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GS進学教室

慶應の優勝について考えたこと

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月24日 3:08 PM
  • 未分類

甲子園の高校野球で、神奈川の慶應義塾高校が優勝しました。強いチームだとは思っていましたが、仙台育英との決勝であんなに大差で勝つとは想像していませんでした。1万人は優に超えていたと言われている大応援団の声援の後押しもあったと思います。関係者やOBがあんなに一丸となって盛り上がれるのは、とても羨ましいです。私の教え子には慶應のOB・OGが多いのですが、何人もが甲子園から写真や動画を送ってくれました。結束力がすごいですね。初戦からずっと応援している者もいて、「仕事はどうしてるのだろう…」とちょっと心配になりました。1人は、「今年の有給を全部使い切ってしまった」と言っていましたが… 我が母校にも甲子園に出てもらって、ぜひ応援に行きたいと思いました。

森林監督が掲げる「エンジョイ・ベースボール」の理念の下で、常に笑顔で語り合いながらプレーをしている様子が印象的でした。今までの高校球児の常識を覆す、(かっこいい)長髪や(色白の選手の)日焼け止めが話題になっていました。うちの妻も、丸田くんの虜になってしまったようです(苦笑)。私は眼鏡の延末くんがとても気になっていました。監督のことを「森林さん」と呼び、練習方法についても意見し、とにかく自分たちで考えて、楽しんでプレイしている様子が伝わって来ました。

ネット界隈では、「チャラチャラ野球をやってんじゃねぇ!」とか、「髪を切ってから出直して来い!」というような悪意のある投稿も目に付きました。しかし、分かる人たちには分かっているはずです。彼らが決してチャラチャラ野球をやっていた訳ではないことを… 相当練習もハードにやっていたようですし、基礎体力作りやバットの振り込み等、個人の鍛錬にもかなり時間をかけていたと聞きます。ただし、理論に基づいて、1人ひとりが考えて非常に合理的な練習をしていたことと、苦しいことでもみんなで励まし合いながら、楽しく取り組んでいたことは特筆されるべきでしょう。甲子園でも、緊迫している場面で、選手たちに自然な笑顔が出ていました。ミスが出ても、萎縮したりする様子はなく、これまた笑顔で励まし合っている場面もありました。

慶應は、高校野球の世界の中では、とても自由なチームであることは間違いありません。ただし、本当は自由ってしんどいんですよね… 当然、そこには責任が付いて回ります。結果が出ないと、とやかく言われてしまうリスクもあります。それよりも、自分たちで考えて決めて、それを実行することがしんどいのです。監督やコーチの言われるままにやるほうが、余程楽だと思います。

このことを考えていて、受験生についても同じことが当てはまるということを改めて感じていました。先生に言われるままにひたすら課題をこなすことで、ある程度のレベルまでは到達できます。それすらできない受験生は、なかなか成績を伸ばすことができません。ただし、本当に最難関のレベルになると、それだけては超えられない壁が存在するのです。自分で何をするべきかを常に考えて、講師たちを最大限に利用して、自発的・積極的に取り組んで行けるかどうかが重要になって来ます。私の経験則から具体的に言えば、中学受験でも高校受験でも、MARCHのレベルまでは「言われたことはやる」式の勉強でも何とか到達できる場合が多いです。しかし、その上の御三家・早慶レベルになると、大きな壁が存在します。都立高校で言えば、共通問題校と自校作成校の間に大きな壁があります。特に、国立・西・日比谷のレベルになると、自発的・意欲的な勉強ができないと、なかなか合格のレベルには辿り着けません。合格して入学した後も、「やらされ勉強」が身に付いてしまっているようだと、周りのレベルについて行けなくなります。

私は結婚相談所で、30代の(元)教え子を中心に、「お見合いで相手を見つけて、婚約にこぎつける」ところまでの支援をしています。日々電話やラインでやり取りをしながら進めるのですが、その中で、このことを痛感することが多いです。なかなかうまく行かない者は、自分で考えて自分で行動することができないのです。もちろん、こちらで事前にかなり丁寧にアドバイス等をするのですが、お見合いやデートに同席することはできないので、その場で臨機応変に対応して行かなくてはならない場面があります。そこで、どうしていいか分からなくなってしまったり、(信じられないことに)相手を待たせておいて私に連絡して来たりするケースがあるのです。当然、お見合いや交際がうまく行くはずがありません。指示待ち習慣の弊害と言ってしまえばそうなのですが、私には、「自分で決めて自分で責任を取る」ということをしたくないように見えます。だから、様々なことが他人事になってしまうのです。自分の人生なのに…

