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GS進学教室

4月より子ども英語教室を併設します!<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月24日 9:43 AM
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早くも、英語教室のお問い合わせ・入塾予約が入り始めました。ブログの情報伝達のスピード感はなかなかのものです。そのうち1名は、春休みにちょうど他の英会話教室の体験に行かせようと考えていたようですが、GSで始まるということを知って、そちらは止めたそうです。正に間一髪でした。まだ時間割も確定できていない段階なのに、ありがたい限りです。詳細は、もう少しお待ちください。

英語について、今まで完全に分断されていた「受験英語」と「英会話」の垣根が、なくなる方向に進んでいます。もちろん大学入試の内容が変わることが大きいのですが、高校入試にも(都立高校のスピーキングテスト導入等)その影響が出て来ています。「小学校での英語正式教科化」に伴い、私立中入試でも英語入試を導入する中学校が年々増えて来ていますが、今後も増えて行くことは間違いないと思います。私は近い将来、公立中高一貫校の適性検査でも英語が入って来ると予測しています。そうならなければ、文科省の指導があまりにも怠慢だということです。少なくとも、そうなった時に対応が後手にならないように、塾としてきちんと準備をしておくことが必要だと考えています。

今回様々調べましたが、進学塾で本格的な英語教室を併設しているところはほとんどありません。昨日書いたとおり、進学塾で「なんちゃって英語」をやってるところは結構ありますが… 英会話教室で、(他の科目も含めた)入試対応がきちんとできているところも皆無でしょう。そういう意味では、今回GSが始めようとしていることは、大きな意味があるミッションだと思っています。この形が今後広がって行くかもしれません。大手塾も含めて、真似をして始めるところが出て来てくればいいな…と真剣に考えています。

我々が目指しているのは、英語を使いこなせるようになると共に、読む・書くことも含めて、入試レベルのペーパーテストでもきちんと点数を取れるようにすることです。最終的には、英検・TOEIC・TOFEL等の4技能テストで点数を取れるようにすることが目的です。長いこと通ってくれた生徒は、高校生くらいになったら日常会話を普通に操れるくらいにはさせてあげたいです。それでなければ、今回英語教室を導する意味がないでしょう。

それと、とにかく英語は楽しい教科なんだということを、体に染み込ませたいですね。それをするためには、やはりスタートは早ければ早いほどいいのです。小学校の低学年はもちろん、幼稚園のうちから始めることは、時期的に全然早くありません。(実際この2日間で、幼児の問い合わせ・入塾希望が、すでに何件か入っています)
国語力がつかないうちに英語を始めるなんてナンセンス(逆効果)だという言説をよく見聞きしますが、それは勉強のやり方が間違っているのです。永年の実績に裏打ちされた教材とシステムを使って、優秀な講師が指導すれば、必ず目に見える成果につながります。
(次回に続く…)

4月より子ども英語教室を併設します!<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月23日 2:10 PM
  • 未分類

大学入試が(英語で4技能が必修となり)変わるということが確定してから、「話せる英語」については、何らか対応が必要だと考えていました。ただし、GSとしては小学生の中途半端な英語クラスの開設については否定的な立場でした。近隣の大手塾で小学生の時に英語をやっていたという生徒が、新中1となるタイミングで入塾して来るケースが増えていたのですが、はっきり言って「やっていない方がマシ」と感じるようなケースが多かったこともあります。1年間やっていたのに、まったくしゃべれない、書けないという生徒もいました。その後、その塾の講師の方とお話しする機会があったのですが、とんでもない話を聞きました。「中1で合流した時にあまり差がつくと指導がしにくいので、小6のうちはあまり力をつけないようにしている」と言うのです。こうなると、ほとんど詐欺ですね…
英会話教室に通っていたという生徒も似たような感じでした。ただ楽しく歌を歌ったり、カードで遊んでいただけで、結局中学生になった時に、「何のアドバンテージもない」という状況の生徒が少なくなかったのです。それなのに、「自分は英語を早くから習っていた」というプライドがあるせいか、中1の最初の段階できちんと取り組まず、授業でついて行けなくなってしまったような生徒もいました。GSで英語教室を開講するのであれば、それなりのものを提供しないと意味がないと考えていました。

