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それぞれの3.11<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月16日 12:38 PM
  • 未分類

仕事を辞めた後、母親が入院している病院に久しぶりに行きました。もちろんそれまでも何度か顔を出していましたが、仕事の合間に本当に荷物を届けて顔だけ見に行ったという感じで、滞在時間数十分という時が多かったと思います。そんな時でも、慌てて仕事に戻る私を、母親は引き留めることはしませんでした。仕事が忙しいことは理解していたのだと思います。もうその日は、仕事に戻る必要がなくなっていたので、かなり長い時間一緒にいました。いろんな話をして、1人ではうまく歩けなくなっている母親の手を引いて、外に散歩に連れて行きました。歩きながら、母親が私に「今日はありがとう」と言いました。病棟に戻ってからは、すれ違う先生や看護師に、「今日は息子が来てくれたんだよ」と嬉しそうに報告していました。私は、涙をこらえることができませんでした。母親に仕事を辞めたと伝えたのかどうか記憶が定かではないのですが、帰る時に「またゆっくり来てくれるんだよね?」と聞かれました。とにかく時間はいくらでもある体になっていたので、「また来るよ!」と即答したら、とても嬉しそうでした。帰宅してから、「自分はいったい今まで何をしていたのだろう…?」「唯一の家族に対して、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか…?」と改めて自問自答しました。今まで母親を放置しておいた後悔の念と共に、このタイミングで仕事を辞めるという決断をして良かったとも思いました。これからは、一緒にいられる時間をある程度確保できるようになったわけですし、まだ挽回ができるかな…と。

その後も、毎日とは行きませんでしたが、週の半分くらいは病院に顔を出していました。その頃私は、それまでと同じようにスーツを着て家を出ていました。当時は私服をほとんど持っていなかったということもありますが、近所の手前、みっともないという意識があったことと、母親に「仕事はどうした?」と余計な心配をさせないようにするためです。ただ、週に3日・4日、かなり長い時間病院にいるのですから、母親も仕事を辞めたことを気付いていたのかもしれません。私には何も言いませんでしたが…
とにかく、毎日暇で暇で仕方ないのです。特に病院に行かない日は、どうやって時間をつぶしたらいいのか分かりませんでした。それまでの25年間、そんな日はなかったからです。結局、図書館が私の居場所になりました。ひたすら本を読みました。やはり介護や人生論の本が多かった記憶がありますが、その図書館にある推理小説はほとんど制覇してしまったと思います。
今となってみると、あの空白の1年間(実質8ヵ月くらいです)で、「あれもすればよかった」「これもできたかも…」と感じますが、その頃は再び塾の仕事をできるようになるとは思っていませんでしたし、とにかく体も心も疲れていたと思うので、結果としては、あの期間に(何もしないでボーっとする時間をたくさん取ったりして)充電できたことは、自分にとってプラスだったと振り返っています。
(次回に続く…)

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