一方、敗れた仙台育英の須江監督のインタビューにも感銘を受けました。昨年優勝した時に発した、「青春ってとっても密なので…」という言葉が流行語大賞にノミネートされました。今年は、慶應の優勝を心から称える様子も素晴らしいものでしたが、私は「人生は敗者復活戦」という言葉が刺さりました。負けた後に、それをどう消化して、次に向かえるかどうかが大事だと思うと… このテーマについては、先週のブログで書きました。共感しかありません。

GSでは、塾でもそれ以外のカテゴリーでも、子どもたちや会員・クライアントが、これらのことを実践できるように支援して行きたいと考えています。

〇何事にも自分事として、自発的・積極的に取り組めるようにすること。

〇苦しい時ほど、笑顔で頑張れる人になること。

〇一度失敗したくらいでめげずに、次の目標に向けて努力を続けて行くこと。

〇他人を尊重し、感謝の気持ちを持てるようにすること。

夏期講習会ラストスパート!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月23日 12:03 AM
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本当に早いもので、夏期講習も残り2日となりました。金曜日から、市内のほとんどの小学校と一部の中学校で2学期の授業が始まってしまうのです。

特に受験学年の生徒たちは、夏の間本当によく頑張って来ました。ほとんどの生徒が(お弁当2食持ちで)11時間くらい校舎に籠っていましたが、集中力が切れる様子はまったくありませんでした。日々の取り組みや確認テストの結果からすると、夏の前とは別人28号(古っ!)になって来た生徒が多いのですが、受験勉強ではテストの結果がすべてです。昨日から始まっている「ファイナル入試バトル」と、来週予定されているGSテスト(全国模試)や会場テストの結果にすべてが集約されます。志望校から逆算すると、夏の前と較べて大きく数字を伸ばさないと、苦しくなってしまう生徒も少なくありません。生徒たちは、かなり気合が入って来ています。ちょっと「びびり」が入って来ている生徒もいます。講師たちが毎日様々な話をしながら、一緒に戦っています。

ここまで来ると、やはり最後は気持ちの問題が大きいように感じています。「絶対に合格する!」「必ず成績を上げる!」という強い意志と、テスト中の見直し等、最後まで1点にこだわる姿勢が、結果に結び付いて来ます。とにかく最後まで全力でやり切って、悔いなく夏期講習会を終えてほしいと強く思います。

外食が怖い…

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月22日 11:04 AM
  • 未分類

結局、昨日授業と面談がすべて終了したのは、夜6時半頃になってしまいました。終わった途端に3歳児が「お腹空いた~!」と騒ぎ始め(まぁ無理もないのですが…)、妻も私もさすがにそれから夕食の用意をする気力が湧かず、(GSまで車で来ていたので)そのまま外食に向かうことにしました。普段こういう場合は、昼間仕事に出かける前に夕食をある程度作っておくのですが、昨日は妻がダンスの後病院に出かけていて、私は突然バンクしてしまった自転車を修理に持って行って思いの外時間がかかってしまったために、そのまま6人で出勤する羽目になってしまっていたのです。

サイゼリアにしました。とにかく安いのです。我が家は食べ盛りが5人もいますが、みんな結構お腹いっぱい食べて、ドリンクバーも付けて、6人で3,500円くらいでした。ほんと子どもが多い家庭にとって、サイゼリアは「神」です。お子様ポテトが1皿91円だったので、4人分頼んだのですが、結構ボリュームがあってびっくりしました。これで税込100円か!?   フードコートやマックでも同じくらいの値段で食べられますが、夕食としてはちょっと物足りない感じになってしまいます。これが、(同じくらい食べたとすると)ガストやバーミヤンだと5,000円台、デニーズだと7,000円台、くら寿司だと9,000円台になります。 怖い、怖い… しゃぶ葉とかの食べ放題だと、子どもたちは元が取れますが、特に妻は(小食なので)「全然元が取れない…」と乗り気ではありません。今でこんな状況なのですから、10年後とかのことはちょっと想像したくありません。