そんな状況下で、昨年からガウディアを始めたことが大きな転機となりました。幼児や小学生の低学年、中学受験を考えていなくて長い目で学習習慣と基礎学力をつけたいという生徒など、新たな層の生徒がたくさん集まってくれるようになりました。当然この生徒たちは、行く行くはGSに入塾してくれる生徒たちですから、経営的にも安定するわけです。もちろん、そのことに味を占めたということもあります(笑)。
ガウディアに通ってくれている幼児や低学年の保護者の方と話をしていると、ほとんどの方から「英語が不安だ」という話が出てくるのです。学校でも小3から英語の授業が本格的に始まるにあたって、「うちの子はついて行けるのだろうか…」と考えている保護者の方がとても多いのです。
また、大学入試で英検が必修となることも結構知れ渡っていて、「小学生のうちから英検を取った方がいいのか?」「対策は自分ではできないし、どうしよう…」という声も聞くようになりました。「GSで英語教室を始めてくれればすぐにやらせるのに…」という声をいただいたことも、少なくありません。周囲の状況によって、真剣に検討せざるを得なくなったというのが正直なところです。「これなら、すぐにある程度の人数が集まる」という確信が持てたこともあります。

一番問題だったのは、担当講師についてです。GSには優秀な英語の講師が2名いますが、小6・中3の受験生も担当していて忙しいこともあり、幼児や低学年の英語を始めるとなると、どうしても専属の(できれば若い女性)の講師が必要な状況でした。教え子や(今は仕事をしていない)昔の部下等に声をかけてみましたが、ネイティブに近い発音ができることが最低条件のため、なかなか見つかりません。そんなタイミングで、朗報が飛び込んで来たのです。現在GSで、産休→育休中だった講師が1名います。まだ子どもが小さいのでしばらくの間は職場復帰は難しいと考えていたのですが、先日連絡があり、「仕事をするのであれば4月から保育園に入れられることになったので、仕事を再開したい」と言うのです。数年前までGSで英語を教えていたのですが、1年間のイギリス留学経験もあり、英語の日常会話OKというレベルの講師です。これは、「英語教室を始めろ!」という神のお告げに違いありません(笑)。

その後、様々調べました。幼児から高校生まで対応できて、楽しいだけの英会話で終わるのではまったく意味がなく、読んだり書いたりする力もつけることができて、英検の対策指導まで行うことができる。なかなか条件に当てはまるシステムは見つかりませんでした。そんな折、たまたま偶然に出会ったのが、「ステップワールド」だったのです。以前の旺文社のLL教室ですから、もちろん実績も抜群です。
本社に出かけて、直接話を聞いてきました。教材(テキストやDVD等)も自分の目で全部見て来ました。実際の指導の様子も動画で見せてもらいました。(一応事前に職員たちには根回しをしていましたが)その場で、FC契約の決断をしました。(こういうスピード感で仕事をできるのは、個人事業主の最大のメリットだと思います)
しかし、その後もすぐに話がまとまったわけではありません。まず、結構レベルが高い講師採用試験に(少なくとも1人は)合格しないといけないのです。その資格を持っている講師しか指導をすることはできません。筆記試験に加えて、リスニングとスピーキング(オーラルコミュニケーションも含む)のテストもあります。講師3名が受験し、3名とも無事に合格しました。先方がおっしゃるには、3名ともかなり高い水準だったとのことでした。ちなみに、私も講師たちと一緒に(一応)チャレンジしてみましたが(したんかい!)、筆記の1問目は自信があったものの、その後は自信がなく、リスニングとスピーキングについては、始まって速攻で「ごめんなさい」しました(泣)。後で聞くと、英検の2級レベルの力が必要だったようです。そりゃ、無理だわ…
その後、法務局に必要書類を取りに行った上で様々な書類を提出し、昨日審査に通って、告知OKをいただいたという状況です。この後講師たちは、研修→試験→レポート提出が控えています。それを完了しないと、授業を始めることができません。(研修は)春期講習と重なり、かなりハードワークですが、講師たちもとてもわくわくしているようで、前向きに取り組んでくれています。
(次回に続く…)

4月より子ども英語教室を併設します!<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月22日 4:31 PM
  • 未分類

