子たちやGSの講師たちは、どちらかと言うとシャイで「人見知り」のタイプが多いようです。もったいないなぁと思うことが多いのですが、妻に言わせれば、「それが普通で、あなたがデリカシーがなさ過ぎるの! 何で知らない人に普通に話しかけてるの?」ということだそうです。あれ? 結論はどっちなんだ…?(笑)
<結論> 我が子が、周りの友だち・先生・周囲の大人と、自分の言葉できちんとコミュニケーションを取れるように、まず親がその意識を持つことが重要です。学校や地域の関わりの中で、そういう場面を極力増やすのがいいと思いますが(やはり塾やスポーツクラブが最適です)、親にはその役目はなかなかできません。なので、信頼できる人にお願いして、その力を引き出してもらえるような環境に身を置かせることが必要だと思います。(お金と労力はかかりますが、将来我が子がコミュニケーションに難を抱えて生きて行くことを考えれば、安いものだと思います)
我が子の将来の幸せのために<その4>
- 2026年10月3日 1:15 PM
- 未分類
<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
②本当に困った時に人に相談したり助けを求めたりする力
前回の①の項目と矛盾するように感じる方も多いと思いますが、私の中では全然矛盾しません。自分の人生は自分で決めて自分で行動を起こして行くべきですが、全力で取り組んでも、自分の力だけではどうにもならない場面に遭遇することはたくさんあります。少し寝かせておいて、また時期を見てチャレンジすればいい場合もあると思いますが、悶々としていていたら事態が悪化してしまうような時は、迷わず誰かに相談したり、助けを求めたりすることができた方が、人生は幸せです。そういう意味では、いざとすう時に助けてくれるような人間関係を、普段からきちんと構築しておくことが重要なのは言うまでもありません。まず身内です。何だかんだ言っても、本当に困った時に助けてくれるのは家族です。親・兄弟姉妹・親戚、それが最終的には配偶者・子どもに移り変わって行きます。このブログを読んでいるのは「親」としての立場の方が多いと思いますが、自身の家族という広い視点で再度見直してみてください。ただ、前回も書いた通り、家族との関係が崩れていて、そのことで悩んでいる人が増えているのは間違いないので、なかなか難しい状況だと思います。
次に会社の人間関係(上司・同僚・部下)、学校・塾・大学の人間関係(先生・先輩・同期・後輩)、ご近所さん、パパ友・ママ友等が頭に浮かびますが、私がここで強調しておきたいのは、病院・カウンセリングルーム・弁護士事務所等の専門機関や、行政の相談窓口等をもっと積極的に利用してほしいということです。やはりその道のプロは頼りになりますし、早く解決できる場合が多いです。お金がかかる場合もありますが、そのレベルの相談が必要な場合は、お金には替えられないことが多いと思います。行政の窓口は無料で利用できたり、逆に支援金や補助金がもらえたりするケースもあります。(私も今までの人生の様々な場面で利用させてもらいました) ここについては、情報を知っているかどうかで大きな差がつきます。情報弱者だと、この部分でとても損をします。特に補助金等については、知っているかいないかで、数十万円もの差がつくことはざらにあります。税金や年金のところもそうです。後になって、「知らなかった…」と悔やんでも遅いのです。そういう意味でも、専門家の力を借りるのはとても意味があることだと思います。
私は、受験・就職・結婚・妊活・子育て・不登校・発達障害・健康促進(予防医療)・お金全般・カウンセリング・終活・葬儀と、人生のあらゆる局面での困り事に対して、相談に乗ることができます。そのほとんどについて専門的な資格を持っていて、組織に属して活動している分野も多いです。GSのコンセプト・理念は、「子どもたちの一生の幸せのために」です。これはお題目ではありません。実際に、子どもたちが塾を離れた後も(保護者の方も含めて)、様々力になれるように体制を整えているのです。
<結論> 将来、子どもたちが本当に困った時には、適切なタイミングで適切な人(場所)に対して、SOSを出せるようにしてあげることがとても重要です。そのためには、「受験勉強」は格好の練習台となります。もちろん本質的な努力をいかにするかが重要ですが、「困った時にどうやって人の力を借りるか…」 このことを学ぶのに、こんな良い機会はありません。もちろん、塾講師がその一番のターゲットとなる訳です。
我が子の将来の幸せのために<その3>
- 2026年10月2日 9:00 AM
