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塾の実態が丸裸に!?<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年7月13日 8:57 AM
  • 未分類

講師の経歴で言うと、あとはその講師の過去の合格実績ということになります。これが講師の力量を測る一番分かりやすい指標であることは異論がないでしょう。
ただし、塾の合格実績のところでも問題になった通り、これについても合格者数だけでなく、合格率(何名中何名)は?という話になってきて、収拾がつかなくなる可能性があります。私は、塾や校舎の合格者数よりは、講師ごとの合格者数の方が信憑性が高いと思います。なぜかと言うと、1人の講師が1年間に担当できる受験生の数には限界があるからです。大学受験の予備校のように、志望大学ごとの冠コースを1クラス数百名で編成していたりすれば別ですが、中学受験や高校受験の場合、1クラスは多くてもせいぜい20~25名程度でしょうし、年間通して担当できるのは1学年ごとに2~3クラスでしょうから、同じレベルの学校を受験する受験生の数は、一定限られてしまうのです。その中で毎年コンスタントに合格者数を積み上げている講師は、やはり優秀な講師なのです。
以前にも書きましたが、配属校舎の当たりはずれが関係するのは、配属や転勤となった1年目だけです。2年目以降の合格実績は、やはり「人」によって変わってきます。特に大手塾では、毎年合格者をたくさん輩出している校長(講師)が転勤となると、合格実績もその校長(講師)の移動に合わせて移動するケースがほとんどです。今まで担当していた校舎は、新たに着任した講師の力量にもよりますが、普通は尻すぼみとなっていきます。合格実績は人に着くと言われる所以です。

今回、このことが話題になって、講師の打ち出し方を考えている中で、私自身が担当してきた生徒の合格者数を整理してみました。モデルケースとしてそれをいくつか公表してみます。
自分が所属していた校舎の本科生で、自分が半年以上継続して担当したクラスに在籍し、入試時期まで在籍して受験(受検)した生徒という条件で指を折ってみました。(講習生や日曜特訓・合宿等の単発講座のみを担当した生徒はカウントしていません) 昔の生徒たちの名簿は存在していないため記憶を紐解いて数えたので、多少の誤差はあると思います。

都立中 → 約100名です。(正確に言うと100名にはまだ届いていません。来春で届くはずですが…)多摩地区で都立中の入試が始まってからまだ7年しか経過していません。南多摩は5年目です。ですから、この7年間での合格者数ということになります。
合格率は、面白いもので(というと不謹慎ですが…)毎年ほとんど40~50%の間に収まっています。トータルで45%くらいになると思います。皆さんからは「すごいこと」だと言われますが、私の中ではあまり満足感は高くありません。もっと行けるはずだと思っているからです。毎年コンスタントに7割の生徒を合格させられるようになったら、多少手応えが出てくると思います。
※もし塾関係者の方で、「自分は(塾の本科生で)今までに都立中に100名以上合格させている」とか、「毎年合格率は50%を下回ったことがない」という方がいらっしゃったら、ぜひご連絡ください。単に「お友達」になりたいというだけですが… そういう次元での情報交換をぜひしたいと考えています。

都立進学重点高校 → 進学重点校が最初に指定されたのは13年前のことですが、この10年間に絞って記憶を遡ってみました。今のような最難関レベルの入試になったのがその頃からだと思いますので…
合格者数は200名程度です。そこから先の細かい数字は自信がありません。私がここについて誇れるのは(自分で言うなよ!)、合格率の高さです。おそらく90%は超えていると思います。何しろGSが開校してからの2年間は1人も落ちていませんし、それ以前についても、1人や2人だけ不合格であとは全員合格という年が多かったと思います。1年だけ苦しい結果だった記憶がありますが、それでも合格者の方が圧倒的に多かったはずです。
都立に関してはある程度勝算がないと受けさせていないということもあると思いますが、内申点や理社の点数をきちんと取らせること、自校作成問題で点数を取るための技術等、トータルで勝たせてあげられているように感じています。(詳細は、2~3週間前にこのブログで連載していた「秘密シリーズ」!?をお読みください)

早慶付属高校 → 今でこそ時代が変わってしまい、都立中高の人気がとても高くなっていますが、10年以上前は都立人気はまだ下火でした。15年前のことを思い出すと、都立中はまだ存在すらしていませんでしたし、都立高校はトップ校(今の進学重点校)ですら、私立難関高校の滑り止めとしての存在でしかなかったのです。立川高校は、定員割れの年も多く、内申オール3くらいで合格者が結構出ていました。西高校ですら定員割れの年があって、私立高校で全滅した生徒が救われた記憶が生々しく残っています。
そんな中で多摩地区の優秀な中学生たちはどこを目指していたかと言うと、早慶の付属高校なのです。進学塾の上位クラスは、早慶高に何名通せるかが1つのステイタスだった時代でした。そんな状況ですから、私の塾講師としての前半戦は、早慶高との戦いだったと言ってもよいでしょう。(最初に小学部ではなく中学部の担当になったこともあります)若かったこともあり、他の講師たちと指導法等で口論になると、「お前は今まで早慶何名受からせたか言うてみぃ!」「わしは何名じゃ!」みたいなバトルをしていたことが、今では良い想い出です。笑
早慶高の場合、1人の生徒が複数の高校を受験して合格することが可能です。2次試験の日程次第でもあるのですが、最大4校の合格が可能だった年もありました。ですので、この合格者数は都立と違って、合格した生徒の頭数とは一致しません。併願パターンの巧拙によっても合格者数は上下します。
で、結論として、合格者数は400名~500名の間のどこかです。昔は1名単位まで正確に覚えていたこともありましたが、何しろ月日が経ち過ぎました… 

自分をモデルとして、塾講師個人に帰属する合格実績を公表するとどうなるかという実例を書いてみました。あまり意味がないといううことがよく分かりました…苦笑

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