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それぞれの3.11<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2019年3月14日 8:44 PM
  • 未分類

震災の当日は、母は病院に入院していたので、あまり心配はありませんでした。電話もかけることもできないので、「地震の時、大丈夫だった?」と聞いたのも、数日経ってからだったと思います。もし家に1人で残していたら…と思うと、ちょっとゾッとしました。救急病院を退院したとしても、1人で家に残しておくことはできないと強く思いました。かと言って、老人ホーム等の一生暮らすことができる施設にも、そう簡単には入れません。どこも競争率が高いですし、うちの母親のレベル(要介護2だったかな…?)だと、優先順位が低いため、すぐに順番は回って来ません。すぐに入れるところは、とにかく費用が高いのです。入所に数百万円とか、1ヵ月数十万円とかいう感じで、とても手が出るレベルではありません。途方に暮れていたというのが正直なところです。

震災とその後数ヵ月の(多少制約がある)生活の中で、自分の心は次第に固まって行きました。母親を守るのは自分しかいない。仕事を辞めて、それを最優先に取り組もうと… 震災の前後くらいから、妹や親戚はもちろん、会社(上司)や近所の方にも迷惑をかけてしまうことが増えていたこともあります。このまま、皆さんに迷惑をかけ続けるわけにはいかないというプレッシャーも強かったと思います。母親の様子を見ていて、残りの人生はそんなに長くないだろうということも認識していたので、最後の数年間くらい、今まで寂しい思いをさせてしまった分を埋め合わせようとも考えていました。(実際は、そんな程度では埋め合わせはできなかったわけですが…)

確か夏期講習中だったと思いますが、会社に辞表(取締役だったので退任願)を提出しました。当然、強い引き留めをいただき、「介護を優先しても構わない」とまで言っていただいたのですが、もうこれ以上様々なところに迷惑をかけられないという思いが強かったため、丁重にお断りをし、実質8月いっぱいで職を辞することになりました。数人の上司しか知らなかったので、全職員の前で退任の挨拶をした日は、周囲の職員たちはかなり驚いたようです。会の終了後、多くの職員に囲まれてしまい、理由を説明するのがなかなか大変でした。その頃は校舎付ではなく、授業もほとんど持っていなかったため、生徒・保護者の方に迷惑をあまりかけずに済んだのは幸いでした。(だからこそ決断ができたという面もあります)
大学生の時に時間講師として働いてから、ちょうど25年間お世話になったことになります。最後に多大なご迷惑をおかけする形となってしまいましたが、それまでは(大変ではありましたが)とても充実した時間を過ごさせていただき、様々成長させていただきました。私としては(今となっても)感謝の思いしかありません。
(次回に続く…)

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