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コロナ禍によって無駄なことが改善<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2020年9月30日 10:40 PM
  • 未分類

このテーマで3回も書いて来た後に何なのですが、私は人生のある場面においては、無駄なこと・無駄な時間も必要だと考えています。仕事や受験勉強等、限られた時間内に成果を挙げなくてはならない場面では、どうしても無駄をなくす発想が必要だと思いますが、時と場合によっては無駄を省いて効率のみを追い求めるのは間違っていることもあります。
車のハンドルには必ず「遊び」がありますが、この一見無駄に感じる機能によって、快適な走行ができるようになっているのです。もしハンドル「遊び」がなかったら、手ぶれや切るタイミングのズレなどがそのままタイヤに伝わってしまい、非常に乗り心地の悪いことになってしまいます。
人生においては、恋愛・結婚を初めとする人間関係の構築において、そのことを強く感じます。うちの結婚相談所の会員で、十分に魅力的なのになかなかゴールにたどり着けない者は、この「無駄」の使い方がとても下手です。交際・結婚に効率やコスパを求め過ぎて、一見無駄に感じることに時間をかけないのです。根回しというか、相手の気持ちに寄り添うことができず、杓子定規にものごとを進めようとして、フラれてしまうことが多いのです(泣)。これは、男女とも学歴が高い会員に多いのが特徴です。そもそも恋愛なんて、無駄を積み重ねない限り成就しないものだと思うのですが…(笑)

そういう意味では、私の今までの人生は壮大な無駄だらけでした…(笑)。でも今になって振り返ると、その無駄が今の自分の血肉となっているような気もします。
一番は、大学生の時の4年間です。大学の勉強は単位を取れるぎりぎりのことしかせず、スポーツやバイト・友だちとの交流に明け暮れました。バイトで夜勤をやっていた時期も長かったですし、バイトがない日も友だちの家に入り浸って、ゲーム(ファミコンが出始めた頃です。スーパーマリオとか、ファミスタとか…)やビデオ鑑賞、そしてバカな話で盛り上がって朝まで語り合っていたことも多かった記憶があります。
就職してからで言うと、仕事が終わった後、毎日のように飲みに行っていた時期もあります。その日働いて稼いだ日銭をその日のうちに消費してしまったような感じでしたが、そこで上司(先輩)から薫陶を受けたこと、同僚と語り合っていたことは、その後の人生に少なからず影響を与えていると感じます。
母親が倒れて会社を辞めた後の1年間は、もちろん母親の介護に一定の時間は費やしましたが、とにかく時間が有り余っていました。図書館や書店に入り浸って本を読みまくりましたし、1人で喫茶店に入って時間をつぶしたり、それまでの人生でほとんどしたことがなかったような時間の使い方をしました。とにかく時間はあったので、これからの人生について様々ことを考えたわけですが、おそらく私の50数年の人生の中では一番ものを考えた期間だったと思います。この1年間についても、今の私にとって決して無駄ではなかったと確信しています。
逆に言えば、GSを開校してからのこの8年間は、極力無駄を省いた効率的な経営・運営を心がけているので(職員に家庭持ちが多いこともあり、最近はほとんど飲みにも行きません)、そういう意味ではちょっと寂しい気もします。今までの人生においては、「無駄な時間」によって成長できた気がしているからです。

ちょっと話の取り止めがなくなって来ましたが、皆さんもこの機会に、自分にとって「無駄なこと」「必要なこと」というテーマでじっくり考えてみてはいかがでしょうか? 秋の夜長は、じっくりものを考えるのにとても良い季節です。

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