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ここ数日、何人かの保護者の方やママ友に言われたのは、「我が子が将来幸せになれるために、勉強以外で今後必要な力を言語化してくれ」ということでした。ブログを愛読していただいているからこその反応なので、とてもありがたいのですが、「そんな無茶な…」というのが正直なところです。でも、とても重要なことなので、ちょっと頑張ってみようと思います。40年に渡って、教え子たちのその後の動向(幸せそうか、そうでないか)を追い続けている私にしかできないことがあると思いました。実は、このテーマで書籍の出版の話があります(印税や買取条件等)条件が折り合わずにペンディングになっていますが、今後(別の出版社も含めて)再度オファーが来たら前向きに考えたいテーマです。
この昔の教え子の動向について、私が気をつけなくては…と思っているのは、「生存者バイアス」の存在です。(この用語の意味が分かるでしょうか?) 卒業して何十年も経ってから、SNSで連絡をくれたり(私の名前で検索すればすぐにどこで何をしているか分かりますよね…)、会いに来てくれたりする教え子は、どちらかと言うと「今幸せな生活を送っている」ケースが多いはずです。結婚相談所に駆け込んで来るような教え子も(30代前半の女子が多い)、仕事やそれ以外の部分では幸せそうな者が多いです。カウンセリングルームやFPの方に相談に来る教え子は、本当に困っている場合が多いのですが、数としてはとても少ないです。よって、「私の昔の教え子たちはみんな幸せそうに生きている」という印象がありますが、それは「勝者の論理」なのかもしれないということです。仕事や結婚、人間関係のところで行き詰まって(家族との関係で悩んでいる者が多い)、誰にも相談できずに(もちろん私にも)、悶々としている教え子も結構いるのだろうということは想像しなくてはならないと考えています。
そのあたりを踏まえた上で、真剣にまとめてみようと思います。1日1つのテーマのみに絞って書いて行きます。
<子どもたちが将来幸せになるために、今後身に付けるべき力>
①自分で判断して自分で行動を起こすこと
子どもの頃は、親や周りの大人が何でもお膳立てをしてやってくれた訳ですが、(当たり前のことですが)将来社会に出たり、結婚して家庭を持ったりしたら、自分1人で考えて決めて行かなくてはいけません。人生の、岐路の選択もそうですが、毎日の仕事や生活の中でも、決断→行動→分析・反省→次に向けての修正等を日常的にして行くことになります。この時に、自分で決断することから逃げたり、すぐに行動を起こすべきことなのになかなか起こせなかったりしていると、後ににって後悔してしまうケースが多いです。逆に、行動を起こしちゃいけない時に起こしてしまう場合もありますが、これは前者に較べるとまだ救われると思います。とにかく、人生の大事なことに対して、「誰かがどうにかしてくれる」という感覚が染み付いてしまっていて、自分で行動を起こすべき時に起こせないというのが、とてもまずいです。残念ながら、30代・40代になっても、正にこの状態の元教え子たちが少なくないのです。特に結婚・出産・子育てのところでそうなってしまっている者が多いのですが、婚活の過程や、結婚してからのパートナーとの関係を聞いて、唖然としてしまうことがよくあります。「決めるのが怖い」という感じならまだいいのです。その点について背中を押してあげれば、行動を起こすことができるようになるからです。そうではなくて、自分の人生が何か他人事で、「人生がうまく行かないのは誰か(特に親)のせい」、「そのうちきっと白馬の王子様が迎えに来てくれる」「幸せの青い鳥がきっと飛んで来てくれる」というようなことをずっと(真剣に)信じているのです。自分ではそのための行動を何も起こしていないのに…
<結論> 子どもの頃から、大事な局面ほど、子ども自身が自分で考えて決断し、決めたことは自分で責任を持って取り組むように、意識してやらせるようにすること。親が決めたり、やってしまう方が楽なのですが、そのしっぺ返しは、将来必ず来ます。自分で何も決められない、自分の力では何もできないような大人にしてはいけません。
と書いていて、これは難しいだろうなーと感じました。我が子たちのことを考えた時に、このレベルのことをやらせる自信はありません(苦笑)。なので、「決める練習」を一緒にするのがいいと思います。メリット・デメリット等を一緒に整理して考えて、子どもに決めさせるようにする。ただし、重要な決断で間違うとまずい場面では、再度相談して修正する。(間違えても大して影響がない場合はそのまま進める手も…) その際に、決断のポイントはどこなのか、どういう影響があるのか等を一緒に話し合う。これなら(ちょっと時間はかかりますが)我が家でもできそうです。いずれにしても、近い将来、自分で考えて自分で決断し、自分で行動して、結果について自分で責任を取らなくてはならない時が来るんだよということを、しっかり親の言葉で伝える必要があるのだと思います。
(次回に続く…)
受験生は塾の授業がない日に差がつきます!