4月より、GSに子ども英語教室を併設することになりました。
この間様々準備を進めて来ましたが、英語の講師3名が全員資格を取得することができ、書類の最終審査も通り、本日より告知OKというご連絡をいただいたので、取り急ぎお知らせ致します。
「ステップワールド」という英語教室なのですが、保護者の皆様には、一昔前の「旺文社LL教室」という名前の方が認知度が高いかもしれません。

一番大きな目的は、大きく変わる大学入試・都立高校入試に対応するためです。数年後からは、従来の「読む」「書く」に「聞く」「話す」を加えた4技能の力が問われることになります。そのためには、GSの従来の形の授業だけでは対応が難しいのです。幼児や小学校低学年という早い段階から準備をスタートすることと、小学校高学年以降は、今までのペンマンシップ型学習に加えて、「聞いて」「話す」という部分の学習の割合を増やして行く必要があります。
また、新しい大学入試では、英検の取得が必修となります。そこへ向けた対策も、できれば小学生のうちから(遅くとも中学生からは)きちんと立てて行く必要があります。「ステップワールド」では、英検対策講座もあるので(旺文社の英検教材を使用します)、今GSに通っている中学生・高校生の生徒たちにもとても有益な話だと思います。

対象は、幼児から高校生までです。
詳細は明日以降にお伝えしますが、時間割やカリキュラム等の確定にはもう少し時間がかかります。しばらくお待ちください。

「ステップワールド」ホームページ → https://www.step-w.com/top.php

春期講習会開講まであと5日!

春期講習会が目前に迫って来ました。小5・小6・中2・中3の生徒たちには、例によって「GSシート」を作成させて、春休みの勉強の計画と1学期の目標を明確にさせています。講師たちが赤入れをしたり、あまりにも酷いものは書き直しをさせたりしていましたが、ほとんどの生徒が完成して、あとは開講を待つばかりとなりました。この週末の取り組みもとても重要だと考えています。講習会が始まってから、「こんなはずじゃなかった…」となってしまうと、(毎日こなさなくてはならない量が多いので)挽回することが難しくなってしまいます。始まる前に、分からないところを質問して解消したり、不安なところをつぶしたり、練習量をこなしておくことが重要です。

毎年生徒たちの様子を見ていて確信を持っていることがあります。それは、テストの成績(偏差値)や、中学校の定期テストの点数・内申点は、1学期が一番上げやすいということです。単元的な特性もありますし(基本的な内容が中心なので、努力が結果に反映されやすい)、環境が変わったりして、まだ周りがあまり本気で勉強していないので、一気に差をつけるチャンスなのです。
特に、新中1の生徒たちは、最初が肝心です。GSでは、春期講習会までに中学校で1学期に学習する単元をほとんど学習してしまいます。そこが完璧にできるようになった生徒と、積み残してしまった生徒では、最初のテスト(定期テストやGSテスト)に大きな差がついてしまいます。その後にその差を埋めるのは、なかなか難しいのです。大袈裟に言えば、「最初でほとんど決まってしまう」と言ってもいいくらいです。
例えば数学で言えば、本日(と月曜日)の授業で、正負の数の総まとめテストを行います。前述したような重要性をかなり煽っているので、生徒たちはしっかり取り組んでいると思います。結果が楽しみです。(今日ほとんどの小学校が卒業式なので、気持ちがそっちに行ってしまっているかもしれませんね…)

小6・中3の受験学年は、もう入試が始まるまで10ヵ月を切りました。1年も残っていないのです。志望校を確定しなくてはいけない時期を迎えていることもあり、少し緊張感が出て来ました。4月に、受験学年として初めてのGSテスト(全国模試)や、入試問題バトルが予定されています。そこの結果がとても重要であることは間違いありません。春期講習会でどのくらい頑張れるかで、結果が大きく変わって来ます。

それぞれの3.11<その10>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月21日 2:01 PM
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3月11日に書き始めた頃はそんなつもりはなかったのですが、10回に及ぶ連載物になってしまいました。何人かの保護者の方から、「続きを楽しみにしています!」みたいなことを言われて、 調子に乗ってしまったこともありますが、この8年間の自分史を語り過ぎてしまいました。

