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2013年6月のアーカイブ

努力は成果につながります<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月30日 12:24 AM
  • 未分類

生徒たちが自分で、「手を抜いている」とか「さぼっている」という自覚がある場合は論外ですが、自分では頑張っているつもりなのに、まったく成果につながらないと感じている生徒(あるいは保護者の方)がいるかもしれません。その場合は、余程自分の中での基準が甘いか、努力の方向性を間違えているかのどちらかです。

前者で言うと、「小学校では勉強には困っていないのですが…」とか、「中学校では成績が良い方なのですが…」と言っている生徒(あるいは保護者の方)が多いです。中学受験も高校受験も、いわゆる難関校に進学できる生徒は、学校のクラスの中ではほんの数人です。それぞれの学校の中ではトップレベルの生徒たちが集まって、バトルが繰り広げられるわけです。(受験をするつもりがなかったり、今の成績で行ける学校に行ければいいと考えている)学校の周りの生徒と同じことをやっていたら、成績が上がるわけがありません。
また、塾の選び方を間違えているケースも多いと思います。GSでは、小6や中3のこの時期に新規入塾のお問い合わせが結構あります。もちろん、ほとんどの生徒が他の塾に通っていて、今までもそれなりに受験勉強をしてきているのですが、残念ながらとてもお預かりできる状況ではなくなってしまっている生徒も少なくありません。本人の能力の問題ではなく、やってきている勉強のレベルや、勉強の習慣がついているかどうかという部分で、あまりにも差がついてしまっているのです。そんな時は、正直もう少し早く来てくれていたら…と考えてしまいます。小5や中2ならともかく、小6や中3のこの時期になると、お断りせざるを得ないことも多いのです。
そういう状況になってしまうのは、町の小さな塾に通っていたという生徒が多いのですが、最近は大手塾も講師のレベルが下がっている(校長ですら素人同然だったり…)ため、似たような状況は多くなっています。「今の塾(校舎)では問題なくやれていて、成績も上位なのですが…」という生徒でも、授業の聞き方、ノートの取り方、復習の仕方等、1から仕込んでいかないとどうにもならないようなケースが増えています。要は、所属している集団のレベル・環境によって、その中で頑張っていると思っていても、その基準が低すぎて、入試のレベルの戦いになるとまったく歯が立たないということがあるということです。そのことに早く気がついた生徒(保護者の方)は、救われる可能性があるわけですが…

後者は、簡単に言うと、無駄な努力をしているケースです。
(次回に続く…)

努力は成果につながります<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月29日 12:18 AM
  • 未分類

この時期に、学習の成果が出ている生徒と出ていない生徒の違いを考えてみました。

1つは、授業中の集中力の違いです。今回大きく成績を伸ばした生徒は、やはり授業中に気合いが入っている生徒が多いです。教師たちの間で、「あれっ〇〇は最近何か様子が違うね」というような会話がなされていると、その後少しして成績が上がってくることが多いです。そういう生徒たちには、何らかのきっかけがあるケースが多いのですが、ほとんどの生徒は「志望校等の目標が明確になった」か、「自分もやればできると自信が出てきた」かのどちらかです。特に、小6都立中コースの生徒たちは、5年生まではほとんど都立中受検の具体的イメージを持てていなかったのですが、最近になってリアルに受検のことを考えるようになり、中学校を見に行ったり、過去問に取り組んだりする中で、どうしても〇〇中学校に入りたいというリアリティが湧いてきたのだと思います。