- 2026年10月1日 11:24 AM
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八王子は台風の影響もまったくなく、すっかり夏が戻って来ました。朝から暑いです。数日前に衣替えをして、夏服(半袖ポロシャツ等)を箪笥にしまったのですが、またすぐに出す羽目になりました。洗濯を大量にして(干しきれない…)、傘・靴・布団を干して、気分がいいですね… しばらくまとまった雨は降らなそうとのことです。このまま爽やかな秋がしばらく続くといいのですが…
木曜日は、唯一午前中に予定がない日で時間があるので、家中片づけや掃除をして回っています。妻は仕事に出ていますが、昼過ぎには帰って来るので、午後買い物に出かける予定です。大食いが4人(5人?)もいると、週1回の大量買い出しが必須なのです。最近のホームグラウンドは、みなみ野の「アーげん」と自宅至近の「業スー」です。
昨日は夕方以降、校舎で溜まっている事務仕事を一気に片付けようと思っていました。(経理の月末締めに結構時間がかかります。領収証のデジタル化や、会計ソフトへの入力等) 私は授業がなく、小6・中3も授業がない日なので、比較的静かな時間が流れる日だからです。実際、1学期は事務仕事がだいぶ捗っていました。しかし昨日は、ほとんど進まず閉校時間を迎えてしまいました。2学期になって、受験生たちが授業のない日にも自習室に集まって来るようになって来たからです。昨日は、小6のほぼ全員(1人以外)と、中3の半分くらいの生徒が自習しに来ていました。そうするとどうなるかと言うと、算数・数学のノートチェック・質問・過去問添削・学習相談等にひっきりなしに生徒がやって来ることになります。GSには算数・数学の講師が3名いますが(全員ベテランです)、昨日は他の2名が定休日のため、すべて私が対応することになるのは必然です。大袈裟ではなく、夕方から閉校時間まで、ほとんど私の体は空きませんでした… 授業が終わった小5の居残り組や、授業前早く来た中2も参戦して… 正に嬉しい悲鳴という状況です。こういう仕事で忙しくなるのは大歓迎です。
生徒たちとやり取りしていて感じたのは、受験生は、塾の授業日以外の取り組みで差がついているなということです。授業中はみんな集中して取り組みますし、インプットが中心なので、あまり差がつかないのです。それを復習して定着し、問題を解いて正確なアウトプットの訓練をどのくらいしっかりできるかで、テストの得点力に差がついて行きます。もちろん、宿題や課題にしっかり取り組むのは最低限です。やはり、質問の頻度・質の差が大きいですね。私の経験で非常に端的に言えば、まったく質問しない生徒も、質問し過ぎる生徒もダメだと思っています。また、この時期になって「このへんが全然分からない」というような質問の仕方をしている生徒も今イチです。途中まで解いたのを持って来て、「ここまではできたけど、この先行き詰まって…」とか、「何度やっても答えが合わない(おかしくなっちゃう)」とか、「とりあえず答えは出たけど、解き方がこれでベストか見てほしい」とか、そんな質問ができるようになったら、一流の受験生です。
もっと手前の段階で言うと、塾の自習室の使い方で大きく差がつくんだろうなということです。無料で使えて、質問や相談までできるのに、ほとんど使わずに受験を迎えてしまうのは本当にもったいない話です。大手塾の自習室の様子を聞くと、「行ってもあまり意味がない」と言う生徒・保護者の方が多いです。生徒たちが勝手におしゃべりをしていてうるさくて集中できない状況だったり、先生たちがそばにいないので質問等はほとんどできないという話もよく聞きます。GSでも、(私以外の)講師たちは週休2日制ですし、残り5日も授業に入っているので、質問したいタイミングで必ずその科目の質問をできるとは限りません。しかし、こんな小さな塾で(1学年最大2クラス18名程度です)、各科目2~3名ずつはその道のプロ講師がいて、自習室も含めて全員に目が届いているという状況は、他の塾にはどうやっても真似できないはずなので、今後もそのメリットを存分に活かして運営して行こうと考えています。
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