普段の私の夕食は、時間が遅いこともあり(通常夜10時くらい)、妻の管理により、とても少な目なのですが、外食の時は歯止めが効かず、つい食べ過ぎてしまいます。夜の外食は、月に1~2回程度なので、妻も大目に見てくれています。帰宅後、子どもたちをお風呂に入れて寝かし付けた後、ジムに行きました。体の重いこと、重いこと… 夏期講習会中は、ジムの頻度が少なくなってしまっているので(週1回程度)、筋力も心肺能力も覿面に落ちています。あと2日で夏期講習が終了するので、またペースを上げようと思います。

幼稚園再開!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月21日 5:22 PM
  • 未分類

本日より、ひと足早く幼稚園が始まってしまいました。今週は、まだ夏仕様のカリキュラムで、プールやスイカ割り、夏祭りと、お楽しみイベントが多いので、すっかり緩んでしまったであろう園児たちも復帰しやすかったと思います。次男は、「スイカ食べ過ぎた~」とご満悦で帰って来ました。小学校も今週末から2学期がスタートします。宿題は大丈夫なのだろうか…? そういえば、我が家に絵日記をまとめて書いていた少年がいたような気が…

親も送り迎えが入って来るので、急に忙しくなって来ます。塾の方は、本日は受験コースは休講日ですが、小学生英語の授業や面談が入っているので、ちょっとバタバタになっています。講習中は朝から夜まで教室がほぼすべて埋まってしまうので、クール休みを使わないと運営が回らないのです。長女も授業を受けるので、男子3名も校舎に連れて来ざるを得ない状況になってしまいます。私が面談、妻が授業に入っている間も、3人でおとなしく本を読んでいたりするので、だいぶ楽になりました。

この夏は、親が忙しかったことと、とにかく暑い毎日が続いたので、子どもたちはほとんど外に出られていないのです。長女は塾の夏期講習やダンス等で、1人忙しく出歩いていましたが、男子3名はほとんど家に籠りきりでした。我が家では、家から「出ずにーランド」と呼んでいました。気分の問題です(笑)。あまり運動もしていないので、特に2人はかなり太ったような気がします。運動しないで、3食かなりの量を食べるのですから…

そのおかげで、4人ともとにかく本をよく読みました。大画面テレビで、ビデオもよく見ていました。読む本や観るビデオを親が管理はしていなかったのですが、それなりに親が読んでほしい本や番組を選んでいたようで、ちょっと感心しました。男子2名は、よく工作もしていました。段ボールやお菓子の空き箱、トイレットペーパーの芯等、その辺のガラクタを使って、いろんなものを作っていました。3歳児は、積み木やブロックで遊んでいることが多かったです。特に上の2人がハマっていたのは、懸賞や応募です。雑誌のアンケート・プレゼントの企画をはじめ、ネットで検索して自分たちが応募できるものを探して、作文を書いたりポスターを作ったりして、私に「これ送りたいんだけど…」と頼んで来るのです。この夏だけで、私はいったいいくつ郵送したか分かりません。1つでも入選すれば達成感が得られると思うので、ちょっと楽しみに待ちたいと思います。ちなみに、雑誌のプレゼント企画は、今までに何度か当たっています。今は、小学校で1人1台バソコンが支給されていて、夏休みはそれを家で自由に使えるようになっています。充電器も持ち帰って来ていて、Wi-fiにも繋ぐことができます。もちろん、バソコンを使った宿題やタイピングの練習等、学校から指示されていることもあるのですが、長女はダンスの動画、長男はポケモンの情報を見ていることが多いことをパパは知っています。まぁ、やるべきことをきちんとやっていて、使用時間の管理さえできていれば、あまり目くじら立てることではないと思っているのですが、見られるサイトのフィルターもかかっていないようですし、ちょっと心配になります。親が管理しろということなのでしょうが、時代は変わったなぁと改めて思います。

夢が叶うとは限らない…<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月20日 2:00 PM
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またまた話が思いきり逸れてしまっているようです… 私の今までの人生を振り返ると、その場その場では夢・目標が叶わなかったり、人生がうまく行っていない(と感じる)ことは多かったのですが(ある意味では、45歳くらいまでは挫折の連続だったと言ってもいいかもしれません)、人生長い目で見れば、おそらく今置かれている状況が、一番幸せなのだろうということです。「(運命によって)こうなるべくしてなった」という言い方もできると思います。

