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子供たちのボランティア活動に思う<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2014年4月24日 9:41 AM
  • 未分類

私が一番愕然としたことは、学生たちが何らかの「競争」をしていたということです。彼女たちの会話が断片的にしか耳に入ってこなかったので、それが募金の金額を競っていたのか、チラシを受け取ってもらえた枚数を競っていたのかは分かりませんでしたが、明らかにグループごとに何かを競っていたのです。「こっちは○○だけど、そっちはどう?」とか、「全然受け取ってもらえない…もうちょっと頑張ってみる」とかいうような雰囲気でやっていて、募金をしてもらえたりチラシを受け取ってもらえたりしたら、目で「やったじゃん!」というアイコンタクト
を取ったりという感じです。その場の雰囲気が伝わるでしょうか?
それによって募金額が増えれば結果としていいんじゃない?と言う方もいるかもしれませんが、私はまったくそうは思いません。ボランティアの精神からはずれると思いますし、少なくとも私はこのことを感じ取った瞬間に、それでもお金を入れて帰ろうかな?という気持ちがすっかり萎えてしまいました。(私はこういう募金は結構小まめにしている方だと思います。赤い羽根をたくさんつけていて笑われたこともありました)
また一方で、すっかりやる気がなくなっていて、明らかにもう終わりたいオーラがで出ている学生もいました。募金箱を持ってただ立っているだけでも立派な活動だと思いますが、やらされているオーラが出てしまっていると、これもマイナスのような気がします。

私が今回のことで一番感じたことは、ボランテイア活動って何のためにあるのだろう…ということです。学校で奉仕活動の一環として行っていたのかもしれません。(学習指導要領でも定められています)もしかすると、学校の先生に無理矢理行けと命じられたのかもしれません。(学校ごとに何人出せというノルマがあるケースもあるそうですし…)
あしなが学生募金の場合は、3時間街頭に立つと、ボランティアシールが1枚もらえるのだそうです。このシールを10枚集めると、「ボランティア活動証明」というものが貰えて、推薦入試や就職で有利になることがある(という噂)があります。「そんなバカな!」と思われる方もいらっしゃると思いますが、実際にそんなことを言っている高校や企業は存在します。現在進められている一連の大学入試改革においても、下村文科大臣が「ボランティア活動を大学の合否の要素として取り入れる」ということを明言してしまっています。
以前都立高校の入試においても、ボランテイア活動が内申点に加味されていた時期がありました。内申の点数で言うと4点分だったので、かなり大きかったのです。その時にも強く感じていたのですが、これは本当におかしな話だと思います。「評価」を期待して行っている段階で、もうそれはボランティアではなくなってしまっているはずです。「無償の奉仕」がボランティァの定義のはずですが、内申点や推薦等の見返りを求めることは、「償」には入らないのでしょうか?

もっと本質的なことに切り込んでしまうと、ボランティアに取り組んでいる学生たちのうち、どのくらいの割合が本当に思いを共有できているのだろう…?ということです。私立中高に通っている学生が多いと思いますが(少なくともこの週末の八王子ではほとんどがそうだったと思います)、一般論としては恵まれている家庭で育っている子供がほとんどだと思います。幼くして親を亡くした遺児たちが、どんな生活をしていて、どんな思いで生きているのかということを、少しでも理解・想像した上で活動に参加してもらうことがとても意味があることだと私は感じるのです。
(次回に続く…)

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