もう1つは、復習の質と量の差です。宿題や最低限の課題は、ほとんどの生徒がきちんとやってくるわけですが、差がつくのはそこから先なのです。成績が上がってきている生徒は、やはり復習をかなりきちんとやっている生徒が多いです。具体的に言うと、復習ノートの中身と確認テストの結果にそれが表れてきます。GSでは、授業の予習は基本的に必要ありません。授業でやったこと、テストで間違えたことを、次の授業の時までに家で復習をしてできるようにしておくという作業が中心になります。それ以外に、漢字や英単語を覚えたり、計算練習をしたりという部分はありますが、基本的に、授業でやったことがある程度きちんとできるようになっていけば、必ず成績は上がるようになっています。
その生徒たちの取り組みを、復習ノートの内容と確認テストの結果で点検しているのです。やはり、成績が上がる生徒の復習ノートの質は高いです。授業で学習したこと、間違えたことを、次につなげようという意志が感じられます。一方、授業でやったことをただ写してきているだけだったり、テストの直しもただ答えを出しているだけだったりするノートだと、あまり成果につながりません。
日々の確認テストで苦労しているようでは話になりません。確認テストは、前回までの授業でやったことで、絶対に押さえなくてはならない基本的なことを中心に出題しているので、ある意味点数を取れて当然というテストです。万一出来が悪かった場合は、やり直しをしっかりするか再テストを受けることになりますが、相当危機感を持って取り組まないとならない場面です。このあたりの取り組みの差が、成績の差につながってきているのは間違いないでしょう。

今回の結果を踏まえて、夏期講習会に向けての計画を生徒たちと一緒に立てることになります。(ここでは、GSシートか活躍します) 特に今回の結果が思わしくなかった生徒や、成績が下がってきている生徒とは、勉強の仕方の改善も含めて、かなりじっくりと時間を取る必要があると考えています。
夏期講習会が始まるまで、あと1ヵ月を切りました。そういう意味でも、とても重要な時期を迎えているのです

努力は成果につながります<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月28日 12:41 AM
  • 未分類

6月度は、GSテスト(全国偏差値テスト)をすべての学年・コースで実施しました。その成績表が戻ってきたので、授業の中で返却をしているところです。小6の私立コースと中3以外は、夏休み前の最後のテストなので、新学年がスタートしてからの努力を結果につなげるという意味で、とても重要なテストでした。

今回のテストでは、クラス・学年の中で大きな変動が起こったケースが目立ちました。今までクラスで成績が下の方だった生徒が、ポンと上位の方に出てきたり、逆に今までクラスでトップレベルだった生徒が大きく陥落してしまったり… このブログでも何度か書きましたが、毎年、この時期はそれが起こりやすい時期なのです。学年が変わって学習内容が心機一転となり、今回のテストから出題範囲が新学年の内容となりました。新学年になってから数ヵ月の勉強の取り組みが、そのまま数字となって出やすい時期なのです。
やはり大きく成績の位置づけが変動しているのは、小6・中3の受験生ですが、今回は特に小6都立中コースの変動が大きく、ちょっと驚くほどでした。ほぼすべてが記述問題だということもあり、私立中受験や高校受験に較べると、毎回の成績の変動は大きい傾向にありますが、それにしても…と感じるほどでした。本格的な作文のテストが初めて実施されて、テストの内容がだいぶ都立中の本番に近い形になりました。2月から本格的にその対策を始めて5ヵ月近くが経ち、だいぶ出題形式にも慣れてきました。そんな中で、日々きちんと取り組んでいる生徒とやりきれていない生徒の差が、早くも数字になって出てきているように感じています。

他の学年も含めて、今回で大きく成績が上がってきた生徒と、今ひとつの生徒との違いはどこにあるのだろう…と考えてみました。生徒たちの顔を思い浮かべて、私の中で出た結論は、以下の2つの点です。
(次回に続く…)

ネット選挙解禁<その2>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月27日 1:16 AM
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ネット選挙解禁という言葉を当たり前に使いますが、これって何か変ですよね? 「ネット選挙」解禁ではありません。「ネット選挙運動」解禁なのです。運動という言葉が入るか入らないかで、意味がまったく違うはずです。「ネット選挙」と言ったら、インターネットで選挙当日(当日じゃなくてもいいのかな?)に投票ができることを指すはずです。
私が何を言いたいのかと言うと、そろそろネットで投票をできるようなシステムを真剣に考えるべきだろうということです。

