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道徳の評価は入試で使用しない!?<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2016年6月23日 2:23 PM
  • 未分類

文科省はその後、ホームページにも「道徳の教科化と評価」についての見解を掲載し、その目的と入試利用はしない旨を明記しました。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/doutoku/__icsFiles/afieldfile/2016/06/17/1222218_001.pdf

不思議なのは、文科省はなぜこういう発信をもっと早くしなかったのか?ということです。前文科大臣の下村さんの時代に遡りますが、少なくとも2年前には今回のような議論が様々な場で行われていました。その時文科省は、「今後文科省内や有識者等の会議で検討する」という見解だけ出して、今回のような明確な否定をしなかったのです。そのために、教育現場が混乱してしまったことは否めません。
今回慌てて馳大臣が会見で否定した理由は明確です。7月10日の参院戦の争点になりそうな状況になってしまったからです。そういう意味では野党(民進党)が上手かったと言うのか、ここできっぱりと否定されてしまったので下手だったと言うのか分かりませんが、我々の立場からすると、いい仕事をしてくれたということです。

私は塾の講師という立場ですが、どういうわけか道徳の教科化について意見を求められる機会が多いのです。かなり早い段階からこのブログで教科化と入試利用の可能性について批判を書いていたので、目をつけられた(?)ということもあると思います。いくつかのメディアにコメントが掲載されたりしましたし、小学館の「総合教育技術」という雑誌では、元文科官僚や大学教授等のお偉いさんと並んで、見開き2ページで持論を展開させてもらいました。その記事を基にした原稿が、日本図書センター刊行の「日本道徳教育論争史」という1セット10万円近くする書籍に掲載されました。これは、それこそ福沢諭吉の「学問のすすめ」から続いている歴史的・学術的な書物です。(もちろん印税も入って来ます。金額は大きい額ではありませんが…)
なぜ一介の塾の講師でしかない私の文章やコメントが、こんなに重宝されてあちこちで取り上げられるのか? その理由も簡単です。私ほどはっきりと今回の教科化・入試利用の可能性を批判している論客がいないからです。もっと言えば、文科省や教育委員会に露骨に牙を剥いている者がいないということです。
学校の先生方(特に公立の先生方)は、(人事・評価等で)ある意味人質に取られているようなものですから、お上にたてつくことなどできるわけがありません。今春の都立高校入試の理科の出題ミス(あえてこう断言します)の問題が大きくなった時に、そのことを強く感じました。私のところに、都立高校や公立中の先生方からメール・ブログのコメント等が多数寄せられたのです。「自分もおかしいと思うのだけど、立場的にものを言えないので、(私に)頑張って欲しい」という内容のものがほとんどでした。

私は、問題の内容はもちろん、その後の都教委の対応があまりにも酷かったことに対して、様々な発信をしました。とにかく、「真面目にやっている(きちんと勉強している)受験生が不利益を被ることがないようにしたい」という1点のみが念頭にありました。何人かの都議会議員の先生方に動いていただいて、もう一歩のところまで話が進んだのですが、そこで今回の舛添都知事の問題が大きくなり、都議会の矛先が一気にそちらに向かってしまい、入試のミスの話が立ち消えになってしまいました。実は直接都知事あてにも2つのルートから、今回の出題ミスとその後の都教委の対応の不誠実さについて陳情を上げました。もちろん、まったく何の反応もなかったのですが、今になってみると、あの頃の都知事はそれどころではなかったわけで…(苦笑)
(次回に続く…)

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