高校生の時に、(バレーボールで)あと1点が取れて全国大会に出場していたら、もしかしたら違った人生になっていたかもしれません。どちらかの公務員試験にあと1人順位が上がって合格していたら、まったく別の人生になっていたことは間違いありません。(社員としては)塾で仕事はしていないわけですし、GSという塾もこの世に生まれていないでしょう。その後出会った多くの人たちとも、出会わずに終わってしまうことになります。(全然別の出会いがたくさんあったのでしょうが…)  それより何より、今の妻とは出会っていませんし、当然4人の子どもたちも生まれていません。結婚していたかどうかは、分かりません。ちょっと微妙ですかね… 「人間万事塞翁が馬」という諺が当てはまるのかどうか分かりませんが、本当に人間の人生は、どこでどう変わるか分からないものです。

私がもう1つ重要だと思っていることは、子どもたちに、「夢・目標が必ず叶うとは限らない」ということ、もっと言ってしまえば「人間には、どんなに頑張ったってできない無理なことがある」ということを、皮膚感覚として分からせておくことがとても大切だということです。子どもたちに自信を持たせることは大切ですが、「人間努力すれば、何でもできるようになる」というような、意味のない万能感はマイナスでしかないと思っています。誤解をされると困るのですが、高い目標を設定して、それに向けてできるだけの努力を継続して行くことはとても大切です。そうしないと、高い目標をクリアすることはできません。毎年入試で奇跡の合格を果たす生徒は、全員本当に頑張りきった生徒です。努力が継続できない生徒は、奇跡を起こすことはできないのです。でも、頑張った生徒が全員合格できる訳ではありません。ここのニュアンスがうまく伝わっているでしょうか…?

もっと分かりやすい例を挙げましょう。私がどんなに勉強を頑張ったとしても、東大には入れません。自分が卒業した大学・学部も、一般受験だったら100%無理だったと言い切れます。中学生の時の内申点で3と4が並んでいる(体育だけはずっと5!)、ある程度頑張った上で偏差値50台というのは、そういうレベルです。また、どんなに努力したって、プロ野球選手にはなれないし、ジャニーズには入れないのです。(私の教え子には、ジャニーズもAKBグループのメンバーもいますが…)  そういうことです。それを、「頑張れば東大に行けるかも…」とか、「ジャニーズに入れるよ!」というのが、どれだけ罪作りなことかということです。もう少し現実的な目標であったとしても、結果として夢が叶わないことはいくらでもあります。その時に、落ち込んで立ち直れなくなってしまうのは、本当にもったいないと思います。そこに向けて努力をしたことは無駄になりませんし、自分の成長にも繋がっているでしょう。それをバネにして、次の別の目標に向けて努力を続けられる人になってほしいと強く思います。これは、GSの重要な指導理念の1つにもなっています。

夢が叶うとは限らない…<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月19日 12:27 PM
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私が正社員として大手塾に就職し、それからの23年間については(このテーマでは)ほとんど語ることがありません。生徒のため、会社のために、とにかくがむしゃらに走り続けました。生徒たちを志望校に合格させること、受験を通して成長させること、会社に貢献することについては、自分なりにはやり切れたと自負しています。その結果として、昇給・昇進に関しては、誰よりも早く引き上げていただいたと思います。しかし、それ以外の自分のプライベート、人生、家族についてはかなり犠牲にしてしまったことも事実です。何しろ、23年間、ほとんど仕事以外で社会との接触を断っていたのですから… 会社勤めの晩年に、若い連中から「将来、後藤さんのようにはなりたくない」と言われたことを思い出します。(人生を犠牲にして、仕事にのめり込んでいるように見えていたようです) しかし、このことを今後悔しているかと言うと、まったくそんなことはありません。お世話になった会社・上司・仲間には感謝しかありませんし、あの23年間がなかったら、今の自分はないと確信しています。