今振り返っても、3.11がなかったら、あのタイミングでは会社を辞めていなかったと思いますし、母親との関係で一生後悔していたでしょうし、GSという塾もこの世に存在していなかった可能性があります。そういう意味では、私も3.11で人生が変わった1人であることは間違いありません。

塾の名前の「Good Smile」については、もちろん生徒たちの第一志望校合格をイメージしているのはありますが、正直私の中ではその比重はあまり高くありません。(塾講師としてはあるまじき発言かもしれませんね…) GSは生徒たちを合格させるという部分には自信を持っていますし、実際難関校の合格率は高いと思います。しかし、進学塾として看板を掲げている以上、そこは当然(最低限)で、もっと大きな付加価値を与えられないと、存在価値がないとさえ考えています。
生徒たちが今のままで将来幸せになれるかどうかという視点や、受験の結果以上に大事なことを理解できているかということを重視しています。その部分に踏み込むためには、どうしても保護者の方を巻き込む必要があります。はっきり申し上げれば、保護者の方が子どもをスポイルしてしまっているケースがとても多いことに気付きます。それが、拙著「子どもの幸せは親次第!」を出版する強い動機になっています。

もう1つ、従業員とその家族の幸せ(Good Smile)を守ることが、会社としての重要なミッションです。働く人の満足度が高くなければ、顧客満足度が上がるわけがないと確信しています。
休日の確保や勤務時間削減、給料・手当・退職金等の待遇はもちろんですが、仕事のやりがい、健康、プライベートの充実まで含めて良い方向に導くことが、会社の責務だと認識しています。具体的に言えば、原則残業ゼロも含めて、プライベートを犠牲にして仕事をすることを一切禁止しています。どちらを優先するかというような次元の低い話ではなく、人生設計の中での仕事であるべきだと考えているからです。

生徒たちや保護者の方が、(受験を終えて卒業する時というよりは)何十年か経って人生を振り返った時に、「あの時にGSに通っていて本当に良かった!」と思ってもらえる塾にしたいのです。
社員たちやその家族が、定年を迎えた時、あるいは人生を終える時に、「GSで働いて本当に良かった!」と思ってもらえる会社にしたいのです。
まだ道半ばかもしれません。引き続き精進して参ります。

それぞれの3.11<その9>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月20日 4:56 PM
  • 未分類

結局母親は、GSを開業して1年も経たないうちに亡くなりました。脳出血でした。朝一番で施設から「突然倒れた」と連絡があり、立川の救急救命センターに運ばれました。その時点でもう意識の回復の可能性はなく、数日がヤマだと言われました。身内や親戚がひと通り会いに来たのを待って、倒れてから3日後に息を引き取りました。私は朝からずっと病院にいて、夜中に自宅に戻って寝ようとしたタイミングで病院から「もうやばい」と連絡があり、車を飛ばして再び病院に戻りました。まるでドラマのようですが、私が病室に着いて1分もしないうちに、「ご臨終です」と言われました。待っていてくれたのだと思っています。最後に、「ありがとう…」と声をかけると、目に涙を溜めて頷いたように見えました。
母親にはずっと寂しい思いをさせて来てしまいましたが、仕事を辞めてからの最期の2年間は一緒にいられる時間が多く、多少は埋め合わせができたかな…という思いもありました。やはり一番の心残りは、孫の顔を見せてあげられなかったことでした。

GSの初年度の受験生は、中3が7名、小6都立中コースが2名でした。(小6私立中コースは設置をしませんでした) 全員が入試まで9ヵ月もない時期以降に入塾したわけですが、八王子東高に1名、南多摩中に1名が合格しました。2年目には、中3生が都立進学重点校を12名が受験し、全員合格という快挙を成し遂げてくれました。南多摩中にも4名が合格したので、これが結構地域で評判となり、「都立中や進学重点校に強いGS」という評判が広がったようです。

その後も、年によって受験生の数は増減していますが、開講以来の平均を計算すると以下のような状況です。平均を計算することに意味はないかもしれませんが、GSの生徒規模と合格率がだいたいご理解いただけると思います。