今、若者(特に20代)の投票率が異様に低くなっています。このことはとても大きな問題で、若者が政治に興味を持ってくれない、積極的に参加してくれないために、各政党の政策が、介護・医療等、どうしても(投票率の高い)お年寄り向けになってしまうのです。政党としても、その方が票を取れるので、なかなか舵を切れないでいるわけです。
今回のネット選挙運動解禁により、若者たちが今までに較べて選挙に興味を持つようになるということは大いにあり得る話だと思います。さらに、投票がネット上でできるようになれば、一気に投票率は上がるでしょう。若者たちは、仕事が忙しい、投票所に行くのが面倒臭い、というような理由で選挙に行かないケースも多いようです。「そんな労力をかけてまでは選挙には行かないけど、家でパソコン等で投票できるならするよ」という層は結構いるかもしれません。

ここについても、総務省は「現状では技術的に難しく、次期尚早である」という見解を示しています。では、いつになったら導入できるのでしょうか? そのための努力をしているのでしょうか? そもそも、ネットで投票できるようにすることのメリットを把握し、前進する方向で検討はしているのでしょうか?
「技術的に難しい」というのは、まったくの嘘だと思います。この時代にそんなわけはありません。銀行の預金や、株取引き等のネット決済が当たり前に行われているのです。選挙の投票ぐらい何とでもなるでしょう。要は、投票する個人の特定がきちんとできて、代理投票や2重投票、意に沿わない強制された投票等が起こらないような仕組みを作ればいいだけです。パスワードだと弱いのでしょうから、電子証明書なり、写真による本人識別なり、(私にはよく分からないので無責任ですが)何らか方法はあるはずです。こう言ってしまっては身も蓋ももありませんが、極端なことを言えば、今の投票所に行って投票する形式でも、不正投票をしようと思ったら完全に0にすることはできません。実際、成りすまし投票等で逮捕されるケースを見聞きします。不正の可能性があるから、積極的にネット投票への改革を進められないというのは、まったくおかしな話だと思います。

ネットで投票できるようになったら、大きなメリットは2つあります。1つは、前述したように、若い世代の投票率が上がるであろうこと。そうなれば、政党の政策も、少し若い世代を向いたものになるでしょう。もう1つは、集計がものすごく楽になること。人の手で紙を1枚1枚数えるのに較べたら、どれだけ時間と経費が節約になるのか、想像すらつきません。
こういう話をすると必ず、「ネット環境が整っていない家庭はどうするのだ?」という疑問の声が聞こえてきます。何もすべてをネットに切り替える必要はないのです。高齢者等、ネットが使えない人々は、今まで通り投票所で書くようにすればいいのです。投票の方式を選択できるようにすることが、現時点では理想だと思います。

ネット選挙解禁<その1>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月26日 2:32 AM
  • 未分類

皆さんご存じだと思いますが、来月の参議院選挙より公職選挙法が改正され、インターネットでの選挙活動が解禁となります。このご時世での解禁は、本当に遅すぎたくらいだと思います。これにより政党の選挙活動が大きく変わることは間違いありませんが、我々一般人も注意しないとならないのです。ついうっかり下手なことをすると、違法行為で罰せられる可能性があるのです。

政党は、ホームページ・ブログ・メール等、様々な媒体を使用しての選挙活動が認められるようになります。もちろん、その内容や、情報の発信元を明記しなくてはならない等、いくつかの制約はあります。
我々選挙権を持つ側も、情報の発信が制限されています。例えば、メールで知り合いに「今度の選挙では〇〇党に入れてね!」などと送信することは違法行為になるのです。しかし、ここから先がまったくおかしな話なのですが、ラインやフェイスブック等、SNSのメッセージ機能で同じことを送信することは問題がないのです。昨日までのブログでも書いた通りですが、ラインがこれだけ浸透していて、メールよりもラインでやり取りをしている人の割合が高くなっている中で、メールはダメだけどラインはOKというのが、私にはどうしても理解ができません。「メールだと、相手の了承がなくても送りつけられるから…」というのが総務省の見解のようですが、SNSでもそれは同じで、SNS上で「友だち」になっていなくても、メッセージは送ることはできるのです。