私が45歳の時に、母親が倒れたことが人生の転機となりました。母1人・子1人でずっと暮らしていたので、介護に専念しないともうどうにもならない状況となり、会社を退職することになりました。当時は取締役を拝命していたので、会社にも多大なご迷惑をおかけしてしまいました。私としては、(会社にいらないと言われない限り)一生会社に骨を埋めるつもりでいたので、断腸の思いでした。

1年近く母親の介護をしながら、自分の人生の棚卸しをしました。「自分の人生はこのままでいいのか?」「今後どうして行くべきなのか?」と… そこで出た結論は、「このままではいけない」ということでした。仕事だけでなく、自分の(仕事以外の)人生をもっと充実させないとダメだと、初めて思えたのです。(それまでも、自分では十分充実した人生だと感じていたのですが…)  その後運良く、母親が一生医療ケアを受けながら暮らせる施設に入所することができ、時間的にも余裕ができました。結局自分にはこの仕事しかできないので、自分で細々と塾を開業して(今はおかげ様で1校舎としては大所帯となりましたが…)、その直後に結婚することになり、人生が大きく変わり始めたのです。結婚については、自分でも本当に晴天の霹靂でした。このブログで書いたかどうか覚えていないのですが、我々は「交際0日婚」です。いわゆるお付き合い(交際)していた期間はありません。以前からの知り合いではありましたが、久しぶりに再会して話をして(話がそんなに盛り上がった記憶もない…苦笑)、その日の別れ際に「結婚する」という結論になっていました…     このあたりのことについて書き出したら、ブログの10日分くらいすぐに書けそうですが、さすがに公開できる内容ではなく…(苦笑)   実は、妻の非公開の「note」(無料)に、(私が!)この「空白の1日(笑)」のことをかなり赤裸々に書いていますので、(信頼できる方で)興味がある方には(そんな人がいるのかな?)アドレスをお教えします。(検索しても見つからないと思います。たぶん…)

(次回に続く…)

夢が叶うとは限らない…<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月18日 10:44 AM
  • 未分類

子育て中の皆さん(特にパパたち)は、「あるある」だと思いますが、やはり休みの日の方が格段に疲れます。特に昨日のように、子どもたちを連れてお出かけした日はそうですが、普段の何気ない日常の日であってもそうです。逆に言えば、仕事だけしていればいいのであれば本当に楽に感じます。それは、10時間以上働いている夏期講習会中であってもです。これも伝わる人には伝わると思いますが、子育てって、疲れ方の質が全然違うのです。こういうことを書くと、若い皆さんが、「そんなに大変なら子どもはいらない…」と思ってしまうかもしれませんが、それは本意ではありません。私は、「最高の教師」のように、もう一度人生をやり直していいことになったら、それでも子どもは欲しいです。「4人も?」と聞かれたら、「いや、5人でも6人でも…」と答えると思います。私は45歳で結婚してから(ありがたいことに)子どもを4人授かったのですが、適齢期(?)に結婚していたら、その可能性はかなりあったのではないかと思っています。大変ではありますが、子どもたちから与えられるもの、子育ての過程で得られるもの(自分が成長できること)って、測り知れないくらい大きいものがあると感じています。

私の公務員試験の結果は想像ついている方が多いと思いますが、1次試験は全部合格したのに、2次試験(面接・作文)で全滅となりました。もちろん、面接や作文の出来が悪かったのだろうと思います。筆記試験に較べると、準備が不足していたことは否めません。当時は、今と違ってインターネットもまだない時代でしたし、情報を仕入れるのがとても難しかった記憶があります。筆記試験の対策は通信教育や問題集を買い込んで何とかなりましたが、論文や面接に関しては情報がとても少なかったのです。今となってみれば、大学のOBで同じ試験を受けて合格した方が多かったのですから(そして当時は就職課でその先輩の個人情報が閲覧できた)、相談に乗ってもらうことができたはずです。そこまで頭が回らず、不安なまま2次試験に臨んでしまいました。3つの試験のうち2つは、情報公開制度があって、自分の(点数ではなく)順位が分かるようになっていました。結果は、2つとも公表されていた合格者数の次の順位でした。両方とも、1番違いで落ちたということです。おそらく筆記試験はかなり点数を取れていたと思うので(直前の模試でもかなり上位だった)、とても悔しかった記憶があります。