<小6私立中コース>
在籍平均6名 最難関レベルに1名 MARCH・帝大レベルに3名が合格

<小6都立中コース>
在籍平均5名 都立中に2名が合格

<中3>
在籍平均15名 都立進学重点校を10名が受験して7名が合格
早慶レベルに3名、MARCHに9名が合格

おかげさまで、生徒数・売上は全体的に右肩上がりで推移しています。3年前に一旦下がった時期がありましたが、その後V字反転し、この2年間は生徒数も新規入塾者数も過去最多を更新しています。今の状況だと、2019年度はその勢いがさらに加速しそうです。
生徒増に伴い、2年ごとに1人ずつ社員講師の数を増やして来ました。最初の数年は、社員2名、講師2名という体制でしたが、今は社員5名、講師1名(育休中まもなく復帰予定)という状況です。そのため、この数年間は、売上ほどには利益が伸びないという状況でしたが、教育環境・サービスの質の向上が図れているのは間違いないので、良しとしています。(上場している企業だと、株主の手前、こんなことは許されないはずです)
この部分(利益)についても、2019年度は(大幅生徒増により)大きく増進する見込みなので、ご心配はいりません。
(次回に続く…)

それぞれの3.11<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月19日 12:54 PM
  • 未分類

とりあえず私がしたことは、様々なセミナーに出かけることでした。40代の再就職、起業、会社経営、税金、人材採用・研修、資格取得、資産運用etc… とても精力的に勉強したと思います。遠いところで2日連続でセミナーがある時は、近くにホテルを取って出かけたりしていました。ここで様々勉強したことが、今の血肉となっている気がします。この時に出会った様々な方や組織に、その後とてもお世話になることになります。行政書士・社労士の方に、「1週間で会社を作りたいんだけど…」という無理難題を持ちかけて何とかしていただきました。その後、就業規則の作成もお手伝いいただきました。税理士の方には、起業後右も左も分からない時に、財務上の的確な指針を示していただきました。「ドリームゲート」という起業支援の組織で様々相談に乗ってもらったのですが、今は自分がアドバイザーとして仕事をさせていただいています。教育関連の起業支援です。コンスタントに仕事が入って来ます。https://profile.dreamgate.gr.jp/consul/pro/gsskgoto

様々考えましたが、結論は1つでした。自分には塾や教育に携わる仕事しかできません。4月に入ってとりあえず会社は立ち上げましたが、その時点ではまだあまり具体化はしていませんでした。物件も決まっていませんでしたし、備品調達の目処も立っていませんでした。塾・会社のコンセプトも、まだはっきりしていなかったと思います。その状況で、結果として5月GW明けから生徒募集・体験授業をスタートすることができたのですから、なかなかの突貫工事だったことが伝わるのではないかと思います。
会社・校舎の場所でも悩みましたが、まだ母親の問題は依然として抱えていたので、とにかく自宅から近いところということを最優先として探しました。結果、運良くとても良い物件(場所も家賃も)が見つかったのが今のところです。その後様々な準備が数週間で完了したのも、充電期間に培った人脈が、直接・間接に活きたことが大きかったです。

私が一番危惧したのは、前職の塾に迷惑をかけてしまうことでした。退職した時の経緯を考えても、それは本意ではありません。そちらの塾に通っている生徒がGSに移って来るというような事態はどうしても避けたかったので、とにかくひっそりと始めたいと考えていました。こちらからアクションを起こさなくても、存在を知られてしまうと、結果として迷惑をかけてしまうことが予測されたので、「私やスタッフの顔と名前をどこにも出さない」という、塾の新規開校としてはあり得ない選択をしました。
GSのパンフレットをご覧になった方はお気付きだと思いますが、誰が塾を運営しているのかという情報はまったく入っていません。開校にあたってチラシも入れませんでした。このホームページを立ち上げたのも、(5月に開校したのに)6月末くらいです。ブログの過去ログの一番古いもの(2012年6月29日)を見ていただくとお分かりいただけるのですが、私は「Mr.G」(笑)と名乗っています。今は修正していますが、初年度は名前も写真もどこにも入れていなかったのです。今考えると、そんな怪しい塾(笑)によく生徒たちが集まってくれたものだと思います。顔出しNG作戦が功を奏して、開校初年度に前職の塾から生徒が移って来るようなことはありませんでした。
今思い出しましたが、この地域一帯に開校のお知らせをポスディングして回りました。(そこにも顔・名前は出していません) 子安町全域と、片倉町・北野町・万町・上野町・台町の一部、合わせて数千部配りました。私と2人のスタッフで、1日2~3時間で1週間くらいかかったでしょうか。そのおかげで、地域の様子(学校がどこにあって住宅街がどんな雰囲気でというような)を掴むことができました。マンションの管理人に怒られて追い出されたのも、今となってはいい思い出です。このポスティングしたリーフレットを見て、入塾してくれた生徒が何人かいました。とても嬉しかったです。
(次回に続く…)

