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道徳の評価は入試で利用しない!?<その8>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年6月29日 1:51 PM
  • 未分類

誤解されると困るのは、私は「子どもたちに道徳的なことは必要ない」と言っているわけではありません。「評価されるなら道徳的に振る舞うけど、評価されないならやらない」というような、結果として裏表があるような状態に子どもたちを導くような指導がダメだと言っているのです。小中学校において、道徳の授業も週に1回くらいはきっちりやるのがいいと思います。ただし、それにおける子どもたちの取り組みを評価したり、教師の偏った価値観を押し付けるのは勘弁して欲しいということです。

塾の講師という立場では、あまり道徳的な指導をする場面は多くないのですが、長いこと受験生たちと関わって来て感じていることは、やはり道徳的な生徒の方が伸びるし、入試でも良い結果が出ているように思います。そういう意味では、受験においても道徳的な部分はとても重要な要素なのです。
やはり素直な生徒の方が伸びます。(親や教師等)大人が言っていることに対して、斜に構えたりして素直に聞けない生徒はまず伸びません。塾でも、教科の内容や勉強の仕方等、指摘されたことを1つ1つ自分の中に着実に取り入れて消化している生徒は、成績が上がる場合が多いです。もちろん、自分の考えをしっかり持っていて、ある部分では大人と議論したり、批判的な意見を持っていてもいいのです。(というか、高校生以降になると、そういう部分がないと伸び悩んでしまうケースもあります) ただし、根本的な部分では、指導されたことを素直に受け止めて、真摯に取り組んでいる生徒が強いのです。
日常のちょっとした気遣いができるかどうかも大きいですね。帰る時に椅子をきちんと入れて行くか、自分が出した消しゴムのカスをきちんと集めてゴミ箱に捨てて行くかというようなことは当たり前ですが、廊下を歩いていて明らかに落ちていることが目に付くゴミを拾えるかどうかとか、周りのクラスが授業をやっているので声高に話をしてはいけないということが認識できるかどうかとか、そんなところも勉強の成果に影響があるように感じています。

さらに言えば、周りへの優しさとか、親や目上の方への尊敬の念とか、人間としての本質が問われる部分がとても大きいように思います。友達が困っている時に配慮ができるかどうか、街中で困っている人がいたらさりげなく手を差し伸べられるかどうか… 基本的に、親に悪態をついているような生徒は、最後入試のぎりぎりの戦いになった時に勝てないことが多いような気がします。ただし、過去の事例で言えば、保護者の方の子どもへの接し方にも問題があるケースが少なくないのですが…

毎年入試の時期になると、そのあたりのことを痛切に感じる場面が多くなります。
入試当日の朝、親に対して感謝の思いを述べてから家を出て行く子どもたちは少なくありません。私は、そういう話を聞くと、その生徒は受験勉強で入試の結果以上に大事なことを学べたんだな…と嬉しくなりますが、なぜかそういう生徒の合格率はとても高いのです。
合格発表が終わると、生徒たちが塾に報告に来てくれるわけですが、受かった生徒と落ちた生徒が入り混じってしまう場面はどうしても出てしまいます。そんな時に、敏感に雰囲気を察知取れるかどうかも大事なことだと思います。周りに不合格で泣いている生徒がいるのに、「受かった!受かった!」とはしゃいでいるような生徒は論外ですし、一方で、自分が落ちて悔しいはずなのに、合格して帰って来た友達に「おめでとう!」と声をかけてあげている生徒の様子を見たりすると、涙が出そうになります。

そういう意味での道徳教育は、今後も徹底して行きたいと考えています。

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