公務員と教員採用試験がすべて不合格となって、茫然自失という感じでしたが、11月に地元の市役所の採用試験があったので、それも受けてみました。1次の筆記試験は余裕で通りました。(国家公務員や地方上級と較べるととても楽に感じました)  皆さんもう想像ついていると思いますが、やはり2次の面接で落ちました。人事の担当者との面接の後、市長とも面接したことを覚えています。市長が入って来た時点で、もう最終段階だということが分かって、とても緊張してしまったことはあったと思います。この時は、同じ轍を踏まないように、就職課で様々相談し、OBの方にも電話で少しお話を伺い、想定問答も教えていただき、万全の準備をして臨んだはずでした。でもダメでした。

それで、12月のもう年の瀬が押し迫った時期だと思いますが、アルバイトで講師をしていた大手塾に、社員として入社できるかどうかを打診しました。お世話になっていた校長も人事の方も驚いていましたが、翌日本社に呼び出されて採用試験を受けて、その場で合格をいただきました。懸案の面接も(社長面接もありました)、すでに講師として働いているというアドバンテージがあったので(若さの特権で、それなりに生徒にも人気があったはず)、難なくこなせました。当時は、今と違って、4年制の大学を出て新卒として塾に就職するというのは「普通」ではありませんでした。少なくとも、「一生の仕事」として塾で働くという選択肢はほとんどなかったと思います。当時はすごい時代で、卒業アルバムに全員の就職先が就職先企業名が明記されていたのです。やはり、法律関係の仕事や、公務員、大手一流企業の名前がずらりと並んでいました。(今のみずほ銀行に友人の多くが就職していたのを覚えています)  そんな中で、「〇〇塾」という名前はとても異質で目立ったようです。周囲には、司法試験浪人のつなぎとして塾で働いていると思われていたようでした…

(次回に続く…)

あー、夏休み!

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月17日 11:55 PM
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昨日の夜になって、今日が8月で唯一家族全員「お休み」の日であることに気付きました。今年の夏は、泊まりがけで出かけるのは無理だと伝えてあったのですが、日帰りでどこかに行こうねと約束をしていたので、とても慌てました。子どもたちと妻の希望を吸い上げて、決定したことを実行して来ました。

朝9時半に出発して、夜10時半に帰って来ました。とても疲れたので、今日は写真の報告で勘弁してください。

夢が叶うとは限らない…<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月16日 11:16 AM
  • 未分類

ブログのタイトルを見て、「えっ!?(゚Д゚)ノ」となってしまった方が多いかもしれません。実は、「夢は叶う!」シリーズを書いている時から、次はこのシリーズだと決めていました。大いなる矛盾をはらんでいることは重々承知した上ですが、これが人生60年近く生きて来た私の実感です。

統計を取った訳ではありませんが、子ども(幼稚園児・小学生から中2くらいまで)の頃の将来の夢は、叶わないことが多い(ほとんど)のではないでしょうか? スポーツ選手やアイドル、〇〇屋さんといった憧れをそのまま夢として挙げる子どもが多いということもありますが、少し大きくなって、具体的な職業を夢として挙げても、それがそのまま叶うケースは、あまり多くないと思います。私は、今まで37年間塾の最前線で生徒たちと関わって来ましたが、卒業後10年後20年後の「その後」もたくさん見て来ました。どんな仕事に就いて、どんな人と結婚して、どんな家庭を築いているかというレベルのことを把握できている者も決して少なくありません。その過去の「実績」から判断すると、「子どもの頃の夢が叶わない」ケースがほとんどだと言わざるを得ないのです。もちろん、小中学生の頃の夢を叶えて、充実した人生を送っている生徒(おじさん・おばさん)もいます。しかし、これはとてもレアケースなのです。私の教え子は、難関中高や大学に進学した生徒が多いので、一般的な同世代と較べると学歴も高く、何かに取り組むときの計画性もあり、努力ができる人たちです。それでもそうなのです。

子どもたちや保護者の方が、「何だ、頑張っても夢は叶わないのか…」と感じてしまったとしたら、私の本意ではありません。じゃあ、その子どもの頃の夢が叶わなかった人たちが不幸かというと、決してそうではありません。最近、30代・40代の(元)教え子と会う機会が多いのですが、ほとんどの者から、とても幸せで充実した人生を送っている感じが伝わって来ます。