それぞれの3.11<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月18日 3:04 PM
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この「南の島」で6日間過ごした経験も、少なからずその後の人生に影響を与えていると思います。ちょっと大袈裟に言うと、カルチャーショックで人生観が変わりました。とにかく、慌ただしく動き回ることはせず、空港から中心部の街に直行し、のんびりと6日間過ごしました。白砂碧海のビーチやホテルのプールのリクライニングチェアで1日中ごろごろして、美味しいものをたくさん食べて、当てもなくショッピングをしたり…という毎日でした。観光スポットにはあまり行っていません。とにかく、物価が高かった記憶があります。マックのセットが1,000円以上しました。ファミレスみたいなところで、普通に夕食を食べると、1人で3,000円以上はかかります。
(ちょうど春休みだったので)日本人を中心に観光客も多かったのですが、とにかく街の人たちがのんびりしているのです。おばちゃんたちは、みんなムームーを来て街中を歩いていて、みんな同じ体形をしていました(笑)。昼過ぎ午後2時頃には、街の中心部でも、ほとんどのお店が閉まってしまうのです。後で聞いたことによると、シエスタの習慣があり、みんな昼寝しているのだそうです。なので、うっかりランチのタイミングを逃すと大変です。夕方まで食料にありつけなくなったりします。で、夕方またお店を開けて、夕食の時間が終わったらさっさと閉めてしまいます。夜9時には街中がすっかり閑散としていました。スーパーに買い物に行くと、レジのおじさん・おばさんたちは、周りの人とおしゃべりしたり、携帯で話をしながらレジを打ったりしています。レジに列ができているのに、どこかに行ってしまって、なかなか帰って来ないことがあったのですが、お客さんたちはそれが当然のことのように、みんなで談笑しています。私も仕方なくその輪に入ろうと思いましたが、フランス語がまったく分かりませんでした。タクシーに乗っても、運転手は携帯で家族と話をしながら運転しています。(日本だと違法だ!)
とにかく、流れている時間が日本とはまったく違うのです。そして、何と言ってもみんなが明るくて幸せそう! 細かいことに気を病むという文化がないかのようです。現地に住んでいる日本人の方と話をしたのですが、みんなお金はあまり持っていないけど、 生活(人生)の満足度は高いそうです。犯罪もほとんど聞いたことがないと言っていました。
自分の今までの人生を省みて、何かを変える必要があるということに気付かされたのです。

海外旅行から帰って来て、急に不安になりました。母親はとりあえず良い施設に入ることができて、幸せそうに暮らしている。もう自宅に戻ることはないだろう。あまり私が時間を取られる場面もなくなるはずだ。そう考えた時に、急に将来のことをリアルに考えてしまったのです。失業給付もそろそろ終わってしまう。預金の残高もだんだん減って来ている(海外旅行に行ったこともありますが…)。今後も施設の費用で月に20万円近くは出て行く… それよりも何よりも、「自分がどこにも所属していないという恐怖」に押しつぶされそうになりました。この感覚は、失業したことがない方にはご理解いただけないと思います。
それが2012年の3月の終わり頃のことです。
(次回に続く…)

それぞれの3.11<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月17日 9:40 AM
  • 未分類

仕事を辞めてそんな生活を始めてから、半年ほど経った頃だったと思いますが、朗報が飛び込んで来ました。以前より申し込みをしていた老人ホーム(正確に言うと介護老人保健施設)に空きが出たので入所できるという連絡が入ったのです。施設から「どうしますか?」と聞かれた際に、(私はまだ見学すらしていなかったのですが)即答で「お願いします」と返事をした記憶があります。費用のことを確認したのは、その後のことでした。この部分については、私の妹がよく動いてくれたので、とても助かりました。
実際に入所(救急病院から転院)した後、何日か面会に通ううちに、とても良い施設だということが分かりました。母親も、そんなに時間がかからずに慣れて、友だちもできたようで、楽しそうに過ごしていました。職員の皆さんも、本当に良くしてくれました。要介護度が大きく上がるとか下がるとか、特に変化がなければここで一生暮らせると聞いて、肩の力がスーッと抜けて行くのを感じました。救急病院と違って、基本的に完全看護(すべてお任せできてしまうということです)なので、家族が頻繁に顔を出さなくてはならないこともありません。(もちろん、入所後も私は週に何日かは顔を出していました。時間はいくらでもあったからです)