例えば、このブログ上でも選挙応援をすることができるようになります。今までは、ブログ上で特定の政党や個人に投票するよう呼びかけることは許されていませんでした。今回からは、それが認められるようになるのです。もちろんいくつかの制約はありますが…
私は、バリバリの無党派層ですから、特定の政党・個人に肩入れすることはありませんが、特に教育面での政策については、今後も引き続き取り上げていきたいと考えています。

ネット選挙解禁という言葉を、(私も含めて)世間では当たり前のように使っていますが、よくよく考えてみると「何か変だぞ…」ということに気がつきました。
(次回に続く…)

子ども・若者白書<その7>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月25日 12:17 AM
  • 未分類

ラインのスタンプ機能を知らない方のために、少し説明が必要かもしれません。
ラインは、メールと同じようなやり取りを、相手ごとに1枚の板の上で行うことができます。その相手との過去の履歴がすべて時系列に残っていますし、自分のメッセージと相手メッセージが左右で分けて吹き出しのように整理されているので、とても見やすいです。メッセージを送信すると、ほぼリアルタイムでその板に入りますし、メールというよりもチャットに近いイメージです。携帯やスマホの設定によっては、着信音と共に待ち受け画面に相手のメッセージが出るので、見逃すこともありません。
もちろん、メールの添付と同じように写真や資料を送ることもできますし、ホームページ等のアドレスのリンクを貼ることもできます。

ここまででも、かなり便利なツールだということが伝わると思いますが、ラインがここまで浸透した理由の1つに、スタンプ機能の充実があります。スタンプというのは、動物や人やアニメキャラの表情や服装・ポーズ等が様々用意されていて、それを使い分けることによって、思いや感情を伝えられるという機能です。ラインで言うと、くまとうざきのキャラがメインですが、それ以外にも様々用意されていて、自分の好きなスタンプをダウンロードしたりして使うこともできます。中には有料のものもたくさん用意されています。
ラインでメッセージのやり取りしている時に、大事なことは文章を書いて送信しますが、「おはよう!」とか「OK!」とか「じゃあね!」とかの定番の意志表示や、「嬉しい!」とか「悲しい…」とか「怒ったぞ!」とか感情を伝える場面では、このスタンプ(のみ)を使って会話をしているケースが多いのです。スタンプの種類が充実しているため、ほとんどの会話はスタンプだけで完結してしまうと言ってもいいと思います。

微妙な感情を伝える時に、文字にすると伝えにくいことでも、スタンプだと伝えやすく、(キャラのほのぼの感もあり)気まずい思いをしなくても済むというようなメリットも確かにあると思います。文章だととても伝えにくいのですが、何か失敗して相手に迷惑をかけてしまったような時に、かわいいくまがショボンと落ち込んでいるスタンプを送ることによって、何となく許してもらえちゃうみたいなことです。
ただし、このことによるマイナス面も様々指摘されています。会社の上司やビジネス上のやり取りでもラインを通して連絡を取り合う場面が増えているのですが、その中でもTPOをわきまえずにスタンプで感情表現をしてしまって、相手を怒らせてしまうような場面が多くなっているというのです。
私が一番強く感じている問題点は、若者たち(特に高校生・大学生)が仲間との意志表示をスタンプで行うことが染みついてしまっていることによって、自分の気持ちをきちんと言葉や文章で伝えることができなくなっているということです。もちろん、ラインの普及だけが原因ではありませんし、様々な要因が重なってのことなのですが、ラインのスタンブ機能の浸透が、今の若者のコミュニケーションの特性を表していることは確かでしょう。
そのうち、カップルの間で、愛の告白やプロポーズをラインで行い、その返事をスタンプの表情で返すというようなやり取りが普通になるのではないかと、おじさんは心配しています。