1つには、成長と共に、夢や目標が変わって行くということがあります。形としては、子どもの頃の夢は断念した形になっていますが、成長と共に新しい夢・目標ができて、それがまた変わって行くことがあるかもしれませんが、最終的には自分が納得・満足できる夢・目標を叶えているケースが多いです。もっと言えば、受験・就職・結婚の段階では、希望が叶わず、泣く泣く次善の選択をすることになった者が、それをバネにして努力を続け、当初の希望が叶った場合より幸せな人生を送っているというケースも結構あります。人生、何がご縁かは分かりません。あの時、夢が叶っていたら、今の出会いや環境はなかったので、叶わないで良かったと感じている者も少なくないような気がします。

例えば私のことで言うと、小学生の高学年くらいから、(弁護士等の)法曹か国家公務員(法務か警察官僚)を目指していました。今となっては恥ずかしい限りですが、自分の部屋の壁には、高校入学から就職までので手書きロードマップが貼ってありました。自宅の近くに法学部が強い大学が移転して来たことがきっかけでした。「その大学の付属高校に入学し、部活でバレーボールをバリバリやりながら、全国大会に出場し、成績も上位をキープして法学部に入る」と…  ここまではほぼ叶っています。(全国大会に1点足りず進めなかったのは、先日も書いた通りですが…)  で、大学入学後、司法試験のサークルに体験的に入ったのですが、1週間で挫折しました。当時はまだ法科大学院などなく、司法試験の実質倍率が80倍くらいあった時代ですが、「4年間他のことを犠牲にしてこれだけやっていたとしても、合格の保証などまったくありませんよ。それでも入会しますか?」と言われたのです。で、その日にバレーボールを続けることを決めて、体育館に向かいました。で、3年生になる時に、国家公務員(警察庁)と地方上級(警視庁と埼玉県警)に的を絞り、本格的に勉強を始めました。公務員試験の勉強は相当頑張ったと思います。3年生からは、出席を取る授業はほとんどなかったので、体育館にいる時以外はほとんど図書館に籠って勉強をしていました。しかし、それのみで目標に向かって邁進できないのが意志の弱いところです。なぜか入学当初から教職課程も取っていたのですが、2年生までにそちらの単位もだいぶ取れていたので、教員採用試験と私学適性も受けることにして、そちらの勉強も始めました。その際のプラスに少しでもなるかもしれないと、塾講師のアルバイトを始めたのもその頃です。(時給が破格に高かったこともあります)  今になってみると、この時の選択が私の人生を決めることになるのですから、人生分からないものです…

4年生になって、教育実習にも行きました。縁もゆかりもない調布の中学校に配属されて、中1のクラスを担当しました。実習生の中では、それなりに授業はうまかったのだと思いますが、生徒たちに「塾の先生みたい…」と言われました。「何で分かるんだろう?」と不思議でしたが、先生にも生徒たちにも、塾て働いていることは内緒にしていました。教育実習はそれなりに楽しく、「教育の道もいいかな…」と感じ始めていました。今になってみると、それにより公務員試験の最後の追い込みが緩んでしまったことはあったと思います。で、7月から10月にかけて、3種類の公務員試験と、2種類の教員採用試験を受験しました。結果は… 公務員の方は1次試験は全勝、教採の方は全滅でした。(教採の方は、一般教養はかなり良かったと思いますが、専門科目がボロボロでした)  その後公務員の2次試験(面接と小論文)の対策に入ったのですが、これが私の人生の中でも最大の失敗・挫折につながって行きます…

(次回に続く…)

終戦の日に思う

  • 投稿者: gs_staff
  • 2023年8月15日 12:50 PM
  • 未分類

台風7号は、当初は関東直撃の予報でしたが、大きく西に逸れて紀伊半島に上陸しています。首都圏は、時々突発的なゲリラ豪雨が降る程度ですが、関西や中国地方は長引く大雨で大変な状況になっているようです。浸水と停電、交通機関の麻痺等の被害が深刻です。私は今、通信教育で仏教の勉強をしているのですが、今月のテキストの内容でとてもインパクトがあったことがあります。「台風が自分の住んでいる地域から逸れたら、皆さん「よかった!」とホッとして喜びますが、その台風が向かった地域にも人が住んでいるのです。そのことに思い至ったことがありますか?」と… 正に今回の台風の進路について言われているような気がしました。迫っていた危険がなくなった時の人間の心理としては仕方ない反応だとも思いますが、言われてみればその通りで、今回で言うと、「関西方面の皆さんはさぞかし大変だろうな…」「旅行の計画がパーになってしまった人は残念だろうな…」ということに思い至ることができるかどうかで、人間の器・幅が決まるのだと思います。