気付いたら、震災からちょうど1年が経過していました。私にとって、とても長い1年間でした。
「これで少し自由に時間を使える…」という状況が生まれた時に、私がまず考えたことは、「海外旅行に行こう!」ということでした。それまで1度も海外に出たことはありませんでしたし、この機会を逃したら一生行けないかも…と感じていました。私にしては行動が早かったです。すぐにパスポートを取って、3月中に出かけました。以前から「南の島」でのんびりしたいという願望があったのですが、ついにその夢を叶えられたのです。(あえて場所を書きませんが、ヒントは原田知世です) 5泊6日の長旅でした。向こうはまだ夏だったので(気温が40℃近くありました)、すっかり日焼けして帰って来ました。成田に降り立った時は、死ぬほど寒く感じました。
(次回に続く…)

それぞれの3.11<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月16日 12:38 PM
  • 未分類

仕事を辞めた後、母親が入院している病院に久しぶりに行きました。もちろんそれまでも何度か顔を出していましたが、仕事の合間に本当に荷物を届けて顔だけ見に行ったという感じで、滞在時間数十分という時が多かったと思います。そんな時でも、慌てて仕事に戻る私を、母親は引き留めることはしませんでした。仕事が忙しいことは理解していたのだと思います。もうその日は、仕事に戻る必要がなくなっていたので、かなり長い時間一緒にいました。いろんな話をして、1人ではうまく歩けなくなっている母親の手を引いて、外に散歩に連れて行きました。歩きながら、母親が私に「今日はありがとう」と言いました。病棟に戻ってからは、すれ違う先生や看護師に、「今日は息子が来てくれたんだよ」と嬉しそうに報告していました。私は、涙をこらえることができませんでした。母親に仕事を辞めたと伝えたのかどうか記憶が定かではないのですが、帰る時に「またゆっくり来てくれるんだよね?」と聞かれました。とにかく時間はいくらでもある体になっていたので、「また来るよ!」と即答したら、とても嬉しそうでした。帰宅してから、「自分はいったい今まで何をしていたのだろう…?」「唯一の家族に対して、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか…?」と改めて自問自答しました。今まで母親を放置しておいた後悔の念と共に、このタイミングで仕事を辞めるという決断をして良かったとも思いました。これからは、一緒にいられる時間をある程度確保できるようになったわけですし、まだ挽回ができるかな…と。

その後も、毎日とは行きませんでしたが、週の半分くらいは病院に顔を出していました。その頃私は、それまでと同じようにスーツを着て家を出ていました。当時は私服をほとんど持っていなかったということもありますが、近所の手前、みっともないという意識があったことと、母親に「仕事はどうした?」と余計な心配をさせないようにするためです。ただ、週に3日・4日、かなり長い時間病院にいるのですから、母親も仕事を辞めたことを気付いていたのかもしれません。私には何も言いませんでしたが…
とにかく、毎日暇で暇で仕方ないのです。特に病院に行かない日は、どうやって時間をつぶしたらいいのか分かりませんでした。それまでの25年間、そんな日はなかったからです。結局、図書館が私の居場所になりました。ひたすら本を読みました。やはり介護や人生論の本が多かった記憶がありますが、その図書館にある推理小説はほとんど制覇してしまったと思います。
今となってみると、あの空白の1年間(実質8ヵ月くらいです)で、「あれもすればよかった」「これもできたかも…」と感じますが、その頃は再び塾の仕事をできるようになるとは思っていませんでしたし、とにかく体も心も疲れていたと思うので、結果としては、あの期間に(何もしないでボーっとする時間をたくさん取ったりして)充電できたことは、自分にとってプラスだったと振り返っています。
(次回に続く…)

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