子ども・若者白書<その6>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月24日 12:15 AM
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数年前ラインが広まり始めた時には、「既読機能」はついていませんでした。2011年の途中から付加された機能なのです。この年でピンときた方もいるかもしれませんね。そうです。東日本大震災の影響なのです。
あの地震の直後、東京でもそうだったのですが、電話・メールがほとんどつながらなくなりました。安否確認で一斉に回線にアクセスが集中したために、パンクしてしまったのです。しかし、普通に連絡を取り合えていた人々もいたんですね。主に、ツイッターやライン・フェイスブック等のSNSで連絡を取り合っていた人々でした。携帯電話会社の回線は途切れていても、ラインの通話やメッセージは通じる場合が多かったそうです。ラインは回線が通じていたために、中には「メッセージを送ったのに、返信が返ってこない…」という状態で心配した方も多かったことでしょう。その状況を踏まえて考案されたのが、あの「既読機能」なのです。災害時等取り込んでいる時に、返信ができる状況になくても、少なくとも相手が読んでくれたという確認はできるわけです。
その時には、まさか今のような若者のストレスの要因になるとは、想像すらしていなかったでしょう。既読機能をいらないと主張している人は、少なくとも上記の経緯を理解した上で考えてみて欲しいと思います。

ライン病の症状の2つ目は、「スタンプ病」と言われるものです。教育に携わっている者としては、こちらの方がより深刻だと感じています。
(次回に続く…)

子ども・若者白書<その5>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月23日 11:02 AM
  • 未分類

インターネットやSNSに時間をかなり奪われてしまっている若者が増えていることは間違いありません。一昔前には、人と会って飲みに行ったり、自分1人であっても本を読んだりしていた時間が、パソコンやスマホを触る時間に変わってしまったのです。
昨日、カウンセラーの集まりがありましたが、そこでちょうどその話題となり、様々な症例を聞くことができました。完全にスマホ依存症になってしまって、それこそご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、寝る時ですらスマホを離さない若者が増えているというのです。高校・大学の授業中や仕事の最中も目を盗んでいじったり、歩いている時にも手に持っていないと落ち着かなかったり、どうしても触れない時間があると本当に禁断症状が起こってしまったりするのです。実際、スマホをいじりながら歩いていて、車にはねられたり、駅で線路に転落したりというケースも目立ちはじめていて、政府や自治体も対策に乗り出したところです。(歩きスマホ禁止条例とか…)

そんな中で、事例として報告があったのが、「ライン病」という症例です。ラインは、今や国内だけで約3800万人(15歳から50歳を分母にすると何と利用率50%!)が登録している「おばけSNS」です。高校生から20歳代くらいだと、使っていない人を探すのが大変なくらいではないでしょうか? もちろん、便利だしメリットも大きいからこそこれだけ多くの人が使っているわけですが、それに飲み込まれてしまっていて、ある意味「病気」になってしまっている若者が増えているのです。

まず1つが、「既読病」という症例です。これだけで分かる人には分かりますよね? ラインは、メッセージを送って、相手が読むと「既読」というマークがメッセージにつくのです。このマークが出れば、相手が読んだということが分かるわけです。メールにも開封確認という機能がありますが、ほとんど使われていません。ラインではこれが強制的に行われてしまうために、メッセージを送った側は「読んだのに何で返信くれないの?」、メッセージを受け取った側は「わっ、開いちゃった。既読になっちゃったのに、返信しないと気まずいなぁ」と、お互いにストレスを感じてしまうという構図です。
こういう状況を踏まえて、既読機能はいらないのではないかという意見も多くなってきています。しかし、この既読機能がなぜ生まれたのかを知っている人はほとんどいません。
(次回に続く…)

子ども・若者白書<その4>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月22日 12:11 AM
  • 未分類

もう1つ私が気になったのは、大学生の余暇の過ごし方の変化です。
大学の授業やサークル・アルバイト等にかける時間は、我々が大学生の頃とあまり変わっていないようです。変わってきたのは、それ以外の余暇の時間の使い方です。

まず、飲みに行く時間が減っています。ゼミやサークルのコンパ等はあると思いますが、それ以外で友だちと暇さえあれば飲みに行くとか、いわゆる合コンの機会は減っているのです。これについても、経済的に余裕がないことと、(特に男子で)草食系の若者が増えていることが原因だと思います。