今日は終戦記念日です。この78年間、何だかんだ言って、日本はとても平和でした。今も差し迫った状況には置かれていません。しかし、世界的に見れば、ずっとどこかで戦争は起こっていました。今この瞬間にも争いが続いている国や地域があります。私の頭の中は、どうしても先程の話に引きずられてしまうようになっているのですが、日本はもちろん、世界全体が平和な世の中になってほしいと強く思います。

もちろん私は戦争は経験していない訳ですが(我が家の長女と長男は、私を戦争体験者だと思っていました!)、昔父親から様々話を聞かされたことを思い出します。私の父親は昭和初期に新潟で生まれたのですが、戦時中は(学徒動員と言うのかな?)新潟市内の軍需工場で働いていました。手榴弾を作っていたという話を聞いたことがあります。子どもが多かったので養子に出されていて、とても苦労したようです。一番インパクトがあったのは、「長崎に落ちた原爆は、当初新潟に落ちるはずだった」という話でした。後で調べたら、実際にそうだったようで、その日新潟の天気が悪くて視界が不良だったために目的を果たせず、そのまま長崎に向かったということ知りました。もしあの日に新潟の天気が良かったら、おそらく私は今ここにいないと思います。これは本当に運命ですよね… 子どもたちにもその話をして、「きみたちも生まれていなかったかもしれない」ということを伝えたら、みんな神妙に聞いていました。やはりここでも、長崎で被爆した方々への思いが湧いて来ます。もしあの日新潟が晴れていたら、被害に合っていないのですよね… そういう意味では、仏教を勉強していることは、早くも私の人生観に大きな影響を与えているのだと思います。興味をお持ちの方は、ご連絡ください。通信教育をご紹介します。私は僧侶の資格を取りたいと真剣に考え始めています。(出家しないで、在宅でも取れる資格があることも初めて知りました。お寺に泊まり込みの修行は必須となるようですが…)

ただし私の父親は、戦争を必ずしも否定的には捉えていませんでした。尋常高等小学校でそういう教育(洗脳)を受けていたこともあると思いますが、若い頃は「お国のために死ねたら本望」というような考えを持っていたようです。私が物心ついた頃は、(お酒を飲まなければ)とても温厚で優しい父親でした。家庭はとても貧しかったですが、私たち子どもが幸せに生きられるようには常に考えていてくれたと思います。ただし日曜日などは、ステレオで思いっきり軍歌をかけて涙ぐんでいることもありました。私が一番耳に残っているのは、「ラバウル行進曲」と「月月火水木金金」です。普段の生活の中でも、「欲しがりません勝つまでは」ということをよく言っていましたが、もしかすると私にも少しその感性は伝わってしまっているのかもしれないと感じる時があります。父親はもう25年以上前に亡くなっていますが、私は一度も父親とお酒を飲んだことがありません。私がとても忙しくて家にほとんどいなかったこともありますが、本当のことを言えば私がそれを避けていたのだと思います。父親は一緒に飲みたかったようですが…  酔っぱらうと、孫を抱きたいということも言っていました。私が晩婚だったのでそれも叶わなかったわけですが(妹の子どもも間一髪間に合いませんでした)、今になってみると、孫を抱いてもらいながら、一緒に飲みたかったと思ってしまいます。「親孝行したい時に親はなし」という言葉は本当だと思います。まだ親御さんがご健在の方は、このお盆の時期にぜひ親孝行をしてください。(直接会えなくても、電話の一本がとても嬉しいはずです。孫とテレビ電話で話してもらうとか…)  我が子たちにも、これら言葉はよく伝えています。「親孝行するなら今だそ」ということと、「早く孫を抱かせろ」ということを(笑)。

いずれにしても、後世の若い皆さん、我が子たち、孫の世代が生きる将来、未来永劫に平和が続いてほしいということを、改めて強く感じた終戦記念日でした。

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