私が一番危惧しているのは、本を読む学生が減ってきていることです。読書の時間はほぼ0と答えた学生が、何と28%(4年前は20%・さらにその前は10%台)もいます。ここ数年で本を読まない学生が大量に増えているのです。
本を読むことによって、世の中のことを知り、自分で直接体験できない世界を疑似体験できて、少なくともものを考える癖をつけることはできると思います。それに一番適した期間が、大学生の4年間なのです。とてももったいない気がします。

あまり飲みに行ったり人と会ったりしない、本も読まない、ではその時間が何に変わっていると思いますか? だいたい想像つきますよね? 1週間に使う時間の平均で言うと、テレビ・DVDを観る時間が6時間、インターネットやSNSをやる時間が9時間というデータが出ています。1日平均で2時間以上が、機械に向かっている時間に変わってしまったのです。
時代の変化と言えばそうなのだと思います。私が大学生の時代には、パソコンや携帯・スマホはありませんでした。(かろうじて、ファミコンはありましたよ。一番初期のものです)
一番影響が大きいと私が感じるのは、おそらくこれらの時間は1人ぼっちでいるということです。(SNSでつながっているから1人じゃないと言うのかもしれませんが…) 仲間と飲みながら将来の青臭い夢を語ったり、「ピア」(情報雑誌です!)を片手に、どの映画を観に行こうか一晩かけて彼女と相談したり、夜中に急に思い立って友だちを誘って海を見に行ったり… こういうまさに人の温もりを感じられる関係が、希薄になってきているのだろうと想像しています。

子ども・若者白書<その3>

  • 投稿者: gs_staff
  • 2013年6月21日 12:05 AM
  • 未分類

自立できない若者が増えていて、困難に直面すると簡単に折れてしまう傾向が強くなってきています。様々な原因があると思いますが、大きな原因の1つが、親の関わり方にあることは間違いないでしょう。

大学生を対象とした調査では、この4年間で親離れできていない若者の数が増えているというデータがあります。いくつかの項目を挙げてみます。(2008年→2012年)

保護者のアドバイスや意見に従うことが多い(40%→46%)
困った時は保護者が助けてくれる(42%→49%)
お金が必要な時は保護者が援助してくれる(59%→64%)

それ以外では、就職に関して、「親に意見を言われるのでその考えを重視したい」と答える学生の割合が増えていることが特筆されます。企業の人事担当者に聞いた話ですが、会社説明会等に親がついて来たり(個別ブースで親の方が熱心だったり…)、内定辞退の連絡を親がしてきたりと、信じられないような状況があるそうです。それはさすがに極端な例だと思いますが、就職についても、親の顔色を気にして自分で決められない(あるいは自分では何も動けない)大学生の割合が増えているのだと思います。

カウンセラーの研修会で、子どものデートや新婚旅行にも一緒についていきたがる母親が少なくないという話も聞きました。息子の初めてのデートに同席したあげく、「あの子はやめときなさい」と言ったとか… ここまでくると笑ってしまいますが、子どもの将来のことを考えると、笑っていてはいけないのかもしれません。

私は、子どもが親離れできていないというよりは、逆のケースが多いように感じています。親が子離れできていないのです。心理学・カウンセリング理論で言うと、「依存」と「共依存」の関係です。「あの子は私がいないと何もできないんですよ…」と言ってるから、本当にそうなってしまうのです。小学生くらいまでならともかく、子どもが高校生・大学生や社会人になってからその状態を続けていると、確実に子どもをスポイルします。
もちろん、親が子どもの人生にアドバイスをするのは当然だと思いますし、ここぞという場面では、親が主導権を握って進めなくてはならない場面もあると思います。しかし、子どもが成人して社会に出てから、自分で考え、自分の力で生きていけるようにならなければ、幸せになることはできません。そういう意味では、子育てが成功だったかどうかは、我が子が30歳くらいになった時に初めて判断できるものなのではないでしょうか?

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